鬼拳、人剣
「きゃっ!」
美雲が壁を一つ越えると、甚大なる激震が出迎えた。
震源地は分かっている。
空から撃ち下ろされる、拳撃がその原因だ。
雨の如く降り注ぐ拳打は、調和されて創造された仮想空間を無惨に粉砕し、世界そのものをも砕かんばかりの勢いで大地を揺らす。
「……凄いわね」
「ですね! 化物ですよ、彼女!」
付き従う永久が同意する。
空に立ち、大地を睥睨するは、鬼の才媛――ツムギである。
暴走状態の美影とサシでやり合った事により、重傷を負った彼女であるが、それでも猶、そこらの凡俗には遠く届かない戦闘能力を有している。
連結陣ですらない。
ただの陣撃術でさえ、大地を揺らす様は、もはや単なる災害、荒ぶる神が如しである。
「あらぁ~?」
ふと、視界の隅に映った美雲たちの姿を、ツムギが認識する。
懐かしい人物の姿に、うっすらと笑みを浮かべた彼女は、猛攻の手を止め、身を翻して大地へと降り立った。
「美雲さんではありませんかぁ~。お久しぶりですねぇ~」
にこやかに挨拶する彼女は、和装風の衣装を着崩して纏っており、一部に血の滲んだ包帯を巻いていて尚、色気のある立ち姿をしている。
「ええ、久し振り。そういえば、結婚と出産をしたのですって? おめでとうね」
「あはぁ~。ありがとうございますねぇ~」
後で御祝儀を贈る手配をしないと、と心に留めておく。
自分ではもう贈れないだろうから。
そんな内心を少しだけ察しながら、行く末への道筋をツムギは示す。
「作戦は理解しておりますぅ~。行かれるの……ですねぇ~?」
「ええ、私が行かないといけないわ」
天を仰ぐツムギ。
そこでは極光が行き来し、死線の戦場が展開されている。
美雲は、それに間髪入れず、迷う事無く答えた。
だから、ツムギは微笑む。
「で、あればぁ~。ここの道は切り開きましょう~」
連結陣撃術【鬼神一閃迅】。
瞬時と言っても良い速度で組み上げられた魔法陣を、ツムギが殴り付ける。
魔力を伴った衝撃波が一直線に駆け抜けた。
立ち塞がる悉くを薙ぎ払い、道筋を作り上げる。
「さぁ、どうぞぉ~」
「……本当に強くなったわね」
かつてに比べると、本当に強い。
連結陣を構成する速度も威力も、そしてそれに耐える肉体の頑強さも、何もかもが比べ物にならない。
「ありがとう」
「どういたしましてぇ~」
付けられた道を、美雲は駆ける。
その後ろを、永久も追随する。
ツムギとすれ違う際、永久は面白げに彼女へと笑みを向けた。
「これから……よろしくお願いしますね?」
「お互いに、ですねぇ~」
ニュルニュル、と這って動いていく怪生物を見送るツムギ。
彼女は、愉しそうに嗤った。
「本当に、この星は面白い方が多いですねぇ~」
視線を上げた先では、鋭利に斬り裂かれた残骸が舞い上がっていた。
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駆け出した美雲へと、複数の影が並んだ。
「露払いならば任せてくれ!」
「これ程の戦場、血が滾りますぞ……!」
角の生えた人型、霊鬼種の戦士たちだ。
金棒やら棍棒やら、なんとも武骨な武器を掲げる彼ら。
なんならば、素手の者すらいる。
その身こそが武器と謳う霊鬼だからこその粗末さだろう。
見た目こそ原始人が如き有り様だが、放たれる覇気は歴戦の戦士を思わせる。
「ふふっ、頼りにしているわ」
「有り難き御言葉! ハゲ猿ならばともかく、人間に称賛されるならばこの上ない光栄……!」
嫌味などは含まない、心からの言葉。
その原因を作った者が、隣に並んだ。
「まだこんな所にいたというのか」
白装束の老人、【千斬】真龍斎である。
二刀を携えた彼は、返り血の一つも浴びていない綺麗な姿で並走する。
しかし、戦っていなかった訳ではない。
それを、美雲らはよく知っている。
「ええ、それが困った事に、道が大変に混んでおりまして」
「……まぁ、確かにそのようだな。よろしい。私が切り開こう」
言って、何気ない動作で刀を振るう。
我流刀術【斬界・斜め十字開門】。
大地に、十字に斬線が奔る。
それは地平線まで届く巨大な斬撃。
積み重なる敵陣を切り裂き、行く道を文字通りに切り開く。
これに驚くのは、むしろ同郷の美雲と永久である。
「……山田様、こんな事が出来たのですね」
「てっきり剣の間合いでしか戦えないものだとばっかり思っていましたよぅ……」
大量破壊兵器である魔王にあるまじき、戦闘範囲の狭さ。
しかし、その範囲内に限っては無敵に近い戦闘力を発揮する。
それが、【千斬】の特徴だった筈だ。
それに、真龍斎は苦い顔をする。
「若い頃にな、中華の阿呆を相手に編み出したのだ。無限増殖する奴を纏めて斬殺する為にな」
「……ああ」
理解した。
それは必要な物だったのだろう。
「それにしても、こんな攻撃ではお味方も巻き添えでは?」
尤もな永久の問いに、心外だとばかりに答える。
「斬りたい物だけを斬ってこその達人というもの。それよりも……」
言葉を切った真龍斎は、足を止め振り返る。
地響き。
同時に、空から巨大な存在が降ってきた。
体長が500メートルは越える、巨大な大猿だ。
三面六手の異形は、明らかに他の有象無象とは異なる威圧感を放っている。
天竜種だろう。
長年、天竜の脅威の側で過ごしてきた霊鬼たちは、魂に刻まれた恐怖にわずかに身を竦ませる。
その中で、真っ先に飛び出すのは、真龍斎である。
「行け! 役目を果たすのだ!」
その通りである。
だから、この場は任せて、美雲と永久は次なる場へと向かった。
背後から尋常ならざる激震を感じながら。
さよなら行脚。