贖罪ナビゲート
「ん~、困ったわ……」
軽い足取りで危険な戦場を横断しつつ、美雲は呟く。
彼女の役目は、最重要な封印の締めくくりである。
その為には、中心部……即ち、星獣の下にまで辿り着かねばならない。
単純に考えるならば、頭上に見えているのだから真っ直ぐに向かえば良い話なのだが、問題は敵勢の層が厚過ぎる事だ。
真正面から向かうと、数の暴力で押し潰されてしまう。
その為に、程好く手薄な場所を見付けつつ、迂回して徐々に近付いていくしかない。
当然の事ながら、それには非常に時間がかかる。
そして、現状、その時間にあまり猶予がなくなっていた。
既に封印壁は、全てが展開された。
作戦の第一段階が終了した事を意味する。
続いては第二段階及び、それに続く最終段階のフェーズに移っている。
それは、美雲が封印の中心部、星獣のコア付近にまで辿り着かねば始まらない。
そのタイムリミットは、痺れを切らした星獣が封印壁を強引に突破するまで、である。
あるいは、人類連合軍が完全崩壊するまで、かもしれない。
どちらの方がリミットが近いかと言えば、おそらくは前者ではないかと思う。
(……なんだかんだしぶといのよね、皆)
褒めているのか貶しているのか、ちょっとばかり悩みたくなる評価を下す美雲。
ともあれ、時間が差し迫っている事には変わりはない。
それが、大変に問題である。
そもそもの話なのだが、美雲の戦闘能力はさほど高くはない。
雷裂の血筋として高い身体能力は持っているし、Aランクの魔力と超能力も持ち合わせている。
だが、それだけだ。
突出した性能では、この戦場において英雄となれる実力では、ない。
マジノラインなどがあればまた違うのだが、それらは本来の目的である有象無象の凡人たちの手で運用されている。
量産できるような物でもない(それだけの資材も人手も工場もないから)し、基本的に鈍重で巨大だ。
要人を乗せて、敵陣の最奥に突撃させる様な代物ではない。
つまり、単独で行動していてはいつまでも辿り着かないどころか、道半ばで倒れる可能性の方がよほど高くあるという状況だ。
「弟君に付いて行けばなんとかなる、と思っていたんだけど……」
まさか、こんなピンポイントの偶然で分断されてしまうとは。
星獣自身も、全く予想していなかった結果であろう。
二挺拳銃で近付く敵を撃ち倒しながら、どうしたものかと悩んでいると、近くの地面が不意に蠢いた。
ごく一般的な土色が消え、薄桃色へと変化したと思うと、すぐにそれは軟性を帯びて立ち上がる。
「困った時にお役立ち~……うぱっ」
黒いとんがり帽子を乗せた頭部を、美雲は反射的に撃ち抜いていた。
「あっ、ごめんなさい。何気無かったの」
「そ、そこは悪気を否定して欲しい所ですけど……」
「そんな事を言われても」
悪気はあったのだから仕方ない。
仮にもマジノラインを一人で動かせる処理能力を持っているのだ。
視界の端に映ったそれの敵味方識別くらい、間違う事無く瞬時に行える。
つまりは、それが永久だと認識しながらも攻撃した事を意味するのだ。
「な、何故に皆様は私の扱いが雑なのでしょう」
眉間に大穴の空いた頭を捏ね回して整形しつつ、永久は素朴で切実な疑問を呟いた。
手持ちの質量がちょっと心許ないので、ついでに近くの敵を捕食して補充している彼女に、美雲はごく当たり前のように答える。
「何故って……だって貴女、虐められてる方が可愛いもの」
「そんな!」
「まぁ、あれね。貴女の贖罪の一環、って事で了解して頂戴な」
「うぅん、それを言われると弱いですよぅ」
実被害があまり無かった為に見逃されている部分はあるが、ノエリアに唆された永久は、一時は全世界的なテロリストであったのだ。
その事について、公的な裁判は行われていない。
何故ならば、公式の扱いにおいては彼女は既に死人なのだ。
人間として死んで、ショゴス……化物として実験動物として扱われている。
人権がないのだから、裁判を受ける権利もないのである。
そんな訳で、明確な罰が決まっていないし、受けてもいない。
強いて言えば、怪物化と実験動物扱いが罰と言える。
だが、本人がそれをあまり気にしておらず、端から見ると呑気に奔放に生きているようにしか見えない為に、それを周囲の者が罰として捉えられるかは微妙な線だ。
という訳で、雑な虐めも罰の一環として受け止めて貰いたい。
周囲に分かりやすく下の扱いを受けているのだと示す事で、悪意を逸らしているのだ。
どうせ、この程度の扱いなんて何の痛手にもならないのだから。
「ま、まぁ、それはさておきまして……」
「さておける辺り、大して気にしていないじゃないの」
「さておきまして!」
おほん、と、わざとらしい咳払いを挟んで、永久は魔力を練り上げる。
腕を一振する。
すると、練り上げた魔力が、高速で走り、一本の道筋を作り上げた。
「お困りであろうと言われまして、駆け付けました。ナビゲートはお任せ下さいな」
「あら、助かるわね」
永久はマントの裾を掴んで翻す。
すると、急速に補充されていく質量によって、大きく広がり、薄い見た目からは想像もつかない重さを帯びて、呑気に会話していた二人を襲わんと集まっていた敵勢を、一息に薙ぎ払う。
「お早くどうぞ。刹那様は、そう時を置かずに到着する事でしょう」
「そう。じゃあ、私も急がないといけないわね」
言って、美雲は懐から掌サイズの金属片を取り出す。
魔力を通せば、圧縮されていたそれが本来の形へと解凍される。
美雲の背中から抱き付くように固定されるそれは、八本足のマニピュレータを備えた自在金属腕【平蜘蛛】である。
「道案内、お願いね」
「はいな♪ 万事、お任せあれ!」