思い付きトラップ
取り囲む、五枚の光壁。
それが己を閉じ込める為の物だと、星獣は見て取った。
強引に突き破る事は不可能ではない。
そうと判断するが、それは愚策であり、最後の手段となる。
何故ならば、突撃させた眷属たちが、光壁に触れた瞬間に分け与えたエネルギーを失い、力無く落下してしまったからだ。
その事から、対象のエネルギーを奪う、あるいは消失させる効果があるのだろう。
飢餓状態にある身では、迂闊に触れたくない部類だ。
幸いにして、逃げ道はある。
どういう訳か知らないが、展開された光壁は五枚のみ。
一面のみは光壁がなく、開かれたままだ。
罠か、と思考する程の知能は無い。
本能に根差した危機に対する反応はあるが、少なくともそれからは何も感じなかった。
だから、星獣は躊躇する事無く、身を踊らせる。
この包囲網から離脱するべく、飛翔した。
~~~~~~~~~~
星獣の動きに、人類連合軍は騒然とした。
「不味いぞ! 抜ける!」
封印壁は、そう都合よく移動させる事は出来ない。
それが出来るのは、本家本元の封印超能力者だけであり、該当者は刹那と美雲の二名のみとなる。
しかし、彼らは、この封滅作戦の仕上げを行う為に外す事は出来ない。
包囲が完了した後に二人を中心部まで送り込む、という選択肢もあるが、それは実質的に選べない選択肢なのだ。
何故ならば、数において圧倒的劣勢を強いられている為に、対抗措置としてこちらは全力疾走が如き戦闘を行っているからだ。
戦いが長引けば、息切れして押し潰される。
人類連合の勝ち筋は、短期決戦の中にしか存在していない。
その為、時間のロスは許容できない。
しかし、その為にそもそもの大前提が崩れてしまっても問題だ。
「誰だ!? 誰の担当だ……!?」
悲鳴のような問い。
訊いても意味はないのだが、誰のせいで作戦が破綻しようとしているのか、という気休めの問いに、答えはすぐに返ってくる。
「か、雷裂美影様です! 残る一面の担当者は、雷裂美影様となります!」
「あんの、小娘がぁ……!」
怒りが頂点に達する。
自らの役目を忘れて、何を遊んでいるのか。
矢鱈と強くなったのは確かだし、先槍として戦場を切り開いてくれた事は感謝している。
とはいえ、だ。
作戦が完全に破綻するようなサボタージュは許しがたい行いである。
美影の事をよく知る、瑞穂国に属する者たちは、諦めの境地にいたが。
彼女は、凡俗にどう思われようとも気にしない性格だと理解しているが故に。
同時に、僅かな違和感も。
奔放に生きている様な美影ではあるが、なんだかんだで役目や責任という物はきちんとこなしている。
その彼女が、自分の仕事を忘れてしまうものだろうか、とも。
その答えは、すぐに現実に反映された。
動き出した星獣に向けて、物理的魔術的を問わない攻撃や拘束が飛ぶ。
だが、星の胎動を引き留める事が、一体どれ程に困難な事なのか。
星獣は、まるで気に留めず、ただ突き進む。
それだけで、あらゆる阻害行為が吹き飛ばされてしまう。
数秒。
ほんの僅かな時間で、ボーダーラインを越えてしまう。
まだ、最後の封印壁が発動する気配はない。
この時点で発動していないのであれば、もう間に合わない。
誰もが、悔しげに歯噛みし、落胆と絶望に肩を落とす。
そして、遂に、星獣が包囲を抜けようとーーーー。
瞬間。
漆黒の雷を纏った強固な封印壁が、星獣の鼻先を強かに殴打した。
【ーーーーーーーーーーッッッ!!?】
断片を撒き散らしながら、声にならない叫びを漏らし、彼は再び包囲網の中へと叩き込まれた。
~~~~~~~~~~
『ふははははっ、見た!? 見た!? あの無様な吹っ飛び方! ザマァーーーーーー!!』
封印剣〝南米〟を掲げ振り回しながら、美影は快活に嗤う。
回りにいた封印剣の守護を任されていた者たちは、呆れと非難の視線を向けながら問い掛ける。
「あの、まさかその為にギリギリまで?」
『? そうだよ?』
まるで悪びれる様子もなく、当たり前のように肯定する。
封印壁に、エネルギーを削減する機能があると分かった時点で、美影は独断でこの様なプランを立てていた。
せっかく無警戒な所に当てられるのだから、当てない理由はない。
それに、今の美影からすれば、封印壁の展開などいつでも出来る事なのだから。
封印剣の解放は、超力の習熟度と保有エネルギー量によって、所要時間が変わる。
より熟練していれば、よりエネルギーが多ければ、それだけ早く展開できるのだ。
翻って、美影である。
初期から超能力を目覚めさせられ、年単位での、それも頂点に君臨する刹那に追い付かんと天才が本気で鍛えた習熟度を誇り。
エネルギーに至っては、全宇宙の雷電がその源だ。
その二つを持ってすれば、封印壁の展開程度、コンマ一秒すらもかからない。
「そういう事は! 事前に言っておいて下さい!」
作戦が破綻するのでは、とやきもきさせられていた者たちが、声を大にして訴える。
『あー、はいはい。前向きに善処する事を検討しておくよ』
対して、美影はまるで気に留めない。
適当にあしらおうという態度に、彼女に慣れていない者たちが気色ばむ。
それを宥めるのは、慣れている瑞穂勢である。
平時だと放っておくと余計な事もしでかすアホ娘であるが、有事の際には放っておいても良い働きをする魔王である。
今回の件も、結果として間に合っている上に、星獣に決して少なくないダメージをついでに与えているのだ。
人類連合に僅かな心労を与えただけで、これだけのリターンを引き寄せたのだ。
功績としては充分である。
『じゃ、僕は行くから』
「いってらっしゃいませ、美影殿」
瑞穂勢は綺麗な敬礼で、他の者たちは忌々しげに見送るのだった。
敵を騙すにはまず味方から(その必要なし)。




