超特急【氷哭】
適正が無い。
それ故に、有利になる事もある。
海洋戦区。
地球人類は勿論の事、大半の種族が陸上生物である為に、球内世界の大半が陸地としてデザインされている。
とはいえ、狭いながらも海洋部も存在していた。
それは、水属性魔法及び魔術を得意とする者たちの為の戦場であり、特にたった一つの種族……海精種の為に用意されている。
彼らの生存領域は、水中であり、本領を発揮できる戦場もまた、畢竟、水中戦となる。
海精種の本気は、海流を変え、海を割り開く。
こと水中においては、上位三種族でさえも生半に手が出せない程だ。
その評判通りに、彼らは分断されていた状況においても、常に優勢のまま戦闘を推し進めていた。
魔王式水属性魔術【廻渦棘波】。
高速で渦を巻く海洋。
幾重にも重なった白波は、槍の如く鋭く、巻き込んだ敵勢の悉くを貫き、押し潰し、粉々に打ち砕いていく。
ゾディアックが一人、【水瓶座】クリスティアナの大規模攻撃である。
それを見ながら、海精種の戦士……大柄な鮫の青年が笑う。
「ふははっ、ハゲ猿……おっと失礼! 人間というものもやるではないか! エラも水掻きも無いのが実に惜しいっ!」
「お褒めにあずかり、光栄です」
海精種にも負けない遊泳速度を持ち、水属性のみとはいえ、最上級の魔力を誇り、そして水属性に限っては海精種にも匹敵する技量を修めるクリスティアナは、彼らに非常にウケが良かった。
人間種にしておくのが勿体無いと、特大の賛辞を送る程に。
「我らも負けておられんぞ! 気合いを入れろ!」
おう、と、応える声が唱和し。
次の瞬間。
海が、のたうった。
山のように持ち上がり、それが崩れ去ると、見上げるような津波となって駆け巡る。
縦横無尽。
まるで規則性などなく、ただひたすらに暴れ回る、水の暴威。
荒れ狂う白波は、あまねく全てを飲み込み、小さな飛沫でさえも、弾丸が如く敵を穿ち抜く。
海精種という、惑星ノエリアの海洋全てを支配した大種族の、本気である。
それは、まるで天竜種が暴れているかのような光景だった。
現実として、それに匹敵するだけの力はあると、彼らは自負している。
天竜の持つ法則変換という反則が無ければ、天竜の一柱くらいならば、相手取れると思っており、実際に、それだけの力量はあるのだ。
唯一、一切の増援を必要とせず、作戦開始時からはいちされていた戦力のみで、敵を文字通りに殲滅しきっている事実は、伊達ではない。
しかし、その快進撃も、ここまでである。
空から、細長い何かが降ってくる。
また新手か、と余裕を持っていられたのも束の間のこと。
すぐに、海精種たちの顔色が変わる。
「て、天竜様だぁーー!!?」
悲鳴の叫びがあがる。
徐々に大きくなる細長いそれは、多足の虫……ムカデの形をした白銀の姿をしていた。
背中に数多の巨砲を背負った姿は、真っ当な生物とは言い難く、ノエリアの民にとっては絶望に等しい象徴である。
フリーレン=アハト。
それがムカデ砲の名であり、海精種にとってはあまりにも相性の悪い相手であった。
なにせ、彼の者の権能は、あらゆる全てを凍らせてしまう。
流動性こそが重要となる水の者にとっては、致命的と言っても良い。
事態を、未だよく理解していないのは、地球勢の者たちばかりだ。
彼らのほとんどは、天竜の強大さと理不尽さを、肌で理解していないのだから。
きょとん、とした顔をする中で、例外的に厳しい表情を浮かべるのは、クリスティアナくらいだろう。
彼女だけは、前哨戦の中で炎鳥フィーアの攻撃を受け止めている。
その感覚から、単なるステータスにおいてさえも、遥か遠い存在だと理解できていた。
アハトが、海面に着弾する。
【――――――――――!!】
同時に、荒れ狂う海原が、急速に白く凍りついていく。
まるで時が止まったように、波が、渦が、飛沫が、その姿を残したまま停止する。
「くっ……!」
抵抗の余地は、無い。
何故ならば、アハトの権能は、抵抗する為のエネルギーそのものを凍らせてしまうから。
相対するには、凍結速度を上回る強大で濃密なエネルギーを放出するか、あるいは一切の混じり気の無い氷である必要があった。
(……あとは頼みました)
遠くから聞こえる汽笛の音を最後に、クリスティアナも凍結空間に飲み込まれるのだった。
~~~~~~~~~~
真白の氷原。
動く物の無い、絶対的な世界の中で、アハトはゆっくりと蠢く。
戦うまでも無し。
それが超越者というもの。
攻撃らしい攻撃も無く、ただそこにあるだけで勝利が転がり込んでくる。
そこに、思う所などない。
それが当たり前だから、生前であってさえもそうなのだから、自由意思なき人形である今は、尚更の事である。
故に、それに対する反応が遅れた。
汽笛。
低く、長く、静寂の世界に響き渡る異音。
それを、最初は幻聴だと思った。
この白銀の世界に、動くものなどいよう筈がないから。
だが、すぐに違うと気づく。
その時には、もう遅い。
音速突破の衝撃を引き連れ、氷の大地を割り砕いて現れるは、鋼鉄の大蛇。
超速列車砲マジノライン三式である。
全体に、氷属性の魔力を纏ったそれは、一切のブレーキをかける事無く、アハトの横腹に直撃する。
【GYYYYYYOOOOOOOO……!!?】
あまりにも予想外の不意打ち。
超速度大質量による吶喊は、さしもの天竜をして無傷とはいかない。
胴体の一部を砕かれたアハトが、衝撃に氷原を転がる。
そうしながらも、しかし視線は通り過ぎていった三式を睨み付けていた。
それの全体を覆う魔力は、混じり気のない氷属性をしている。
そうであるが故に、己の〝白銀世界〟を突破できたのだと看破した。
有り得ない筈の事態だ。
少なくとも、惑星ノエリアの常識で考えると、絶対に起こり得ない。
何故ならば、魔力適性の高い彼らは、得意不得意の差はあれど、誰しもが基本的には全属性の魔力を持っているのだから。
だから、全く他属性の混じらない単属性という物自体が、机上の空論なのである。
尤も、地球側からすれば、複数属性の方が圧倒的に珍しいのだが。
旋回しながら戻ってくる三式に、アハトは背中の砲塔を向ける。
生前の自我があれば、あまりにも常識外れの事態にフリーズして、もう一発くらいは貰っていたかもしれないが、その様な知能のない今はただ敵を抹殺する事しかない。
故に、攻撃あるのみ、である。
砲撃した。
~~~~~~~~~~
マジノラインのコンセプトは、ただ一つ。
凡人の挑戦である。
作製過程において、職人技や特異な技術は使われておらず。
運用においても、指揮官から雑用に至るまで、誰一人として唯一無二の才能を必要としない。
その上で、戦略級の戦力を確保する事を目的としてデザインされている。
そして、今、目の前に、立ち向かうべき天才……否、天災がいる。
今こそ真価を見せる時だ。
「射出角度、算出!」
「相対速度差、入力完了!」
「変動軌道、回避機動設定!」
「エネルギー充填率60%! ちと低いが、行けるぜ!」
「良し! 迎撃ッ!」
放たれた氷塊砲弾。質量や速度、そして魔力強化された硬度を加味すると、一発でも直撃すれば三式の機能は致命的な物になってしまう。
三式は、全マジノラインシリーズの中でも機動力に秀でている分、耐久力が削られているのだ。
だから、躱し、打ち落とす。
三式の砲塔群が旋回する。
迫る氷塊砲弾の弾幕を、魔力砲撃でもって迎え撃つ。
砲撃。
二つの砲撃が噛み合う。
全力砲撃ではない為に、氷塊を完全に打ち砕くには威力が足りていない。
だが、一部を脱落させ、軌道を変化させる事くらいならば充分だ。
それにより生まれる間隙。
予想通りに作られた隙間へと、三式は捩じ込んで回避とする。
山のような氷の塊が雨霰と降り注ぐ。
それによって、一瞬だけ、互いが互いを見失う。
「今だ! 巨蟹座、投下ッ!」
最後尾車両のハッチが開き、一人の少女が投げ出される。
薄青い髪を靡かせる彼女は、この戦場におけるキーマン。
ゾディアックが一人、【巨蟹座】リネットである。
純粋氷属性を有する彼女は、対フリーレン=アハトにおいて、最重要の切り札と言える。
「皆様、起床の時間ですわ……!」
練り上げた魔力を一気に解放する。
薄く広く、ひとすらに広大な範囲へと行き渡らせる。
威力や濃度が重要ではない。
必要な事は、彼女の魔力で覆い隠す事にあるのだから。
アハトが、第二射を放つ。
もはや侮りはない。
確実に三式を潰すべく、高速で移動しながらの連射だ。
三式もまた、高速移動しつつ迎撃していくが、魔力充填が追い付いていない。
徐々に劣性へと均衡は傾いていく。
やがて、一発の氷塊が三式の迎撃網を抜ける。
直撃コースだ。
だが、その瞬間。
氷の大地が跳ね上がった。
下からの突き上げにより宙を舞った三式は、迫っていた砲弾を眼下に飛び越えていく。
氷原が海原のように、波打ち始める。
「助かったぜ、お嬢ちゃん!」
「うむうむ、感謝するぞ!」
「動けさえすれば、こちらのもの……!」
リネットを追い越していく、海精種の戦士たち。
彼女の魔力に包まれた事によって、氷結の呪縛から解放されたのだ。
勿論、全員無事、とはいかない。
半数以上は凍り付いた時点で絶命してしまった。
しかし、奇しくも強大な魔力を宿している者程、復活が出来ていた。
氷結の影響を強固に受けていた為に、逃れ得ぬ瞬間凍結されていたからだ。
おかげで、脳細胞なども含め、全身の細胞が死ぬ事もなく、綺麗な状態で氷像化していたのである。
復帰してきた戦力に、アハトは忌々しいと思う。
そして、その怒りの矛先は、当然、それを為した人物へと向かう。
リネットへと砲撃が撃ち放たれる。
万全の状態でも、真正面から受け止める事はきついであろう氷山が如き砲弾。
白銀世界を無効化する為に魔力を全解放している今では、とてもではないが回避も防御も出来ない。
リネットを失えば、状況はまた振り出しに戻ってしまう。
それを直感した海精種たちが守らんと動き出しているが、もう遅い。
ただ一人、同僚のクリスティアナだけが、リネットに視線を向けていなかった。
「……間に合いましたね」
見上げるのは、空。
そこに起きている異変を見付けて、薄く微笑む。
リネットが柏手を打つ。
それに合わせて、氷片が舞った。
魔王式氷属性オリジナル術式【氷刻・神聖城塞】。
一瞬にして、氷で出来た修道院にして城塞たる彫刻が完成する。
激突。
幾重にも並んだ城壁が、氷砲へと立ち向かう。
容易く打ち破られていくが、奥からドンドンと迫り出してくる新たな城壁が、その勢いを徐々に削り取っていく。
受け止めきる。
遂には、氷砲を止めきり、氷塊は力無く落ちていく。
「あ、危なかったですわ」
リネットが息を吐く。
彼女に余力など無かった筈だ。
ならば、何処にこれだけの魔力があったのか。
その答えは、空にあった。
光が凝縮していく。
それは急速に拡大し、巨大な壁となって天を覆う。
封印壁。
作戦の第一段階である、星獣を閉じ込める封緘が解放されたのだ。
そして、それは同時に、封印の担い手が戦場に登場する事を意味する。
「感謝しますわ、ミス・シズク!」
最強の補給線が、稼働を始めた。