祈りの受け皿
「クソッ! もう駄目だ!」
「援軍は!? 援軍はまだか!?」
「ダメです! 全通信、途絶! 回復しません!!」
分断された各軍は、混迷の極みへと達していた。
これまでは足りない戦力を、有機的組織運用によって辛うじて優勢へと持っていっていた。
しかし、星獣によるたった一手で、その危うい天秤は一瞬にして瓦解してしまう。
バラバラに分断され、また常に隣接する区域がシャッフルされている現状では、今までの戦術はまるで機能しない。
ろくに連携も取れず、孤立した戦力から徐々に物量で押し潰されていく。
絶望。
絶体絶命の状況に、皆の心に陰りが芽生え始めていた。
勝てないのではないかと、そんな弱音が心を塗り潰していく。
だが、その時。
弱る心を打ち払う、黒き雷光が迸った。
全戦場から立ち上ぼり、天に座す星獣を囲むように合流していく。
止む事の無い、反逆の意志。
その発露に、人々は顔を上げて喝采する。
「黒雷だ……!」
「魔王! 雷裂、美影様ッ!」
「まだ、……まだ諦める時ではないぞ……!」
まだ戦える。まだまだ、負けてはいない。
兵たちの萎えかけていた心が、奮い立つ。
それを支えるように、吉報が届く。
「ッ、通信、回復しました! 援軍の派遣も再開します!」
「良しっ! もう少しの辛抱だ! 気合い入れろ!」
「「「応ッ!!」」」
断絶した境界から、戦火が上がる。
援軍の到着した証拠に向かって、孤立した者どもは駆け出して行った。
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「ぜひー……、ぜひー……。よ、容赦ないのじゃ」
『当たり前だろ、バーカ』
最後方、戦場世界の外側に置かれている司令部にて、半分くらい身体が消し飛んでいるデブ猫ーーノエリアが、荒い息を繰り返しながら愚痴る。
それを一蹴するのは、雷光を纏った少女ーー美影である。
ノエリアが消耗している理由、それは美影の情報送信という、特に攻撃的要素のない筈の電波を受信した結果だ。
出力が出力なので、受信した者が弾けとんで蒸発しかねない事を承知で、彼女がやったのである。
周りには一切被害を出さない、ピンポイント狙撃発信という神業を駆使して。
唐突に燃え上がるノエリアに、周囲の者たちが、すわ何かの呪いか、と戦々恐々とした事は言うまでもない。
ともあれ、そんな事をした理由は、うっかりと出力を間違った、という物ではない。
未だ完全に自身の力を制御できているとは、とてもではないが言えないが、それでもある程度は出力を絞る事くらいは出来ている。
具体的には、今のノエリアが無傷で耐えられるくらいには、彼女はこの短時間で自分の力を物にしていた。
「……はぁ、はぁ、い、生きておるのが奇跡のようじゃ……」
『フいてんじゃねぇ、駄猫。お前があの程度で死ぬ訳ねぇだろうが』
ギュム、と、半死半生のノエリアを踏み潰す美影。
踏まれて、潰れるノエリアは、そのままの姿勢で抗議の声を上げた。
「何を言っておるのじゃ! 万全ならまだしも、我の魔力はほぼほぼ尽きておるのじゃぞ! 耐えられる訳がなかろうが!」
絶大な権能を有していようと、そもそものエネルギーが無いのではどうしようもない。
そうと叫ぶノエリアを、美影は更に踏み潰して冷ややかに見下ろす。
『だから、それが嘘だって言ってんだよ』
ふみふみ、と、足踏みしながら、美影は続ける。
『お前、魔力の枯渇なんてしてないだろ』
「ギクッ」
『何の為に、お前の民を助けたと思ってんだ? あ?』
「…………」
ノエリアは、無言だ。
完全黙秘で目を逸らしている。
惑星ノエリアの民を救出した理由。
その最大の物が、ノエリア本人にある。
過去の遺恨を薄める為?
それも確かにある。
歴史再現の為に犠牲を強いるのだ。
恨みをなるべく残さない手段の必要があった。
だが、それ以上に、惑星ノエリアの民がいる事によって、星霊ノエリアの魔力が回復する事に意味がある。
何故なのか。
何故、民がいるだけで回復するのか。
簡単な事だ。
何故ならば、彼女は〝人類の〟……否、〝知性体の救世主〟なのだから。
地球においては、刹那が暫定的に獲得し、後に美影へと受け継がれた〝救世主〟の霊格。
それを、ノエリアは今もなお保持している。
〝惑星の守護者〟の霊格は、母星の喪失によって効力を失っているが、〝知性体の救世主〟は守るべき民がいれば再び輝き始める。
それが特に、救済を求める修羅場であるならば、尚更の事。
移民の数は、総数だけならばそう多くはない。
しかし、滅びを一度体験し、その恐怖を刻み込まれた者たちが、今まさに同じ恐怖に晒されているのならば。
そこから生まれる救済への祈りは、より真摯に、より必死な物となるだろう。
そうした祈りは、今ならば行き場がある。
ノエリアという受け皿へと届く。
そうして、受け取った祈りは、〝救世主〟の霊格によって彼女の魔力へと変換されるのだ。
『真面目にやれ、って言ってんだよ、コルァ』
「…………分かっておるわい」
正直、気分が乗り切らない。
これまでに色々とあった。
だから、内心は複雑なのだ。
今更、負けた、何も出来なかった〝救世主〟がしゃしゃり出るステージではないだろうとも、思う。
しかし、実情がバレていて、その上でサボタージュするのも、何か違う。
ノエリアの身体が、薄く輝く。
猫の身体が膨らみ、人間大の姿へと変わる。
踏みつけていた美影の足を押し退け、起立するのは、女神然とした十枚の光翼を背負い、複雑な紋様を描く天輪を掲げた、始まりの星霊だ。
『……小細工を退けたんだ。向こうも本気で来るよ』
『それも、理解しておる。少しは役に立ってやるのじゃ』
戦場の行く先を予見した者たちの会話。
それを証明するように、司令部に悲鳴のような急報が届く。
「報告します! 各戦場に、巨大な敵性体を確認! ま、魔力量は……計測不能、との事です!」
俄に騒然となる。
仮にも、魔王たちを擁した戦場なのだ。
魔力計なども、最高ランクを用意している。
そんな魔王たちに合わせた尺度を用いてさえ、計測不能となるなど、有り得ない、有り得てはいけない状況だ。
天竜である。
それも生前の力を再現された。
『……我も、そう多くは抱えきれんぞ』
『残ってる分くらいは、テメーで何とかするさ。それが人間のしぶとさだからね。知ってるでしょ?』
『そうか。そうじゃったな。それが、汝ら、地球人類の強さじゃものな』
知恵を絞り、工夫を凝らし、ある物だけで遣り繰りするのが、地球人類のやり方だ。
すぐに精霊や天竜が介入し、甘やかしてきたノエリアの民には無い、ハングリー精神の発露である。
『では、行ってくるかの』
『さっさと行け』
美影に追い立てられるように、ノエリアは戦場へと飛び込んで行った。