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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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決断

「さて、では気を取り直して。

 ……初めまして、碓氷 雫。俺が宇宙の支配者である」

「弟君?」

「失敬。間違えたようだ。

 賢姉様の下僕と認識しておきたまえ」

「……すっげぇ落差、です」


 目の前で行われる漫才の様なやり取りに、雫は微妙な気分になりながらも丁寧に頭を下げる。


「碓氷……雫、です。世話になる、です」

「うむ。歓迎しよう。

 パーティでも開いてやりたい所だが……怪我人に無理をさせるのは趣味ではない。

 後の楽しみにでもしておきたまえ」

「……そんな気遣いはいらねぇ、です。

 どうせ味も分かんねぇ、です」


 魔力の過供給による崩壊は、目に見える表面的な部分だけでなく、味覚にまで影響を与えている。

 今の雫には、碌な味の違いは分からず、食べ物を出されても楽しむ事が出来ない。


「俺と同レベルとか、寂しい人生だな。

 いや、現在進行形な分、俺よりも酷いのか。

 まぁ、良い。それよりも、もっと実のある話をしよう。

 そう、ここで君に対して行われる、治療という名目を被せた実験的行為について、だ」

「やっぱり実験なのか、です。

 出来れば、痛くしねぇでほしい、です」

「痛み? ああ、痛みは嫌いなのか」


 言って、刹那は、雫の全身を見渡す。

 頭から足まで視線を巡らせ、首を傾げる。


「その割には傷を放置している様に見受けられるが……?」

「治せねぇんだ、です。研究者なら察しやがれ、です」

「成程。ヤブに当たったか」


 一言で断じる。


 雫の身体は、魔力による崩壊だ。

 莫大に過ぎる魔力に耐えきれず、器である肉体が傷付いているのだ。


 その為、魔術による治療は逆効果であり、取り得る手段は科学的な物しかなかった。

 だが、科学的治療に即効性のある物は非常に限られており、どうしても後手後手に回り、なんとか命を繋ぐ事ぐらいしかできず、改善には程遠かった。


 それが彼女の現状であり、納得できる話だったのだが、それを目の前の男はヤブの所業だと切って捨てた。


 少しだけ苛立ちを覚えた雫は、語気を強くしながら言う。


「なら、テメェなら治せんだろうな、です」

「ほう。俺に治療を望むか。

 良かろう。

 健康とはどういう物なのか、久しく忘れている貴様に思い出させてやろう」


 そう言うと、デスクから端末を取り上げる。


 短くそれを操作すると、雫の足元の床板が割れて、何らかの装置がせり出してくる。

 突然のギミックに目を丸くしている内に、それは彼女の胸元辺りの位置で止まる。


「な、何だ、です」

「治療の一環だとも。

 そもそもの根本原因を、まぁ対症療法ではあるが、排除する所から始めなくてはな。

 という訳で、そこに手を置きたまえ」


 不明に対しての不安を覚える雫。


 縋る様に美雲を見遣ると、にこりと微笑まれた。


 きっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせて、彼女はおそるおそる装置の上に両手を乗せる。


 途端、何かが吸われた。


「!? な、なんだ!? です!」

「魔力を吸い取っているだけだ。

 気にするな。

 干からびるまで吸い取ってやる、と言いたい所だが、全然その気配がないな」


 驚きの吸引力を発揮する装置。

 その威力はAランク以下なら数秒で一滴残らず魔力を絞り出せるほどなのだが、雫にはまるで堪えた様子はない。


 吸引が失敗している、という訳ではない。


 その証拠に、端末に表示される魔力タンクのメーターは凄まじい勢いで上がっており、そう時を置かずに満タンとなるだろう。

 刹那は次のタンクの準備をしておく。


 結局、十二個のタンクが満たされるまで吸引する事になった。

 しかも、それはタンクの在庫がなくなったから止めただけであり、雫の方にはまだまだ余裕がありそうだ。


「ふぅ。すっとした、です」

「……これですっとしたで済むのか。

 どういう魔力量をしているのやら」


 身近なSランクである美影も、その評価に違わずかなりの魔力を保有しているのだが、それでもタンク一個強程度で打ち止めになる。


 それと比べれば、雫の魔力量は凄まじいという言葉ですら生温い物と言える。


「もう貴様はこれだけで生きていけば良いのではないか?」

「どういう意味だ、です」

「どういうも何も、貴様も八魔に連なる者ならば、魔力税の事は知っているだろう。

 この先、魔力は金銭として売り買いできる物となる。電気の様にな。

 そうなれば、貴様の魔力は一財産だ。

 碓氷家のみならず、水鏡家とその係累全てを養えるほどの財を築けるだろう」


 誇張でもなければ、騙すつもりもない、心からの感想と予想だ。

 雫がその魔力の全てを財貨として売りに出せば、一族を養うくらい造作もないだろう。


「…………」


 何か思う所でもあるのか、雫は押し黙る。

 刹那はそれに取り合わず、何も言う気はないならと話を進める。


「では、まぁ十分とは言えないが、貴様の魔力に余裕が出来た所で治療を始める」


 刹那の手から、柔らかく、神々しい気配のする光が溢れる。


 超能力式治癒の光だ。

 魔力と似て非なるエネルギーである超能力ならば、雫の限界を迎えた肉体を傷付ける事無く治療できると踏んだのだ。


 それを雫に浴びせる。


 変化は、劇的だった。


 死人の様に白かった肌は血の色が戻ってきて、痩せこけて骨ばっていた身体には健康的な肉が付く。

 潤いを失ってかさついた髪は、艶を取り戻してしっとりとする。

 霞んでいた視界はクリアとなり、全身を苛んでいた強い倦怠感と痛みが嘘の様に消え去る。


 雫にとっては、それは未知の感覚。


 当たり前に生きていられる、という状態を、比喩でも冗談でもなく生まれて初めて感じた。


「……うそ」


 腕を上げる事に苦労がない。

 身じろぎするだけで激痛が走るような事もない。


 今までどんな医者でも出来なかった事が、こんなにも簡単に実現してしまう。


 雫は、目の前の男に、感謝と感激、そして畏怖を覚える。


「どうかね? それが〝健康〟という物だ」

「……身体が、軽い……です。何処も、痛くねぇ、です。

 すげぇ……です」


 涙が溢れる。

 あまりの痛苦に死を望みながらも、生命の本能として死を恐れる。

 そんな矛盾の日々が、終わりを告げた事に。


「おめでとう、雫ちゃん」

「です……です……!」


 泣きじゃくる雫の背を、美雲が優しく撫でさする。

 それは、彼女が泣き止むまで続けられた。


~~~~~~~~~~


「一応言っておくが、これは対症療法であり、一時的な物だ。

 魔力が回復し、器から零れ出せば、再び貴様の身体は悲鳴を上げる事だろう」

「……分かってる、です」

「ならば良い。

 まぁ、ここにいる間は、貴様の命の安全は保障しよう。

 死ねると思うな。

 では、本題だ」


 刹那の言葉に、雫は居住まいを正す。


「そもそもの大前提として、貴様は己が何故ここに連れてこられたのか、その目的を知っているのかね?」

「魔王として使えるようにする為って聞いてる、です」

「うむ。まぁ、その通りだ。

 なのだが、俺は芸術家肌でね。依頼があったからと言って、その通りにするというのも味気ないと思ってしまうのだ」

「弟君、それはどうかと思うわよ?

 お仕事はちゃんとしましょうね?」

「はっ! 天帝の御老人も俺が素直に言う事を聞くなどとは思っていまい」


 美雲の注意もどこ吹く風である。

 彼女は諦めの嘆息を漏らした。


「なので、貴様には選択肢を与えよう!」

「選択肢、です?」

「そう! これからの貴様の人生を決定する、とてもどうでもいい選択肢だ! 俺的に」

「さっさと言いやがれ、です」

「よかろう。心して聞くが良い」


 そして、刹那は指を一本立てる。


「ひとぉつ!

 まずは、さっきも言ったように、純粋に魔力タンクとして生きる道だ。

 これでも十分な稼ぎを得られるだろうし、社会的貢献度もかなりの物だ」


 実際、雫の魔力量なら、ただ提供してくれるだけでもこれからの魔力社会的に大助かりなのだ。

 計算上、彼女一人で日本帝国軍が使用する魔力を支えられるほどなのだから。


「ふたぁつ!

 貴様の中に眠る才能を開花させる」

「才能? です?」

「貴様には、眠った才能がある。それはもうぐっすりとな。

 それを俺が目覚めさせてやる。

 それがどんな才能かは分からないが、まぁ少なくともまるで役に立たない物ではないだろう。

 鍛えれば必ず魔王として恥じない戦力となれるだろう」

「本当なのか? です」

「嘘を吐く理由がないな。

 しかし、この場合、貴様のその無闇矢鱈と莫大な魔力の使い道がタンクとして以外にない。

 あと、十分に育つまで時間と苦労が非常に必要となる」


 言って、三本目の指を立てる。


「みぃっつ!

 非常に限定的だが、眠れる才能に方向性を与えた上で目覚めさせる。

 この場合、能力が狭まってしまうものの、かなり早くに物になる上に貴様の魔力を有効活用できる」

「…………です」


 四本目が立つ。


「よぉっつ!

 最後に、何もかも忘れて一人の人間として生きる。

 俺なら、安全に貴様の魔力を封印する事が出来る。

 魔力を失い、眠れる才能も眠らせたまま、ごくごく普通の一般人として真っ当に生きる。

 魔力を封印するのだから、当然、貴様の健康状態は改善される。

 その代わりに、家族との繋がりがどうなるか、という点だな。

 魔術師として生きられない人間を、八魔がどうするか、分からない訳もあるまい」

「むぅ……、です」

「さぁ、どうするかね?」


 答えを急かす様に手を差し出す。


 悩む雫。


 彼女はぽつりと零す。


「それは……今、決めなくちゃならねぇのか? です」

「その様な事はない。ゆっくりと納得いくまで悩むと良い。

 しかし、世界は君の決断をいつまでも待ってくれないぞ。

 いざ決断した時、何もかも手遅れになっていないと良いね?」


 今まさに、世界は激動の流れに入りつつある。

 表面上は平静を取り戻したように見えるが、こうしている間にも事態は動いているのだ。


 雫の選択を待っていてくれるほど、世界は優しくはないし、刹那も悠長な性格をしていない。


 今が、最も自分を高く売りつけられるタイミングなのだ。


「……決めた、です」

「聞こう」


 人生を決める重要な選択だ。

 深く呼吸を繰り返し、心を落ち着かせた雫は、言う。


「三つ目。三つ目の道を選ぶ、です」


 雫は、これ以上の負担を家族にかけたくなかった。

 今まで、多大なる負担をかけ続けてきた。

 だから、少しでも早く恩を返したかった。


 故に、すぐにでも力を発揮できるようになるという選択肢を選び取った。


「よかろう! ここに選択はされた!」


 刹那の言葉。


 直後、自分の中に何かが入り込み、次の瞬間には何かが湧き出す様な感覚があった。

 同時に、意識が遠く消えていくのだった。


~~~~~~~~~~


「おっと」


 意識を失い、椅子の上から崩れ落ちる雫を、美雲が抱き止める。


「うーん、能力の覚醒は良いんだけど、意識を失うのはどうにかならないのかしら?」

「もしかしたらどうにかできるかもしれんが、その必要性をあまり感じないな。

 どうせ、切羽詰まった戦場で覚醒させるような真似はしないのだ。

 気にするだけ無駄だろう」

「まぁ、そうかもしれないわね」


 美雲は、そう言いながら雫を横抱きに持ち上げる。


 軽い。

 刹那の治療によって、先ほどまでよりは健常な肉付きに近付いているが、それでもまだまだ細い。

 健康体になったのだから、これからたくさん物を食べさせようと、彼女は決意する。


「じゃあ、雫ちゃんを寝かせてくるわね」

「ああ、頼むよ、賢姉様」


 そうして、暫くすると刹那の下に美雲が帰ってくる。


「ただいまー」

「おかえり、賢姉様」

「それで、雫ちゃんにはどんな能力を与えたの?」


 刹那の超能力覚醒には、二つの形がある。


 一つは、対象の中に眠る才を、そのままの形で開花させるパターンだ。

 この場合、覚醒する能力はまるで分からない上に、覚醒直後は本当に雑魚なものとなる。

 代わりに、十分に育てばその能力に関しては十全に発揮できるようになる。


 もう一つは、刹那が才能に形を与えるパターンだ。

 この場合、覚醒する能力はその与えられた形になり、また最初からある程度は強力な状態となる。

 代わりに、能力の幅に制限が付き、限定的な形となってしまう。


 今回、雫に施したのは、後者である。


 その為、刹那はこの時点で雫の能力を知っている。


「ふふっ、それは秘密だとも。まぁ、面白い事にはなるぞ」

「ふぅん? じゃあ、楽しみにしておくわ」


 興味はあるが、無理に聞き出すほどでもない。

 なので、今後の楽しみとして引き下がる美雲。


 彼女は別の話題を探す様に周囲を見回す。


 そして、首を傾げる。


「美影ちゃんがいないみたいだけど、どうしたの?

 弟君の所に来たのよね?」

「ああ、愚妹ならいないぞ。

 トチ狂った事を言ったのでな。

 頭を冷やさせる意味で北の大地までぶん投げてやった」

「…………何言ったの?」


 つい半目になってしまう。

 これでもじゃれ合いの範囲にあるという辺り、弟妹の強度に呆れざるを得ない美雲である。


「恋の駆け引きの秘奥義、ツンデレを理解したらしいぞ」

「美影ちゃんのキャラから離れ過ぎじゃない?

 あの子、デレしかないじゃない」

「俺もそう思う。

 だから、訊いてみた。ちょっと謳ってみよ、とな」

「それで?」

「オチ〇ポでツンツンされて、オマ〇コがデレデレ、だそうだ。

 あの愚妹、梅雨が近いからと言って、脳味噌醸されるの早過ぎだろ」

「美影ちゃん……。説教してやらないといけないわね」

「是非ともそうしてくれ」


 末妹の残念な頭の出来に、兄と姉は揃って溜息を吐いた。


「そういえば、俊哉君もいないみたいだね。彼は?」

「あいつは、九州に送った。

 朝鮮の方で不穏な動きがあるからな。

 政府の方では、先手を打ってぶん殴っておこうという話になっているのでな。

 義手の慣らし運転に丁度良いと国軍に放り込んでおいた」

「……大丈夫なの、それ?」

「大丈夫だろ。

 そもそも、トッシー後輩は防人の家系だからな。

 防衛戦争に参加するのは家業みたいな物だ」

「いや、うーん、そういう事じゃないんだけど、まぁそれならそれでいっか」


 ふぅ、と吐息を漏らす。


「戦争、か……。嫌な話ね」

「全くだ。

 食べる為以外に、身を護る以外に殺すなど、人間とは解に難しきものよ。

 俺には理解できん」

「弟君は野生に生き過ぎだけどね」


 ぷにっ、と刹那の頬を突く美雲。

 むにむにと頬を揉み込む美雲に、刹那は告げる。


「マジノラインの整備は万全だぞ」

「使わないで済む事を祈っておくわ」


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