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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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雷の劇薬

『やっほー、お兄ぃー! ア~イ ラ~ブ ユ~!』

「はっはっはっ、愛い奴だ。待っていたよ」


 黒い稲妻(美影)がヒットし、刹那は黒焦げになった。

 当人たちは、やった方もやられた方もまるで気にしていない事が、更に状況をシュールにしている。


 端から見ている俊哉はドン引きである。


「黒焦げって、なぁ……。俺も流石に……」


 雫の事は好いている。

 なんとなく成り行きで、周囲の思惑から始まった関係だが、今なら恋しているし愛していると断念できる。


 とはいえ、何もかもを無条件に許せるかと言えば、そんな事はない。

 彼だって、自分自身の価値観を持つ人間なのだ。

 他人の何もかもを、愛だけで許せる程に寛容ではない。


「俺だって、雫にやられたら冷め……。いや、人生には適度なスパイスも必要というしな。……うぅむ」


 悩む余地がある時点で、俊哉はもう手遅れであるが。


 ちなみに、永久は特にどうとも思っていない。

 黒焦げにしてされる関係など、自分自身がまさにそれなのだから、珍しくもないと感じている。

 彼女の場合、焼かれているのは自分なのだが。


 状況も状況なので、さっさと本題に入るべきなのだろうが、兄妹は構わずに抱き合ってスキンシップを取っていた。


 俊哉に、そこへ割り込み、注意を促す勇気はない。

 誰しも、目に見えている地雷など踏みたくはないのだから。


「ふぅ……。さて、程好く元気も補充できた事であり、軽めのお使いを頼みたいのだがね」


 さらっと、戦場の重大な行く末がいちゃつきの下に置かれていた。


『まっかせてよ! なに!? あのケダモノでもぶっ殺しちゃう!?』


 星獣を指して、この戦場の全てを否定する世迷言を放つ妹も妹である。


 出来ない……訳ではない。

 今の美影ならば、まぁ単独でも勝てるだろう。


 但し、その時には、ごくごく一部の生命力に長けた阿呆どもしか生き残っていないだけで。


 刹那と美影の優先順位は、似ているようで微妙に差異がある。

 最も大きな点は、絶対に守らねばならない命の中に、長姉(美雲)が含まれているか否かだろう。


 刹那は姉妹を共に愛しているが、美影は姉を殊更に守りたいと思っていないのだ。


 確かに尊敬する部分もある。

 家族愛というものも持ち合わせている。


 だが、同時に、愛する男からの寵愛を二分させる邪魔者でもあるのだ。

 独占欲の強い美影にとって、これ程に心を乱される存在はない。


 敬愛する姉だからこそ、消極的容認で済んでいるのだ。

 本音の所では、今すぐにでもぶっ殺してやりたいと心から思っている。


 なので、兄が望まないからという最大の理由に、人類の救世主としての無意識が後押しして、今は被害を抑える方向で、少なくとも姉が生き残れる程度にまで抑え込んでいるのである。


 だが、理由が排除されるのならば。

 刹那が望んでくれるのならば、美影は全力を以て星獣の撃滅に走るだろう。


 その最中に、うっかり美雲が死んでくれる事を望みながら。


 そんな義妹の心中を、刹那は勿論知っている。

 隠してもいないのだから、知っているに決まっている。


 だから、美影一柱に丸投げしてしまう様な頼みはしない。

 事故が起こりかねないのだから、当然の事だ。


「はっはっはっ、違うとも。あれは私の手で始末してくれる。私を怒らせたのだ。万死ですら生温い。永劫の帳に閉じ込めてくれる……!」


 それに自分が巻き込まれる事はさておいて。


『んー、じゃあ、なぁに?』


 可愛らしく、小首を傾げる美影。

 本当に分かっていないのか、それともあざとく振る舞っているのか。

 彼女の事を知る大半の者が、後者だと迷わず思うだろうが、刹那はそんな些細な事など気にしない。


「可愛い。うむ、実は戦場世界が少々面倒な事になっていてね。解決に手を貸して欲しいのだよ」

『面倒? ……あー、そういえば、なんとなく変な感じがする』


 現実には、現在の状況を本当に分かっていなかった。


 仕方がないのだ。

 今の美影は、一般的な人間に備わっている五感が、ほとんど機能していない。

 見た目こそ、刹那に合わせる形で人の造形を模しているが、本性は雷の塊である。


 世界を観測する方法自体が、まるで異なっている。


 加えて言えば、美影は雷そのものである為に、何処にいる、という情報が明確ではない。

 何処から何処まで、と言わず、全ての雷電が彼女そのものなのだ。

 生体に流れる神経信号でさえも、彼女と同一存在と言える。


 故に、世界が砕け散っていても、彼女は全ての戦場に即座にアクセスする事が可能で、それが故に異常事態の観測も出来ていなかったのだ。


「駄猫が再構築に腐心しているのだが、あれでは力不足なのだよ。具体的には、各断片世界の位置を確定させる事に時間がかかり過ぎている」


 一つ一つを確定させて、繋ぎ直す前に、星獣がシャッフルしてしまう。

 このいたちごっこのせいで、作業は遅々として進んでいなかった。


『成る程! 理解したよ! つまり、走り回れば良いんだね!?』

「うむ、大体その通りだ。得られた新鮮な座標情報を駄猫に最速で送り付けてくれたまえ。ああ、緊急なので全力でね?」

『分かったよ! お安いご用だね!』


 言うが早いか、美影が稲妻となって消える。

 一瞬送れて、鼓膜を破裂させるような雷鳴が響き渡る。


 満足げに見送る刹那に、ヌルヌルと近付いた永久が囁く。


「嫌がらせですね?」

「寝惚けた阿呆には、丁度良い気付けであろう? 文句でも?」

「いえいえ、そんな事は。グッジョブ、と言わせていただきましょう」


 今の美影が〝全力〟で情報を送信する。

 これがどういう事を意味するのか。考えるまでもないだろう。


 出力がまさしく桁違いなのだ。

 単なる電波ですら、南極大陸が一発解凍されるレベルである。


 そんなものを砕けた断片世界の数だけ、連続して叩き付けられるノエリアは、きっと黒焦げでは済まないだろう。


 どうにも投げやりみたいな雰囲気があるノエリアに対しては、良い薬になるだろう。


 もっとやる気を出して欲しいものだ。

 せっかく、故郷の守るべき民も生かして持ってきてあげたのだから。


「まっ、あれの気持ちも分からなくもないがね。おそらくは、戦場の推移を彼奴めも読んでいるのだろうよ」

「…………」


 犠牲となる命を想い、気分が乗らないのだろう。

 仕方のない輩である。

 機械的な心に、情緒が芽生えた悪影響というもの。


「我が子の献身くらい、笑って受け入れて欲しいものだ」

「刹那様は鬼畜過ぎますが……」


 とはいえ、自分が巻き込んだ戦いなのだから、シャッキリして欲しい。

 そう思う永久は、美影の制裁を見てみぬ振りをするのだった。

駄猫「ぬあぁーーーーーーー!!?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 駄猫「ぬあぁーーーーーーー!!?」 次回「ノエリア死す」デュエルスタンバイ! [気になる点] トッシーや、そこは、断念じゃなくて、断言するところでしょ! [一言] そう言えば、カオスでも永…
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