ランダム・ラビリンス
砕かれた仮想世界は、しかし始祖魔術師とピンクの怪物によって即座に紡ぎ直された。
だが、それで全ての問題が解決した訳ではない。
「あのー、せっちゃん先輩? なぁんで、こんな所にいるんですかねぇ?」
「それが私にもさっぱり分からなくてね。いやはや、困ったものだよ」
刀型の封印剣【南極】を開封していた俊哉が、突然、隣に現れた刹那に困惑と責める気持ちを綯交ぜにした声音で訊ねる。
それに対して、刹那は肩を竦めて大仰な仕草で受け流す。
世界は、確かに修復された。
しかし、それによって出来上がった戦場は、バラバラに紡ぎ直されたランダムな物だったのだ。
結果、世界の繋ぎ目を越えた刹那は、何故か遠く離れた戦地にいる筈の俊哉の隣に出てしまっていた。
「チッ、あの桃色粘体娘が。しくじったようだな」
「んまっ! なんて失礼な!」
依頼したのは自分であり、だから状況を考えれば事態を動かしたのは確実に永久である。
しかし、最悪のチェックメイトからは脱したものの、やはり危機的状況はまだ変わらない。
なにせ、何処が何処に繋がっているのか、まるで分からないのだ。
地図を作り直すだけでも大きなロスである。
それを愚痴っていると、にゅるりと犯人が地面から染み出してきた。
「うわ、出た」
「出ますよぉ~。私は何処にでもおりますからねぇ~?」
ゆらゆら、と左右に揺れる怪奇生物に、俊哉は嫌そうな顔をする。
基本的には、永久を嫌っている訳ではない。
過去には色々とあったようだが、彼自身はそのやらかしの被害を受けていないので、特に蟠りのない関係を築けている。
だが、それはそれとして、あまり関わりになりたい人物ではないとも思う。
こういうのは、遠くから指差して笑っているのが楽しいのだ。
近くには来て欲しくない。
「おい、おい貴様。事態の解決が不充分なようだが、何か言い訳はあるのかね?」
「いえいえ、ありませんとも。なにせ、私には何がどうなっているのかもよく分かりませんから!」
やったのは、あくまでもノエリアであると、永久は責任を全て押し付ける。
実際、永久はアンテナになっていただけだし。
「使えない、という言葉を贈ろうか……」
「はいな! 駄猫に使えておきます!」
「貴様に言っている訳だが?」
「はて? 心当たりがありませんね」
すっとぼける。
数瞬の視線の交錯。
折れたのは、刹那の方だ。
「随分と図太くなったものだね」
「褒めて下さり、光栄の至り」
鋼のメンタルに成長した永久には、もはや何を言っても無駄だ。
糠……ではなくスライムに釘というもの。
なので、切り替えて目の前の現実に向き合うべきだろう。
「さて、ともあれ、これはどうしたものかね」
「どうしましょうねー」
「他人事みたいに言うな、この女……」
俊哉が呆れの視線を向けるが、永久の微笑みは崩れない。
現状、仮想世界は繋ぎ直された。
しかし、それは元通りとは程遠い。
「どうだ? 粘体娘、どうかね? 貴様の方で地図は作れるのかね?」
「無理……というか無駄ですね。どうも、刻一刻と変化しているようです」
「……面倒な話だね、全く」
アンテナ役である永久には、何処の断片が何処の断片と繋がっているのか、リアルタイムで把握できている。
それをナビに出来ないかと思ったが、どうやら一筋縄ではいかないらしい。
「いやはや、単なる獣とは思えない狡猾さだ。奴の干渉だろうか」
「でしょう。なんだか増えておりますし」
天を見上げれば、憎き星獣がいる。
それは良いのだが、問題はその周囲を取り囲む七色の光点だろう。
濁りを帯びた虹の輝きは、黒を除く始祖の成れの果て。
「こちらでは、エルファティシア様が随分と荒れておりますよ」
「ふん。まぁ、気持ちは察してやらんでもないがね」
大切な半身というものは、刹那にもよく分かる。
彼も、美影や美雲がああなっていたら、キレ散らかす確信がある。
だから、魂を分けた同胞が良いように使われている様に、エルファティシアが荒れ狂う気持ちは推して測れるというものだ。
「こう引っ掻き回されてちゃ、烏合の衆にしかならねんじゃねェすかね?」
「良い事を言う。君にしては上出来な発想だ」
「俺にしては、は余計だぞ」
このままでは、本当にままならない。
最悪ではないが、悪い状況だ。
連携が取れないのでは、物量によって徐々に磨り潰されてしまうのがオチである。
加えて言えば、封印壁も安定しない。
展開させる壁は、六面体の内側なのだ。
多少の歪みならともかく、今の状況ではまともに星獣を囲えない。
逃げ道ができてしまう。
更に更に言うとするのならば、刹那も星獣まで辿り着けない。
道は目の前にある。
全ての中心である星獣には、全ての断片世界と繋がっている。
だが、それは押し寄せる敵勢を正面突破するという事と同義だ。
万全の彼ならばともかく、今の刹那にはそれだけの余力は存在していない。
何処かに抜け道を見付けつつ、徐々に近づいていくしかないのだ。
これでは、作戦が完全に破綻してしまう。
実に効果的な一手だ。
獣の本能で、こちらがやられて最も嫌な手段を嗅ぎ付けたらしい。
「粘体娘、おい粘体娘。貴様、スライムであろう? 迷路の入口と出口を繋げる事は得意ではないのかね?」
「それはアメーバでは……。刹那様は私を何だと!」
「実験生物かな? では、怪猫はなんと言っているのかね?」
やはり、打開の鍵を握るのはノエリアだろう。
彼女の縁結びは、強固な代物である。
星獣であろうと、そう容易く千切れない程に。
だから、彼女がやらねばならない。
「そうですね~。シャッフルされるよりも速く、全ての断片世界を繋ぎ、その上でシャッフルされても千切れない頑丈な命綱があれば、正しく繋げられるとの事ですが……」
言って、永久はチラリと空を見上げる。
刹那も、そして聞いていた俊哉もまた、空を見上げ、呟く。
「最速で、かね……」
そんな事が出来る者など、該当者は一人……否、一柱しか存在しない。
黒き雷光が閃いた。