動き出す超生物
「先鋒集団! 異文明勢力と共同にて、戦線を押し上げておりますっ!」
「うむ、序盤としてはまずまずの立ち上がりだね」
「まっ、ここで躓いているようじゃ、作戦も何もないしね。当然よ」
届いた報告に、刹那と美雲は小さく頷き合う。
そろそろ頃合いだ。
彼らも役目を果たすべく、戦場に踏み込まねばならない。
空を見上げれば、星の如き大怪獣が鎮座している。
今はまだ眷属たちに戦場を任せているが、あれが焦れて動き始めれば、被害は指数関数的に跳ね上がる事になる。
まぁ、それ自体は二人の関心の薄い所ではあるのだが。
究極的には、刹那の世界には自分と姉妹の三人しかいないし、美雲に至っては自分しかない。
だから、他の誰がどれだけ死のうと構わない。
しかし、一度、その極めて限定された世界を脅かされたならば、その脅威を排除する事に何処までも貪欲になれる。
そう、大切な自らの世界を犠牲にしてでも。
「時に、勝手に決めてしまったが……良かったのかね?」
「あら、いやと言うなら、とっくに言っているわ?」
刹那は苦笑し、美雲は微笑む。
二人は、既に自らの辿る結末を悟っている。
逃げられない。
最後の封印、圧殺の術式は中心部から行わなければならない。
だから、発動させてから全力で逃げ出したとしても、巨大なエネルギーの奔流に巻き込まれて中に引きずり込まれてしまう。
あるいは、刹那が万全な状態だったのならば、それでも逃げられたかもしれない。
しかし、それはたらればの話でしかない。
今の彼は万全からは程遠く、そして地球が崩壊している現状、回復する目処もない。
だから、どうしようもないのだ。
作戦が失敗しても死ぬ。
万事成功したとしても、二人は星獣と共に封印の中に閉じ込められる。
星獣を解き放つ事が出来ない以上、彼らもまた、歴史の闇に葬られてしまう。
「まっ、死ぬ訳じゃなし。美影ちゃんに期待しましょう」
「……ふむ、そうだね。愚妹ならば、いずれきっと」
至高の頂へと登り詰めた美影ならば、彼女さえ外にいるならば、自分達を見捨てる様な事はない。
何千年、何万年、あるいは何億年かかろうとも、諦める事はないだろう。
「では、行こう。お手をどうぞ、賢姉様」
「ええ、エスコートをお願いね」
宝石を散りばめた短剣――【天】を持つ手とは逆の手を、差し出された刹那の手に載せる。
迷いはない。
未練も。
だから、あとは前に突き進むのみ。
二人は、微笑み合い、駆け出す。
一歩目からフルスロットルだった。
~~~~~~~~~~
峻険な山々の連なる領域。
ロシア神聖国と地竜種の一派が陣を張っている一角にて、鉄巨人と炎の悪魔を従えた女性がいる。
久遠である。
彼女は、波打つ様な刃を持つフランベルジュ型の剣――【ユーラシア】を大地に突き刺し、焦燥に駆られていた。
(……早く、早く!)
ユーラシアへと超力を全力で注ぎ込んでいるが、封じられている能力の解凍は遅々として進んでいない。
滲み出すように少しずつ漏れ出ているだけであり、この調子では星を囲い込むほどの大きさの封印壁となるまでに、途轍もない時間がかかりかねない。
「中央第一陣、全滅しました!」
「右翼、敵軍団に分断され孤立!」
「ッ、天頂より飛行物体急接近! 直撃コースです!」
先程から、決して軽視しかねる報告が続々と舞い込んできている。
全ては、本陣を、もっと言えば自分を守る為に、皆が命を投げ出しているのだ。
今も、空からやって来た捨て身の敵勢に対して、こちらも捨て身の防壁を以て受け止めている者たちがいる。
死んでいく。
刻一刻と。
それが、久遠の心を削り取っている。
彼女は、戦士だ。
最前線で光輝の剣を振りかざして突き進む、英雄たれ。
そう、育てられた。
だから、こうして最後方で姫か宝のように守られるのは、あまりにも場違いで性に合わない。
『……あのよー、イライラすんのは分かんだけどよー、俺様に押し付けんのは止めろやバカが』
『大丈夫!? お母さんには僕が付いてるよ!』
自分の作り出した使い魔、炎魔とイフリートから、苦情じみた激励と純粋な心配が届く。
「ああ、そうだな。悪かった」
あまり超力を鍛えてこなかったツケだ。
正直、久遠は自分の能力があまり好きではない。
命を創り出すという領域が、彼女の道徳観に反する事もあるし、一度は副作用で死にかけたというトラウマも理由の一つだ。
だから、担い手たちの中では、久遠は一段劣る練度となる。
おかげで、他の地よりもやや遅い展開となってしまっていたのだ。
「そうですよー、お姉さま。どう足掻いても仕方ないのですから、割り切るべきです」
「……お前はもっと前に出ろ」
ついでに、近くの大地から染み出してきた桃色の粘体からも声をかけられ、こちらには辛辣な言葉を返した。
にゅるり、と盛り上がったそれは、やがて人型を取り、服を創り出し、最後に頭の上にとんがり帽子を載せた魔女っ娘スタイルへと変形した。
永久である。
彼女は、困ったように頬をかきながら答えた。
「いやー、それもそうなんですけどねー。さっきまで連戦に付き合わされてちょっと疲れていると言いますかー、お姉さまに護衛は必要不可欠と言いますかー、そもそも私が出向くと味方から背中を撃たれかねないと言いますかー」
どろっ、と輪郭を崩して見せれば、成程、敵にしか見えない。
スライム生命体、というものが地球にもノエリアにもいない以上、あとはもう敵の作り出したクリーチャーとして見られても仕方がないだろう。
とはいえ、
「それで死ぬ事もないだろう。グダグダ言ってないで、とっとと行け」
「えー、でーもー」
その時、防衛網を抜けた異形が一息に急接近してきた。
気付いた永久が、禍々しい大剣を文字通りに首元から引き抜くのと同時に、巨大なイフリートが稼働する。
鉄拳制裁。
頭上から落とされた鋼鉄の拳が、異形を単なる重量と速度で叩き潰した。
衝撃で大地が揺れる。
「私の護衛なら心配いらん。頼もしい者たちが固めてくれている」
『それって僕の事!? うん、頑張るよお母さん!』
小躍りしかねない程に奮起するイフリートを見上げて一瞥した永久は、肩を竦めて同意した。
「はぁい。分っかりましたー。じゃあ、もうひと頑張り、してきましょうかねー」
億劫そうに言った永久は、前に出る。
今の彼女には、魔力がほとんど残っていない。
直前までの前哨戦で、使い切ってしまっていたのだ。
だが、それだけの事だ。
それでどうにかなるような生物では、最早ない。
崩れ落ちる。
人型が消え、全身がドロドロの粘液へと変わり、大地へと沁み込む。
鳴動。
地面が不穏な振動をする。
直後、横一文字に大地が割れると、中から大量のピンク色の粘液が噴き出し、それは津波となって戦場を押し流していく。
量と数の暴力。
「あーっはっはっはっは! どけどけどけぇーい! 永久様のお通りですよぉー!」
群体生物の強み、最後の一欠片まで消滅させなければ、本当の意味で殺しきれない超生命体は、死を恐れぬ軍勢を、更なる死を超越した大群で圧し潰していく。
魔力も、超力も、他の何もいらない。
ただ巨大な肉体だけで、彼女は最強となれるのだ。
「……いずれ星を飲み込むかもしれんな」
全く冗談にならない未来予想図を、安全圏から見送った久遠が呟くのだった。