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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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黒翼と鉄翼、時々流星雨

 ドクン! ……ドクン……トクン……。


 過剰動作していた肉体を、ゆっくりと鎮めていく。

 血霧が消え、灰の毛並みへと戻っていく。

 ガルドルフは、ギリムの遺骸を見下ろしながら、深く息を吐き出した。


(……チッ)


 内心で舌打ちする。


 思っていた以上に強かった。

 いきなり切り札を切らされる事になろうとは思わなかった。


 相当に改善したとはいえ、血死が肉体に過負荷をかける事は間違いない。

 たった今の戦闘だけで、ガルドルフの全身はガタガタになっている。


 だが、悠長に休んでいる訳にはいかない。

 戦いは始まったばかり。まだまだ先がある。


 それに何よりも、


「よくやってくれた!」

「行くぞ、お前たち!」

「進め! 命ある限り!」


 ガルドルフの肩を叩きながら、追い越していく者たちがいる。


 人間。

 ガルドルフの、いやノエリアの民の認識では、ハゲ猿とまで蔑まれる、臆病と無能を煮詰めた劣等種族の代表格。


 それが、我先にと駆けていく。


 つい先ほどに故郷を失い、つい今しがた仲間を殺されたばかりだ。


 なのに、彼らは一瞬たりとも怯まない。

 悲しむ事は後にも出来る。

 今は、目の前の敵を一体でも多く殺し尽くす事こそが最優先だと、藻掻き足掻く強い意志を発していた。


「負けてられねぇなあ……!」


 これからは、この狂気に満ちた〝人間〟たちと共存していかねばならないのだ。

 弱音を吐いて、後ろに隠れている暇はない。


 ガルドルフは、獣魔の戦士だ。

 筆頭クラスでもある。

 そんな存在が、先頭に立たずにどうすると言うのか。


 ()()、獣魔種の地位を少しでも引き上げる為、軋む身体に鞭を打ち、彼は戦場を睨みつける。

 彼は、獣らしく、牙を剝き、爪を立てる。


「道を、開けろお……!」


 もう一度先頭に立つべく、駆け抜けた。


~~~~~~~~~~


「くっ……!」


 放たれた強敵は、ギリム一人だけではない。

 黒翼の天使――ラヴィリアは、立ちはだかる敵を前に、苦戦を強いられていた。


 上下から挟み込まれる凶刃の咢。

 乱杭歯の代わりに並ぶ、鋭い刃物の輝き。

 強靭な顎の力でもって閉じられるその口腔は、あらゆる物質を細断するデスゾーンに他ならない。


 ラヴィリアは、そこに挟まれながら、しかし有する戦槍を支えにする事で死を免れていた。


「敵にすると、やはり厄介に御座いますね!」


 戦っている相手は、旧い顔馴染み――刃竜ゼルヴァーンである。

 巨竜形態へと変化した彼は、全身が刃の塊であり、単なる体当たりですら必殺の槍衾と化す凶悪な生命体となる。


 顎の力に耐えかねた槍が軋みを上げる。


 ラヴィリアは、脚甲に包まれた足先で蹴りつけて勢いを補助、同時に翼をはためかせて急旋回を生む事で、口腔から逃れ出る。


 すれ違う。


 瞬間、更に身を回した彼女は、槍の穂先をゼルヴァーンの背中に叩きつけた。


「傷も付かないとは……!」


 硬く、速く、そして力強い。

 シンプルに強いという厄介なスペックに、ラヴィリアは攻めあぐねている。


 本来、両者は同格の存在である。

 同じ上位種に位置し、そして共にその中で一流の戦士として名を馳せていた。


 戦えば、互角の勝負となったであろうし、今の知恵なきゼルヴァーン相手ならば、ラヴィリアが優勢を取れる筈だ。


 しかし、現実はラヴィリアが劣勢に立たされている。


 理由は一つ。

 ここがノエリアの土地ではないからだ。


 精霊種によって創造された天翼種は、地脈と接続する事で無尽蔵に近い魔力を行使する能力を持っている。

 それこそが、地竜種における巨竜化に匹敵する、種族的切り札なのだ。


 だが、ここは慣れ親しんだ土地ではない上に、インスタントに創られた仮初の空間だ。

 接続する事は出来ないし、強引に接続したとしても、エネルギーを汲み上げる地脈自体がか細い。


 その為、天翼種が持つ奥の手がナチュラルに封じられているのだ。

 このデバフは大きく、ゼルヴァーンの無智をも上回る戦闘能力の下落を、ラヴィリアに強いていた。


(……一点集中ならば貫けるので御座います、が……)


 魔力を一点集中させて、貫通力を極限まで上げれば、ゼルヴァーンの竜鱗も貫けるだろう。

 だが、その集中させる一瞬だけは、ラヴィリアの防御力及び機動力がほぼ消失してしまう。


 果たして、その一瞬の隙を、ゼルヴァーンは見逃してくれるだろうか。

 全く考えられない。


 いや、そもそも、その一撃で、確実にゼルヴァーンを仕留めねばならないのだ。

 仮にも生命力に長けた地竜種を、である。


 狙うならば、頭だ。

 心臓だろうと他の何処だろうと、たった一部を破壊した所で地竜は止まらない。

 一点だけで確実に落とすならば、頭……脳を破壊するしかない。


 チャンスは、一度の一瞬。

 しかし、そのチャンスがなかなか見出せなかった。


 高速で空を駆けながら、ラヴィリアは必死で意識を集中させる。

 ほんの少しでも気を抜けば、すぐにでも細切れにされてしまうから。


 ゼルヴァーンから剥離し、無数の刃弾幕となった竜鱗や回転しながら追尾してくる刃翼、そして刃物の塊である本体と、全方位から殺到する死を回避しつつ、隙を見出さんと目を凝らす。


(……無理に、決まっているで御座いましょう!)


 出来ない物は出来ないのだ。

 だって、出来ないのだから。


 徐々に逃げ場を失い、とうとう追い詰められてしまう。


 瞬間。


「ヒャアアアアアア……! 邪魔だぁぁぁぁぁ!!」


 割り込んでくる者たちがいた。


 複数の人影。

 見慣れぬ鉄翼を背負った人間たち。


 彼らは、天頂より逆落としに飛翔、飛び回る竜鱗の一部を弾き飛ばし、包囲網の一角を打ち崩した。


「っ!」


 すかさず、ラヴィリアは逃げ道へと飛び込む。

 その背後を、紙一重の距離でゼルヴァーンがすり抜けていった。


「天使殿! 助太刀いたします!」

「貴方方は……」

「合衆国軍翔翼大隊です! 状況は急を要する模様! 手短に御要求を!」


 人間に助けられる屈辱はない、という長年の経験で染みついた反射を飲み込み、ラヴィリアは要望通りに短く簡単に要求する。


「隙を。一瞬だけで構いませぬ」

「「「Roger!!」」」


 出来るものならばやってみろ、という意思を込めた要求に、しかし否の返事は全くない。


 隊長格と思しき者が声を上げる。


「4、5、6隊は天使殿の護衛を! 7、8、9、10隊は周りを引っ掻き回せ! 刃を近付けるな!」

「我らは!?」

「良い質問だ! 喜べ! 1、2、3隊! お前たちは邪竜を捕らえる!」

「それは剛毅な事ですな、大隊長!」

「自慢話になりますね!」

「よし、ならばかかれ! 時間をかけるなよ!」


 彼らは、魔王ではない。

 何をどう頑張っても、ゼルヴァーン相手ではおちょくってやる事しか出来ない。


 だが、彼らが勝つ必要はない。

 勝ってくれる最強の鉾は、背後に控えているのだから。


 つまり、いつもの事という訳だ。

 彼らの、地球人類の近頃の戦争とは、そういう物である。


 自分たちの切り札を、相手の切り札にどうやって有効にぶつけるのか。

 それを追求してきた。


 だから、彼らは希望を抱いて飛ぶ。


 約半数は、刃鱗と刃翼を遠ざける。

 銃弾で、槍剣で、あるいは囮となって引き付け、時として体当たりしてでも戦場から突き放す。


 残された半数の更に半分は、ラヴィリアの周囲を巡る。

 防空網を抜けた攻撃を、身をもって受け止め、彼女に一切の傷も不安も抱かせない。


 そして、最後の残りは、ゼルヴァーン本体へと立ち向かう。


「散開!」


 突っ込んできた巨竜を前に、全員がバラバラに飛翔する。


 だが、それは苦し紛れの動きではなかった。

 皆が二人組(ツーマンセル)を崩さずに飛んでおり、統制の取れたものだと分かる。


「知恵なき獣! 格好の獲物だ!」


 自分たちよりも強い生き物を、知恵と武装で狩る。


 人類史そのものだ。

 臆する訳がない。


「網を張れ!」

「「「Connect!」」」


 飛び回るハエたち。

 小さくばらけている為に、ゼルヴァーンはどれから狙うべきなのか、一瞬だけ迷う。


 その間隙に、部隊はそれぞれに魔力で編んだ綱を接続させる。


 絡み取る。


 ゼルヴァーンの全身、頭から尾の先まで、複雑に綱が通される。


 それぞれは、そう大した強度はない。

 所詮は、一般魔術師の力量だ。

 ゼルヴァーンが身動ぎするだけで、簡単に千切れてしまう程度のものだ。


 それをさせないのが、腕の見せ所だが。


「元が生物ならば! 関節の動きもあるだろう!?」


 観察したし、協力してくれた同族たちからの情報提供もある。

 だから、おおよその体構造は把握し終えている。


 炸裂。


 ゼルヴァーンの全身で、爆裂の花が連続して咲き誇る。


 ダメージを与える為のものではない。

 全てが、腕や足、翼などを不安定な方向に稼働させる衝撃を狙ったもの。


 不格好なダンスを踊る様に、ゼルヴァーンの体勢が崩れる。

 体と手足がバラバラの方向へと捻じれ、翼は推進力を失っていた。


「刈り取れェー!」


 体勢を崩した瞬間、網をかけていた者たちが瞬動する。

 円を描いて渦巻くように、ゼルヴァーンを巻き込む。


 それが、致命だ。


「そこに御座います!」


 網にかけられ、更に体勢を崩され、巻き上げられたゼルヴァーンは、まさに水揚げされた魚そのもの。

 これが部隊だけとの勝負だったならば、雑魚を相手にした一瞬の油断というだけで済む。


 しかし、彼らの背後には、彼を仕留められる槍の穂先が控えていた。


 戦槍の一突き。

 穂先が分解し、連接剣となって一直線に伸びていく。


 貫徹。


「ガッ……!?」


 上位種の全力の魔力を一点に込められた一突きは、見事にゼルヴァーンの頭蓋を撃ち抜いた。

 確実に脳を破壊したらしく、彼の身体から力が抜け、飛び回っていた刃弾幕も次々と落ちていく。


「お見事っ!」

「貴方方も、御見事に御座いました」


 成程、これが人間か、とラヴィリアは納得する。


 一人一人は弱く、頼りない。

 それでも、連携を駆使し、出来る事をやり遂げ、勝機を作り出していく。


 轡を並べるに足る。


「天使殿、こちらを」

「? 何で御座いましょうか?」


 価値を認めていると、指揮を執っていた隊長格から、小さな装置を渡される。

 耳にかける代物らしく、ジェスチャー込みで装着方法を教えられた。


 言われた通りにすると、視界に地図が映し出された。

 周辺一帯を描いた戦場図である。


 そして、その中で不穏な赤い範囲が幾つも点滅している。


「あー、隕石注意報です、天使殿。お気を付けください」


 言われた直後、無数の岩塊が音速突破で地上へと降り注いだ。

 衝撃波込みで、数多の軍勢を薙ぎ払っていく。


(……これもまた、人間……に、御座います)


 ここまで〝災害〟級魔法を躊躇しないというのも、珍しい。

 少なくとも、こんな戦い方はノエリアではあり得なかった。


 出来ない訳ではなく、やったら精霊種や天竜種に制裁されてしまうから。


 しかし、これからは、この戦場では、躊躇しなくて良い。


 我知らず、ラヴィリアの口元に笑みが浮かぶ。

 戦いを楽しむつもりはなかったが、なんとなく楽しくなってくる。


「良いで御座いましょう。付いてきなさい、鉄翼の勇者たち」

「「「Roger! 身の程を弁えつつ援護します、黒翼の天使様!!」」」


 星の垣根を越えて、二つの文明圏が手を組んだ。

 戦場は益々過熱していく。

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― 新着の感想 ―
[一言] モブ兵士達が、自分達に出来ることを精一杯やって、戦闘に貢献できてるのが良いですね。 とは言え、所詮はモブなので、半分以上はこの戦いで死んでしまうんでしょうねぇ。カナシイナー。
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