必要だった生贄
「「「オオオオオォォォォォォ……!!」」」
雄叫びと共に駆け出す。
中東系の濃い色の肌をした者たち、インド王国傘下にいる軍団だ。
猛る叫びは、お前を殺すという殺意の表明。
そして、同時に怯懦を打ち払う鼓舞の叫びでもある。
怖い。
怖いに決まっている。
彼らは先槍だ。
つまり、ほぼほぼ死ぬという事である。
もしも生き残ったのだとすれば、それは運が良かっただけのこと。
実力で勝ち取れる物ではない。
なにせ、この戦場は彼らが絶対と思っていた魔王たちですら、一歩間違えば死に絶える場所なのだ。
ただの戦闘魔術師でしかない彼らは、一歩も間違えずとも死ぬに決まっている。
そうでなくとも、そもそも敵が恐ろしい。
星をも喰らう怪物。
そんな規格外なものが恐ろしくない筈がない。
それは、生物として当たり前の感情だ。
それでも、必要であるが故に。
明るい明日を求めるが故に。
彼らは、本能を叩き潰し、理性と狂気の刃で武装して、果敢に立ち向かうのだ。
「進め進め! 一歩でも遠く! 一秒でも長くッ!」
天から落ちてくる死者の軍勢。
戦術も連携もない。
一体一体は大した相手ではない。
だが、なによりも数が多い。
雲霞の如し、とは正にこの事だろう。
それでも、彼らは懸命に突き進む。
黒い腐肉の壁を穿ち、切り、蹴り飛ばして、前へ前へ。
一人、また一人と倒れていくが、それでも彼らの突き進む速度は緩まない。
しかし、敵も座して見守る訳も無し。
天に浮かぶ星獣から剝離した、一体の異形が飛来する。
「なん……ッ!?」
「ぎゃっ!?」
「ぅあ!!?」
途端、先槍の穂先が爆ぜ飛ぶ。
爆心地では、その下手人が血反吐を叫びながら立ち塞がっていた。
「『【ギ、グギッ、イ゛ダイ゛ィ! ユル、ユ゛るザナ゛いィぃィぃ! ウラ、うらraラ、裏切ッタァ゛ァ゛ァ゛ァぁぁ……! ころろろろろろ、コこコろススススぅぅぅぅuuuu?】』」
それは、降り注ぐ異形たちの中でも、群を抜いて歪な姿をしている。
ベースは人間の男だろうか。
しかし、白の翼と黒の被膜を背負い、頭からは鬼と竜の角を生やし、腐肉の隙間からは機械仕掛けが覗き、所々に獣の体毛を不規則に並べ、と、様々な部位を調和を無視して合成したような出で立ちをしているのだ。
両腕が無数に分化しており、数多の触腕を伸ばしてくねらせている。
それらが、人類連合軍の先鋒を無茶苦茶に強かに打ち据えた。
「ぐあぁ!!」
吹き飛ぶ、だけではない。
それだけならば、まだ良かっただろう。
ただ、死ぬだけだ。
問題は、一部、叩き潰され、触腕の手元に残っていた者たちである。
「あ……ア……A……a……」
溶かされ、取り込まれ、同化し、敵となっていく。
ある者は新たな触腕へと、ある者は触腕に火を纏わせ、ある者は棘に、ある者は毒に……。
多種多様な変化を見せるが、結論はただ一つ。
「悍ましい事を……!」
犠牲者の顔を貼り付かせ、呻き声を上げさせるという所業を含めて、生き残った者たちは悔し気に歯噛みする。
それ以上の事が出来ない。
「ぐわぁ!?」
「ギャッ!」
相手の強さは、少なく見積もってもSランク。
あるいは、もっと上の魔王か、それ以上かもしれない。
そんな怪物と、周囲の雑魚を相手にしながら戦うだけの実力は、先槍の彼らは持ち合わせていなかった。
「くっ、撤退だ! 後続の部隊と合流して叩くぞ……!!?」
隊長の言葉が、不自然に跳ね上がる。
命令を下した事で、彼が重要人物だと見て取ったのだろう。
内容までは理解していなくとも、そういう知能はあるらしい。
複数の触腕がうねり、優先的に隊長の男を狙う。
それに死と、続く冒涜を覚悟する。
瞬間。
特大の斬撃が五本、敵陣を容易く引き裂き、触腕を物ともせず千切り、怪物本体へと斬り込んだ。
「『【ギャアアアアアアアア!!?】』」
刻まれた五線の傷口から、どす黒い血を吹き出しながら、絶叫する継ぎ接ぎの怪物。
何が、と思う間もなく、下手人が自らの作り上げた道を駆け抜け、先槍部隊を追い越していく。
「あいつは俺様が先約なんだあ……!」
すれ違いざまに、言葉を残していくそれは、地球の民である彼らには見慣れぬもの。
巨大な灰色の狼。
いや、獣の特徴こそ色濃く出ているが、二足で大地を踏みしめ、両腕を構える姿は、人型のそれ。
獣魔種、という異星からの来訪者だと理解する。
彼は、両手の獣爪へと魔力を漲らせながら、立ちはだかる怪物――ギリムの成れの果てへと肉薄した。
「よお! 縁を切りに来てやったぜぇ……!」
指先を立てた貫手を、蜷局を巻いた触腕で受け止めて、ギリムは相対者へと叫ぶ。
「『【が、ガガ、ガルルルルドぉ、るふふふゥゥゥゥ!!】』」
「ハッ! 俺様の名を覚えてんのかあ! 禿サルにしちゃあ、上出来じゃあねぇかよぅ!」
「『【よヨよ、ヨ゛グモ゛モ゛モ゛モ゛モ゛モ゛!!】』」
裏切られた恨みを忘れていない。
命を失い、魂を失い、肉体を穢され、最後に残ったのは、仲間たちへの愛情などではなく、ただただ裏切った者たちへの憎悪であった。
それを察したガルドルフは、目を細めて憐れむ。
他者に侵され、自らを見失ったという意味では、彼の知る最も近くにいた人間――美影も同じこと。
そうして、彼女の中で最後に残った感情は、刹那への愛情であった。
どちらが正しいとも、どちらが上等とも、言わない。
ただ、どちらの方が好ましいかと言えば、当然、後者に軍配が上がる。
「悪いとは思ってるよお。可哀そうにってなぁ!」
本心だ。
つい先刻までそんな気持ちは微塵もなかったが、あまりにもあんまりな憐憫を向ける阿呆共を見た所為で、心から哀れに思うようになってしまった。
殺到する触腕を躱しながら、彼は最後の言葉を送る。
「だからぁ、俺様が殺してやるよぅ!」
せめてもの慈悲。
人の心を持たない化物には、呉れてやらない。
きっちりしっかりと、同じ星に生きた同胞として、心を込めて殺してやる。
「『【ジャアアアアアアアア……!!】』」
「オオオオオオオオオオ……!!」
獣と怪物が激突した。
何で中東系だったのかと言えば、獣魔の文化様式が設定上は中東系だからです。
まぁ、なんとなく似ている、というだけで正確に一致している訳ではないのですけどね。
特に活用する気のない設定の一つ。