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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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馬鹿との接触

 数日後。


 水鏡邸の前に、立派なリムジンが停まった。

 雫を迎えに来た雷裂の使いだ。

 了承の連絡を入れれば、待ち構えていたようにとんとん拍子で話は進み、一週間と経たずに迎えが来たのだ。


 いや、実際に待ち構えていたのだと思う。

 手ぐすねを引いて、今か今かと焦がれていたのだろう。


 それほどに求められているという事が誇らしくもあり、同時に実験動物としてだとすれば、今後、どの様な未来が待っているのか、と不安にもなる。


 しかし、雫は萎えそうになる自身の心を奮い立たせ、一歩を踏み出す。


「碓氷 雫様。お荷物を預かります」

「……です」


 着替え位あれば良い、という事だったので、最低限の量を纏めれば小さな旅行鞄に収まる程度になってしまった。

 それを渡し、開けられた扉を潜る。


 中は、とても車の中とは思えない有様だった。

 豪華なソファが置かれ、端には冷蔵庫もあり、天井には邪魔にならない程度の大きさながら煌びやかな装飾の施された照明がある。

 モニターも設置されており、テレビ視聴なども出来そうだ。


「お待ちしておりました、碓氷 雫様。

 本日、貴女様のエスコートをさせていただきます、雷裂 美雲と申します。

 よろしくお願いしますね?」

「あっ、えと、はい、です。よろしく、です」


 中で待ち構えていたのは、雷裂家の令嬢、雷裂 美雲だった。

 雫も知る有名人である。

 雷裂本家の直系であり、次期当主候補筆頭。

 魔力ランクはBでありながら、学内ランキングにおいて一桁順位を維持しており、高等部の生徒会長もしている。

 美麗な外見から異性からの人気も高く、家格などを鼻にかけない柔らかな性格も合わさって、同性からも憎からず思われている。

 などなど。


 良い噂を上げ始めたらキリがない人物だ。

 まさか、たかがモルモットの送迎にそんな大物が出てくるなど、雫は思ってもみなかった。


「え、えと、碓氷 雫、です。よろしく、です」


 意表を突かれ、挙動不審になる雫に、美雲はにこりと微笑む。


「緊張なさらずに。座られてはいかがですか?」

「は、はい! です」


 席を勧められ、緊張に固くなりながらも腰を下ろす。


 途端、雫は目を見開く。


 なんて事だ。なんて、柔らかく気持ちよいソファなのだ。

 座り心地が良い、などというレベルではなく、まるで精神から堕落を誘うかの様な、悪魔のソファである。


 うっとりとした心地でいると、ゆっくりと車が動き出す。


「ふふっ、お飲み物でもどうですか?」

「あっ、貰う、です」

「はい」


 美雲が冷蔵庫からジュースを取り出して、コップに注ぐ。

 柑橘の匂いがふわりと香る。オレンジ色の液体が揺れる。


「はい、どうぞ」

「ありがと、です」


 ちびりちびり、と、舐める様にジュースを飲む雫。


 可愛い、と美雲は思う。

 実の妹にはない、小動物的可愛さだ。


(……あの子は気儘な猛獣だものね)


 姉をして、その様な認識だ。

 今でこそ、刹那に懐いて丸くなったが、それ以前は大概酷い物だった記憶がある。

 自分が逸脱者なのだという自覚はあっても、自らの力が及ぼす影響力については無頓着で、簡単に拳を振り上げる様な性格だった。

 幸いにして死者こそ出なかったが、それもギリギリのラインであり、いつか犠牲者が出るとヒヤヒヤしていた物である。


 それに比べれば、緊張に固くなっている雫のなんと可愛らしい事か。

 借りてきた子猫の様である。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ? 取って食べちゃったりしないから」

「……です」

「まぁ、そう言われて簡単にリラックスできるような子なら、最初から緊張なんてしないでしょうけど」

「……ですです」

「という訳で、お話ししましょう!」

「……です?」


 首を傾げる雫。


「人は分からないから恐れるの。

 未知、不明に対して恐怖を感じるのよ。

 だから、お互いの理解の為にお話をしましょう?」

「は、はい、です」

「では、最初に。御趣味は?」

「見合いか! です!」


 勢いでついツッコミを入れてしまった。

 それに、美雲は嬉しそうに笑む。


「良い反応ね。その調子その調子。

 少しは緊張も解れた所で、訊きたい事、あるんじゃないかしら?」

「……訊いても良いのか、です?」

「勿論。守秘義務の問題で答えられない事もあるけど、雫ちゃんが気になるような事は全部答えられると思うわ、多分」

「…………じゃあ」


 少し悩んで、一つ目を訊ねる。


「これ、何処に向かってんだ、です」

「ああ、それからなのね。

 サンダーフェロウ所有の研究施設よ。番号は第一。

 具体的な場所は……ごめんなさい。私、知らないの」

「し、知らねぇってどういう事だ、です」

「秘匿施設なのよ。身内でも知っている人は少ないわ。

 そこで働いている職員も含めて、ね」


 事実である。

 第一研究所は、その特殊性から世間から厳重に隔離・秘匿されており、勤務している職員を含めて、その具体的な座標を知る者は非常に少ない。

 美雲も知らない一人であり、雷裂家の私有地内にある辺鄙な土地、という事ぐらいしか知らない。


「まぁ、大丈夫よ。別に異世界でも別の星でもないわ。

 ちゃんと地球上の土地よ」

「その言葉に安心できる要素があんまねぇ、です」

「うーん、じゃあ、廃棄領域でもない、とは言っておくわ」

「あ、当たり前だ、です!

 あんな所、生きていける人間なんていねぇ、です!」


 常識的な言葉であるが、美雲としては苦笑を返すしかない。

 そんな場所に適応してしまった怪物が、身内に二人もいるのだ。

 常識に依れば賛同したくはあるが、現実は非情である。


「ともあれ、普通に人間の暮らせる場所だから、気にしなくても大丈夫よ」

「ふ、不安だ、です」


 いまいち不安の解消には繋がらなかったらしいが、これ以上、この質問を掘り下げても答えは期待できなさそうだった為、次に行く事とする。


「雷裂は、ウチに何を求めてんだ、です」


 一番の疑問点。

 確かに魔力量は莫大の一言だ。

 己以前の世界最多魔力量を大きく引き離す物だ。


 しかし、利用先がない。

 これで基本魔術であろうと一つでも使えれば、砲台としてでも使えたのだろうが、そんな事は出来ない以上どうにもならない。


 最近は、純粋魔力という物も出てきた為、まるで無駄にはならないのだと思うが、それでも大金をはたいてまで求める様な物ではない。


「私たちが、ではないわ。求めているのは、天帝陛下よ」

「陛下、です?」


 数少ないSランクの一人として、もっと幼い頃に謁見した事はある。

 しかし、それだけだ。

 問題がある所為で、それ以降は何の音沙汰もなく、一切の関わりがない。


「あなたを使えるようにしろ、というのが私たち……いえ、正確には私の弟に依頼が来たのよ」

「ウチを、使える様に……です?

 で、出来んのか、です!?」

「どういう形になるかは分からないけど、出来るわ。当たり前の様に」


 超能力を開花させれば、誰だろうとある程度は使えるようになる。


 問題は、《六天魔軍》として使える様に、という条件だろう。

 ただ開花させるだけでは、その条件には嵌まらない。


(……弟君はどうする気なのかしら?)


 分からない。

 だが、自信はある様だったので任せている。

 倫理的意味合いで駄目な感じだったら、張り倒せば良いので何も問題はないのだ。


 雫は、興奮と不安の間で揺れている。


 今まで役立たずであった自分が誰かに求められる、誰かの役に立てる、というそんな希望が目の前に吊るされたのだ。

 それに興奮しない訳がない。


 だが、それが何のリスクもない、と安易には信じられない。

 これまで様々な医者や研究者を頼り、しかしその度に匙を投げられてきた。

 そんな体質を治す事に、一切の代償がないなどとは到底思えない。


「まっ、安心なさい。危険があるようだったら、私が逃がしてあげるから」

「い、良いのか、です? 罰とか、受けんじゃねぇのか、です?」

「大丈夫よ。雫ちゃんの主治医になるの、私の弟だもの。

 お姉ちゃんが叱れば分かってくれる良い子よ」


 少し思考回路がやばいけど、という言葉は内心で留めておく。

 わざわざ不安を煽る必要はないのだ。


「……うちは、水鏡は、どうなるんだ、です?」

「うん?」

「ウチの体質改善だけじゃなくて、水鏡家の援助も、雷裂家はしてやがる、です。

 陛下からの依頼だって言っても、お前らに旨味が全然ねぇ、です」


 何か、別の狙いがあると思うのは自然な事だ。

 しかし、相手が〝雷裂〟である事を忘れている。


 美雲は迷わずに答える。


「単なる道楽よ。私たちにとっては」

「ど、道楽、です?」

「そ。私たちって、お金持ちでしょう?

 溜め込んでるだけだと経済にも良くないから、こうして何か思いついたりするごとにばら撒いているのよ。

 金額を気にせずにね。

 意地になって使わないと、増える一方だし」


 それこそ、どこぞの財団の様に、金利だけで生きていける連中だ。

 その上、業績が黒字の大企業にして研究所を抱えており、放っておくとどんどんと貯金額が上がっていってしまうのだ。


「け、桁違いの発想、です」


 一般人には縁遠過ぎる実情に、雫は唖然とせざるを得なかった。


~~~~~~~~~~


 長い時間をかけて移動していた車が、ようやく停止する。

 外側から開けられた扉を潜ると、そこは驚くほどの田舎だった。


 というか、大自然の中である。

 その中に、巨大な建物が一個だけポツンとある様は、異様な印象を抱かせる。


「お疲れ様、雫ちゃん。早速だけど、弟君と会いましょう」

「行く、です」


 美雲の先導で、雫は第一研究所へと入っていく。


 中は、ごく普通の研究所という印象だ。

 怪しげな設備もなければ、すれ違う職員も取り立てて不審な点は見られない。


 ただ、最奥区画に入ると雰囲気は一変する。


「こ、怖い、です……」


 何が、とは分からない。ただ、ひたすら怖気が走る感覚がある。


「ああ、分かるのね。……そっか、だから魔力が」


 雫が恐れている物の正体は、刹那の超能力の気配だ。


 超能力の目覚めていない者では、如何にそれが強大なのだとしても感じる事は出来ない。

 つまり、それを感じられるという事は、雫のそれが半覚醒状態にある、という事だ。


 何故、という疑問は、即座に答えへと繋がる。


 彼女の魔力が、中途半端だからだ。


 刹那は魔力が一切なかった。

 彼の話によれば、だからこそ超能力が目覚めたのだと言う。

 魔力という蓋がなかったが故に、覚醒に対して障害がなかったのだ。


 雫も、似たような物だ。

 魔力こそ持っているが、必ずある筈の魔力属性を持たない、中途半端な存在。

 不完全な魔力は、蓋としての役割を果たせず、超能力が僅かに覚醒している状態となっているのだろう。


 美雲は安心させるように微笑み、雫の背を摩る。


「大丈夫。怖くないわ」

「……はい、です」


 車中で話している内に、美雲相手に打ち解けてきた雫は、彼女の後押しに勇気づけられ、一歩を踏み出す。

 歩を進めるごとに強くなっていく気配に、足が竦みそうになるが、なんとか気力を振り絞って奥へと進む。

 そうして、一つの部屋へと辿り着く。


 美雲が扉を操作して開け放つ。


 途端、吹きつける様に広がる、恐怖の気配。

 唾を飲み下しながら、勇気を出して踏み込む。


「弟君ー。来たわよー」


 美雲が呼びかけると、部屋奥をライトが照らす。

 そこには、何やら格好つけた男がいた。

 派手な素振りで振り返りながら、


「ふははははっ。よくぞ来た、生贄の子羊よ。己の才を自覚せぬ愚か者よ!

 多大なる時間と無駄な労力を注ぎ込む日々は終焉を迎える!

 貴様に祝福が与えられる時が来たのだ!

 そう、我こそが福音をもたらす者! 汝の救世主!

 心して聞け!

 我が名は、がっ……!?」


 美雲の銃撃で演説を強制終了させられる。


「おほん。

 えーっと、あれが私の弟の、雷裂 刹那。

 雫ちゃんの主治医になる子よ。

 あんなだけど、悪い子じゃないから、仲良くしてあげてね」

「……正直、あのノリには付いていけそうにねぇ、です」


 全くだ、と美雲は思った。


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