致命的裏切り(笑)
災厄は、空からやって来た。
何の前触れもなく、突然、雲一つ無い晴天の空から、一条の雷が降る。
轟雷。
決して、自然的な要因で生まれる筈の無い強烈な落雷に、人々の目は引き寄せられる。
同時に、その異質さにも敏い者たちは気付いた。
何も感じない。
あれだけの雷だ。
何らかの魔力を感じないという事はあり得ない。
あるいは、超力であればそういう事もあるかもしれない。
だが、潜在的に超力を有している地球人ならば、強力なエネルギーの脈動を、その正体は分からずとも、肌で感じられるものだ。
にもかかわらず、それには本当に何も感じなかった。
脅威である、という意識さえも、まるで浮上しない。
「…………」
それがやって来る事を察知していた青年が、いち早く着弾点に出来たクレーターの淵に立つ。
刹那だ。
彼は、優しげな微笑みを浮かべたまま、立ち上る戦塵を見詰める。
随分と待った。
過去の惑星ノエリアで別れて以来、まともに顔を合わせていない、最愛の番。
表面には見せないものの、焦がれていた。
刹那にとって、姉妹以上に大切な者などないのだから。
その片割れが、今、目の前に、手の届く場所にまで戻ってきてくれたのだ。
誰よりも早く、何よりも先んじて、駆け付けるのは当然の事である。
やがて、舞い上がる塵幕を引き裂いて、一人の――否、一柱の少女が姿を現した。
裸体を惜しみ無く、恥ずかしがる様子もなく晒した立ち姿。
だが、それを見る者たちに、劣情が湧きあがる事はない。
あまりにも完成されきっている。
まるで、最高の芸術作品を見ているかのような、そんな気分だけを皆に与えていた。
ただ、一人を除いて。
「ふっ、いつ見ても、我が最愛は美しい」
刹那の呟きに反応したように、少女神――美影は、彼へと視線を合わせた。
瞬間。
僅かな残光だけを残して彼女は瞬発する。
『お兄ぃーーーーーーーー!!!!』
雷よりも猶速く。コンマ一秒ですら待てないと言わんばかりに。
最大最速で駆け寄り、勢い余って殺人タックルを叩き込んだ。
「おふっ」
両腕を広げて、抵抗なく受け入れた刹那は、空気の抜けるような声を漏らしながら、くの字に折れ曲がって吹き飛んでいく。
一応、殺意はない。
害意や敵意もなく、つまりはこれは間違っても攻撃ではない。
とはいえ、今の美影は紛う事なき神格であり、一方で刹那は星の加護を失って弱体化している状態だ。
キロ単位で彼方まで吹き飛び、仮都市の外にある不毛の広野に着弾した一人と一柱は、遠慮なく乳繰り合っている。
『お兄! お兄お兄お兄お兄お兄お兄っ!』
グリグリボキボキビリビリと、刹那を鯖折りにしながらその胸に顔を擦り付ける美影。
その度に、彼女の感情が溢れ出すように、雷撃がそそり立つ。
刹那は、背骨が人類として曲がってはいけない角度に曲げられ、奔る雷撃にビクンビクンと痙攣しながら、可愛い妹の頭を優しく撫でる。
「ふふふっ、変わっていないようで何よりだよ。最愛に恋した瞬間を思い出したとも。まるで、雷に撃たれたかのような気分だ」
よう、ではなく、現実に雷に撃たれ続けている。
現在進行形で。
美雲が、実は妹弟の関係は勘違いなのでは、と内心で疑っている事は内緒だ。
『あのねっ! あのね、お兄! お兄のね! 声が聞こえたの! だから、ね! ボクね! 戻ってきたんだよ! お兄の愛が感じられたよ! 素敵っ!』
「ははは、そうかそうか。それは素晴らしいな。私の呼び掛けで戻ってきてくれるとは。愛の力の偉大さを感じられる」
暫し、二つの人ならざる人型は、離れ離れとなっていた空白の時間を埋めるように、全身全霊でお互いの存在を感じ合う。
ゴロゴロと地を転げ回り、肌を重ね、魂を溶かし、文字通りの一心同体へと限りなく近付いていく。
「……何をしているのかと思えば~、何をしているのですかぁ~?」
そこへ、呆れた声と共に、一人の女性が駆け付けた。
ツムギである。
あちこちに包帯を巻いた痛々しい姿でありながら、しかし一方でその立ち姿には力が漲っている。
彼女は、まともな精神状態の美影が帰ってきたと聞いて、絶対安静の指示を無視して飛び出してきたのだ。
唯一無二の親友である。
互いが一つの種族の到達点であり、人間種と霊鬼種がその形を保っている限り、彼女たちを超える個体は発生し得ないと言える。
だからこそ、心が惹かれるのだ。
その想いを胸に駆け付けたというのに、そこには想い人と蕩け合う姿があったのだ。
いつも通りと言えば、まぁいつも通りなのだろうが、あんまりな気分にもなる。
とはいえ、タイミングは良かった。
間一髪、という所だろう。
あと少し、ツムギの到着が遅ければ、刹那と美影は、一心同体となり、安定を失った意識は再び闇に沈んでいた筈だ。
その時、ただ意識を失っただけならば、大した問題ではない。
この後に待つ戦において、大きな戦力や勝利の鍵を失うだけの事だ。
大問題だが、致命的と絶望する程ではない。
人類は諦めが悪いのだ。
しかし、もしも、意識を失わなかった場合、非常に不味い事になる。
何故ならば、現在の美影は、宇宙意思そのものと融合しているからだ。
今の太陽系を取り巻く状況は、この宇宙を滞りなく循環させている物理法則からすれば、既に怒髪天を衝く有り様である。
彼女の中では、今すぐにでも火星と星獣を、そして念には念を入れて太陽系を丸ごと蒸発させてしまえと、声高に叫んでいる。
それを抑え付けているのは、ひとえに美影の理性以外の何物でもない。
もしも、あと数瞬遅く、完全に合一していたならば、美影は滅亡の使者としてその全権能を振るっていただろう。
先程までとは違い、完全融合を果たしている為に、肉体の活動限界というリミットを持たない状態で、である。
それがどれ程の脅威なのか、もはや言うまでもないだろう。
その絶対的破滅を寸での所で防いだのだから、ツムギは人知れない英雄である。
『……あぁん? 良~ぃ所だったってのにぃ……、命がいらないと見えるねぇ~。何処のば……か……』
ゆっくりと起き上がった美影は、不機嫌を隠そうともしない顔で振り向く。
雷光を帯びた瞳が、ツムギの立ち姿を捉える。
ツムギは、殺意すら籠められたその鋭い視線を受け止め、薄く微笑んだ。
何故ならば、彼女を認識した美影の目が、大きく、驚きに見開かれたからだ。
友が自分の事をちゃんと覚えていた。
そうと解釈し、ツムギは満足する。
『君、ツム……ギ……?』
しかし、それは勘違いである。
美影は、確かにツムギをツムギとして認識しているが、その視線は彼女の顔を見ていなかった。
美影の抱いた驚愕の理由、それは彼女の視線の向く先、たわわに実った大きなおっぱいにある。
ふと、自分の身体を見下ろし、布一枚羽織っていない胸部に触れる。
ぺたり。
女性的な膨らみは皆無である。
生前の最後の記憶を基に現在の姿は構築されている為、以前までと同じく小学生女児並みの体型だ。
同類だと思っていた。
それは、ツムギからの一方的な物ではなく、美影からも同様の想いが向いている。
だから、きっと同じだと信じていたのだ。
ツムギもまた、自分と同じく子供体型から成長しない、と。
『フシャァ――――――――ッッ!!』
原始的な感情に駆られた美影は、憤怒と嫉妬と悲嘆の入り混じった形相でツムギへと襲い掛かる。
「あいったぁ!?」
柔らかな女性的象徴が、千切れ飛べという想いを込めた激しいビンタで揺らされる音が、空高く響き渡るのだった。
私事ですが、転職しました。(遅れた言い訳)
m(_)m