【人類の救世主】
最後の因子:【救済の祈り】:認証――――
プログラム:【人類の救世主】――――
再起動:――――完了
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雷が降り注ぐ。
縦に横に、尽きる事無く、縦横無尽に。
天頂より天下へと、見渡す事すら出来ない果てにまで走り抜ける幾重の雷は、まるで世界が裂けてしまったかのよう。
轟く雷鳴。
真空の宇宙を貫いて、耳を、身体を、魂までさえも震わせる叫びが響き渡る。
――――我を見よ、我を見よ。
――――我こそが、神である。
理性ではない。
本能が、生物として、――否、この宇宙に存在する物質として、それを理解する。
畏敬。
それだ。
思わず平伏さざるを得ない様な、そんな圧力が降り注ぐ雷より感じられた。
誰もが、敵も味方も、人も化物も、天竜さえも例外無く、動きを止めて固唾を飲んで見詰める。
広域に渡って広がっていた雷の雨が、やがて収束を始める。
宇宙の全てに散らばる断片を、唯一つに。
かき集めて、押し固めて、あるべき形へと。
一本の雷の滝が完成し、それは更に渦を巻いて球状へと変わる。
収斂。
小さく、更に小さく。
星ほどもあった雷球が、中心に向かって圧縮されていく。
やがて、それは人程にまで縮む。
一瞬の間。
炸裂した。
「くっ……!」
莫大なエネルギーの奔流。
しかし、思っていた程の圧はない。
防御を固めていれば、容易く耐えられる程度だ。
その程度の筈がないというのに。
集まっていたエネルギーは、明らかに常軌を逸した、まさしく神話の領域だった。
それが炸裂したのならば、周辺一帯と言わず、太陽系まるごと蒸発していてもおかしくない。
それが、この程度。
これは、ただの残滓、あるいは余波でしかないのだと、誰もが察する。
大半のエネルギーは、それを創り上げる為に使われたのだ。
人型。
人間にしても、随分と小さい。
子供のような大きさだ。
衣服は纏っておらず、素肌を惜しみ無く曝していた。
女性の丸みを帯びた肢体をしているが、その肌の質感は人間のそれではない。
雷気。
雷を押し固めたような身体。
輪郭が常に揺れており、確固たる肉体を持つ生物よりは、魔力で身体を形作る精霊や天竜に近いだろう。
「ミカゲ……か?」
雷を編んで創られたような長髪を靡かせる陰には、二つの星に渡って大きく名を売っていた少女の顔があった。
だが、あまりにも放つ雰囲気が違う。
記憶にある彼女の、焼き尽くす様な苛烈さは欠片も無い。
それどころか、先程までにあった神威の圧さえも無い。
無。
まるで、夢か幻か、実際にはそこにいないかのような、全くの虚無が広がっている。
『キィィィィィィィィ…………!』
神威の圧が消えたという事は、動きを押さえ付けていた要素が消えたという事でもある。
フィーアが雄叫びを上げる。
「うあっ……!?」
放たれる火焔。
極限まで強化された彼は、ただそれだけで近付く何者をも焼き尽くしてしまう。
堪らず、皆が距離を取る。
『…………』
平静を保っているのは、ただ一人。
美影らしき人影だけ。
それ程の熱量に曝されて猶、彼女は涼しい顔をしている。
いや、それどころか、気にしてすらいない。
何も見えていないかのように、ぼんやりとした様子で佇んでいる。
それが気に食わなかったのか、フィーアは狙いを彼女へと定めて、翼をはためかせる。
愚直な突撃。
フェイントも何もなく、一直線の加速。
美影は、回避も防御もしない。
無防備なまま受ける。
あるいは、それはより近しい天竜としての勘だったのかもしれない。
今の美影の、危険度を。
「雷裂嬢!」
同僚として、美影の力量は、この中で武が一番知っている。
如何に彼女と言えど、あれには耐えきれない。
そうと直感して呼び掛ける。
だが、すぐに気付く。
「雷が……」
フィーアの炎を包み込むように、雷が纏わり付いていく。
『もっと、簡単に……潰しても、良かった……』
フィーアの嘴の先端に引っ掛けられ、炎に焼き焦がされながら、美影は静かに語りかける。
やろうと思えば、根本的に〝操作された法則〟自体を破壊してしまえた。
それだけで、フィーアの強度は大きく下がる。
それでも良かった。
美影の中に挿入された、宇宙意思の基準からすれば、穢らわしい改編法則など今すぐにでも破壊すべきだと訴えている。
しかし、それとは別に。
彼女の中には、人として育んできた価値観がある。
それが叫ぶ。
調子に乗っているバカを、最高潮のままに叩き潰せ、と。
二つの異なる価値観。
本来であれば、たかだか人の意思程度で、宇宙のルールに抗せる筈もない。
だが、美影の意思は、魂は違う。
極限へと至る肉体を支えた、究極へと繋がる魂魄。
一度は拡散しながらも、一つへと戻るという奇跡を経験した魂は、鮮烈な輝きを宿している。
だから、自らの意思で自らの行動を決定する権限を有していた。
『ボクの前に、立ちはだかる愚劣。魂の精髄に刻み込んでやろう……!』
ヂリ、と電撃音が弾けた。
次の瞬間、フィーアの放つ炎が雷撃に噛み砕かれ、ガラスの様に砕け散る。
『太陽の鳥。よく頑張りました』
皮肉を笑みに込めて、美影は右腕を振りかぶる。
それは、掲げられると同時に、人の腕の形を失い、輪郭を刃へと変える。
何処までも巨大で、星さえも切り裂かんばかりの、神の刃。
『――――神裂の名の下に、汝に死を与えん』
両断。
炎を消し去っても、それでもフィーアの身体は天変地異が如き強度を有していた筈だ。
それを意にも介さず、ただただ圧倒的なエネルギー量の奔流にて叩き潰してしまう。
彼の魔力へと感電した雷は、繋がる魔力を伝って根源たる魂へと届く。
粉砕。
星の息吹から生まれ、星喰いの傀儡となった哀れなる魂が、今ここに意思持つ破壊神によって、完膚なきまでに殺されるのだった。
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「…………」
圧倒。言葉も出ない。
勝てるとは思っていた。
そうでなければ、頼りなどしていない。
だが、ここまでの圧倒的な光景を見る事になろうなどとは、想像だにしていなかった。
そして何よりも、これ程のパワーを見せていながら、未だに美影からは何の威圧感も感じられないのが、とても恐ろしい。
(……ああ、成る程)
なんとなく、察する。
その理由を。
彼女は、真の意味で、この宇宙の一部となったのだ。
人間は、生物は、あまりにもサイズの違い過ぎる存在を体感する事は出来ない。
身近にある自然も、それを見渡せる位置に行かなくては、その雄大さを理解できない。
自分たちの立つ星々の巨大さも、宇宙に出てみなければ分からない。
ちっぽけな存在でしかないのだ。
だから、そんな矮小な存在に、今の美影の立っているステージを感じられる訳がないのだ。
何故ならば、彼女は宇宙の法則と一体となったのだから。
彼女こそが、この宇宙を支配する物理法則の一部分なのだ。
それを理解し、体感できよう筈がない。
当たり前に隣にある物として、知識として学ぶ以外に、彼女を観測する手段はないのだ。
残心していた美影が、視線を切る。
バチリ、と残光を残した彼女は、気付けばジャックの目の前にいた。
鋭い視線が突き刺さる。
殺意や敵意はない。
が、それは安堵する理由にはならない。
人間など脆い生き物なのだ。猛獣にその気がなくとも、じゃれつかれただけで死んでしまう。
魔王と呼ばれようとも、もはや神のランクに到達した美影には、木っ端とさして変わらないだろう。
ほんの戯れで殴られるだけで、消し炭も残らないに違いない。
冷や汗をかいていると、美影はジャックの胸ぐらを掴んで勢いよく言葉を叩きつける。
『お兄は!?』
「……は?」
『お兄は何処にいるの!? って訊いてんだよノロマがぁ!』
「あ、ああ、彼ならば、火星で準備をしている筈だが……」
『ふん』
それだけ訊いたら用済みだとばかりに投げ捨てられる。
錐揉みする身体を頑張って立て直す先で、美影は雷光を纏う。
『待っててね、お兄! 新生ラブリー・キューティー・ビューティー・シスターが今会いに行くよぉー!』
あらゆる全てを放って、彼女は心を捧げた男の下へと突撃していった。
「…………中身があまり変わっていないな」
もう少し神らしい超然的な態度を取って欲しい。
今までと同じ奔放さでは、ちょっとした事で世界の危機となりかねない。
そんな、決して妄想でも過剰でもない危険な将来を想い、ジャックは頭痛を覚えるのだった。