彼方より此方への赫怒
アケオメ……コトヨロ……。
「状況は!?」
指揮所へと駆け込むと、あらゆる手順を無視して怒鳴る様に問いを投げ放つ。
一刻の猶予もない現実。
星獣が本格的に動き始めたのであれば、こちらも全力で出撃しなければならない。
たとえ、勝ち目がないのだとしても。
そう、まだ駄目なのだ。
何も準備が出来ていない。戦う土俵すら用意が出来ていない。
この状況では、100%負ける。
勝算など皆無だ。
「本体部には動き無しッ! ただ、一部が剥離し、それらがこちらへと向かっている模様です!」
「最悪……ではない、か……」
一部と言うならば、星獣の眷属という連中だろう。
本体に比べれば、よほど与し易い相手と言える。
比較論ではあるが。
形勢不利である事には、何の変わりもない。
なにせ、いまだバトルフィールドの設定がされていないのだ。
だから、またしても、力ある魔王勢に頼りきらねばならない。
肝心の対星獣戦に注ぎ込まねばならない、限られた貴重な戦力を、である。
隔絶した魔王と言えど、一個の生命体なのだ。
体力の限界という物はある。
加えて、ルーナが稼働した事で魔力的制約は無くなった様にも見えるが、受け皿たる魔王達の肉体には相応のダメージ残る。
本来、魔王級の魔力とはそれ程に危険で負荷のかかるものなのだ。
練達の魔王たちであっても、それは変わらない。
ここで浪費して良いものではない。
だが、どうしても頼らねばならない。
そうしなければ、本戦にも届かない。
「クソッ……! 見ている事しか出来ないのか!」
溜まった鬱憤に任せて、デスクを強かに殴りつけて悪態を吐く。
「破片は雑多な混成ですが……一つだけ巨大なものがあります」
「……見れば分かる」
先遣隊として向かってきている者たちは、異星ノエリアに存在していたという多種族が雑に混じった、何らかの思考を交えていない混成軍団だが、その中心には一際大きな姿を持った者がいた。
「あれは……鳥、か?」
「燃える、火の鳥ですね。異星世界は随分とファンタジーな事で」
「我が星が面白みがないとも言えるのだがな……」
その姿は、一言で言えば、まさに火の鳥だった。
輪郭も炎の為にはっきりしないが、モデルは猛禽類の物だろう。
全身が、嘴の切っ先から尾羽の先まで、全て燃え盛る火炎で形成されており、真っ当な生物とは思えない姿形をしている。
地球においては、空想の世界にしか存在しない生物だ。
尤も、特異な魔術を使用する者の謎ゴーレムの類だと、その限りではないが。
重い空気を少しでも振り払うように軽く笑うと、部下が自嘲するジョークを返す。
やり取りの意図を察して、小さく笑いが広がった。
確かに、人間一種しかいない地球は、惑星ノエリアに比べると随分と多様性に乏しく見えるだろう。
しかし、惑星ノエリアの者たちからすれば、たった一種でここまでの変質を見せている地球は、多様性の怪物である。
比較の天秤に挙げて欲しくない程に。
はっきり言って、知れば知るほどにドン引きしている。
そこへ、僅かばかり良くなった雰囲気に水を差すように、悪い知らせが舞い込んできた。
「方舟より通信!」
「内容は!?」
「敵主力の詳細です!」
そこで、通信士は一旦言葉を区切って、抱いた恐怖を振り払うように語る。
「……天竜種、との事です。名は、クラツェン=フィーア」
「いきなりか!」
天竜種。
その名は、嫌という程に警戒対象として語られている。
地球にも、侵入してきた事もある。
その時は、撃破できた。
多大な犠牲が出たが、それでも倒せた。
しかし、それはあくまでも搾りかすでしかない。
単純なエネルギー量にしても、行使できる能力にしても、天竜種の本領からは程遠いと警告されている。
まぁ、見れば分かるが。
あまりにも違う。
だから、分かる。
あれは、まともに戦って勝てるような相手ではないと。
どうする。
どうすれば良いのか。
「クッ、ソが……!」
反撃の狼煙は、まだ上がらない。
~~~~~~~~~~
恐慌は、方舟の中でも起こっていた。
いや、天竜の恐怖をよく知っているが故に、恐慌を通り越して絶望に入る程に空気は重くなっていた。
「よりにもよってフィーア様、に御座いますか……」
「どうするよぅ……、どうすんだよぅ……。あの御方は、まともに殴り勝てる相手じゃねぇだろうよぅ」
クラツェン=フィーアが有する法則を知っている為に、非常に対処に困る相手だと頭を抱える。
彼の炎鳥が持つ操作法則は、〝傷〟である。
自身が受けたありとあらゆるダメージを熱量に変換し打ち返す、応報の法則だ。
ダメージを与えれば与えるほどに、より強力になっていくフィーアの能力は、数に頼る軍団においては致命的な物となる。
彼を打倒する為に必要な事は、作戦や数などではない。
ただ一人、絶対的に強力なる個により、一撃必殺だ。
一切の強化も応報もない状態から、一撃で抹殺まで持っていく破滅的攻撃力が無くてはならない。
よりにもよって、天竜種を、である。
それがどれ程に無謀で非現実的な話なのか、分からないはずもない。
そんな事は、同じ天竜種であっても不可能だ。
出来るとすれば、星霊ノエリアか、あるいは祖竜アインスの二柱くらいのものだろう。
片や力を失い、片や敵に堕ちた、たった二柱だけなのだ。
これが絶望的と言わずに、何を絶望とするというのか。
「…………ツムギ様は……どうで御座いますか?」
もしかしたら、という可能性を持つ者は、いる。
霊鬼の才媛、ツムギ。
天竜無く、精霊も無き今、間違いなく惑星ノエリア由来の戦力で、最強の打撃力を誇る異形の化物である。
彼女であれば、持ち得る全ての援護を載せて、彼女の最大の一撃を叩き込めたのならば、きっと可能性がある。
希望的観測だが、絶対に無いとは言いきれない所が彼女にはあった。
だが、しかし。
「無理だぁ。あいつぁまだ治療中だあ」
ガルドルフが、首を横に振って不可を告げる。
神薙神無は、肉体を超活性させる代償として、常軌を逸した過負荷をかける諸刃の剣である。
生物として限界値に近い耐久力を持つツムギをして、あの短時間の戦闘だけでギリギリまで追い詰められてしまったのだ。
はっきり言って、美影から受けたダメージよりも自壊ダメージの方が大きいくらいである。
その為、今の彼女は方舟の中で集中治療を受けている。
命に別状はない。
治療も順調に進んでおり、通常戦闘くらいなら問題ない所まで来ている。
しかし、神薙神無は、限界戦闘は、まだ無理だ。
一撃すらも耐えられない。
「……で、御座いますか。となれば、真面目に殴り合うしか御座いませんね」
「勝算はあんのかよぅ?」
問えば、ラヴィリアは皮肉げな笑みを見せて、逆に問い返した。
「あるようにお思いで?」
「ねぇのかよぅ……」
「……敵はフィーア様一柱のみ。倒せない相手では御座いません」
力はあれど、知恵なき獣であるならば、絶対に倒せない相手ではない。
そういう意味では勝算はあるだろう。
しかし、問題はこれが前哨戦、小手調べでしかない事にある。
その後に控える本番を見据えれば、ここで戦力を消費できない。
だというのに、戦場が整っていない事もあって、出られる戦力が限定されている上に、それらは失ってはならない強力な手札ばかりなのだ。
大した援助もなく天竜種と対峙すれば、彼らは全滅に近い被害を受けかねない。
それは、続く本番における敗北を意味する。
「チッ、獣の分際で、小賢しい手を打って下さいますね」
「とはいえぇ、戦わない訳にはいかねぇだろぉ?」
憂鬱な気分を引っ提げながら、ガルドルフは立ち上がる。
「適当な奴ら引き抜いて連れていくぜぇ?」
「お願いいたします。こちらも可能な限りの援護を速やかに送らせます」
「頼んだぜぇ?」
今生の別れになる。
そんな覚悟を抱きながら、二人はそれぞれに動き出したのだった。
~~~~~~~~~~
燃え盛る焔の巨鳥は、長大な翼をはためかせ、火の粉を吹き散らしながら宇宙を飛ぶ。
大いなる邪魔者どもを排除する為に。
命じられるがままに。
そこに自我はない。
故に、容赦も慈悲も加減も存在しない。
だから、火の鳥は、自身の最大戦力を出し惜しむ事無く、その準備を整えていく。
天地之理【辛苦世界】。
世界の法則が乱れ、矛盾が軋みを上げて広がっていく。
――――――――――彼方の宙で、雷鳴が轟いた。
法則操作は、こちらにも適応されるフィールド型なので、攻撃に耐えられるなら自分たちにも利する所はあるのです。
ただ、天竜の攻撃力の前には、強化前であっても基本的に一撃必殺なので、恩恵を受ける前に塵になります。
無念。
人の脆さは悲しいね。