交わらぬ未来
最近、忙しかったんや。
すまんかったな。
「……ふむ」
ルーナの調整において、自らの力を必要としない状態にまで持っていった刹那は、再度、火星に降りると同時に呼び出しを食らっていた。
彼の希望した軍団の6分割がおおよそ完了した為、作戦の説明をしやがれ、というもっと早めにこなしておくべき召喚理由である。
呼び出された場所は、未開発のだだっ広い荒野の中心。
機密もクソもないような青空会議場であった。
擂鉢状にせり上がっていく台地には、所狭しと様々な人間が詰め込まれている。
中心付近は6軍を統括する将官クラスに、前線を纏める指揮官たちだが、その更に外側には軍とは直接的な関係のない一般人もいた。
今更、隠す必要もない、という事なのだろう。
どうせ、否が応でも全人類が巻き込まれる当事者なのだ。
だから、気晴らしか気休めになるならば、作戦の全面公開を決めたという訳である。
相手が、基本的には知恵なき獣である、というのも理由の一つだろうが。
刹那は、周囲を見回して、やや眉をひそめた。
「……無難、と言ったところか。実に面白味のない采配ではないかね」
「やかましいですね。効率的かつ合理的と言っていただきたい」
彼がケチをつけたのは、分割した軍団に色分けについてである。
簡単に言って、ほぼほぼ先進魔導大国6ヶ国とその傘下国の勢力で分けられているのだ。
代り映えがないと言えば、まさにその通りである。
米国の前線統括指揮官として参加している【射手座】ジャックは、言い訳をするように理由を語る。
「それぞれの国で、得意分野は異なります。連携が取れない……とは言いませんが、これまでの枠組みを保って編成した方が、戦力を均一化するよりも効果的なのです」
つい先日まで、明確に、あるいは潜在的に敵国同士だった勢力である。
危機が迫っているからと言って、いきなり仲良く手を結ぶ事は…………まぁ勢力図が塗り変わる事はよくある事なので出来ないとは言わないのだが、それでも別勢力同士で阿吽の連携を取れるかと言えば、全くの否となる。
であるならば。
多少の戦力の非均等を許容してでも、確実に高い練度を保てる配置にするのは、ベターな選択と言えるだろう。
なにせ、これから国どころか、星も種族さえも違う者たちと協力しなければならないのだ。
せめて、地球人類の中だけでも連携が取れていなければ、まともな戦争にもなりはしない。
「そんな事よりも、作戦内容を説明していただきたいのですが?」
「ふっ、よかろう。では、我が高説を有り難く聞くが良い」
急かされた刹那は、やれやれと肩を竦めると、機材のスイッチを入れる。
すると、後方からも見える空高くに、巨大なホログラムが大きく投影された。
地球を襲った脅威、星獣の姿だ。
途端、空気の軋むような殺意が充満する。
「うむ、良い殺気だ。皆、やる気満々だね」
「ハハハ、頼もしい限りです。大変、素晴らしい」
「一応、言っとくんだがよぅ。テメェら、やっぱおかしいんじゃねぇかよぅ」
朗らかに笑うのは、地球人組だけであり、参加しているノエリア移民組は、あまりの変貌にドン引きである。
そんな彼らを無視して、刹那は口を開く。
「さて、では早速に始めよう」
「お願いします」
「まず大前提として、現有戦力において、これを討滅せしめる事は不可能だ。これは厳然たる事実として受け止めて欲しい」
「口惜しい事です」
永久に全てのリソースをぶち込めば可能性はあるが、それでは人類は滅んでしまう。
心置きなく健やかに生き延びる為に復讐兼危険の排除を望んでいるのであり、復讐の為に何もかもを投げ出すのは、あまりにも本末転倒だ。
人類は馬鹿ばかりで救いようもないが、そこまで愚かであり、生命の本能を放り捨てている訳ではない。
「となれば、封じてしまうしかない。我々の目的は、我々が生き残る為に脅威を排除する事にあるのだ。殺して鬱憤を晴らす事は二の次だな」
「そうですね」
同意が得られた事に頷きを返し、刹那は8本の刀剣を取り出して浮遊させる。
「封絶剣、とでも言おうか。まぁ、剣の形をしている事に意味はないのだが。これらに〝封印〟の超能力を込め、適切な配置にて開放する事で、彼奴めを封殺せしめる」
「具体的には?」
問えば、機材を操作し、ホログラムの星獣を6枚の壁で包み込んだ立方体が映し出された。
「単発の封印では容易く食い破られてしまう。彼我のエネルギー量は、消耗している今もなお、大き過ぎるからね。だから、四方天地に至るまで、完全に包囲して封じ込めてしまうのだ」
「成程」
「故に、作戦の第一段階は、この封印壁の完成をこそ目的とした防衛耐久戦だ。6人の持ち手が剣の力を開放しきるまで、雑魚共諸君には耐えきって貰わねばならない」
「ふむ。……持ち手とは、誰がなるのですかな?」
「誰でも良い。超力を持ち、充分な習熟度があるのならば」
「……その時点で、ほとんど候補者が絞られますね」
刹那、美雲、俊哉、雫、久遠、そしてヴラドレンくらいだろう。
美影はいつ戻ってくるか分からない為、期待するに値しない。
一応、人数は足りているが、予備の担い手がいない事は、中々に辛い所である。
「いや、残念だが、私と賢姉様は別に役割がある。封印壁には回れない」
「それは……」
一気に候補者が減ってしまった。
二人も足りていない。
作戦が思考段階で頓挫してしまっている。
「まぁ、最悪、我が両親を放り込めば良い。そこそこ生き汚い者たちだ。役目は果たせるだろう」
「彼らは不真面目の権化なので、出来れば頼りたくないのですが」
「では、猿を寄こそう」
「それはそれで……。うぅむ、悩ましいですな」
「山猿と同程度な両親を憐れむべきかね?」
刹那が野生児やっていた頃の舎弟共である。
なんだかんだで超能力を移植されているので、一応、資格はあるのだ。
言葉と常識が通じないという点で、非常に不安があるが。
「まぁ、良いでしょう。フォローできるように現場には頑張って貰います」
「部下に丸投げとは、嫌な上司だね」
「聞こえませんな。ところで、刹那様と美雲様は、別の役割があると言いますが、それは一体……?」
問いかけに、刹那は浮かぶ剣を見上げる。
「壁は6枚、剣は8本。2本、余っているだろう?」
「……てっきり、予備かとも思っておりましたが」
「予備に回すほど、リソースに余裕はないよ。当然、使い道はあるに決まっている」
刹那はそう言って、ホログラムをシミュレーションモードに切り替えて、想定される未来図を皆の前に示した。
立方体の封印壁に囲まれた星獣だが、しかし彼が暴れ回り、内側から封印壁が簡単に食い破られてしまう。
「……作戦が失敗しているように見えますが?」
「だから、私たちが仕上げをするのだよ」
シミュレーションを遡り、封印壁を構築した状態に戻すと、刹那は自らの役目を加えた形で、再度、時間を動かす。
「封印壁による閉じ込めだけでは、不完全だ。それだけでは、遅かれ早かれ星獣の圧力に耐え切れなくなり、崩壊してしまう」
ならば、どうするのか。
答えは、シミュレーションが示していた。
立方体の封印壁が、内側に向けて収縮を始めていく。
徐々に、徐々に、内側にある物を圧し潰し、圧縮し、身動き一つ取れないように。
「中心部から封印壁を引き寄せ、星獣を封殺する。これ以外にない」
そして、その役目は、刹那と美雲にしか出来ない。
何故ならば、【封印】の超能力を有しているのが、この二人しかいないから。
封印壁の構築は、剣に封じ込めてあるエネルギーを開放するだけで出来る為、超力に通じている者ならば誰でも可能だ。
しかし、構築された封印壁に干渉し、自在に動かすとなると専用の権能が必要となってしまう。
だから、万能の刹那と専門の美雲にしか、この役目はこなせない。
おそらく、一人だけの力では、星獣の圧力に負けてしまうだろう。
二人の合力で、ようやくゴリ押して封じ込める筈だ。
「作戦概要を纏めよう」
言って、刹那はホログラムを最初の星獣へと戻す。
「第一段階は、封印壁が完成するまでの時間稼ぎ、耐久戦だ」
星獣を立方体に閉じ込めて続ける。
「第二段階は、私と賢姉様を星獣の心臓部まで送り届ける、護衛戦となる。これは第一段階と並行して行う事となるだろう」
刹那が万全であれば、彼一人で美雲を抱えて辿り着く事も出来ただろう。
しかし、地球という後ろ楯を失い、彼自身のエネルギーが枯渇に近い状態の今、単独での潜入は非常に成算が低い。
皆の力が必要である。
そして、最後に立方体が収縮を始めた。
「最終段階は、封殺に巻き込まれないようとっとと逃げ出す、撤退戦。まぁ、最後まで付き合いたいなら居残っていても構わないがね」
限界まで小さくなった立方体は、そのまま形を失い消えてしまった。
以上が、星獣排除作戦のおおまかな流れとなる。
「なお、封殺に際して、星獣も相応の反発をするだろう事は目に見えている。なので、ここまでの作戦段階において、可能な限り彼奴のリソースを削り取っておくと、作戦成功率が上がる事を明言しておこう」
「…………、……成る程」
分かりやすい説明、明確な未来へと繋がる道筋。
それに、観客たちのほとんどが沸き立ち、士気を大きく上げる。
そんな中で、一部の者たち、特に刹那たちと少なからず関わりのある者たちは、彼の明言しなかったとある一点について、引っ掛かりを覚えた。
封印に巻き込まれないよう、撤退? 成る程、道理である。
ならば、中心点にいるお前達は一体どうなるというのだ?
既に犠牲者はたくさんいる。
これからの戦いの中で、倒れる者も多くいるだろう。
だから、彼らだけに同情する事は間違っている。
だが、同時に、彼らは確実に犠牲となるとも、考えられる。
既に、既に死んだ者たちは仕方がないのだとしても、これから戦いに臨む者たちは、生き残れるかもしれない。
死と生の可能性の両方を持っている。
しかし、彼らには破滅しかない。
星獣と運命を共にする以外に道がない。
分かっていない、筈がない。
だから、言葉に迷った末に、問い掛ける。
「……覚悟があるのですかな?」
「愚問だ。私は前向きに希望を見出だしているとも」
即座に答える刹那に、絶望の色はない。
自棄になってもおらず、人類の未来の為に礎となろうという英雄願望もない。
「ふっ、私は愚妹と賢姉様さえいれば、他はどうでも良いのだよ」
それだけだ。
それだけで良い。
それ以外にいらない。
だから、彼女たちを傷付けた星獣を許さない。
絶対に、確実に、抹殺できる算段を付けている。
そして、その上で大切な姉妹と共にある未来を見詰めている。
「気にする事はない。諸君ら人類とは、別の未来を歩む。私と君たちの未来は重ならなかった。それだけの事だ」
「よく分かりませんが、悲観的でないならば良いです。喜んで犠牲にさせて貰いましょう」
話が付いたその時、耳をつんざくけたたましいサイレンが鳴り響いた。
皆が反射的に厳しい表情で顔を上げる中、悲鳴のような放送が流れる。
『緊急! 緊急! 観測班より緊急……! 敵勢力に動きあり! 繰り返します! 敵勢力に動きあり! 警戒警報が発令されました……! 直ちに第一級戦闘配備に移られたしッ!』
「まだ、準備が済んでいないというのに……」
皆が顔をしかめるが、しかしすぐに意識を切り替える。
「聞いたな!? 迅速に行動に移れ! 敵は待ってくれないぞ……!」
「「「了解ッ!!」」」
即座に、自らの為すべき事へと向かい、駆け出していく。
「……戦闘種族、極まり過ぎじゃあねぇかなぁよぅ」
「頼もしい限りでは御座いませんか。ハゲ猿に比べれば、よほど手を組み甲斐が御座います」
天使は笑い、獣は呆れる。
視線を交わした二人もまた、状況への対処へと走り出すのだった。
なんとか!
なんとか年内に間に合った!
今年も拙作にお付き合いくださり、有難う御座いました!
良いお年を!




