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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
380/417

豊穣の小月

 地球唯一だった筈の衛星、月。

 化け物同士の衝突により、三つに分かたれたそれは、人の手によって、大地を護る、鎮護の砦として、生まれ変わった。


守護の大月(ツクヨミ)】、【天弓の小月(アルテミス)】、そして【豊穣の小月(ルーナ)】。


 この内、ツクヨミとアルテミスは、直接的な武力を有していたが、一方でルーナだけは、一切の武力を放棄して設計されていた。


 しかし、人類文明が、最も重要視していたのは、このルーナであった。

 第三次大戦が終結して以降、魔力による魔導文明へと舵を切って以降、最後に頼りにするのは、〝機械〟の力ではなく、〝人〟の力となっていたから。


~~~~~~~~~~


「追加の魔力、入りましたー!」

「即行、純化させろっ! 多少の雑味は見逃す!」

「第3023流路、破損! 補強します!」

「20秒以内に終わらせろ!」

「アイサー!」

「17,000から19,000まで! 圧力足りてません! 至急、魔力供給を!」

「今ッ! やってるわっ!」


 大戦争である。作業員は、単なる雑用に至るまでが目を血走らせ、鬼気迫る様子で駆け回っていた。


「「「…………」」」


 そんな喧騒の中心で、しかし静謐を保っている区画がある。


 ルーナ中心部、中央魔力供給機関である。

 ルーナ全体に張り巡らされた人造魔力流路、そこに流れる魔力を供給する、まさに心臓部に当たる場所には五人の人間だけが存在していた。


 人種も年代も性別も、全くの統一性の無い集団。

 ただ一つ、共通する点は、彼らが莫大と呼べる程の魔力を保有しているという事にある。


 一位から順番に、上位五名を集めている。


 ポタリ、ポタリ、と、汗が垂れ落ちる。

 彼らは今、精根を振り絞って限界まで魔力を注入していた。


 尋常ならざる量と密度の魔力が、室内に渦巻く。


 一般人が迷い込めば、即座に魔力中毒で死んでしまうだろう。

 Sランク、魔王たちであっても、覚悟を決めなければ立ってもいられないに違いない。


 そんな中に、彼らは長時間に渡って籠り続けていた。

 心身にかかる負荷は、限界を迎えつつあった。


 ドサリ、と、音が鳴る。


 魔力保有量世界第二位、欧州のアレン・ウィンザーは、伏せていた目を薄く開いて、チラリとそちらを見る。

 倒れていた。中年に差し掛かった女性で、魔力保有量は世界第五位になる人物だ。

 米国の魔王であり、歴とした【ゾディアック】の一人だと言うのに、負荷に耐えきれなくなって、気を失ったのだ。


 無理もない、と、アレンは思う。

 かつては世界記録を持っていた自分でさえ、気を抜けば意識を持っていかれそうなのだ。

 ここまで耐えて、魔力を注ぎ続けた事こそを褒めるべきであり、間違っても情けないと貶すものではない。


 だからこそ。


「凄まじいのであるな…………」


 アレンは、中央にて平静を保ち続けている少女を見やり、小さく呟く。


 だからこそ、彼女の存在は異質にして、常軌を外れている。


 世界記録保持者(レコードホルダー)、魔力保有量第一位、碓氷雫。

 まだ十代前半、アレンからすれば孫程にも年の離れた小娘は、この魔力の暴流の中にあって、汗水一つ流していない。


 まるで、これが普通だと日常だと言わんばかりに、静謐を保ちながら、誰よりも多くの魔力を放出していた。


 すぐ隣で、肌で感じてよく分かる。

 彼女の魔力量は、生物の限界を越えている。


 かつての世界記録を持っていた自分だから、よく分かる。

 自分が、限界点なのだと。

 ここ以上は、もう人間が有する潜在能力の限界を飛び越えた領域となると。


 雷裂のような、頭のおかしい〝人間の品種改良〟を行ってきた一族ならば、あるいは大丈夫なのかもしれない。


 しかし、雫は違う。

 八魔という名家の出身とはいえ、人間の常識を超越した存在ではない。


 にもかかわらず、限界を越えてしまえば、当然、代償を支払う羽目になる。


(……長くは、生きられないのであるな)


 まともな人の時間を、彼女は持ち合わせていないだろう。


 残りの寿命は、十年か、二十年か。

 だが、少なくとも、老境にまでは至れまい。


 哀れな、と思う。

 それだけだが。


 若くして死ぬ命くらい、たくさん見てきた。

 魔王をしていれば、自らの手で幼子を縊り殺す機会だってある。

 死にたくないと泣き喚きながら、()()()死んでいく事に比べれば、愛する者たちに囲まれて短くも幸福に生きられる彼女は、充分に恵まれている部類だろう。


 だから、その程度だ。

 凄まじい才であり、それ故に迎える末路を哀れに思うだけ。


 今現在、人類に大いに貢献して役に立っているのだから、それで良いのだ。


 魔力供給以外にやる事もなく、それなりにまだ余裕のあるアレンは、取り留めもなくそんな事を思う。


 と、その時。


「…………んあ」


 静かに瞑目していた雫が、何かに気付いたように顔を上げた。

 じっと見つめていたが故に、真っ先にそれに気付いたアレンは、問いかける。


「如何されたのであるな?」

「……うっぜぇのが来んぞ、です」


 意味を理解するよりも早く、答えの方が騒音と共に登場した。


「頑張っているかね、下らない小市民共! 私というスペシャル助っ人に咽び泣くが良い!」

「にゃー……」

「な? うぜぇだろ? です」

「……ノーコメントであるな」


 刹那と、尻尾を掴まれたノエリアが、鬱陶しい勢いで乱入してきた。

 永久は何処に捨ててきたのか……。


~~~~~~~~~~


【豊穣の小月】、ルーナとは、超巨大な魔力増殖炉という構造をしている。


 ()()()()()には、ある一定以上の速度にまで加速させるとエネルギー量が爆発的に増幅される、という特性がある。

 それを利用して、人類が使えるエネルギーを爆発的に増やしてしまおうという、短絡的で冒涜的な施設である。


 理屈はよく分かっていない。


 自らを神と称するほど、人間は傲慢ではない。

 故に、無から有を生み出せるなどとは到底思えず、だから何かが反応して魔力へと変換されているのだと考えられている。

 だが、その何かが、現状では何も分からない。


 とはいえ、それはこの際どうでもいい事だ。


 重要な事は、そういう現象が起こるという事であり、それが今の状況に役に立つという事だけである。


 小規模な実験では成功した。

 だから、あとは大規模な、惑星サイズの設備で成功させるだけ。


 なのだが、それが難航している。


 根本的に、増幅現象の発生する速度域まで、魔力を加速させられないのだ。


 小規模な場合は、卓越した魔力操作能力を有する者であれば、なんとか個人技能と僅かな補助設備の範疇で現象を起こせた。


 しかし、このルーナのサイズ、投入される魔力量を個人技能で支える事は無理がある。

 大量の人員と補助機械を介する事で、速度を上げていかねばならない。


 しかししかし、ここで問題になる条件として、加速させる魔力は()()()()でなければならない、という点がある。


 一人の干渉なら、誤差の範疇で収まった。

 だが、何百人、何千人と干渉すれば、小さな誤差が積もりに積もり、やがては属性の付いた魔力へと汚染されてしまう。


 今は、大量の魔力を過剰なまでに圧縮する事で、自重による反発加速で規定速度まで到達できないかと試しているのだが、その成果は芳しくない。


 このままでは、必要な時に、戦争のゴングまでに間に合わないだろう。


 それこそ、魔力を一切持たない技能者や、純粋な魔力をそのまま扱える技能者が現れない限り。


~~~~~~~~~~~


「……ってな訳で、今まさにど修羅場なんだぞ、です。オメーらに解決できんのか? です」

「愚問だ。誰がこの理論を提唱したと思っているのかね。私に不可能はないと証明してみせよう」


 言って、刹那はメイン魔力流路へと手を伸ばす。


「むっ、貴様。尻尾が短いぞ。結べないではないか」

「そもそも、尻尾を結びつけるでない。というか、我を巻こうとするな」


 巨大な管にノエリアを巻きつけようとしたのだが、どう考えても猫の尻尾で囲える太さではない。

 それに文句をつける刹那に、ノエリアはそもそもの反論を返して、彼の魔の手から脱出する。


 彼女は管の上に陣取り、内部に流れる魔力を、ひいてはルーナを駆け巡る全ての魔力を掌握していく。


「一万もあれば足りるかね?」


 刹那は、魔力に対する適正が無い。

 ゼロだ。

 だから、機材を用いなければ、魔力がどの程度の動きをしているのかを観測できない。


 しかし、今は、その機材すらも、邪魔だ。

 僅かとはいえ、汚染される原因になる。


 故に、観測は、魔力の塊(ノエリア)に全て任せてしまう。


「……桁が足りておらぬな」

「では、億にしよう」

「まぁ、妥当な線じゃの」


 応えて、ノエリアは魔力の流れを正していく。

 無駄を排除し、より効率的に。

 そして、中に混じっている雑多な属性の欠片をフィルターし、魔力を中性(ニュートラル)へと近付けていく。


 刹那は、加速術を差し込む。

 一個の術ではない。

 それでは末端に至るまでに減速してしまう。

 だから、多段的に、幾つもの術を、差し込んでいく。


 星という規模なのだ。

 その数は、億という単位を超越し、ルーナ全体へと広げられる。


「準備は完了した」

「こっちもオーケーじゃ」


 加速術式の展開は完了した。

 爆発的な加速によって暴れ回る魔力を抑える用意も出来た。


 あとは、発火するだけである。


「では、諸君、合図と共に全力で魔力を放出したまえ。なるべく短く、瞬間的に、そして大量に。頼むよ」


 挑発的な物言いに、雫は腹立たし気な顔をしながら、頷く。


「任せとけ、です」

「よろしい。では、合わせ。……5、……4、……3、……2、……1」


 そして、勝利の鍵が発動する。


「0」


~~~~~~~~~~~


 それは、火星の地表からも、肉眼で見る事が出来た。

 空の向こうに、もう一つの太陽が生まれたのだ。


 否。


 それは太陽ではない。

 熱を孕んだ、本物の光ではない。


 魔力が見えるが故に、そう見えているだけで、実際の発光は全くない。

 だが、それでも、僅かな魔力しか持たぬ者でも、確かに見えて感じられるほどの密度が、空の彼方に生まれた事を誰もが知る。


 惑星ノエリアからの移民団は、何事かと困惑の騒ぎを起こしている。


 だが、地球人類たちは、自分たちからかき集めた魔力で何をしているのか、何をしようとしているのか、それを知らされている。


 そして、それが成功したのだと、指導者たちから発表されるまでもなく悟った。



「「「オオオオオオオオォォォォォォォォォォ…………!!!!」」」



 勝てる、勝てるぞ、勝てるに決まっている!


 何の根拠はない。

 たかが使える魔力が大きく増えただけのこと。


 それでも、自分たちの抵抗の意思は、確実に実を結んでいると、人々は歓喜し、鬨の雄叫びを上げるのだった。

Q1:雫って早死に?

A:放っておくと30なる前に死にます。魔力(超力も)は魂から滲み出た上澄みのエネルギーであり、本来は生物的なリミッターで魂本体を削ってまで魔力を生産するような事はありません。しかし、雫はそのリミッターが先天的に壊れた、魔力的障碍者なので、魂本体まで削って魔力を生産してしまいます。だから、20代くらいで魂が摩耗しきって、廃人からの衰弱死コースになります。

 防ぐ手段としては、別の魂の力を注いで、摩耗した魂を癒してあげるしかないのですが、それは魂を連結させて同じ色に染め上げる行為なので、それこそ人生を賭して添い遂げるつもりじゃないと出来ません。

 トッシー、お前だよお前。お前の役割に決まってんだろ。

 女一人救えなくて世界救える訳ねぇだろうが。



Q2:魔力増幅って、何?

A:まぁ、作中では判明してない話なのですが、まだ人類の観測できていない宇宙のダークマター的な物質が反応して、魔力に変換されているだけです。言っているように、無から有を生み出している訳ではありません。

 問題は、そのダークマターが宇宙を支える重要物質であり、消費しちゃうと、拡大している宇宙が収縮に反転しちゃうよ、って事で。

 宇宙意志、ガチギレ案件。法則操作による矛盾発生と同じくらい、宇宙を破滅に導く要因として最優先排除目標と認定されます。

 まっ、だからこそ、あいつとかアイツとかの復活に繋がる訳ですけども。

 そういう破滅的歪みに反応する奴が、約二名。

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