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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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最後の一人

ちょい短め。

 八魔家が一角、水鏡家本邸宅。


 純和風の建築物の中で、一人の老女が嘆息する。


「……さて、どうしたもんかね」


 老女の名は、水鏡 静。

 水鏡家の現当主である。


 彼女は、先日の八魔会議の様子を思い出して嘆息する。


 異界門事件。

 そして、それによって急速に加速した魔力税計画。


 八魔家の働きかけにより、幾らかの有力議員を取り込む事に成功し、魔力税導入を遅延させられる光明が見えて来た所への、これだ。

 命あっての物種、という言葉がある。

《六天魔軍》から三名、《ゾディアック》から二名も参戦した、近年において類を見ない大戦力による迎撃があったにもかかわらず、大被害が発生した。

 その事実は、生命の危機という物を感じさせるに十分だったのだ。

 遅延・阻止に協力を取り付けていた議員は、揃って前言を翻し、むしろ導入促進派へと鞍替えしている。


 揺らいだのは、議員だけではない。

 八魔の中でも、意見を異にする家が出てきた。


 炎城は、消極的な賛成。

 次の時代への備えが出来ていない為に時間を欲しているが、それがなければ導入には賛成している様子だ。


 風祭は、断固とした反対。

 あの家は分家なども多く、八魔の看板が無くなればとてもやっていけない。

 その為に反対している。


 石凪は、沈黙している。

 何を考えているかは分からないが、現状では中立だ。


 雷裂は、我関せず。

 あそこはいつでも我が道を行く。

 だが、少なくとも積極的に何かをする様子は見られない。


 心見は、積極的反対派。

 ここも風祭と同じく血族が多い。

 八魔の名目で貰える資金なしで生きていくのは難しいだろう。


 空閑は、炎城と同じく消極的賛成派。

 空間を操る属性であるあの家は、魔力によるアドヴァンテージが無くとも、将来に困る事はない。

 だが、やはり失うには惜しい。という狭間にいる。


 深命院は、積極的賛成派。

 空閑と同じく、ここも八魔の看板がなくても然程の影響はない。

 国や世界、人類そのものが滅んでは権力もクソもないだろう、という考えで積極的に導入すべきと訴えている。


 この様に、八魔家内でも意見の相違が起きている。

 おかげで、異界門事件後、臨時的に行われた八魔会議は、荒れに荒れた。

 罵詈雑言が飛び交い、果ては魔術行使一歩手前まで行った。


 水鏡は、と言えば、現状、中立派だ。


 今まで当たり前の様にあった権力や財がなくなるのは確かに惜しい。

 しかし、ここまで来てしまってはもはやどうしようもない、という考えもある。

 ならば、潔く身を退いて、〝一時代を支え導いた先駆者〟という有終の美を飾った方が良いのではないか、とも思うのだ。


 将来を生きていく算段も、ない訳ではないのだから。


「……問題は、その対価さね」


 悩まし気に、机の上に置かれた封筒を凝視する。

 水鏡に送られてきた書類。


 内容は、水鏡に対する援助の申し出だ。


 詳細な援助内容を確認したが、本当ならば資金的にも、技術的にも、相当に余裕ができる。

 なにせ、相手は雷裂家なのだから。

 桁違いの資産家であり、世界的大企業サンダーフェロウを有している。

 そんな場所からの支援があるのなら、八魔の看板は必要な物ではない。


 問題は、援助の対価である。


 当然、無条件の支援ではない。

 その対価として、要求されている物がある。いや、いる、と言うべきか。


 水鏡の分家、碓氷家の一人娘、碓氷 雫。


 対価として、彼女の身柄を引き取りたい、と言っているのだ。

 理由は、分かる。


 碓氷 雫が、Sランクだからだ。


 特に、その保有魔力量は絶大であり、冗談でも比喩でもなく、言葉通りの意味で世界一の魔力量を誇っている。

 もしも、真っ当に魔術師としての能力があれば、間違いなく歴史に名を刻んだであろう娘だ。


 そう、真っ当にあれば、だ。


 その言葉通り、彼女には問題がある。

 しかも、努力や気持ちで解決できる様な類の物ではない。

 だから、日の目を見ていない。


 高天原学園に通わせているし、幾人もの医師や研究者に見させているが、光明は僅かとも見えない。


 そんな彼女を求めるという事は、何らかの解決の方法を見つけたのか、あるいはこれから見つけるのか。


 言葉を飾らずにはっきりと言ってしまえば、水鏡にとって碓氷 雫は穀潰しだ。

 Sランクとしての力を発揮できないどころか、普通の魔術師にすら劣る現状では、使い道がまるでない。


 しかし、と否定する。


 それは魔術師の名家として見れば、である。

 彼女は碓氷家の中で愛されて育っている。

 静も、雫が幼い頃から見知っており、実の孫娘の様に思っている。

 魔術師として出来損ないだとしても、それは変わらない。


 この様な人身売買めいた取引に使いたくはない。

 それが正直な気持ちだ。


「あの連中が、モルモット扱いするとは思えんが……」


 雷裂の気質としてそれはない、と思われるが、実際の所がどうなのかは分からない。


 引き取る、と言っても、別に養子縁組などをする訳ではなく、単純にあちらの施設に通院させろ、というだけの話だ。

 永遠に離れ離れになるのではない。


 条件からしてみれば、破格としか言いようがないほどに安い。


「……本人に訊いてみるのが一番かね」


 結局の所、全ては雫次第だ。

 彼女の人生なのだから、最終的に決めるべきは彼女自身である。


 そう考えた静は、雫を呼び出した。


~~~~~~~~~~


「来たぞ、です。何の用だ、です」

「……相変わらず口の悪い娘さね。まぁ良いさね」


 座れ、と正面の席を勧める。

 静の部屋にやってきたのは、一人の少女。


 年齢は、十二。

 年齢相応に小柄で薄い体型をしている。

 髪色は純黒で、サイドアップに纏めてある。

 目は眠そうに半分閉じられている。

 あまり外に出ない所為で、肌は驚くほどに白い。

 両の手首と足首、そして首には金属輪が嵌められており、全身のあちこちに包帯が巻かれている。

 それがファッションの類ではない事は、薄く滲んだ赤色が証明している。


 碓氷 雫。

 日本帝国が保有する、七人目の魔王だ。

 尤も、魔力に秀でているだけで、魔術師としての能力は皆無だが。


 その理由は、彼女の姿が示している。


 即ち、アジア人らしい黒髪と、血の滲んだ包帯だ。


 雫には、魔力属性がない。

 完全な無属性だ。

 その為、一切の魔術が使えない。

 基本能力である身体強化すら使えない。


 雫には、魔力生成能力のリミッターが存在しない。

 通常、魔力が保有上限に達した場合、その時点で魔力生成は自動的に停止する。

 しかし、彼女は上限に達しても生成が止まらない。

 その為、溢れ出した魔力が自身の肉体を傷付けてしまう。


「雫、あんたに話があるさね」

「だろうな、です。で?」

「あんたの体質がどうにかなる、かもしれないって話さね」

「詐欺、です?」


 もう九分九厘諦めている。真っ当にはなれないのだ、と。

 今も八方手を尽くしている家族や静には悪いと思うが、それが偽らざる雫の本音だ。


「詐欺、ね。そうかもしれんさね。まぁ、取り敢えず聞いてみるさね」


 言って、事情を話す。


 雷裂家から援助の申し出があった事。

 その対価として碓氷 雫を要求された事。

 現在の情勢からして、その援助がなければ、最悪の場合、一家離散となってしまうだろう事。

 最後に、どうするかは雫に任せる、という事。


「どうするもこうするもねぇ、です。

 ウチの命一つで皆が助かるってなら、考えるまでもねぇ、です」


 悩む間もなく、即座に答えを出す。


「ウチは雷裂の所に行く、です」

「……本当に良いのかい?

 もしかしたら、モルモットとして檻の中で飼われる様になるかもしれんぞ?」

「……おやつ付きなら別に良い、です」


 本気か冗談か分からない返答。

 静は若干頭が痛くなりながら、


「そういうなら、良いさね。雷裂には話を通しておくさね」

「頼んだ、です」


~~~~~~~~~~


 静の部屋から退出した雫は、彼女からの話を思い返す。


 雷裂には、会って話がしたいと思っていたのだ。


 同年代の魔王、雷裂 美影。


 Sランクには謎が多い。

 また、雫と同じように、何らかの障害を持って生まれる例も多々ある。


 だから、もしかしたら同じ魔王である美影なら、何かしらの事が感覚的に分かるのではないか、と思っていたのだ。


 とはいえ、自分は水鏡の系譜で、相手は雷裂の娘だ。

 敵対関係にある訳ではないが、権勢の問題を考えれば、そうほいほいと話しかけられる相手ではない。

 ただでさえ、自分は水鏡の期待を裏切って、更に体質改善の為に負担をかけている。

 勝手な事をして問題を作る訳にもいかない。


 そう思って、距離を置いていた。


 だが、まさか向こうから接触してきてくれるとは。

 それならば、気兼ねなく話が出来るという物だ。


「それに……」


 もう一人、会ってみたい人が最近できた。

 異界門事件と巷で騒がれている中で、見つけた人。

 騒動の本番のインパクトに潰され、世間には見向きもされていない。

 その為、あれが何処の誰だったのかは分からない。


 しかし、雷裂と関係があるのは確かだ。

 雷裂 美影の行動を見れば、それは明らかである。

 雷裂に行けば、その素性も判明するだろうし、紹介して貰う事も出来るかもしれない。


「ちょっと楽しみになってきやがった、です」


 雫は小さく呟き、近い未来に心を弾ませた。


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