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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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どす黒い復讐心

「動け動けーッ! 戦場は待ってくれねぇぞぉー!」

「戦闘技能者は即席基地まで向かって下さーい! 習熟度は問いませーん!」

「戦えないだぁ!? だったら、魔力を寄越せ! 捧げろ! それだけで役に立つ!」

「資材足りてねぇぞぉ! もっとありったけ持って来い……!」

「重機、動かせる奴はいるかぁー!? いたら集まれ! この際、免許の有無なんて固いことは言わん!」


 火星表層。

 急ピッチで作成された生命生存圏では、異様な熱気が籠っていた。


「……、…………なんというべき、なので御座いましょう」


 滑空しつつ、地表へと降りゆくラヴィリアは、人類が放つ熱量に当てられて曰く言い難い表情をする。


 火星へと辿り着いた方舟と異星文明を、人類の代表者たちは快く歓迎した。

 散々に脅していたノエリアの警告とは裏腹の対応に、正直なところ、肩透かしを覚えたものである。


 そして、目の前に迫る共通の脅威に対して、共に足並みを揃えるべく代表者同士での会談が申し込まれた。


 これは、ノエリア民からしても、有難い申し出である。

 なにせ、彼等には寄る辺がない。

 移民船である方舟は、既に限界を迎えつつある。

 科学という彼等からすれば未知の技術に支えられた方舟は、銀河を越える航行の間、ほとんどメンテナンスをされないままに運用されていたのだ。

 おかげで、相応のダメージを溜め込んでおり、もはや次なる豊穣の惑星を目指す事は叶わないだろう。


 であれば、この火星に移住するしかない。

 人間の出方によっては、武力で奪い取るという可能性もあった事を考慮すれば、この歓迎は最上位の対応と言えよう。


 尤も、彼等は気付かない。

 故郷での経験から、無意識的に人間を下に見る彼等は、想像もしない。


 まさか、目の前にいる連中が、笑顔の後ろで刃と毒を構えているのがデフォルトな蛮族だなどとは、安寧の揺り篭で過ごしてきた彼等には、思い至れる筈もないのだ。


 ともあれ、会談の申し出を断る理由はなく、また急ぐ事柄であるが故に、最大権限者であるラヴィリアが、方舟より単身、生身で大気圏内へと飛び降りたのである。


 そこで見たのが、この異様なまでの活気と熱気であった。


「……予想外に御座います」


 正直に言えば、人間たちの戦力をそこまで期待していなかった。

 これは、故郷での〝人間種〟への評価から、という理由ではない。


 自分たちの経験故に、である。


 彼等は、今まさに故郷を失ったばかりなのだ。

 どうしようもない脅威に晒され、苦渋の末に同胞を切り捨てて、命からがら逃げ出してきた所である。

 普通に考えれば、悲嘆を叫び、絶望に屈し、天から救済の奇跡が降ってくる事を祈っている筈だ。


 直後なのだ。

 人の心というものは、そう簡単に切り替えられる筈がない。


 実際、移民船が出航して暫くは、内部の空気は酷いものであり、ようやく最近になって立ち直ってきた所である。


 だから、心折れたばかりの人間たちに、すぐさまに立ち上がって立ち向かえ、と言うのは酷な事だと思っていたのだ。


 にもかかわらず、これである。


 悲嘆の色はなく、絶望など遠く彼方に放り捨てている。

 彼等の中にあるのは、煮え滾る様な憤怒であり、どす黒い復讐心ばかりだ。


 ――あの野郎、絶対許さねぇ。


 この一言だけが人間たちを突き動かしていた。


 その様に、ラヴィリアの目には映った。


 彼女の与り知らない所ではあるが、規模は違えど、地球の人間にとってはこの程度はいつもの事なのだ。


 地球の、人類の歴史は、まさに血塗られし歴史である。

 有史以来寝ても覚めても殺し合いを続けてきた。

 破滅的な第三次大戦以降も、反省の色が欠片もなく、大国が、中堅国が、小国が、常に隙を伺い、互いを騙し騙され、そして殺し合いをしてきた。


 だから、慣れている。

 自分たちの大切なものを無残に踏み躙られる状況に。

 その状況を糧にして、報復の為に立ち上がる経験に。


 ラヴィリアたちが到着するよりも少し前に、生存者たちによる合同追悼式が行われ、恙なく終了していた。


 嘆きの時間は終わった。

 死者を弔い、区切りは付けた。


 あとは、下手人に落とし前をつけさせるだけだ。

 ぶっ殺してやる。


 そんな、何処までも爽やかで、何処までもどす黒い復讐心が、人類全体を突き動かしているのである。


「えぇ……」


 あまりにも異次元。

 理解の彼方にある狂気。


 これから行われる会談に、そこはかとない不安を覚えるラヴィリアであった。


~~~~~~~~~~


「やぁやぁ、遠路はるばるよく来てくれたなぁおい」


 黒翼の天使を出迎えたのは、サングラスをかけた人間の男だ。


 一見して、ラヴィリアは彼が戦士ではないと断ずる。

 魔力も少なければ、肉付きも戦う者のそれではない。

 自分も含めてそれらが当てはまらない例外的な存在はいるが、それでも直観として例外に該当しないと思えた。


「スティーヴン・クールソンだ。訳あって人類連合の代表を務める事になっている。……あー、言葉は通じてるよなぁ、おい?」

「ええ、問題御座いません。ノエリア様より、英語が出来れば地球人間とは会話ができると伺って学習しておりましたので」


 言って、彼女は差し出された手を握り返す。


「黒の翼、ラヴィリアに御座います。地球圏への快い受け入れ、感謝いたします」

「まっ、もう地球はないんだがな、おい。クククッ」


 それでも、彼女が故郷の同種と同じく〝禿サル〟として見なかったのは、スティーヴンの背後に控える巨躯の男を見たからだろう。


 見上げるような立派な体格。

 肌の色は黒く、スーツというらしい礼服は、盛り上がる筋肉で今にもはち切れそうな程だ。


 戦士だ、紛れもなく。

 それも特上の。

 勝てるか否か、で言えば間違いなくラヴィリアが勝てる。

 だが、赤子の手を捻る様に、とはいかないだろう。

 相応に手間取ると思われた。


(……成程。確かに、違うので御座いますね)


 念の為に用意した護衛に、一般兵ではなく、魔王の一人――《牡牛座》ランディ・オズボーンを連れてきたのは、結果としてこの場の正解であった。


 これが常識的な一般兵であれば、所詮は禿サル、と大きく下に見られ、とてもではないが足並みを揃える事など出来なかったであろう。

 あの三兄妹が異常なだけで、種族的には故郷のそれと大差ないと見られたかもしれない。


 だが、この場に魔王を、それこそ上位種とも呼ばれるラヴィリアに対抗しうる戦力を用意した事で、あれらだけが特別なのではなく、そしてまだまだ余力は残っているのだ、と見せつける事に繋がった。


 現実として、今は魔王一人よりも大量の人手が必要な為、兵隊は決戦準備に駆られ、暇をしているランディが連れてこられただけ、という至極下らない事情があったにせよ、だ。


 ラヴィリアは、失礼ながらも、スティーヴンから視線を外して、ランディをじっと見つめている。


「なんだ、おい。あいつが気になるのか?」

「……ええ、そうで御座いますね」


 一目惚れの類、では勿論ない。

 戦士として力量が気になる訳でもない。


 ただ一点、今までに見た事のない要素に、心惹かれていた。


「失敬。その様な場ではないと存じますが、一つだけ」

「構わんぞ。立ち話をする趣味はねぇ。移動中の雑談は歓迎するぜ、おい」

「では」


 用意した議場まで歩き出しながら、ラヴィリアはランディを指して問いかけた。


「彼の肌は……先天的なものなので御座いますか? 染料で染めているのではなく?」

「あ? あー、それか? まぁ、そうだなおい。黒人って奴だが……お前さんらの星にはいなかったのかよ?」

「はい。多少の濃淡は御座いましたが、あのように黒一色という者はおりませんでした」


 この言に、僅かな警戒が地球人組に生まれる。


 今でこそ、人種による差別はほとんど消えたが、かつては肌の色という一点だけで大きな隔たりが刻まれていた。

 それは長きに渡り人類史の闇としてこびり付き、多くの問題を引き起こしてきたものである。


 振り返って、ラヴィリアは国家どころか惑星も、そして種族すらも違う人物だ。

 しかも、聞けば惑星ノエリアには種族間での差別意識というものが、公然と存在していたというではないか。


(……ランディを選んだのは、失敗だったか)


 人種差別を歴史知識としてしか知らなかったが故の、手痛いミスだ。

 ついでに、惑星ノエリアの人間種に黒人種がいないという事への調査不足でもある。


 普段であれば、そんな基本的なミスはしなかったであろう。

 スティーヴンとて、権謀術数渦巻く政界の頂点まで登り詰めた男なのだ。

 安易に隙を晒すような間抜けではない。


 やはり、焦っていたのだろう、と反省する。

 そして、ここから挽回せねば、とこれから繋がる話題への警戒レベルを高める。


 だが、彼の思考とは裏腹な言葉が、ラヴィリアの口から零れ落ちた。


「…………羨ましい」

「……は?」

「ああ、失敬いたしました。ははっ、我々は黒の始祖精霊様の眷属に御座いますので。彼の黒い肌は憧れてしまうので御座いますよ」

「あー……、そうきたかー」


 地球圏に逃れてきた精霊の代表、黒の始祖精霊エルファティシアは、その名の通りに〝黒〟をパーソナルカラーとしている。

 そして、ラヴィリアの種族は、彼女に文字通りに創造された種族なのだという。


 だから、黒は偉大なる神の色であり、憧れ、尊ばれる色なのだろう。

 自ら塗り潰すのではなく、先天的に黒い肌は、まるで神に愛されているかのようで、彼女たちにとっては非常に好印象を抱かせるものであったのだ。


「ククッ、そいつは良かった。なんなら、交わってみるかよおい。もしかしたら、黒を受け継ぐ子供が生まれるかもしれねぇぜ?」

「検討しておきましょう。試してみたいと手を挙げる者もいる筈で御座います」

「マジかよ。冗談のつもりだったんだが……」


 ともあれ、良い方に転がった事は間違いない。


 戦士的力量にしても、人種的な意味合いでも、ランディを選んだ事は偶然だったが、結果として最上の物を引き出していた。


「そんじゃ、さっさと話し合おうじゃねぇかよ、天使様? 我々の明るい未来の為に」

「そういたしましょう。あまり、時間も御座いませんから」


 星獣の我慢が終わるまでに。

もっと進めるつもりが、ほとんど進まなかった。


黒人云々が突発的に生えてきた所為。

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