この恨み、晴らさでおくべきか
穴だらけとなった身体を、豪雨の様な雷撃が通過していく。
「我が変幻自在の身体に、そんな隙間の多い攻撃など効きませんよっ!」
「調子に乗っておるとすぐにやられるでな」
勝ち誇ったように宣言する永久を、眇目で詰りつつ、ノエリアは羽衣を高速で伸ばす。
警戒心というものをロクに持たない今の美影は、捕まえるだけならば容易だ。
特に邪魔される事も逃げられる事もなく、容易く彼女の腕に羽衣を巻き付ける事に成功する。
「接続、開……始ぃ!?」
と同時に、思いっきり振り回された。ただでさえ速度域の速い美影からの振り回しが、回転半径の関係で更に速くなる。
振り回されているノエリアの末端速度は、亜光速という極致へと至っていた。
「ニャアアアアアアアアァァァァァァ…………!!」
何処までも引き伸ばされた悲鳴を残しながら、ハンマー投げの要領でぶん投げられるノエリア。
狙いは、桃色の粘獣。
「ぽうっ」
「受け止めんかぁぁぁぁぁぁ…………!」
先の攻撃と同じく、身体変形によって華麗に回避する。
優しく受け止めるような優しさはない。
尤も、たとえあったとしても、今はそれだけの余裕もないのだが。
ただでさえ、スペックで劣っているというのに、一瞬たりとも目を離すなどという油断ができよう筈がないのだ。
宙域に、無数の永久が生まれる。
「速さで劣るならば! 数で圧殺するのみ!」
手数が足りないなら、手数を増やしてしまえば良いという単純明快な解決策で立ち向かう。
「「「うきゃあああああああ!!?」」」
そして、その悉くが片っ端から粉砕されて焼却されていった。
仮にも魔王クラス。
空腹故に実際にはそれだけの能力はないが、それでも生物的には最上位クラスの耐久度を持つ大軍勢が、まさに鎧袖一触に屠られる。
エネルギー量が違い過ぎる。
巨像とアリ、どころの話ではない。
それくらいならば、軍隊アリが如く群れればなんとかなる。
現実は、神龍とミジンコくらいに差がある。
工夫や努力でどうにかなるようなものではない。
(……質量が足りていませんねぇ!)
アルテミスを呑み込んで多少はマシになったが、それでもまるで足りていない。
魔力に至っては枯渇状態に近い。
なにせ、つい先程、地球のついでに爆破された所である。
回復している間もなく連れ出されている事には、厳重な抗議をしたい所存だ。
永久は、荒れ狂う美影を観察する。
まさに暴虐の嵐のようであるが、同時に彼女の身体が徐々に砕け落ちている様が見て取れる。
(……おそらくは、あの状態は彼女にとっても過負荷なのでしょう)
超人の身をして、耐えきれるエネルギーレベルではないのだ。
そこから導き出せる勝利条件は、完全に崩壊するまでの時間稼ぎだ。
出来る限りの無駄遣いを誘発させて、こちらが削りきられる前に、あちらを削りきる。
それ以外に無い。
というか、それで倒せないならばどうにも出来ないから、さっさと尻尾を巻いて逃げ出した方が賢明である。
答えを出した永久は、生成する囮人形の性質を変更する。
耐久値はギリギリまで削り、その代わりにディティールに凝った人形を吐き出す。
どれだけ固く作ったとしても、どうせ一発たりとも耐えられやしないし、囮人形では回避するなどという事も出来ない。
ならば、必要なのは、囮として騙せるだけの精巧さだけである。
幸いにして、美影の知能レベルは身体性能の代償に大きく下がっているようだ。
ある程度リアリティのある人形というだけで、簡単に騙されてくれる。
加速度的に消費されていくリソース。
対して、美影の砕けていくスピード。
比較すると、かなり絶望的だ。
おそらくは、こちらが力尽きる方が早いだろう。
(……どうしたものでしょうか)
思い悩むが、そうそう妙手など思い浮かぶものではない。
小細工をしようにも、小細工ごと粉砕されてしまうので意味がないのだ。
「何か、良い感じな策はありませんかねぇ~?」
自分一人ではお手上げなので、こっそりと戻ってきていた化け猫へと言葉を向ける。
気配を隠して近付いてきていた辺り、状況をこちらへと丸投げする思惑が透けて見えて、永久としては辛辣な態度にならざるをえない。
「ふむ、あれが終わった後についてなら、我に策有りなのじゃがな……」
「その前にこっちが終わらせられそうなのですが?」
「困ったものじゃな」
やれやれ、と他人事の様に吐息する姿に苛立ちを覚えたので、永久は掴んで投げ飛ばしてやろうとした。
しかし、ノエリアは華麗なステップで回避した。
永久は舌打ちをする。
「我にプランがあるでな」
「さっき無いと言った口で……」
「無い、とは言っておらぬであろう」
そうだったかもしれない。
「何をすれば良いですか?」
緊急時に、グダグダと下らない事に拘る程、永久は素人ではない。
様々な心情の全てを脇に押しやり、必要な事を端的に訊ねる。
「道を作っておくれ。接近すれば、少しは時間稼ぎも出来るであろう」
ついでに、そうすれば今後へと繋がる布石も打てる。
先程は仕掛ける前に投げ飛ばされてしまったが、今度は成功させてみせる。
「……ふむ」
求められた事に、永久は腕を組んで考える。
近付くだけならば、まぁ難しくないのだ。
なにせ、向こうから接近してくれる。
美影だった頃の名残なのか、戦闘方式が拳闘に偏っているのである。
とはいえ、速度が速度であるし、なにより使用されるエネルギー量、発揮される一撃の威力が桁違いである為、接近と同時にこちらは文字通りに粉砕されてしまう。
「何秒欲しいのですか?」
なので、本質的な質問を投げかける。
接近が問題なのではない。
近付いた上で、どれだけの猶予が必要なのかを問う。
「二秒。あと一秒プラスしてくれると、尚良し」
「難しい事を言ってくれますね」
本当に難しい事を言ってくれる。
しかし、やらないと削りきられるだけなので、精々、頑張るしかない。
手持ちの札は、そう多くない。
アルテミスの質量と、多少の魔力というところ。
混沌属性は、永久の切り札的なものだが、今は駄目だ。
エネルギー量の差であらゆる相性差を貫いて圧し潰されてしまう。
であるならば、使うべきは空属性だろう。
あれは目に見え辛いし、なによりしっかりと芯を捉えないと破壊されにくい。
思考した結果、道がない訳でもないと結論する。
だが、もう少し余裕が欲しい。
なので、ダメ元で援助を打診してみる。
「あのー、碓氷様? ちょーっとで良いので、魔力を融通していただけたらとー」
『もう余りなんてねぇぞ、です』
「あっ、やっぱり。じゃあ、良いです」
駄目だったので、あるもので我慢しよう。
「私を信じますか?」
「信じておらねば、この場に呼ばぬわ」
「上等。では、行きましょう」
永久が腕を振りかぶる。
大きく、大きく、何処までも大きく、まさしく小惑星ほどもある桃色の巨腕が作り出される。
「メガトンッ! パンチッ!!」
メガトンどころではない重量が高速で振りぬかれる。
美影は、それを正面から迎え撃つ。
全身で激突した両者は、その圧倒的な威容とは裏腹に、巨腕の方が無残に砕け散った。
弾け飛ぶ薄桃色の断片。
しかし、蒸発していないのであれば十分である。
永久は飛び散った断片に意識を載せて、美影を包囲して殺到させる。
雷の天幕が広がる。
広範囲を制圧する攻撃だ。
永久は、幾つかの断片に集中して魔力を研ぎ澄ませた。
突破する。
ほとんどは雷に焼かれて蒸発してしまったが、選び出した断片は雷幕を貫いて美影へと肉薄する。
振るわれる鉄拳。
「甘いですっ!」
何度、理不尽に殴られてきたと思っているのか。
来ると分かっているのならば、今の永久ならば雷速を飛び越えていて猶、反応できる。
にゅるり、と身をくねらせて最低限にして最高効率の回避を見せた断片は、美影の手足へと絡みつく。
瞬間、蒸発した。
表面に奔る雷撃でさえ、耐えきれる威力ではないのだ。
しかし、それでも目的は果たした。
「縛ッ!」
一瞬の接触に、残る全魔力を込めた。
美影の身体が不自然に硬直する。
彼女の手足に沁み込ませた魔力が、空間固定されたのだ。
正体を看破されるまでに一秒。
次いで、拘束を破られるまでに……。
「つーぶーれーろーッ!!」
間隙。
永久の残された全質量を使用した二つの張り手が、拘束ごと美影を左右から圧し潰した。
直後、両腕が吹き飛んだ。
「駄目ですかぁーっ!」
全く歯が立たない。
隙が多いので一瞬の優勢らしきものは取れるのだが、どうしても決定打には足りていない。
分かりきっている事だが。
だから、永久は口元に笑みを浮かべる。
「目標は達成しましたよっ!!」
「うむ、見事じゃ」
2.2秒。
永久の作り出した停滞に、いつの間にか、美影の背に忍び寄っていたノエリアが惜しみなき賞賛を送った。
ノエリアの羽衣が蠢く。
「縁結び、縁括り」
美影へと縁を結ぶ。
対象は、先ほど粉砕されたツクヨミ。
宙域に飛び散っていた無数の破片が彼女へと殺到していく。
その悉くを、莫大な運動量にあかせて迎撃していく美影。
しかし、集結は終わらない。
壊れても、砕けても、消えてなくなる訳ではない質量が、結ばれた縁に惹かれて彼女へと押し寄せていく。
「星の重さに潰されておくれ」
やがて、原形を失い、しかし重さだけは変わらぬ歪な小惑星が完成する。
その中心核に、美影を据えて。
~~~~~~~~~~
「これで何とかなると思います?」
「全く思わぬが?」
身も蓋もない回答。
それを証明するように、小惑星が文字通りに蒸発した。
中心から迸った莫大エネルギーに耐え切れなかったのだ。
《「ギ……ギ……ギ……」》
全てが無駄だった、という訳でもないのだろう。
一撃でツクヨミほどの質量を蒸発させるエネルギー量は、美影の身体に大いに負担をかけていた。
身体の大部分が欠け落ちており、もはや人間だったころの原型はなく、ほとんどが雷へと成り果てている。
もう幾ばくも活動猶予時間はないだろう。
「残り時間のプランは?」
「ふっ、ノープランじゃ」
そして、その残り時間で永久とノエリアを抹殺するには充分だ。
二人とも、今の一瞬の時間稼ぎの為に持てるリソースの全てを吐き出してしまっていた。
もうまともな抵抗もままならない。
美影がぎこちない動きで始動する。
先ほどまでの俊敏さは無い。
だから、凡人でも頑張れば捉えられるのだ。
「よぉ、ちょっと恨みを晴らしに来たぜ……!」
『魔力はねぇけど、援軍は呼んでおいたぞ、です』
砲塔へと変形した左腕に、灼炎を宿らせた俊哉が、美影へと組みついた。
馬鹿げたエネルギーが身を焼くが、身に余る熱量に焼かれる事には、不本意ながら慣れている彼は、それを些事だと脇に押しやる。
魔力超力混合術式【天照・焦熱地獄】。
限定された空間内を、莫大な熱量が延々と循環し、対象を徹底的に焼き尽くす地獄の業火が顕現するのだった。