人外乱闘
遅れに遅れて申し訳ありません。
風邪ひいてくたばっておりました。
この時期に、インフルでもコロナでもなく、まさか風邪で39℃などという数値を叩き出すとは……!
「ちょっ! ちょちょちょっ!? いきなり何ですか何なんですか!!?」
「……そういう汝は何をしておるのじゃ、山なんぞ抱えよってからに」
「え? これは減っちゃった質量を補填しようと――あふん」
呑気に会話している場合ではないというのに、呑気に会話していた結果、矛先が書き変わった美影によって、永久は抱えた5,000メートル級山岳ごと粉々に粉砕された。
「何ですか今の!? ビックリしましたよ!?」
「……ビックリで済む辺り、汝も慣れ過ぎじゃのぅ」
分裂した桃色のゲル状物質が寄り集まって、人型へと戻った永久がノエリアへと勢いよく文句を言う。
その間、美影はと言えば、不思議そうな風情で眺めていた。
意識や知識が微妙な状態の彼女には、粉微塵になっても平気で生きている生物が理解できないのであろう。
なので、とりあえず、もう一発。
「うばぁー!!」
なんとなく楽しそうに見えるのは気のせいであろうか。
「や、やりましたね! 何がなんだか分かりませんが、今日という今日は許しませんっ! 今こそ積年の恨みを――オバッ!?」
元に戻った瞬間、上半身が吹き飛んだ。
「ちょっ待っ無理!? いいえ、いける! フハハハ、なんだか強くなったみたいですけどオツムは退化しているようですね! この私に打撃が通用するとでも……っ!? 雷撃、それは卑怯! 無理むりムリ無理! ひぎぃ! らめぇっ! ひらめぇ! 焼ききれちゃいますぅ! たぁーすけてぇー!」
美影としての意識が、潜在的に何処かに残っているのだろうか。
何故か、同じく至近にいるノエリアとツムギを無視して、彼女は永久を一心不乱に殴り続けていた。
何度か試した事で、打撃の効果は薄いと気付いたらしく雷撃による焼却が主な攻撃手段となってきている。
放っておくとそう長くは持たないだろう。
「さて、我が下僕がナチュラル時間稼ぎをしている間に、軽く情報共有といこうかの」
「……えっ、と、あれ、放っておいて良いんですかぁ~?」
「さっさと手伝いなさい、ノエリア! 盾にして差し上げますからっ! いやぁー、そんな範囲制圧は反則ぅ!」
「うむ、余裕そうじゃな。ほれ、ツムギよ。傷に障るであろう? ゆっくりと語るが良いぞ」
小気味良い気分で見捨てておいた。
決して、日頃の自分を軽んじる行いに対する仕返しなどではないのだ。
「プッ、クスクスッ」
二人のやり取りを聞いていたツムギは、堪えきれずに吹き出して笑う。
「彼らとは、いつもこんな感じなのですか~?」
「ぬ?」
「ええっとぉ、こんなお友達みたいに~、お相手をしているのですか~?」
「……お友達とは嫌な言葉を吐いてくれるな」
猫の表情であっても、見間違えようのないほどに嫌そうな渋面を作るノエリアに、ツムギは更に声を上げて笑った。
随分と自分たちに対するそれとは違う。
創造主と被造物、あるいはもっと身近に親と子と評しても良い。
そういった明確に上下関係のある接し方をする姿とは違う。
対等な友人、あるいは轡を並べる戦友か。
ノエリアの人間への態度は、間違いなくどちらが上かと置いたものではない。
考えて、それもそうか、とツムギは苦笑と共に理解する。
両者ともに、〝星〟の支配者なのだ。
数多の生命が躍動する豊穣の惑星において、その頂点に君臨し、覇を唱えた者こそが、ノエリアであり、そして人類という連中なのだ。
君臨する星が違えど支配者に変わりなく、だからこそ敬意を表して自信と対等へと置いているのである。
それはそれとして信じ難い馬鹿野郎だとも思っているが。
負けていられない、とツムギは気持ちを切り替えて決意する。
精霊の庇護は優しく、温かい。
いつまでも浸っていたいと思えてしまうほどに。
だが、それはいつまでも独り立ちできない駄目な子供への慈愛だ。
端的に言えば、舐められている。
舐められたならば、殴り倒して分からせてやるのが、鬼の流儀である。
そんな内心を、今は包み隠しながら、彼女は短く伝える。
「攻撃は無駄ですよ~。時間経過で崩壊する可能性に賭けるべきですね~」
「ふむ。やはりか。ご苦労、下がってよいぞ」
ぽふん、とノエリアが肉球で拍手すると、ツムギの姿がその場から消え失せる。
黄金の方舟へと空間転移により逃がされたのだ。
ツムギの伝えてきた情報は、ほぼほぼ予想通りだ。
微妙に間違いもあると考えてもいるが。
正確には、攻撃が効いていない訳ではなく、攻撃が弱過ぎて意味を為していないだけである。
(……まぁ、エネルギー量が違い過ぎるんじゃろうなぁ。今の奴は、全身これ雷の神。全宇宙で発生している雷の全てが奴の力そのものじゃ)
今の美影に攻撃するという事は、海に砂糖を溶かして甘くしようとするに近い。
実際の比率は、更に酷く、電子天文学的数値差を突き付けてくる現状だ。
砲身が、美影という個人一人分しかないから助かっているが、もしももっと大きな器に入っていれば、この太陽系が丸ごと瞬間蒸発してもおかしくないエネルギー量である。
勝つとか負けるとか、それ以前の問題だ。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁッッ!!」
なんて考えている内に、ズタボロにやられた永久の断片が吹っ飛んできた。
肺も喉もない口だけで叫ぶとは、実に器用なものである。
ノエリアは、相棒の無駄な芸の細かさに、つい感心してしまった。
「無理ですぅ! あんなの絶対に無理ですよぅ!」
「うぅむ。汝は、ほんに強者の風格が身につかんのぅ」
自他共に認める強者なのだから、もっとドッシリと構えていて欲しいのだが、どうにも振り回されて泣かされている姿ばかりが脳裏に浮かぶ。
周囲の振り回している連中が大体悪過ぎるだけなのだが。
「っていうか、あれ、ほんっとに何なんですか!? 混沌魔力すら濡れたティッシュ並みに突破してきましたよ!?」
「宇宙法則の化身じゃろ。この宇宙が、我らを害虫と判断した訳じゃな」
「勝てるんですか!?」
「勝てる訳がなかろう……がっ!」
答えながら、愚直な突進を仕掛けてきた美影へと、カウンターのツクヨミ・ハンマーをぶち込む。
これだけの質量差である。
一時凌ぎ的に距離と時間は稼げる。
「勝利条件は、待つだけじゃ! 奴の完全崩壊だけが希望じゃ!」
「なんて戦場に連れ出してくれるのですか、この疫病猫は。くたばった方が良いんじゃないですか?」
「うるっさいのぅ。我らが止めねば、その前に星獣諸共、方舟も火星も消し炭じゃぞ?」
「……私、お姉さまを連れて逃げますね」
「戦わんかい!」
猫キックで張り倒すと、仕方なさげな不満顔で、ノエリアの羽衣のもう一方の先端を指し示した。
羽衣に包まれた錘分銅、アルテミスである。
「じゃあ、ご飯分けて下さい。食べようとしていたおやつは、美影さんに砕かれてしまいましたので」
「仕方ないのぅ」
言って、羽衣を緩めて隙間を作ると、永久が瞬発して口を大きく広げて食いついた。
ごっくん、と丸呑みにする。
仮にも小惑星サイズの代物を。
「……相変わらず、冗談のような生態をしておる」
呆れた声を漏らすノエリアの心中も察せられるものだろう。
なにせ、本当に丸ごと飲み込んでいるのだから。
アルテミスの表面は、限界まで引き延ばされたような永久の胴体が張り付き、また手足や頭部だけは通常サイズのままくっ付いているのだ。
ギャグ漫画の世界であっても、もうちょっと見られる人体比率に収めるものだろう。
「さぁ、質量補充した新生トワちゃんの力、とくと味わいなさい!」
直後。
彼女よりも直径の大きいツクヨミ・ハンマーが中心を貫徹する大雷と共に爆砕された。
まるで、一瞬後の永久の運命を明示するように。
「…………うむ、よし。行けい」
「やっぱり帰って良いですか?」
却下である。
その意思表示をするように、無数の雷がアルテミス改め永久を貫いたのだった。