痛烈な横殴り
連結陣撃術【神薙神無】。
これは、これまでの連結陣術とは大きく性質が異なる。
「ちょやっ!」
ツムギが、美影の顎をアッパーで打ち抜く。
陣術は一切発動していないそれは、先と同様に美影の肌を凹ませる事すら出来ない、その筈である。
だが、現実は理を捻じ曲げる。
《「……っ」》
無防備に攻撃を受け止めた美影は、大きく体を仰け反らせて吹き飛ばされる。
これまでの連結陣とは違い、【神薙神無】は継続的な効果を発揮する。
ツムギ自身の肉体に直接描き込んで発動させる関係上、彼女そのものが【神薙神無】という魔法へと置換されるのだ。
その為、一挙手一投足の全てが連結陣と同様の威力、射程、連射性を有していた。
これによって得られる優位性は、もう一つ。
「ん~、手応えがいまいち……!」
景気よくぶっ飛ばされた美影だが、そこにダメージが入っているかと言えば、正直、微妙な所だとツムギは判断する。
身体の破片が零れているので、全くの無傷とは思いたくないのだが。
(……何があったのか知りませんけど~、硬過ぎですよぅ~!)
自信が揺らぐというものだ。十年前は、速度では負けていたが、耐久力では上回っていたというのに、今は全てにおいて後塵を拝している。
だからと言って、素直に負けを認めるほど、ツムギは行儀の良い教育を受けてきていない。
シュルリ、と、両手の指先から魔力糸が垂らされる。
それは、彼女の意思に従って蠢き、両腕を籠手のように包んだ魔方陣を形成する。
連結陣である。
連結陣撃術【鬼神一閃迅・双】。
両拳で放つ、二条の光撃が美影の矮躯を追撃する。
これが、もう一つの利点。
ただでさえ【神薙神無】によって超強化された肉体性能に、更に陣術を上乗せする事が可能となる。
その拳は、まさに星をも砕く。
迫る光撃。
美影へと直撃する、寸前。
弾けて消える。
「っ、とぉ……!」
同時に、瞬発した美影が、周囲に張り巡らせた魔力糸に引っかかって減速した。
成長したツムギをして、目で追えない速度域だったが、減速させられれば話は違う。
連結陣壁術【金剛不壊】。
ギリギリのタイミングだが、なんとか防御術が間に合う。
跳ね上げた足に、美影の拳が直撃するものの、自分自身も魔力糸で固定していたおかげで僅かなノックバックだけで耐えきれる。
「愚直な突撃、戦い方が雑ですね~」
フェイントも技もなく、直線的に向かってくる様子に、少しの勝機を感じ取る。
口の端を吊り上げながら、ツムギは先の行動を思い返す。
二つの一閃迅を、美影はしかし確かにガードした。
つまり、やたらと硬いだけで、無条件に攻撃が完全無効化されている訳ではないのだろう。
ならば、徹底的に殴り倒すだけだ。
不死身の化け物ではないというのならば、死ぬまで殴り続ければ良い話である。
問題を挙げるとするならば、ツムギの集中力だ。
絡みついていた魔力糸が身動ぎ一つで引きちぎられる。
(……頑丈に作ってましたのに~!)
地竜でも容易には振りほどけず、天竜を相手にしても一時的には拘束できる程の強度があるにもかかわらず、これである。
一瞬の後、手刀が閃く。
「くおっ……!?」
根性で身を反らせば、鼻先を掠めた。僅かに遅ければ、顔面が文字通りに抉られていた事だろう。
技がない、というのは好材料だが、それを補って余りある性能がある。
一手の判断ミス、一瞬の判断遅れが、ドミノ倒しのように連鎖して致命的な結果へと繋がってしまうに違いない。
常に最速で最善手を。
これを超硬の化け物が死ぬまで続けなくてはならないのだ。
それは、どれ程に難易度の高い事なのか、想像に難くない。
だが、
「やってやろうではありませんか~……!」
存分に力を振るえるのだから、楽しまなくては損である。
それで死ぬ事があっても、それは自分の力不足なのだと笑って死のう。
それが、戦士として望まれ、戦士として育ってきた、唯一の生き方なのだから。
直後。
壮絶な殴り合いが始まる。
速度任せの一撃必殺の流星群を、ツムギは全身全霊をもって捌いていく。
腕で、足で、角で、糸で、陣で、あらゆる手段で迫る死を打ち払う。
異常な速度域は、交わされる攻防を瞬時に千を超え、万を超え、億の高みへと至ろうとしていた。
「っ……!」
赤い血飛沫が、宇宙に散る。
僅か、数秒。
たったそれだけだが、全てに最適解を示せている訳ではない。
悪手ではないものの、最善とは言い難い一手は、確実にツムギを傷つけ、追い詰めていく。
(……不味いですよぉ~)
応酬の中で、分かった。分かってしまった。
勝てない。
というか、勝つとか負けるとか、それ以前の場所にいる。
どうしようもない。時間稼ぎ以上の事が出来ない。
チラ、と、視界の端に離れゆく方舟を映す。
まだ、近い。
美影の行動方針はシンプルだ。近くにいる〝外敵〟を殲滅するのみ。
今、ツムギが倒れれば、矛先は再度方舟へと向かうだろう。
もっと距離と時間を。
しかし、既に彼女に余力はない。
美影から受けたダメージもあるが、【神薙神無】による反動が大半である。
身体に描き込んだ事で、その負荷は直接彼女へとダメージを与えていた。
もう長くはもたない。
「一か八かぁ、やってみましょうか~!」
最後の足搔きである。
全身の【神薙神無】を最大活性化、その上で未完成型連結陣撃術【神薙】を掛け合わせる。
当然、その過負荷はツムギにとっても手痛いものだ。
万全な状態ならともかく、今の状態ではとてもではないが耐えきれるものではない。
最悪、死んでしまうであろうし、死ななかったとしても戦闘行動は継続不可能となるであろう。
それでも、距離だけは稼げる。
なるべく遠くへ、出来れば矛先が星獣に向かう場所まで、弾き飛ばす。
極大まで高まった魔力が解き放たれた。
莫大な奔流の中に、美影が消える。
「はぁ……、はぁ……」
全身がズタボロだ。
全身のあちらこちらの皮膚が破け、血が噴き出している。
特に、砲身となった両腕は酷い有様であり、破裂したブロッコリーの様である。
表面だけではない。
中身、内臓のやられようも酷い。
幾つかの臓器は潰れているし、無事な臓器も少なくない損傷を受けていた。
それでも。
「無事、ですねぇ~……」
奔流が細く消える。
そこには、変わらぬ姿の美影が、静かに佇んでいた。
否、随分と変わってはいる。
亀裂が大きくなっている。
生体部分が崩壊しつつあり、全身が雷の塊へと変化しつつあった。
ツムギの攻撃による変化、ではない。
あれは、美影が受け止めているエネルギーによって、彼女の肉体という受け皿が崩壊しつつあるのだ。
時間と共に、あの災害は自然消滅する。
直観だが、そうと見て取る。
ただ、もはやツムギにはその時間を稼ぐ手段がない。
「……、……ここまでですねぇ~」
勝てなかったのは残念だが、これも一つの結果だ。
美影が周囲を見回し、優先順位の再設定を行う。
結果、最至近にいるツムギが、当然のように標的となる。
始動する。
瞬間。
横合いからすっ飛んできた小惑星級鉄塊が、美影を強かに打撃した。
純白の布で包まれた〝ツクヨミ〟である。
「次代の申し子よ、よく頑張ったの。我が代わろうぞ」
二つの小惑星、〝ツクヨミ〟と〝アルテミス〟を羽衣で包み持ったノエリアが、やって来た。
アルテミス・ハンマーが天頂方向に吹き飛ぶ。
「フッ、我一人では〝神〟の相手は手に余る」
所詮は、一惑星の守護者に過ぎない。
更には、かなり弱体化もしている。
たかが端末とはいえ、極まった生命体を宿主としている宇宙法則の相手など、とてもではないが出来るものではない。
なので、増援を呼ぶ事にした。
「出でよ、我が下僕! トワ!」
「……んぅ!?」
ピンク色の怪物が脈絡もなく宇宙に呼び出された。
なんか馬鹿でかい山を抱えた状態で。
ゲーム的に言えば、通常連結陣はアクティブ攻撃スキルで、神薙神無はステータス超強化スキルな感じ。その上で、攻撃スキルも使用可能という状態。
ただ、仕様上、使用中はHPが急速に減っていきます。