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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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神を薙ぎ、神を無くす拳

「いっきまっすよぉ~!」


 雑に広い範囲を爆撃する雷くらいならば、ツムギは自身の耐久力にほんの少しの防御術を組み合わせるだけで完全に遮断する事ができた。

 雷の嵐を抜けた瞬間、ツムギの全身を鋭利な殺意が貫く。


「ぷきゅっ!」


 反射的に出力方向へと防御姿勢を取ると同時に、強烈な衝撃が襲い掛かる。

 極限へと至った鬼人の耐久力をして、全身が粉々に砕けてしまいそうな威力。


 堪らず込み上げてきた血の塊を吐き出しながら、彼女はその正体を見る。


「あらあら~、随分とみすぼらしくなっちゃってまぁ~」


 目に映ったそれは、記憶にある姿からはかけ離れた成れの果てとも言うべきものだった。


 大雑把な姿形は変わらない。

 小柄で華奢な、人間種のメスの幼生体に近しい物である。


 ただ、その全身が陶器の様にひび割れ、割れ目からは血の代わりに雷の光が漏れ出ていた。


 人間以前に生物ではない。


(……まぁ~、それは兄君を見ていると今更な気もいたしますが~)


 人間の姿をしておらず、ともすれば生物としての姿さえも投げ捨てていた〝地球の守護者〟は、色々な意味で衝撃的で印象深い。


 それに比べれば、輪郭が残っているだけマシだろう。

 問題は外見ではないし。


「っ、んにゃ!」


 強烈なアッパーキックで顎を蹴り上げられ、視界がグラリと揺らぐ様を感じながら、ツムギはカウンターで拳を叩き込む。


 陣撃術を付与した〝ツムギ〟の打撃だ。

 大人に成長したそれは、耐久力に秀でている地竜種の鱗であっても、無傷とはいかない威力を孕んでいる。


 それは、確かにヒットする。

 顔面に直撃した。

 記憶のままの美影の能力値であれば、少なくとも衝撃で首がへし折れたであろうし、上手くいけば頭部を粉砕すら出来たかもしれない。


 だが、現実は想像を裏切る。


 微動だにしない。

 いや、それどころではない。


 そもそも、皮膚が凹んですらいなかった。


「うっわ、ちょっ!?」


 流石にこれは予想外である。

 驚きの余り、ツムギは僅かながらに硬直を見せてしまう。


 それは、一瞬の隙。

 数値にすれば、0.01秒にも満たない。


 だが、最速を冠する者にとっては、充分過ぎる隙間である。


 美影の腕が振るわれる。

 振りかぶるまでもない。

 初速からトップギアまで加速したそれは、雷気を迸らせ、ひび割れて砕けた身体の破片を撒き散らしながら、ツムギの喉元を刈り取りに行く。


 見えていても、反応できない。

 既に最大速度へと至った手刀は、彼女の反応速度を容易く置き去りにする。


 全力で回避に動くが、それは結果が首を切り落とされるか、薄皮一枚残るか程度の、些末な差しか生まれないだろう。


 光壁。


 敗北と死を覚悟した瞬間、しかしツムギを守るように魔力で編まれた多重障壁が展開された。


 ラヴィリアの横入りである。

 差し込まれた光壁は、ほんの僅かさえも耐えられずに破砕される。


 だが、それによって作り出された一瞬の時間は、ツムギに活路を切り開いた。


 血飛沫が散る。

 美影の手刀は、ツムギの首筋へと届き、しかし両断には至らない損傷に留まる。


「チッ!」


 ツムギは傷口に手を当てる。すぐに離した時には、既に傷が消えていた。


 治癒した、訳ではない。

 魔力糸を伸ばし、外科的に傷口を縫い合わせただけだ。

 こう言っては何だが、基本耐久力の高い彼女は、傷を負うという状況そのものが珍しい部類に当たる。


 その為、治癒術に関する経験値が低いのだ。

 少なくとも、この高速状況下で悠長に使用していられない程度には。


 邪魔された事で、美影の注意がラヴィリアへと僅かながらに向かう。


「うっわ……」


 目が合ったラヴィリアは、思わず声を漏らした。


 無機質。


 ただでさえ、蜘蛛の巣状に割れた眼球は生物感がないというのに、更にそこには感情らしい感情の浮かんでいない、機械じみた色しかなかった。


 あまりに、あまりにも、記憶にある超人とは違い過ぎる。


 標的を切り替えた美影が、ラヴィリアへと牙を剥く。


(……速っ!?)


 いや、速いのは分かりきっている事だ。

 地の利を失ったラヴィリアでは、もはや遠く敵わない相手である。


 防御も回避も、とても間に合わない。

 横入りした行動が招いた結果だ。


 とはいえ、それは随分と費用対効果の高い交換であろう。


 天翼種として優れた戦士ではあるが、替えの利くラヴィリアと、唯一無二にして移民団最強の戦士となったツムギとでは、その価値が異なる。


 自身の命によって、ツムギの危地を救えたのならば、それは充分な成果と言える。


 ラヴィリアは、そうと考えて死を受け入れ、静かに目を伏せた。


 だが、いつまで経っても消滅の時は訪れない。


 恐る恐る目を開けば、目の前にまで迫り、しかし直前で停止している貫手があった。


 見れば、美影の全身に魔力糸が絡み付き、その動きを拘束していた。


「困るんですよね~! その方を殺されるのは~!」


 ツムギの考えは、ラヴィリアのそれとは異なっている。


 戦力的な意味では、確かにラヴィリアよりもツムギの方が価値が高いだろう。


 しかし、これまで移民たちの意識を纏めてきた中心人物は、ラヴィリアなのである。


 象徴的存在としては、ノエリアも役に立ったが、今の彼女は昔ほどに民へと干渉してこない。

 自分たちの事は自分たちで導き、解決していくべきだと宣言している。


 だから、今、ここでラヴィリアに死なれると移民団の統一意識は空中分解しかねないのだ。


 それは、おそらく不味い事だとツムギは直感する。


 最初期から付き合い、移民団の中で誰よりも近くにいたから、彼女には理解できる。


 地球人という連中の悪辣さを、邪悪さを、卑劣さを。


 決して、ハゲ猿と蔑んできた人間種と同列に考えてはいけない。


 環境が異なれば、違う進化を辿る事は当たり前の事だ。

 精霊や天竜の保護の無い環境で生存、進化してきた彼らは、他種族の台頭を決して許さず、唯一の知的存在として一個の惑星に君臨せしめたのである。


 その事実は、ノエリアの民が考えているよりも、きっと酷く重大な事なのだと、ツムギは美影たちとの付き合いの中で学んでいた。


 バラバラになったら、食い物にされる、と。


 だから、今後を考えるならば、ラヴィリアに死なれてしまうと、非常に困るのだ。


 可愛い我が子の為にも。


「ん……!」


 ゴムのように伸びきった魔力糸を引き、美影をラヴィリアより遠く弾き飛ばす。


「出し惜しみしていては、押し潰されてしまいますね~!」


 スペック差があり過ぎる。

 変に手加減や戦闘の流れを考えていては、一息に殺されるのは既に体感済み。


 であるならば、後先考えない全力を出し切る以外に、対抗策は無い。


 弾かれた美影が、くるりと体勢を入れ換えて、再度、標的をツムギへと戻す様を見やる。


「簡単には負けてあげませんよぉ~」


 上衣をはだけ、肌を晒したツムギの全身に、魔力で構築された魔方陣が描き出される。


 完成形連結陣撃術【神薙(かんな)神無(かんな)】。


 今こそ、神殺しの拳が、真なる神へと挑む。

ぶっちゃけ、今の美影は時間耐久ゲー。

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