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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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クサナギの腕

「……遠かったなー」


 送迎の車から降りた俊哉は、目の前の建物を見上げながら呟く。


 ここは、日本帝国本土の奥地。

 人の手がまるで入っていない大自然のど真ん中である。


 そんな場所に、場違いな巨大かつ立派な施設が建っている様は、シュールな絵面である。

《サンダーフェロウ》第一研究所。

 そう呼ばれる施設である。


 雷裂 瑠奈による超能力治療の甲斐あって、僅か一ヶ月で動き回れる程度には回復した俊哉は、機械義肢の装着及び調整の為に、ここへ呼び出されたのだ。

 最寄駅に送迎車を寄越してもらったが、そこから道なき道を三時間以上も走って、ようやく辿り着いた。

 こんな未開の地が日本に残っていたとは驚きである。


「風雲 俊哉様、ですね?」


 入り口に向かえば、そこに立っていた警備員が声をかけてくる。


 スキンヘッドの筋肉質な男。

 立ち姿からして、相当な実力が窺える。

 本気でやっても相打ちが精々ではないか、というレベルだ。


(……何でそんなのが警備員やってんだよ)


 どう考えても、国軍の最精鋭をやっているべき人材である。

 そんな人物が、重要施設ではあるのだろうが、一企業の研究所の警備員をしているとか、現実が間違っているとしか思えない。


「あっ、はい。雷裂 刹那さんの紹介で来ました。あっ、これ、紹介状っす」

「拝見します」


 一通の封筒を取り出し、渡す。


 中身の内容は、かなり適当だ。

 腕を付けるから来い、とそれだけである。


 重要なのは、紙そのもの。

 特殊な製法で作られており、専用の機材に通せば、それが複製された贋物かどうかを判別できるようになっている。


「確認しました。続いて、危険物チェックなどを行いますので、少しの間、そこを動かないでください」

「うっす」


 言われた通りに直立で待っていると、何らかの力場が自身を通り抜ける感覚があった。

 無論、全てを把握できている訳ではない。

 把握できたのは、魔力を用いた走査のみだ。

 とはいえ、それだけでも複数回にも渡って照射され、厳重という一言では足りない程の警戒具合である。


「……随分と厳重っすね。いや、まっ、こんな辺境にある時点で察してはいたんすけど」

「ハハッ、まぁ《サンダーフェロウ》の秘中の秘って奴でしてね。

 吹聴したりしないでくださいね?

 冗談でも比喩でもなく、刺客が差し向けられかねませんので」

「何それ、超怖い。そんな所に呼び出さないでほしいっすね」

「まぁ、坊主に目を付けられたのが運の尽きと思って、諦めて下さいや」


 警備員が苦笑交じりに軽く流す。

 そう言われては、俊哉も渋々納得するしかない。

 色々と恐ろしくはあるが、現状で刹那から離れる事は考えていないのだし。


 それは、理性的にも、感情的にも、だ。


 理性は語る。

 刹那から受ける恩恵は、これから先、必要な物だと。

《嘆きの道化師》を抹殺し、俊哉の復讐は終わったように見える。

 確かに、直接的に手を下した輩共は殺してやった。

 しかし、それで終わりではなかった。

《嘆きの道化師》は単なる道具。後ろに隠れた黒幕の手先でしかなかった。

 ならば、まだ終わりではない。黒幕をどうにかするまで、終わりにはできない。

 その為には、刹那からもたらされる恩恵は必要な物だと。


 感情は訴える。

 そんな利害云々関係なく、刹那もその周りも、面白い連中だから付き合っていれば良いじゃないか、と。


 他愛無い話をしている内にチェックが終了し、正面扉が開く。


「では、風雲 俊哉様……ご武運を」

「ほんっと、そういうのやめてくれないっすかね!?」


 だが、身の保証がないという意味では本気である。


~~~~~~~~~~


「では、私はこれで。グッドラック!」

「何で皆して幸運を祈るんすか!?」


 研究所内に入った俊哉は、刹那のいる最奥区画まで案内してもらったのだが、その担当者は目的区画に辿り着くや否や、速攻で踵を返して消えた。

 俊哉の幸運を祈りながら。


 大変に不安である。

 この先に地獄でも広がっているのでは、と思わずにはいられない。


 ごくり、と知らず口に溜まっていた唾を飲み下し、俊哉は覚悟を決めて最後の扉へと向かう。


 分厚い金属扉。

 もはや隔壁の間違いではないだろうか、という有様のそれを抜けて、魔界へと足を踏み入れる。


 俊哉の足が止まる。

 それ以上、進めなかった。


 正面、通路の先に一人の人間がいる。


 性別は女。

 年齢は十代半ばと己と同じだが、体型的には十代前半ほどの幼児体型。

 古き日の日本人らしい漆黒の髪を肩口まで伸ばし、小柄な身体を高天原学園の制服に包んでいる。

 瞳もまた黒く、逆に肌は新雪の様に美しい白。アウトドア派の癖に。焼けない体質らしい。

 整った顔立ちをしており、そこに浮かぶ表情は悪戯猫そのもの。

 筋肉と脂肪の割合が実に健康的で魅力的な肢体を万歳の形で伸ばし、ゆらゆらと左右に揺らしている。


 これが単なるオブジェであれば、どれだけ良かった事だろうか。

 なんて趣味の悪い、あるいは良いインテリアだな、と笑って通り過ぎる事が出来ただろう。


 だが、それが生物である事は明白で、つまりは危険が危ない状況だという事だ。


 判断は即座だ。


 回れ右をして即座に逃走に入る。


「くっ!? 開かねぇ!?」


 だが、現実は無情だ。

 入ってきた扉は既に閉じており、硬く道を閉ざしている。


 全力の魔力強化と超能力強化で身体能力を強化しつつ、俊哉はそれをこじ開けようとするが、まるでびくともしない。


「と~し~や~く~ん~。なぁにを逃げようとしているのかな~?」


 背後から、怨霊よりも恐ろしき甘い囁きが聞こえる。


「ひっ……!? 嫌だ! 俺っちはまだ死にたくないんだ!

 開けよ! 何で開かねぇんだよ!?」

「と~し~や~く~ん~。今、君の後ろにいるよ~」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!??」


 本気の泣きが入りながら、俊哉は狂乱しつつ扉を殴り付ける。

 背後の脅威を実力で排除しようという気持ちは湧き出してこない。

 彼は勇気と無謀を履き違える愚か者ではないのだ。


 だが、彼の渾身の力を受けても、びくともしない隔壁。

 当然だ。

 これは、本当に隔壁であり、内部で生み出される何かを外に出さない為の最後の砦である。

 今の彼に壊せるほど、軟な代物ではない。


 暴れる俊哉の肩に、ぽん、と嫋やかな手が置かれる。

 背後に視線を送れば、楽し気な笑顔の恐怖の化身、雷裂 美影の顔が至近にあった。


「と~し~や~く~ん~。つっかまえた~」

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 悲痛な叫びが木霊した。

 だが、隔壁に閉ざされた向こう側にそれが伝わる事はなかった。


~~~~~~~~~~


「やぁやぁ、よく来たね、トッシー後輩。

 おや、随分とやつれた様子だが、怪我の治りが悪いのかね?

 いやいや、無理はいけないよ。

 被験体……実験体……うん、テスターには健康でいて貰わないといけないからね」

「いや、ちょっと猛獣にじゃれつかれただけで。

 はははっ、出来ればセンパイには猛獣の手綱はきっちり握っていてもらいたい所なんすけど」


 美影に捕まって引きずられるように連れてこられた俊哉は、この僅かな時間でげっそりとやつれていた。

 先日の一ヶ月にも及ぶ地獄の日々がフラッシュバックしていた結果だ。

 あまりの恐怖に禿げるかと思ったほどだ。


 その当人は、今、刹那の膝の上でドーナツを齧っている。

 見た目だけは実に愛らしい。中身は無邪気な猛獣そのものだが。


「俺としては、その猛獣が気儘に過ごしている方が可愛くて良いと思うのだがね。

 あっ、ドーナツいるかね?」

「それは、センパイが猛獣にじゃれつかれても大丈夫な怪獣だからでしょうよ。

 有り難く貰うっす」


 ふわり、と浮かんだ皿がやってくる。


 山積みになっている輪っかを一つ取って齧る。

 程よい甘みと芳醇な香りが口の中に広がる。

 美味い。見事な美味である。


「……これ、手作りっすか?」

「うむ。愚妹と調理速度で勝負をしてな。

 山ほど作り上げてしまったのだ。

 ちなみに、それは愚妹作だ。俺のは味が落ちるからな」

「センパイも十分に料理上手だと思うっすけどね」


 十分に金を取れるくらいの味は出せると思う。

 ただ、美影の腕が特上なだけで。


「天は二物を与えず、とは言うものの、美影さんは二物も三物も持ってるっすよね」


 魔術の才に、美形で、料理の才もある。

 性格も、まぁ良い。少々、身内とそれ以外の差が大きいが。


「んー? 誰でもやれば出来ると思うけど?」

「いやいや、無理言わんで下さいよ。

 世の中には才能って言葉があるんすよ。理解して下さいよ」

「努力もしないで才能がないって片付けるのは、ちょっと怠惰が過ぎると思うけどね」


 美影は、才能もあるのだろうが、何よりも努力の人だ。


 元々は才能にかまけた性格をしていた。

 Sランクという破格の才を持って生まれた事で、特に努力する必要もなく、誰よりも上に立つ事が出来た。

 それがそんな性格を形作っていた訳だが、五年前、廃棄領域での刹那との出会いが彼女を変えた。


 自分と同じ年齢にして、自分を遥か超越した存在。

 更に加えて、それにも関わらず、貪欲という言葉では生温い勢いで叡智と技術を飲み込んでいく。


 本物の天才、という物を見た気がした。

 彼と比べれば、Sランクという看板だけで才人を気取っていた自分のなんと矮小な事か、と思い知った。

 それ以来だ。

 美影が刹那に追い付き、追い越さんと頑張る様に、張り合う様になったのは。


 料理の腕も、その中で見つけた自分の才である。

 それまでは良家の子女らしく、厨房に立つ事など一度としてなかったというのに、いざやってみれば考えていた以上に性に合っていた。

 おかげで、今では世界でも通用する程となっている。


 だから、思う。

 巷の人間は、才能という言葉で片付ける前に、取り敢えず挑戦してみるべきだし、努力してみるべきだと。

 そうでなくて、何故、自分の才覚を見つける事ができるというのか。


「トッシー君も、才能とか下らない事言う前に色々とやってみるべきだと思うよ?

 やってみると、意外な自分が見つけられて凄く面白いよ?」

「……まぁ、時間が空けば、挑戦してみるっすよ」


 今は、復讐の牙を研ぐ事だけで精一杯である。

 全てが終わってから、ゆっくりと次の人生を考えても遅くはないだろう。


「さて、まぁ人生相談はさておき、早速、本題といこう」


 言って、刹那は奥へと視線を飛ばす。


 幾つかの機材に繋がれたそこには、一本の機械で出来た左腕が安置してあった。

 見た目は、金属でできているという以外に、取り立てて特徴的な物は無い。

 装着したとしても、籠手を装備している程度にしか見えないだろう。


 俊哉は率直に感想を述べる。


「……意外に普通の形をしているっすね」

「すまないな。

 もっと大胆な形にしようと思ったのだが、賢姉様にストップをかけられてしまった」


 言いながら、デザイン案のデータを引っ張り出してくる。

 出てきたのは、俊哉の身の丈ほどもある巨大な義腕。

 更には、悪魔の腕か鬼の腕の様に、刺々しく禍々しい腕だ。


 率直に言って、とても普段使いできるような物ではない。


「……生徒会長様には感謝しかないっす」

「ああ、代わりに機能の方には色々と奮発しておいたから、安心すると良い」

「ちっとも安心できないっす」


 刹那は無視して、義腕を示す。


「六つのパワーストーン的な物を集めて指パッチンすると、人類の半分が死滅する仕様にした」

「やめろよ」

「ああ、安心したまえ。俺や姉妹は死なない様にしてある。遠慮する必要はないぞ」

「やめろよ」


 ちっとも安心できる要素がない。


「まぁ、それは冗談だが……」

「本当っすか?」

「……半分くらいは」

「つまり、半分くらいは本気と」

(……へたに指を鳴らせなくなったっすね)


 何が起きるか、分かった物ではない。

 もしも、本当に人口が半分になれば洒落では済まない。


「他には、どんな機能が?」

「基本的には、君用だ。《天照》の連射速度を上げたくらいだとも。

 まだ、流石に撃ち放題とはいかなくてね。

 あれは少々火力が高過ぎる。良い事だが」

「制御できなきゃ身を焼くだけっすよ」

「イカロスの様にか? 蝋よりは丈夫だがね。

 あとは、魔力蓄積機能が付いている」

「蓄積?」

「君の魔力量は実に悲惨な物だろう?」

「Bランクは、世間的には高位に分類されるんすけどね」

「僕に比べたら鼻で笑えるよ」

「いや、魔王と比べんで下さい」


 割り込んできた美影に真顔で答える。


 確かに、Sランクの魔力と比べれば、量も質もゴミみたいなものだ。

 だが、そんなごく一部の際物と同じように語られても困る。


「トッシー君。君も先日の異界門事件での顛末は知っているだろう?

 戦闘員は最終局面ではほぼ残っていなかったが、その理由の大半は魔力枯渇による戦線離脱だ。

 Bランク程度の魔力では、息が続かないぞ?」


 今までは、それでも良かった。

 戦争の相手は同族で、戦力差はほとんどなかったのだから。


 しかし、これからは違う。

 敵の膨大な戦力を前に、低い継戦能力では対抗しきれない。


 その為の純粋魔力技術であるが、いつでも補給ができる状況とは限らない。

 それを解決する為には、単体での継戦能力は必須事項である。


 そうした思考から、実験的に開発した物が、魔力蓄積機能という手段だ。

 簡潔に言ってしまえば、魔力式の電池であるが、これまでは大型の物しかなく、小型の物は作る事自体は可能だが、魔力の長期保存は不可能だった。

 短期間で漏出し、霧散してしまう欠陥があったのだ。


 しかし、この義腕はそれを解決する。

 先日得た金属――ステラタイト(仮)は、加工の仕方によって魔力や超能力というエネルギーを百%断絶する、脅威の絶縁体だ。

 それ故に、それの封じ込めに、最小限の規模で成功したのだ。


「魔力は器に満ちたら、それ以上のエネルギーは蓄積されない。

 だから、満杯になっている間のエネルギーは無駄にしかならない。

 だろう? だから、その分のエネルギーを蓄積できる機構を構築した。

 理論上、美影の2.8倍の魔力までなら蓄積できる筈だ。

 おお、やったね。魔力量だけなら、魔王クラスの仲間入りだ」

「質は遠く及ばないっすけどね。

 でも、嬉しい話っすね。貯めるまでどれだけの時間がかかるか分からんすけど」


 超能力は効率に優れており、よほど酷使しなければ、そうそう疲労したりはしないが、魔力は限界が早くに訪れる。

 その為、それは今後のネックとなると思っていたのだが、解決の道が既に構築されているとは思わなかった。


「まぁ、他にも幾らか実験的な機能は付いているがね。

 現状では、オフにしてある。

 まずは基本事項をマスターしたまえ。話はそれからだ」

「うっす。精進しやす」

「良い心がけだ。

 ……では、早速、取り付けようか。

 神経が馴染むには時間が物を言う。

 一秒でも早いに越した事はないからな」


 言いながら、奥の施術室へと入っていく刹那。

 俊哉は、その後に続きながら、一つ、訊ねる。


「そういや、その腕に名前ってあるんすか?」

「ふむ。そうだな。

《クサナギ Ver2.3》とでもしておこうか」


 たった今、考えたばかりだ。


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