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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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人間の悪意

実は、戦力の逐次投入をせず、永久に全額ぶち込んでおけば、初手でこの物語は終わっていたという。


まっ、その時は人類は滅亡していますけども。

 火星に確立された生命生存領域、その一角に着陸した宇宙船の中で、頭を突き合わせて悩む者たちがいた。

 ようやく到着したスティーヴン大統領を加えた、現在の人類の指導者たちである。


 最初期に使用されたこの宇宙船は、最も重要な人類の資産を確実に運ぶ為に、相応に頑丈に作られている。

 そして、それは同時に密閉がしっかりしており、内緒話をする事に適しているという事でもあった。


 その為に、彼らによる〝異人対処〟を話し合う場として活用されているのだ。


 何故か、重要参考人として炎城久遠もこの場に呼び出されているのだが。

 所在無さげに隅で佇む彼女は、実に居心地が悪そうである。


「…………で? どうすんだよ、おい」

「いやー、どうと言われましても、ねぇ?」


 投げ槍気味に放り込まれた質問に、揃って苦味の利いた表情を浮かべる。


 彼らが並んで見ているモニターには、離れた宙域で行われている戦闘……もとい、蹂躙劇が映し出されていた。

 惑星ノエリアからの移民たちと、星獣から離れた追手たちの衝突だ。

 移民たちが、一方的に殲滅している為に、全く危なげの無い映像だが。


 背筋の寒くなる光景だ。


 確かに、現存する地球の戦力でも、同じ事は出来るだろう。

 観察した限り、先遣魔王たちから報告されていた〝中身〟の詰まった強力な個体は見られない。

 ならば、ある程度の纏まった戦力を出せば、蹂躙は充分に可能だ。


 目に見えているそれが、底であるならば、だが。


 話に聞く限り、彼らは魔力の根源により近い者たちであるらしい。

 その為、得意不得意の差はあれど、当たり前のように全属性の魔力を個人で扱える上に、平均的な魔力保有量も地球人類よりも遥かに高水準にあるという。加

 えて、上限値、Sランクや魔王と呼ばれる位階に至る者の数も比較にならず、更には種族的にそれ以上に達する者たちすらいるらしい。


 それが、数千万人単位でやって来たのだ。

 半数を子供などに分類し、更に半数を非戦闘員として除外しても、最悪、数百万に及ぶ魔王の集団という訳である。


 なんて恐ろしいのだろうか。

 今すぐにでも皆殺しにしたい所である。


 だが、現実問題として、それが出来ない事が最大の問題だ。


「寄る辺無き民……は、我々も同じ事ですからね」


 地球が健在であった頃ならば、まだ可能だった事だろう。

 大地という確かな拠点を持ち、相手は不安定な宇宙船一隻のみ。

 多大な犠牲は勘定しなければならないが、やりようは幾らでもある。


 しかし、今となっては地球はなく、地盤の貧弱な火星の土地しかない。

 それも、いざとなれば相手側に付きそうな精霊たちに保護された、不確かな物である。


 人口も大きく凹んでおり、兵器等を生産する工業基盤もほとんど喪失してしまっている。


 これでは、地力の差が絶望的な戦力差として現れてしまう。


 今、ぶつかったとして、果たして勝てるのか?

 その答えは、ほぼ間違いなく勝てないという結論しか出ない。


 あるいは、


「ちなみに、永久さんなら勝てますか?」


 帝が、隅っこで気配を圧し殺していた久遠へと水を向ける。


 視線が彼女へと集中する。

 戦力的な意味では、ヴラドレンがまだ帰還していない以上、この場の全員を久遠一人で殺し尽くせるのだが、それとは別の〝圧〟が彼女にのし掛かってくる。


 戦士ではなく、支配者、指導者としての圧力だ。


 戦場で向かい合うならばともかく、この様な土俵違いでは、成人したばかりの若輩者には、中々に辛いものがあった。


 投げ掛けられた質問に、その為に呼び出されたのかと納得しながら、久遠は答える。


「……その答えは、本人から訊いた方が良いかと」

「おや、生きているので?」

「あれから見かけてはおりませんが、呼べば来ます……おそらく」


 地球の自爆で吹き飛んだ永久は、彼らからはいっそ諸共に死んでくれないかと望まれているようだが、彼女がああなってからずっと世話して付き合ってきた久遠からすれば、そんな事は想像もできない。


(……あれは、死なない事に特化しているからなぁ)


 思わず遠い目になってしまう。

 少なくとも、真っ当に生命保存の意識がある状態、つまり永久の意識が表面にある状態では、完全に滅殺する事はまず不可能だと考えている。


 だから、きっと今も生きているし、今も自分を見ているだろう。

 面倒になりそうだから隠れているだけで。


「では、呼んでください」

「……承知しました」


 気は乗らないが、権力者にそう言われては従わなくてはならない。

 それが文明人というものだ。

 文明的な生活を営むという意味では、人は一人では生きていけないのである。

 原人と大して変わらない雷裂の阿呆共とは違うのだ。


 意を決した久遠は、口元に手を添えて声を上げる。


「永久ー、出ておいでー」

「……そんなんで出てくる訳ゃ」

「呼びましたか、お姉様!?」

「本当に出てきましたね……」


 ニュルッ、と、久遠の髪の隙間からピンク色の粘体が出てきた。

 それは、軽やかに跳ねて権力者の囲む円卓の中心へと入る。


 同時に、部屋の至る所から、無機物に変身して擬態していた永久の一部が正体を現した。

 それらが中央の永久へと集まっていく。


 やがて、幼稚園児並みの質量となった彼女は、デフォルメされた二頭身程度の形へと変わった。


「マジカル☆トワリン! リ・ボーン!」

「……おい、こいつ、人間止めてんぞ」

「何を今更」


 本当に今更な話だ。

 地球を取り込んで超巨大化した時点で、どちらかと言えばもう人間の敵である。


「永久さん、単刀直入に訊きます。勝てますか?」

「どっちに?」


 もはや人間社会の軛から解き放たれている永久は、権力者に恐れずに受け答えする。


「そうですね。……両方とも、訊いておきましょうか」

「じゃあ、答えましょう。無理ですね」

「具体的に」

「お望みと、あらば!」


 クルリ、と身を回して一拍を置いて、永久は語る。


「そもそも、今の私は見た通りの質量しかありませんよ? 肉体の大半が消失しておりますから。星獣であろうと、移民の方々だろうと、私の手には負えません」


 尤も。


「皆様がその命を下さるのでしたら、その限りではありませんけれど?」


 火星に移った人類の資産を、その命ごと差し出すのならば、可能性は生えてくるだろう。

 移民たちは勿論のこと、星獣にも再び挑むだけの余力が生まれるに違いない。


 それが出来ないと分かっているが故の悪戯な表情で告げる。


「それは無理ですね」


 つまり、現有戦力ではどうにもなら無いという結論に至る。 


「じゃあ、受け入れるしかねぇ訳だなぁ、おい!」

「まぁ、そうなるね。幸いにして、土地は余ってる」


 不幸な話ではあるが、移民を受け入れるだけのキャパシティは有り余っているのだ。

 何故ならば、そこに入る筈だった民は、目の前の永久が全員を食べてしまったし、ついでに既に爆散してしまっているのだから。


 僅かに沈黙が支配する。


 炎城の姉妹もまた、言葉を発さない。

 久遠は語る権利を持たないし、永久は興味がない。


 指導者たちは、視線を交わし合う。

 言わずとも、おおよそ考えている事が伝わる事は良い事か悪い事か。


「…………伝え聞く話によると、彼らも一枚岩という訳では無いそうですねぇ」


 種族間での争いは多くあったらしい。

 今でこそ、移民の為に纏まっているようだが、たかが十年程度で確執が完全に消える訳がない。

 当事者たちが生きているのだから、そうに決まっている。


「割り当てる土地や物資に、差を付けましょう。対立を煽って矛先を逸らしつつ、力を削いでいきましょうか」

「戦闘では役に立つ。矢面に立たせて盾にするのもありだなぁ、おい」

「となると、表面上は快く迎え入れねばなりませんね。気持ち良く前線に立って貰う為に、少しばかり国民には不便をさせてしまいますね」

「まぁ、そりゃあ、しゃあねぇなぁ、おい」

「…………」


 悪辣な策謀が渦巻いている様子を、久遠はじっとりとした目で眺める。


 なんとも言い難い光景だ。

 いつも通りと言えばいつも通りの事。

 彼女とて旧八魔家の当主であり、そうした黒い権謀術数にも縁がある立場だ。


 とはいえ、ここまで明確に他人の命を使い捨てる策謀を、顔色一つ変えずに行える辺りに、人間の業をよくよく痛感せずにはいられない。


「いざとなったら、こいつらの首を手土産に亡命する手筈は整えておきますね、お姉様」

「…………お前な」


 ススス、と近付いてきた身も蓋もない妹の言葉に、久遠は更に遠い目をするのだった。

どうでもいい事ですが。


「忍」という字が、マウントポジション取って心臓に刃物突き刺しているようにしか見えない。

決して忍にも心があるんだ、みたいな綺麗な解釈にならないのは、自分の心が腐っている所為なのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 永久ちゃんが生きてた(知ってた)こと。 [気になる点] 人類はホント……そんなだから滅ぶんだぞ。 [一言] 結局タイトルの天才は誰を指しているのですか? 最初は刹那のことかと思ってましたが…
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