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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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彼方より来る者たち

十年あれば、幼い少女も妖艶な女性へと変わるのです。


実はもう子持ち。

「あらあら、弩修羅場ねぇ~……」


 超望遠術式越しに見える光景に、女性は薄く微笑みながら言う。


 年頃、二十代半ばという所だろう。

 完全に幼さを捨て去り、妖艶な女盛りの肢体を持つ女性だ。

 艶やかな黒髪を長く伸ばし、それを掻き分けて額からは大小二本の角が天を衝いている。


「まっ、さもありなん、ってぇ所だぁなぁ」


 その隣で、男性が応える。


 鋼糸を束ねた様な分厚い筋肉に赤銅色の肌を貼り付けた、巨躯の中年男性。

 灰色の体毛をしており、狼のような獣耳と尻尾を揺らしている。


「ふふっ、ファーストコンタクトなのよぅ~。派手に行きましょうかぁ~」

「…………こっから届くのかよぅ」


 呆れたような男性に微笑みで応えながら、女性は嫋やかな白指を広げる。

 シュルリ、と、細く薄く、目に見えない程の魔力の糸が無数に垂らされる。

 それらが織り込まれ、二重の魔方陣を形作った。


「十年ぶりねぇ~。ミカゲちゃんに、私の成長を見せてあげなきゃいけないわぁ~」


 完成形連結陣撃術【鬼神一閃迅】。


 極限へと至った鬼の拳が、解き放たれた。


~~~~~~~~~~


「作戦の範疇内、たぁ言っても、やっぱりクル物があるなぁ、おい」


 地球を離脱した最後の避難船団の一機。その中から、アメリカ大統領――スティーヴン・クールソンは、自分たちの故郷が迎えた最期の姿を見届けて吐息した。


 迎撃プランとして、地球を化け物(永久)の糧として差し出す事も、食い付かせた所で爆破してしまう事も、考慮された上で有効である認められた作戦の内だ。


 いざとなればそれも仕方無し、とされていた物ではあるが、実際に目の前に突き付けられると、ショックは意外と大きい。

 分かってやらせている自分がこうなのだから、作戦詳細を知らされてなかった民衆の衝撃は、更に大きい事だろう。


 要人専用の区画に押し込まれている為に一般区画の様子は届いてこないが、悲嘆に暮れている事は想像に難くない。


「あのバケモンは死んだかよ、おい」


 どちらの事を言っているのかと言えば、両方である。

 星獣は勿論の事、丁度よい機会なので永久にも死んで欲しいと切に願う所だ。


 なにせ、気分次第で幾らでも人類を絶滅させられる超生物である。

 今でこそ落ち着いているが、一時は反社会的になっていた前科がある為に油断ならない。

 全幅の信頼を置くには、あまりにも行動が不安定で、何よりも破壊力が高過ぎるのだ。


 爆炎が酸素を消費しきり、ゆっくりと粉塵と共に視界が晴れて行く。


「……生きてんなぁ、おい」


 星獣は健在であった。

 傷を負っているようで、今は肉体の修復の為に動きを止めているようだが、蠢く眷属たちを見れば死んでいる訳ではないと嫌でも理解できる。


 それ以前に、刺すような殺意がこちらを射貫いている事も生存の確たる証拠なのだが。


「めっちゃこっち見てんな」


 よくもよくも、という所だろうか。


 ようやく待ちに待った豊穣惑星にありつけると思ったら、それが目の前で爆散して傷を与えてくるのだから、当然の憤怒だろう。

 自分たちだって、御馳走に爆弾を仕掛けられていて、派手に暗殺されかけたならば、相応に憤怒と憎悪を抱くに決まっているのだから。


 種族の壁を超えて、食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


 今は衝撃と負傷により動けないようだが、動けるようになれば、すぐにこちらへと喰らい付いてくる事は想像に難くない。


 というか、既に刺客は放たれていた。


 星獣の眷属たちの一部が、一直線にこちらへと向かってきている。


 急拵えの避難船である。

 宇宙空間における人体の生命維持を第一にした設計であり、その他の性能はお察しだ。

 つまり、大したスピードは出ないので、確実に追い付かれてしまう。


「……んあー、一応、訊いとくんだが、迎撃は出来んのかよ? なぁ、おい」


 控えている秘書に訊ねると、彼はニヒルな笑みを浮かべる。


「出来るとお思いですか? 大統領閣下」

「一応つってんだろうが、バカ野郎」

「補足回答しますと、艦載兵器は一切ありませんし、護衛の為に乗船していた魔術師たちは、先の爆発より船団を保護する為に全員が既に死力を出し尽くしております。まぁ、つまりは防衛能力は無しに等しいですね」

「丁寧にありがとうよ、おい」


 火星側へ増援を要請する事も出来るだろう。

 正確な座標指定をすれば、空属性術師による転移で戦力を送る事も可能な筈だ。


 しかし、である。


「守る価値が……あるかねぇ。なぁ、答えてみろよ、おい」

「……さて、一介の秘書には判断しかねる事かと」


 彼らの乗船する避難船団は、地球を離脱できた最後の便である。

 それが意味するところは、優先度が相応に低いものしか乗せていないという事である。

 人材的にも物質的にも。


 要人として乗っている人物は、大統領一人であるが、彼自身には然程の高価値は無い。

 戦力になる訳でもなければ、なんらかの特異な技能がある訳でもない。

 ただ、このタイミングで、民主的に選ばれていただけの〝凡人〟だ。

 常日頃から明言しているように、〝いくらでも代わりはいる〟人材でしかないのだ。


 この緊急時に、その代わりを選ぶ時間と労力が無駄だと言われたから脱出しただけで、いないならばいないで何とかなる、という微妙な立ち位置にいる。


 故に、貴重な魔力と人材を使用してまで救助する必要性があるのかと言えば、ぶっちゃけ無い。

 指導者という価値では、少なくとも他の先進魔導国のトップは離脱できているのだから。


「じゃ、まっ、諦めちまうかよ、おい」

「……これを機に、責任を投げ出そうとしておりませんか、大統領?」

「それを言うんじゃねぇよ。なぁ、おい」


 そもそも、スティーヴンが最後まで残っていた理由は、決して自己犠牲精神やら何やらの高尚な物ではない。

 ただただ、この事態の責任を背負うような面倒をしたくないから、美談風にさっさと退場しようとしていただけなのだ。

 ばれて避難船に詰め込まれてしまったが。


 とはいえ、こうなってしまってはもはや仕方ない。

 潔く諦めてしまおう。


 死を目前にしているというのに、彼は大変な笑顔だった。


「はてさて、自爆装置の起動手順はどうだったかね、と――っ!?」


 当然のように付属している機能の確認を行おうとしていると、一条の閃光が宇宙の闇を切り裂いた。


「ああ!?」


 差し迫る刺客の布陣。閃光は、分厚いそれを貫いて彼方へと消えていった。


「なんだってんだぁ、おい!」

「空間転移反応! 巨大な物体が出現します!」


 謎の答えは、渦を巻く様な空間擾乱の中から落ちてきた。


 黄金の方舟。

 あまりにも巨大に過ぎる、都市をそのまま浮かべたような人工物の出現。

 あちらこちらが損傷し、原形を失いかけていても、それでもその正体を察せないほどに愚かではない。


「マジノライン、終式……だぁ!? って、事は!」


 帰還した雷裂の姉妹より、事の顛末は報告されている。

 二機も建造しておきながら、両方とも帰還しなかった理由も。


 その帰還しなかった内の片方が、ここにあるという現実。

 それが意味する所は、星海を越えた来訪者がやってきたという事に他ならない。


『――――』


 設置されたスピーカーから、通信回線の開かれるノイズが流れ出る。


『こちら、惑星ノエリア移民船。天翼種(エンジェル)代表のラヴィリアと申します。非常事態と見受けられますが……助力は必要に御座いますか?』


 何処か高慢さを感じさせる女性の声が届けられる。


 何処の誰かは分からない。

 しかし、確実に分かる事は、その高慢さに見合うだけの戦力を、彼女らが有しているという事だ。


 スティーヴンは、自身の望みが潰えた事を小さな吐息一つで脇に押しやり、差し伸べられた手を掴みに行く。


「あー、こちら、地球避難船団。代表のスティーヴン・クールソンだ。危地に駆けつけてくれた事、感謝する。敵戦力の撃滅を依頼したいが、どうかな?」

『お安い御用に御座います。では、我らの威力、とくと御照覧あれ』


 随分とタイミングの良い介入に、なんとなく作為的なものを感じつつ、スティーヴンは今後の事へと思考を巡らせる。


「……扱いに困る戦力だ。やっぱり面倒だし、さっさと死んどけば良かったな。なぁ、おい」


 地球上に全く存在していなかった勢力の登場に、生き残った先の取り分の分配が面倒になったと、心から嘆くのだった。


~~~~~~~~~~


 僅かに時を遡り、終式が太陽系を射程に収めた頃の事。


 ノエリアは、各種族の代表を集めて話をしていた。


「単刀直入に言おうぞ。我らが歓迎される事は、まずない」

「……えー、っと」


 なんとも分かり易い結論に、誰もが言葉を失う。

 お互いに視線を交わしつつ、デブ猫姿――もう十年にもなろうというのに、未だに見慣れない――の指導者へと質問を繰り出した。


「質問を、よろしいでしょうか?」

「構わぬ。全ての疑問に答えようぞ」

「では」


 代表して、黒天使のラヴィリアが訊ねる。


「絶対にないので御座いますか?」

「うむ、無い。連中は排他主義じゃからの」


 そもそも、何故、地球上に人間以外の知的生物がいないのか。


 その答えは簡単な事だ。

 自らに比肩しうる可能性を、現生人類が叩き潰してきたからに他ならない。


 チンパンジーやクジラなどは頭が良い?

 だから、保護すべきである?


 否、程よく頭が悪いから、可愛がられているのだ。

 あれ以上に頭がよく、それこそ文明を開化させる程の知能があったならば、地球人類は恐ろしくて恐ろしくて堪らなく、ついつい滅ぼしていただろう。


 ならば、惑星ノエリアからの移民がふと現れたならば、その反応はどうなるだろうか。


 まず間違いなく、拒絶反応に近いものとなるだろう。

 人類は、明確に見下せる下等生物以外とは、共存共栄できないのだ。


「その、先のカンザキとかいう者たちなどが説得している、という事は……」


 一応、面識のある彼女たちとは、表面上は友好的な関係を築けていた筈だ。

 少なくとも、言葉を交わす事もなく、いきなり絶滅戦争を行うような野蛮な関係性ではなかった。


 そして、彼女たちは地球上では、相応に有力な人物であるという。

 ならば、その筋から話が通されている可能性はあると思うのが、自然な思考だろう。


 しかし、ノエリアは否定する。


「そんな面倒な事を、あやつらがする訳がないじゃろう」

「「「…………」」」


 言葉もない。

 自分たちなどよりも、地球と人類についてよくよく知っているノエリアが、こうも断言するのだ。

 それを否定する材料など、誰もが持ち合わせていない。


 なによりも、僅かばかり時間を共にしただけだが、それでも彼らも理解していた。


 雷裂の連中が自己中心的な阿呆だと。


 だから、自己の利益にならないのであれば、積極的に動く筈もなく、移民に関する根回しも周到とは程遠いだろうと容易く想像できてしまった。


「では、如何するので御座いましょう?」

「簡単な事じゃ。恩を売る」


 登場は、劇的であれば良い。

 ごく普通に接触するから拒絶されるのだ。

 窮地を救ったヒーローであれば、たとえ相手が見慣れる異形の者であろうと、心のハードルは大きく引き下げられる。


「という訳で、暫しこの辺りで待機しつつ、機を窺っておこうぞ」


 曰く、程よく絶望させた方が、救済も味わい深くなる。


 なんとも身も蓋もない指導者の言葉に、一同は微妙な顔をせずにはいられない。


「……まぁ、我々も存続がかかっております。それしかないので御座いますれば、そういたしましょう」


 そういう事になった。

次回、ではないので未来予告。


成長したツムギを見た美影がすげー顔をします。

「裏切ったな! 僕の気持ちを裏切りやがったな! お前だけは僕の仲間だと思ってたのに!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 永久ちゃんがヤヴァイ化け物なところ。 そもそも、なんで自我が保ててるんでしょうか? ショゴスとの相性や親和性が抜群によかったからか、それともショゴスを支配下に置ける命属性の超能力を持ってい…
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