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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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たがの外される時

「家族だから、闇討ちはしない」 by 嫉妬の化身

「ッ……!」


 ()()から光が逆流してきた時点で、美雲は即座に攻撃を叩き込む。

 敵陣の網目を抜けて、無数の光線が殺到、直前で合流して一本に収束された火力を追撃する。


 しかし。

「……光学兵器が仇となっていますね」


 光は、敵に回っている。

 その言葉は、美雲にも聞こえていた。


 その証明とばかりに、収束された光線は傷口を前にして千々に引き裂かれて霧散し、その奥から目に焼き付いている最強種が姿を現していた。


「まずいわね……」


 法則操作すら扱えるレベルで再現されているとなると、地球戦力で勝ち目がある者は、刹那とノエリアの二者くらいだろう。

 その二人は、現状、行方不明である為、つまりは勝てる訳がないという結論が導き出される。


 一応、例外的に永久も候補に挙がるのだが、あれは出来れば切りたくない鬼札なので、選択肢からは除外しておく。

 危機が迫れば、勝手に行動を始めるだろうが。


「■■■■■■■■――――ッッ!!」


 星獣が吠え叫ぶ。

 宇宙の真空は、音を通さない。

 だが、魔力を孕んだそれは、精神を揺さぶる攻撃として全天へと広がって聞こえる。


 心に弱さがある者であれば、一発で恐慌状態にもなっただろう捕食者の咆哮は、しかしこの場に決死の覚悟を決めた戦士しかいなかった事で不発に終わる。


 だが、それは重要な事ではない。

 彼が、それによってしたかった事は、確かに敵対者たちに伝わっていた。


 即ち、お前らを殺す、という明確な抹殺宣言であった。


 星獣がこれまでになく大きく身を揺さぶる。

 それだけで、彼を絡め取っていた網が引き千切られる。


 口腔に光が宿る。

 視線は真っ直ぐにツクヨミを捉えていた。


 死を予感する。

 あと数秒の後、あの光が放たれるその時が自分たちの終わりなのだと、ツクヨミのクルーは直感した。


 防御? 意味がない。

 回避? 間に合わない。

 脱出? 逃げてどうしようというのか。


 だから、だから彼らは身を、命を捨てて、最後の一撃を準備する。


 ほんの少しでも、たとえ僅かであろうとも、最後の瞬間まで、故郷を、同胞を、家族を、守る者であろうとした。


 ツクヨミの灯火が端から順に消えていく。

 代わりに、中心に据えられている蒼宝石の様な動力機関が、煌々と輝いた。


 ツクヨミ、最後の切り札である。

 動力機関を暴走稼働させ、ツクヨミ本体を砲台とし、全エネルギーを集中させて放つ、一発限りの極大砲撃。


 しかし、チャージに時間が、致命的なまでにかかってしまう。

 少なくとも、今の状況、後出しで準備を始めたのでは間に合わないくらいに。


 星獣の口から、極光のブレスが放たれる。


 狙いは、予想通りにツクヨミ。

 このままでは、確実にツクヨミの中心を穿ち貫くだろう。


 絶体絶命。

 命を賭した反抗を許さない一撃に、しかし横合いから殴り込む力がある。


 アルテミスの天弓。


 収束されたそれは、星獣の極光を打ち消す程の威力には届かない。


 だが、ほんの少しだけ、ごく僅かだけ軌道をずらすくらいの事は出来た。


 ツクヨミに攻撃が着弾する。

 極光は、ツクヨミの装甲を蒸散させて、小惑星ほどもある巨体を衝撃に弾き飛ばした。


 おおよそ本体部の三割ほどが消し飛んでいる。


 だが、それだけだ。

 中心核は無事であり、つまりは行動は出来るという事である。


 近く爆散するだろうが、すぐさまでないのならば、それは些事なのだ。


 全動力を中央に集中させている為に、姿勢制御が機能しない。

 狙いが定まらない。


 それでも、彼らは多大な訓練を積んだプロの軍人である。

 目的が一致しており、そして役割も決まっているのならば、言葉が無くとも誰もが正しく行動できた。


 軌道計算をやり直し、砲撃照準を合わせ直す。

 爆散するまでのリミットを考えれば、勝負は一回一瞬だけ。


 幸いというべきか、星獣の注意はツクヨミから逸れている。

 既に潰したという認識と、何よりも天頂より攻撃の雨を降らしているアルテミスの方が、危険度が高いと見たのだろう。


 今ならば当たる――!


 その確信の元に、ツクヨミは最期の一撃を撃ち放った。


~~~~~~~~~~


 小なりとも惑星の力を全集中させた一発は、魔王の一撃さえも上回る。

 星獣の防御シールドを貫通し、硬質な外殻を打ち砕き、光の線がその巨体を真っ直ぐに貫いて消えていく。


 それと同じくして、遂に限界を迎えたツクヨミが静かに爆散する。


 エネルギーを使い果たしているが故だろう。

 小惑星級の施設が迎える末路としては、あまりにも矮小で地味なものだった。


 それを視界の端で確認しながら、美雲は星獣へと意識を向ける。


「微動だにしていないわね……」


 星核を、急所を貫けていれば、少しは意味があったのかもしれない。

 しかし、そうではなかった。


 星獣の身体を貫きはしたものの、どうでもいい部分を少しばかり焼き払っただけで、彼の生命維持を何ら脅かしてはいない。


 であるならば、気にする事ではない。


 星獣は、ツクヨミの事を忘却して、目の前にある敵の内の一つへと意識を集中させる。


 アルテミス。

 先程から鬱陶しい程にチクチクと攻撃を仕掛けてくる物体だ。

 すぐそこにある豊穣の惑星(メインディッシュ)に比べれば随分と見窄らしいが、前菜として少しは食欲を刺激される。


 エサの必死の抵抗と思えば、降り注ぐ攻撃も可愛いものだ。


 星獣は、大きく口を開いた。


『ッ、お姉! 脱出して!』


 美影から必死の声が届く。


 彼女たち魔王は、アインスを筆頭とした残滓たちによって足止めされている。

 ツクヨミは既に爆散した。

 アルテミスを守る盾は存在しない。


 攻撃に秀でているとしても、星獣を屠るどころか足止めできる程の破壊力もない。


 つまり、詰み、である。


「あら、心配してくれるの?」


 間近に迫った死にも怯える事無く、美雲は茶化す様に言う。


 てっきり、妹は自分に死んで欲しいのだと思っていた。


 家族としての、姉妹としての愛情はある。

 尊敬の念だって確かに向けられている。


 それはそれとして、想い人が自分以外のメスに心を向けている事が気に入らない。


 だから、積極的に害する事はしないが、チャンスがあれば死んで欲しいと、本当のところは思っているのだろうと見ていた。


『お姉が死ぬとお兄が悲しむ』


 対する答えは、端的で明快なものだった。

 自分の本心は()()だが、それとは別に想い人の心を優先させる。


 美影は、刹那至上主義なのだ。

 彼が望むのならば、身も心も命だって、自分の全てを捧げられる。


 だから、本心を圧し殺すくらいは訳のない事である。


 死の間際だからだろうか。

 走馬灯のように過る過去の、いつもつまらなさそうにしていた幼い美影と、今の美影との差に、美雲はクスクスと笑う。


 変われば変わるものだ。

 恋は盲目とは悪い意味で使われるものだが、ここまで徹底されれば逆に感心もしてくる。


「……もう遅いわ」


 言葉と同時に、星獣のアギトがアルテミスへと食らい付いた。


 巨星ほどもある生物の口だ。

 アルテミスが丸呑みにされなかったのは角度が悪かった偶然に過ぎない。


 無数の牙に、装甲の至る所が一息に食い破られる。

 脱出機構も、とうに沈黙してしまった。


 警告灯で赤く染まったコントロールルームの中で、美雲は頬に手を当てて吐息する。


「困ったわねぇ……」


 もはや絶体絶命だ。

 ここから生きて脱出する方法など、()()()()()()()()()()()()()()


「問題は、気付いてくれるかどうか。いえ、そもそも上手くいくとも限らないのだけれど」


 とはいえ、何もやらなければ、星獣に食われて彼の一部となるだけだ。


 美雲は自分が好きだ。

 だから、自分が自分でなくなる事は断じて許せる事ではない。


「……人類は本当に愚かね」


 アルテミスに残された最期の機能を起動させる。


 即ち、自爆装置。


 敵に鹵獲されるくらいならば、盛大に爆発させた方がマシだという意見に、皆が同意して取り付けられた物である。

 実はツクヨミにも装備されていたし、他の地球防衛の為の施設は、大体が備え付けられている。


 全てを道連れにしてくれる、という修羅の如き怨念が籠っているようだ。


 最後のパスを打ち込む。


『総員、退去せよ。総員、退去せよ。宙域飽和制圧衛星アルテミスは、五秒後に自爆します。繰り返します。総員、退去せよ……』


 機械的な音声が繰り返される。

 ほぼ猶予がないが、もはや脱出も不可能なので美雲の独断で繰り上げたのだ。


「美影ちゃん」

『なにッ!?』


 死ぬ気は更々ないが、それでも場合によっては最期になるかもしれないので、別れの言葉を残す。


「ばいばい。弟君と、仲良くね?」


 直後、アルテミスは爆発四散し、宇宙の塵となって消えるのだった。

彼女の消滅は、地球人類にとっては大きくはない。

他にもたくさんの人間が死んだ。

彼女よりも重要な人材だって死んだ。


しかし、本気でキレる奴はいるのだ。


次回予告。

久しぶりに主人公の出番です。

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