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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
361/417

堕ちた守護者

揺り戻しの始まり。

 光の網に捕らわれて踠いている星の獣。

 彼が身動ぎする端から網の目は千切れ飛び、今にも自由を取り戻しそうな有り様だ。


「…………近くに寄ると、ホンットに壁というか、単なる地面ッスね」


 遠い目をした俊哉が溢す。


 実際、惑星サイズである。

 彼らを運んでいるヴラドレンとて、完全状態の今は全長がkm単位なのだが、それでも星獣と比べれば産毛のようなものでしかない。


「つーか、よく見るとキモい」


 星獣の表層では、何かが蠢いている様に見える。

 その正体は、搾り取られ取り込まれてしまった、かつてのノエリアの民たちだ。

 人も獣も関係なく、仲良く星獣を構成する一部となって、そこで犇めいていた。


 集合恐怖症の者にとっては、悪夢のような光景だろう。


「……人の盾って言うんスかね? これも」


 本来の意味合いからは違うが、星獣を守る防壁の一種となっている事には変わらないので、本質的には何も違わない。


「これをぶち抜くんだよ。気合い入れな」

「ウィッス。……で、誰からやるんスか?」


 作戦目標は、星核の破壊、であるのだが、実際の作戦は実行部隊の現場判断という、信頼されているのだか投げ槍なのだか分からない有り様である。


 なにせ、敵の詳細は不明などという状態なのだ。

 何をどうすれば殺せるのか、痛打を与えられるのか、撃退できるのか。

 何もかもが手探りの段階であり、この派遣部隊にしても、強行偵察の意味合いが含まれている。


 具体的な作戦など、あろう筈がない。


 チラ、と一瞬だけ視線を交わした後、プリシラが言う。


「こういうのは下っ端からと、相場が決まっています」

「あっ、じゃあ、俺から――」

「いや、我からやる」


 唯一の魔王未満である俊哉が義腕を構えようとした所で、意外な所から割って入る声があった。

 ヴラドレンである。


「おや、珍しい」

「フン、貴様らでは〝殻〟を割れぬであろうと言っているのだ」

「殻? というと……」

「ほい」


 思考を言葉にするよりも早く、美影が雷球を投げ放つ。

 一直線に星獣へと向かったそれは、しかし本体へとぶつかるよりも前に、何もない宙空にて破裂して拡散してしまった。


「おや、防御障壁があったのですね」

「お姉たちが頑張り過ぎたみたいだね。本気モードに入っちゃった」


 当初はそんなものは無かった筈だが、どうやらツクヨミとアルテミスの奮闘により、少なくとも無防備に身体を晒すには危険と判断するくらいには本気を引き出してしまったらしい。


「空属性も含まれてる。確かに、あれを破るなら僕かこいつじゃないとダメだね」


 空間転移を含んだ障壁は、単純な物理火力ではどうあっても突破できない。


 同じく空属性を含んだ攻撃を用いるか、あるいは様々な特性を無視できる〝黒雷〟でなければ、どう足掻いても不可能である。


 故に、全属性混合の混沌属性を使えるヴラドレンが初撃を担う。


 彼が、巨大な口腔を開く。

 乱杭歯の並んだ口の奥で、妖しい漆黒が瞬いた。


「ゆくぞ……!」


 宣言と同時に、ブレスを中心にして、全身の鱗の隙間や翼の先端など、あらゆる射出口から混沌属性の一斉射が放たれる。


 間に挟まれていた敵陣が文字通りに消滅する。


 一切の抵抗を許さず、塵を散らすようにカキ消した攻撃は、勢いを少しも衰えさせる事無く防御障壁へと激突する。


 閃光。


 両者のエネルギーが激しくぶつかり合い、消滅させあう光が宇宙を照らし出す。


 数秒の拮抗。

 だが、巨大な全体を覆う障壁と、僅かな穴を穿てればそれで良い竜咆とでは、一点に集中されるエネルギーには隔たりがあるに決まっている。


『お裾分けだぞ、です』


 豊穣の聖女からの餞別が届き、竜咆が一際大きく太くなる。


 破砕する。


 ガラスが砕ける様に、障壁の一部が砕け落ちた。


「行け! すぐに塞がれるぞ!」

「言われずとも!」


 あくまでも、ほんの一角を落としただけだ。周囲からエネルギーが流れ込み、修復はすぐにでも始まるだろう。


 ここからは時間との勝負でもある。


 美影とプリシラが飛び出す。

 その後ろでは、既に砲撃態勢へと移行した俊哉が、長大な砲塔を構えている。


「露払いするッスよ! 巻き込まれんで下さいね!」

「誰に物を言ってんだか……」


 不敵な応えに、俊哉は苦笑を溢しながら、砲撃に集中する。


【クサナギ・アンリミテッドフォーム】。


 星獣迎撃戦に備えて、彼の義手は全てのリミッターを解除された上で強化パーツを全搭載した、装着者の安全を考慮していない形態となっていた。


 固有空間から射出された追加パーツにより、砲塔が強化一新される。

 無数のボルトが独りでに嵌め込まれて固定されて完成するのは、全長にして3メートルを超える、もはや携行兵器の領域を超越した代物である。


「出し惜しみは……しねぇぞ、と」


 俊哉の全魔力と全超力、そしてクサナギ内に貯蔵された魔力と雫から届く愛の力を、熱量へと変えてチャージしていく。


 砲塔から陽炎が立ち上る。

 パーツの隙間から、赤熱の光が漏れ出始めた。


 太陽を閉じ込めているかのよう。


 間近にいれば、溢れる熱と光にその様な感想を抱くだろう。


 当然、直近にいる俊哉も無事とは言い難い。

 砲を支える為に添えている右手からは、火傷が広がって肉の焼ける匂いが立ち上る。

 左腕の接続部に至っては、既に水分が沸騰して脂が燃えていた。


 影響は全身へと広がりつつある。

 生命維持すら危うい。


 だが、幸いにして。


 彼が死ぬよりも早く、彼のエネルギー制御の限界点が訪れた。


「【アマテラス】ッ!!」


 これ以上は暴発する、という段階に到達した時点で、俊哉は熱量を解き放った。


 一直線に伸びていく太陽の閃光。


 それを邪魔できる者はいない。

 異変を察知して寄り集まってきていた敵の軍団は、ただの余波熱だけで蒸散させられていく。


 閃熱が、ヴラドレンの穿った障壁を潜り抜け、遂に星獣の本体へと届いた。


 爆散。


 籠められた熱量の全てを賭して、広大な範囲を球状に焼き払っていく。


「生き物を殺すには、やっぱ火だよなってな!」


 地球人類が叡知を得てからの絶対不動の真理である。


 彼らは、火を振り回して、数多の生物を、何よりも同族の人間たちを、無数に焼き殺してきたのだ。


 そして、その真理は、生物の成れの果てにも通用する。


 表層で蠢いていた汚染体たちを、有無を言わさずに消滅させていく。


「ぐ、おっ……!?」

「ぬぅ……!」


 全身全霊を込めた一撃の反動で動けなくなっていたヴラドレンと俊哉を、無数の光線が襲う。


「気付かれた! 美影さん、早めに頼んます!」


 異変に気付いた星獣からの攻撃だ。


 俊哉は義手を盾に、ヴラドレンは莫大な残機を盾にして、紙一重で凌ぐ。


 檻に捕らわれた状態からの適当な反撃であるが故に、狙いは甘い。

 だが、一発一発の威力は尋常な事ではない。

 まともに受ければ簡単に消し飛ぶだろう。


 とはいえ、朗報でもある。

 なにせ、敵の注意がこちらへと向いているのだ。

 本命は、既に離れて星獣へと取り付いている以上、これは吉兆であろう。


 必死に回避に専念して生き残る二人の視線の先では、黄金の光が生まれた。


~~~~~~~~~~


 アマテラス着弾点の中心部に、美影とプリシラは着地する。


 まだ熱の残るそこだが、しかし思ったほど抉れてはいない。

 蠢いていた眷属たちは払い除けられたが、星獣本体の硬い外殻を貫くにはまだ足りなかったようだ。


「充分です」


 邪魔さえ入らないのであれば、存分に力を込めて準備が出来るのだから。


「ふぅーーーー…………」


 深く呼吸を行い、普段はセーブをかけている自身の力の全てを解放していく。


【乙女座】のプリシラ。

 彼女は、〝最大攻撃力〟とも称されるだけの超攻撃的魔王である。

 その力は、あらゆる魔王たちの防御を貫けるどころか、星さえも滅ぼすとまで言われる。

 理論上は、であるが。


 実際には、威力はともかくとして、それだけの攻撃範囲を実現するには魔力が足りていない。


 何故、星が斬れないのか。

 その答えは単純にして明快であり、巨大で遠いからである。


 今、目の前には、まさに断ち斬らねばならない星がある。

 自分一人では、地殻をぶち抜くだけで精一杯程度だ。


 だが、だが、今だけは、そんな制限を超越できる。


「全力を……いえ、全力以上を、出すのは初めてですね」


 遥か後方、地球の近縁で煌々と輝く月から、尋常ならざる魔力の奔流が届けられる。


「くっ……!」


 己の数倍にも達する魔力の塊は、プリシラに感じた事のない過負荷を与える。

 喉の奥から苦悶の呻きが漏れ出し、皮膚の薄い場所から血管が爆ぜて血霧を撒き散らした。


(……これは、評価を上げざるを得ませんね!)


 こんな負荷を当たり前として受け止め、命を損なう事無く戦闘状態へと入れる俊哉は、成る程、魔王の手足として相応しいのだろう。

 彼自身が、雫という魔王の武器であり、唯一無二の魔術なのだ。


 ならば、同じ魔王を冠する者として、負けてなどいられない。


 壊れる身体を押さえ付け、零れて溢れて暴れんとする魔力を最後の一滴まで飲み込む。


 そして、その全てを愛剣へと注ぎ込んだ。


 ヒビが、入る。

 剣全体に、微細なヒビが入り、それは止まる事無く広がり続ける。


(……これは、折れますね)


 愛着はある。

 当然だ。

 自身が【ゾディアック】を拝命した折に、当時の名工が技術の粋を尽くして作ってくれた物なのだ。

 自分の超火力を受け止められる逸品である。

 誇りと共に持ち歩き、ずっと信頼してきた。


 それが、折れようとしている。

 悲しみはある。

 惜しいという気持ちも。


 だが、やらねばならない。


 悲嘆を、使命と義務で、名誉へと変える。


(……今まで、有り難う御座いました)


「行きますッ!」

「さっさとやれ」


 頭上で黒き雷を構える娘は、にべもない。


 苦笑しながら、プリシラは黄金に輝きながら崩壊していく長剣を、大地へと深々と突き立てた。


 瞬間。


 世界から音と色が消え去る。

 何もかもが黄金に塗り潰される。

 音を発する物を塵に、音を伝える空気さえも原子に。

 分解と破壊の極致が、ここに顕現された。


 穴が空く。


 自然的な断面ではない。

 工業機械で人工的にくり貫いたかのような、綺麗な断面を見せた巨大な穴が穿たれた。


 それは、表層を抜け、奥へ奥へと突き進み、やがて中心部へと届いた。


 剣が砕け散る。

 その断片を手の中に残しながら、プリシラは疲労感の残る身体に鞭を打って退避する。


 穴の奥に、思わず目を惹くような、美しい物体があった。


 球体。

 しかし、一度砕かれたものを修復したような、若干のクビレを見せるそれの正体を、直感的に察する。


 星核(スターハート)だ。


 あれを、あれさえ砕きさえすれば。


「行けッ!!」

「言われずともッ!!」


 穴の中へと、雷の担い手が飛び込んでいった。


~~~~~~~~~~


 気負いはない。

 妙な使命感だとか義務感だとか、そんな物は持っていない。


 美影を突き動かす物は、運命のあの時から、彼への思慕だけである。

 だから、これは人類を守ろうとか故郷を守ろうとか、そんな高尚な思いではない。


 ただ、想い人の帰る場所を守ろうという、その程度のものだ。

 それだけで、美影が命を懸けるには充分だった。


 魔力を、超力を、魂の奥底から溢れ出してくるそれらを一つに束ねて、長大な槍へと鍛造する。


 血霧を纏う。

 限界を無視した力の発露に、肉体が悲鳴を上げて、代わりに人知を超えた速度を彼女へと与えた。


 超雷。

 雷さえも置き去りにする神速の領域。


 漆黒の雷槍を手に、美影は最大最強の攻撃でもって、敵の心臓を貫かんとし……、


 ギョロリ。


 瞬間、無数の視線が神速の彼女を捉えた。


 目だ。

 いつの間にか、無数の目玉が星核の周囲に浮かんで、一直線に美影を見つめていた。


 過去の教訓から学ぶ事は、人類だけの専売特許などではない。

 そこらの畜生とて、痛い目に遭えば、学習し、同じ轍を踏まないようにするものである。


 であるならば。


 数多の知的生物さえも取り込んだ上で、かつて星核を砕かれた事のある星獣が、何の対策も仕込んでいないと考えるのは、あまりにも希望的な思考だったのではないだろうか。


 迎撃。


 浮かぶ無数の眼球から、侵入者を射殺す攻撃が放たれる。


「だから!」


 美影は、神速の中でそれらを視界に捉えて反応する。


「どうしたっ!」


 躱し、弾き、確実に突き進む。

 超人を止めるには、数も質もまるで足りていない。


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 だが、その数秒が大事なのだ。

 それだけ稼げれば、充分だった。


 天地之理【天上世界(光ハ力ヲ持ツ)】。


 覚えのある世界変革。

 その下手人も、目の前にいた。

 それも見覚えがある。


「またッ! お前か……!」


 フォトン=アインス。光の天竜が、星核を守るように立ちはだかっていた。


 自身の発する雷光が、自身へと牙を剥く。

 加えて、アインス本体からも攻撃が加わった。


 拮抗は一瞬。


 天秤は、雷の敗北として傾いた。


「く、あ……!?」


 光は雷を飲み込み、穴を逆流して外へと噴火する。


 作戦は、ここに失敗した。

彼らのやってきた事は、ここに至るまでに必要な事だった。


そして、これからの事もまた、彼らの行いの結果である。

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