とある女神の憂鬱
週一とは言ったが、週に一話とは言っていないぞ!
という訳で本日二話目。
えー、ちょっと諸方向に喧嘩を売る内容ですので、先に謝っておきます。
ごめんなさい。
朝鮮王国。
第三次世界大戦当時、日・米・露・中という大国に囲まれていた朝鮮半島という土地は、各陣営にとってとても都合の良い戦場だった。
大国四国の戦場として使われたこの土地は、世界の中でも屈指の激戦地と化し、その全域が炎と毒に巻かれ、死の大地へと変貌した。
地形すら原形を留めないほどに破壊し尽くされた半島は、戦後、始祖魔術師の手によって浄化され、人が生きていける土地へと復興し、世界中に散っていた元の住民たちが戻ってきた。
そうして建国された国が、朝鮮王国である。
国家としての特徴は、暗殺と奴隷の国と言える。
世界的に数は少ないが、奴隷制度が合法とされる国家の一つであり、朝鮮王国はその身分制度が極端になっている国家だ。
というのも、基本的に平民階級という物が存在せず、支配者階層か奴隷階層か、そのどちらかしか存在していないのだ。
富も叡智も支配者が独占しており、奴隷階層の者が決して這い上がれないシステムを作り上げた国家なのだ。
しかし、権力争いが無い訳ではない。
支配者階層内では、常に熾烈な権力の奪い合いが行われてきた。
王位に立った者で天寿を全うした者はおらず、全員が手段は違えど、例外なく殺害されてきた。
ある種の地獄である。
周辺各国は何も言わないのか、と言えば、まさにその通りとしか言えない。
大戦終結直後、何処の国も相当に悲惨な被害を受けており、他国の状況に意見をしたり、支援するだけの余力はなかった。
そうしている内に、それぞれの内部で安定が生まれた。
そして、世界は気付いた。
お互いの枠組みの中で良い子にしていれば、面倒で不毛なぶつかり合いは起こらないのだと。
故に、どれだけ凄惨な状況になっていようと、自らに迷惑を振りかけないのであれば、人権だ倫理だと正義の御旗を振り翳して文句を付ける事は無くなったのだ。
よって、放置されている。
半島内に封印し、警戒するだけに留めているのだ。
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朝鮮王国。御前会議。
王国内、最高の意思決定の場である。
出席者は、義務として出席している国王。
そして、次期国王の座を狙い合う、九人の王子たち。
もう一人、相談役と呼ばれる者が出席権を有しているが、この者は国内に常駐しておらず、今回は欠席である。
「時は満ちた。今こそ我らの偉大さを知らしめる時」
「まさに。混迷極まる世界は、偉大にして至高なる我らの前に跪いてこそ、幸福に満たされるのだ」
「「「異議なし」」」
同意の言葉が連なる。
沈黙を貫くは、玉座から会議を睥睨する王と、末弟の王子一人だけだ。
「では、何処を攻めるか、という事だが……」
「そんなもの! 邪悪にして忌々しき劣等猿の国、日本に決まっておろう!」
「然り然り。連中、異界からの侵略者とやらに攻撃されたらしいしな。
国内は混乱しているだろう」
「話によれば、《六天魔軍》とやらの一人も負傷したという話だ。
戦力が落ちている今こそ、攻め時であろう」
確かに、雷裂 美影が自爆して入院を余儀なくされた。
それは事実である。
それによって、日本帝国の戦力が低下していた事も、自明である。
しかし、だ。
そもそも、彼女一人が抜けた程度で瓦解するほど、日本帝国の戦力事情は逼迫していない。
現役の《六天魔軍》が他に四名在籍しており、準魔王クラス、状況次第では《六天魔軍》以上の破壊力を持つと判定された人物も、雷裂 美雲を始めとして複数人存在している。
八魔家という高位魔術師量産システムも稼働しており、A・Bランクの高位魔術師の数も世界トップクラスであり、通常戦力でさえ軍事大国に分類されるレベルに達している。
更に言えば、秘密にしておきたい秘密兵器として、雷裂 刹那の存在もある。
有事の際にきちんと働いてくれるか、まるで期待できないが。
そして、何よりも間抜けな話が、その情報が既に一ヶ月近くも過去の物だという事だ。
既に美影の身体機能は回復しており、刹那の手で魂魄賦活も完了している。
その為、今、この瞬間にも最前線での戦闘が可能であり、彼女の不在を前提とした戦略は意味を為さないどころか、害悪にしかならない。
彼らはそれを分かっていない。
いや、分かっていても、行動を止めなかっただろう。
彼らの中には、自らこそが至高の存在であり、劣悪で邪悪な日本民族など取るに足らない、という根拠のない認識が蔓延っているのだから。
「では、早速、日本征伐軍に命令を下すとしよう」
「うむ。倭猿如き、鎧袖一触に捻り潰してくれようぞ」
反対意見は出ない。
勝てる戦と決めつけている彼らには、反対する理由はない。
「そういう事になりました。
良いですね? 我らが王よ」
一人が玉座を振り返り、確認する。
彼らの祖父であり、臨時国王――先代は暗殺された為――である老人は、会議の様子を冷めた視線で見ていた。
意見を言うでもなく、本当にそこにいるだけ。
彼は、現実が見えている類の人間であり、かつて朝鮮王国の現状を変えようとした賢王だった。
しかし、発展の礎を築き、その後を任せた息子が殺された時点で、この国を見限ってしまっていた。
今では心折れた世捨て人であり、国家の舵取りをしようという気概は完全に消え失せている。
「…………」
王子――仮にも自らの孫である筈の人物からの問いかけに、一切の反応を示さず無言を返す。
それを肯定と取った王子は、頷き、決定と判を押そうとした所で、しかし横槍が入る。
「良い訳がないじゃろうが、アホども」
「なっ!?」
「相談役殿……!?」
会議室に突然乱入してきて、待ったをかけたのは一人の女性。
オーロラの髪を靡かせる、美しい女性。
始祖である。
彼女は、周囲の反応を無視して、用意されていた相談役の席に座る。
その背後には、何処か輪郭の怪しいぼんやりとした女性が立った。
「突然やってきて何を言われるか……!」
「あのなー。何でおぬし等は、目の前にぶら下がった餌に簡単に飛びつくのじゃ」
「これは千載一遇の好機なのですぞ!」
「何が好機な物か。愚か者め」
蔑む、を通り越して諦観と呆れの視線を向ける始祖。
「良いかの? 事を成し遂げる為には、常に相応の準備が必要なのじゃ。
思い立ったからやってみた、では何も為せる筈がなかろう」
碌に敵勢力を調べもせず、気分だけで適当に軍を動かして返り討ちに遭う。
そんなつまらない失敗を、これまでに何度も繰り返してきた。
今回も、目先の鮮度の悪い情報に踊らされて、実際の所がどうなのかも確かめずに侵略行為を働こうとしている。
このまま行けば、間違いなく返り討ちに遭うだろう。
しかも、今は非常時だ。
異界という明らかな脅威がある以上、他の些事にかまける余裕などない。
だから、歯向かってくれば、今後の憂いを消し去る為、今度こそ完膚なきまでに叩き潰しに来るに違いない。
「電撃作戦じゃからの。初撃位は成功するやもしれんがな。
その後はどうするのじゃ。
民を殺され、領土を侵された日本は本気になって襲い掛かってくるぞ」
朝鮮王国の民は、全員が始祖の恩恵下にある。
その為、その気になれば全員を魔王クラスとして覚醒させる事も出来る。
だから、やろうと思えば初撃は成功するだろう。
だが、強制覚醒は負担が大きく、短時間で死に至る。
しかも、一般魔術師と魔王では、あまりに大きな落差がある為、一朝一夕でその力を使いこなす事は出来ない。
これは、先天的魔王も同じ事であり、長年の蓄積から自らの力の効率的な使い方という物を学ぶのだ。
そういう理由もあり、既に魔王の力を使いこなしていると判断された《六天魔軍》たちがやってくれば、即席魔王では徒党を組んでも相手にならない。
結論は、無意味な軍事作戦だという事。
いや、その後の報復を考えれば、むしろマイナスだろう。
「何も問題はない!
卑劣にして脆弱な倭猿の兵など、勇猛かつ精強なる我らが軍を以てすれば赤子の手を捻るように……」
「おぬしに問題大有りじゃ。
その様な具体性の欠片もない国民向けのプロパガンダをこの様な場で発するでないわ」
「? ……?」
一瞬の空白。
言い返された王子は、何が問題だったのか理解できなかったのだ。
そして、分からないままに反抗する。
「よく分からんが、私を愚弄するおつもりか!
相談役とて王子たる私を侮辱する事は重罪ですぞ……!」
「相談役はあなたには任せられないと言っているのですよ。
よろしければ、私が指揮を執りましょうか?
最小限の損害で日本を滅ぼしてみせましょう」
「何を言うか! 貴様の様な惰弱な学者気取りに軍を動かせるものか!」
「気合と勢いだけの筋肉では、無意味に被害が増えるだけだと思うがね」
「貴様、兄に向って……!」
騒がしく程度の低い罵り合いが会議室中に広がる。
その中で、始祖は目を覆って天を仰いだ。
(……もう嫌じゃ、こやつら。世界から無視されておるから手を付けてみたのじゃが……)
ここまで言葉が通じない連中だとは思わなかった。
これは確かに無視されて放置される、とつくづく実感する。
十を言っても一すら伝わらないのだから、何をしても徒労でしかない。
何か利用法が無い物か、と思考していると、一人、喧騒に加わっていない王子が隙を見て始祖へと話しかけてくる。
「申し訳ありません、相談役。私では兄たちを止められず」
「あー、良い良い。
おぬしが政務の全てを仕切っておるから、なんとか国が回っておるのじゃろう?
その上、阿呆共の面倒まで見切れぬのも理解できる」
「はっ。その、理解していただき大変に有難くはあるのですが……」
目の前の罵り合いはヒートアップを重ね、もはや殴り合い一歩手前だ。
これを、最も力のない末弟が取り纏めるなど、無理や不可能という言葉を知れとしか言いようがない。
「はいはい、そこまでにせい!
兎に角、短絡的行動は控えよ!
日本に攻め入るなど言語道断じゃ!
以上!」
始祖としての威圧を込めて強制終了させる。
取り敢えず、会議は保留となった。
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「ったく、救い難いとはまさにこの事じゃな」
王城から眼下の街を見下ろしながら、始祖は呟く。
アホ王子たちの実りのない会議も大概だが、眼下に広がる街並みも酷い物だ。
糞尿やゴミ等がそこかしこにある、という程度ならまだ分かる。
ここまで酷いのは中々ないが、それでも水道施設などがしっかりしていない国ならば、まだない事もない光景だ。
だが、死体が、動物ではなく人の死体が散らばっているのは、どうにかならないものか。
支配者階層にとって、奴隷階層の人間は、都合の良い道具でしかなく、遊び気分で嬲り、犯し、痛めつけ、殺し、そして捨てる。
そうした末路が、そこかしこに当たり前の様にある。
これが現世に顕現した地獄か、などと詩的にでも言わないとやっていられない光景である。
「……損切を考える時期やもしれぬな」
現状を変革しようとした先王は心折れて抜け殻になってしまい、後継たる王子たちはあの有様だ。
事態が本格的に動き出している以上、もはや有効な駒に作り替える時間はないだろう。
ならば、投資分の回収は諦めて、すっきりと使い潰してしまう方が良いかもしれない。
「ノアー、おなかすいたー」
背後で大人しくさせていた女性が、始祖の羽衣を引っ張って訴えてくる。
「はいはい。下に行って死体でも食べようかの。掃除くらいにはなるじゃろ」
輪郭がとろけた女性――ショゴスを連れて、始祖は王城を下って行った。
異世界物で、神が信仰の為にクソみたいな事をしている、という様な話を読んでいてふと思い立った。
その信仰を潰す為に共産主義という概念武器を使って宗教弾圧を行う、という発想を。
神を信じる者はシベリア送りだ! コルホーズにぶち込むぞ!
思想戦争なのだから、そんな話があっても良いと思います。
どっかにあったりしないですかね。




