必中の天弓
描写してなかった気もするので、一応。
星獣のビジュアルイメージは、闇の書最終形態な感じです。
様々な獣の相を不規則に取り込んで発現させたような、生命を冒涜した造形、とでも表現しましょうかね。
ツクヨミ内部では、やかましい程にレッドアラートが鳴り響いていた。
非常を示す警告灯がそこかしこで点灯しており、誰もの視界は赤く染まっている。
「チィィィ、被害報告……!」
激突の衝撃で頭を打った指揮官は、頭から血を流しながらも怒鳴るように言葉を求める。
「無事なところなんてありませんよ! 爆発四散してないのが奇跡みたいなもんですっ!」
対する回答は、実に明快なものだった。
ただの体当たり。
しかも、こちらを狙っていた訳ではなく、ただ道端に転がっていた石ころを蹴飛ばした様なもの。
それだけで、ツクヨミはほとんどの機能を喪失していた。
「動力伝達、破損! エネルギー供給量が低下しています!」
「応急修理まで5分はかかりますっ!」
「アイギス再展開まで、時間が……!」
動力部そのものは無事だが、しかし生み出されたエネルギー伝達経路に深刻なダメージが発生していた。
最強の盾を再び構えるには、再度のエネルギー充填が必要となるが、この状態では効率が著しく低下してしまう。
応急修理の必要がある。
しかし、それを待ってくれるほど、世界は都合良く出来ていない。
纏わり付く黄金の英霊たちに、煩わしそうに身を捩らせていた星獣だが、やがて羽虫を払う事よりも元凶であるツクヨミの排除が優先順位の上位へと繰り上げられた。
腕が振り上げられる。
文字通りに大陸程もある巨大な腕は、一撃でツクヨミを粉砕して余りある威力を秘めている。
特別な技だの能力だの、そんな物は必要ない。
ただ、質量を叩き付けるだけで必殺たりえた。
残る魔王たちが魔術を叩き付けているが、巨腕は止まるどころか勢いが衰える事さえ無い。
時間にすれば、僅か数分。
それが、ツクヨミが単独にて稼げた地球の延命時間であった。
繰り返すが、単独での話である。
天頂方向より飛来した光撃が、星獣の巨体を貫徹せしめる。
それにより揺らいだ彼の腕は狙いを外し、ツクヨミを掠める様にしながらも、破壊には至らない。
「天弓の小月か……!」
モニターの一つには、変形途上のもう一つの防衛衛星が映し出されている。
こちらもまた、外殻を切り離しながら球体から形を変えている。
一言で言えば、巨砲だろう。
1本の巨大な砲塔を中心に据えて、囲むように3本の赤く輝くエネルギー機関の支柱が取り付けられている。
放出される余剰エネルギーが各支柱を繋げて光の幕を広げており、その姿はパラボラアンテナの様にも見えた。
攻撃衛星【天弓の小月】。
守護の大月が外敵から地球を護る盾ならば、あれこそが敵を討ち滅ぼす為の矛である。
『えー、こちらアルテミス、こちらアルテミス。聞こえてます?』
通信回線が開かれ、なんとも緊張感のない女性の声が響いた。
美雲の声だ。
現在、アルテミスは彼女の独断において、彼女一人の手で展開されていた。
『暫く、場は持たせます。その間に、立て直しを』
「ありがたい……! が、軍事裁判ものの独断だぞ!」
『まぁまぁ、そう固いことを仰らずに』
コロコロ、と鈴を転がすような笑い声が届く。
『私を裁判にかける為にも、裁判所が吹っ飛んでしまわないように頑張って下さいな』
「言われるまでも無し! 感謝する!」
通信が途切れる。
直後、アルテミスより豪雨の如き光線が降り注ぎ始めた。
出し惜しみがない。
それこそ、この場で使い潰すつもりでの全力稼働であった。
(……そうでもしなければ、時間さえも稼げないか!)
猶予はないと理解した指揮官は、声を張り上げて命令を飛ばす。
「応急修理、急げ! あと一回……いや、二回は押し返すぞ!!」
「「「了解!!」」」
諦めの混じった命令。
生きて帰る事を最初から勘定に入れていない言葉に、しかし誰も疑問も否定も抱いていなかった。
~~~~~~~~~~
「さぁーて、かかりましょうか」
ぐっ、と軽く身体を解した美雲は、いつも通りの調子を崩さずに状況へと取り掛かる。
「ミラードローン、全機放出」
アルテミス展開に合わせてパージされた外殻から、無数の煌めく何かが溢れ出る。
鏡だ。
全面を曇り一つない鏡面で覆った小型の無人機が、光を反射しながら飛び立っているのである。
「衛星魔法陣、エネルギー充填」
三柱の動力機関が赤く輝いて唸りを上げ、中心の砲塔へとエネルギー供給を開始する。
砲塔は、受けたエネルギーを魔法陣として展開し、宇宙に光輝く紋様を浮かび上がらせる。
衛星魔法陣【リフレクト・フェイルノート】。
アイギスの盾の対として生み出された、攻撃用の宇宙兵器である。
「充填率60%を突破……、だけどもう時間がないわね」
見れば、不意打ちて受けた傷を修復し終えた星獣が、アルテミスへと憎々しげな視線を向けている。
咆哮する。
彼が一声吠えれば、ツクヨミへと向かっていた軍団の内の幾らかがアルテミスへと転換した。
そして、星獣自身も自らを傷付ける羽虫を叩き潰さんとその巨体をうねらせる。
本当なら100%まで待って欲しいが、そう都合良くもいかないらしい。
仕方ないので迎撃に移る。
「…………」
美雲は、レーダーモニターに移る三次元図をチラリと見やる。
そこには、アルテミスを中心とした宙域状況がリアルタイムで更新されながら映し出されている。
その精度は微細の一言であり、現実との誤差は0.5cm未満というものである。
対象は、敵の位置と、そして何よりも鏡面無人機の位置である。
美雲は、それら全てを脳内に収めて、直感的に計算を終えて結論を操作パネルに打ち込む。
「必中の鏃、受けなさい」
決定ボタンと共に、アルテミスは殲滅兵器としての力を解放した。
~~~~~~~~~~
砲塔から射出されたのは、一つの結晶体であった。
宝石のブリリアントカットの様な形に整形されたそれは、何もいない空間へと飛び込んでいく。
敵の一人たりとも倒せない。
だが、それで良い。
この結晶体は、それ自体には何の威力も内包していないし期待もされていないのだから。
続けて、アルテミスが展開していた魔法陣が強く輝いた。
先端から光が消えて、中央部へと収束していく。
遂には魔法陣が消えて、一点に凝縮された光の塊へと変わる。
砲撃。
直後、光は線となって一直線に解き放たれる。
狙いは迫る軍勢……ではない。
先に射出された結晶体である。
その底面のテーブル部に光線が直撃する。
途端、光線は結晶体の内部で乱反射を繰り返し、時間差を付けながら細い光線へと細分化されながら、結晶体の側面から無数に飛び出していく。
突然に軌道の変わった攻撃に、軍勢は対応しきれていない。
あれ程に不規則な攻撃方法だというのに、異常な程の精度での狙撃は、軍勢を端から削り取っていく。
だが、それで殲滅できる程に甘い相手ではない。
最前列は文字通りに全滅に近い被害を出したが、後列にいた者たちは、どういう攻撃なのかを理解して対応してみせた。
ある者は回避し、ある者は耐えて、ある者は弾いてみせた。
細分化されているが故に、一発ずつの威力はそこまで高くないのだ。
気をつけてさえいれば、そう怖いものではない。
そうと判断し、悠々と飛翔しようとして、
「〝必中〟の謳い文句、舐めないで欲しいわね」
彼らは背後からの奇襲によって殺された。
タネは簡単だ。
戦闘宙域にばら蒔かれたミラードローン。
それによって素通りしたり弾かれたりしたものの、まだ威力を有したままの光線を反射、打ち返したのだ。
原理としては、地上で運用しているエンジェルフェザーと同じものであり、マジノライン三式にも搭載されているシステムである。
ただ、その規模が宇宙単位にまで膨れ上がっているだけで。
「前後左右、上下に至る全天包囲砲撃。躱しきれるものなら躱してみなさい」
マルチタスクの権化、雷裂美雲の独壇場である。
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一方、その頃。
地球上でも、静かな動きがあった。
これまでの小規模な接触の中で、地球へと侵入していた魔物たちが、母体の接近に反応していたのだ。
彼らは、息を潜めながら追跡を逃れ、そして地球上の情報を収集していた。
重要な施設や拠点、防備の薄い都市など。
それらを調べ上げ、来る時に破壊工作を仕掛けるべく、じっと時を待ち続けていた。
そして、遂にその時は訪れた。
彼らは、自らの母体の出現に気付き、闇の中から浮上する。
ただでさえ戦時移行に混乱している最中の地球において、更には破壊工作をされようものならば、その抵抗力は絶望的に落ち込んでしまうだろう。
それが分かっているから、彼らは蠢動する。
相手の嫌がる事を積極的に行うのが、戦争なのだから。
であるならば、相手の意図を挫く事もまた、嫌がらせの一環であろう。
立ち上がろうとした彼らであったが、しかし足下が不安定に歪んだ感触があった。
彼らがいた場所は、硬く乾いた大地の上である。
近頃は雨が降る事もなく、ぬかるみなどあろう筈もない。
では、何が彼らの足を取ったのか。
嫌な予感が過った。
死の恐怖も何もない筈の胸中に、しかし不快なざわめきが湧き出す。
見てはいけない。
そういう直感が働くも、しかし見ずにはいられなかった。
足下へと視線を向ける。
硬い地面がある筈のそこ。
だが、そこに満たされていた物は、彼らの足を呑み込む、薄桃色の粘体であった。
粘体の中に、目玉が浮かんでいる。
人のそれが、他の部位を一切付属させずに浮かんでいる。
目が合う。
目玉は、尖兵である彼らを一心に凝視していた。
――――――――テ ケ リ ・ リ 。
そんな声が聞こえた気がした直後、彼らは音もなく飲み込まれて消えてしまうのだった。
その行方も末路も、知る者は誰もいない。
地球は魔境。
いつでもあなたの足下にはあいつが。
最近のあいつは、自分が人間である事に拘りが無くなり始めていて、お姉ちゃんはガチめに頭を抱えています。
こういう所は、確かに血の繋がった兄妹なんだと感じられる部分なんですよな。
その事実を知る人間がほとんど残っていないけども。