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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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血塗られし歴史

 衝突までの時間が、一時間を切る。

 比例して、最前線に陣取る者たちの緊張感は際限なく高まっていく。

 今はまだ点のようだが、確実に大きくなっていく巨影に、本能的な死の恐怖が湧き出す。


「……エネルギー充填完了しました」

「よし、ツクヨミ全展開」


 機を見て、ツクヨミを待機状態から戦闘形態へと変形させる。


 球体だった白き姿に亀裂が入る。

 装甲が剥がれて宙を舞い、内部機構が幾重にも連なりながら、中央部にある青いクリスタル状のエネルギー機関をさらけ出した。


 ツクヨミを支える心臓部であると同時に、それは外敵を撃滅せしめる最強の砲塔でもある。


 漂う外装に、エネルギーの光が走る。


 無数の光点が連なり、繋ぎ合わさる事で、華開いたツクヨミを中心とした巨大な魔法陣を宇宙の中に描き出した。


 衛星魔法陣(サテライト・スクエア)【プロテクト・アイギス】。


 理論上は、現存する魔王たちの一斉攻撃にすら絶えきれるだけの防御力を有する、地球文明最大最強の盾である。

 あくまでも、理論上、という言葉を外せず、ほぼぶっつけ本番での使用となるが。


 広大な範囲をカバーする多重構造の防御壁を広げ、青き地球を背に敵を待ち構える。


 既に、衝突までのタイムリミットは30分を切っており、望遠カメラの映像は巨大に過ぎる敵影に遮られて塗り潰されていた。


 惑星サイズだと理解してはいた。

 地球を飲み込む、地球よりも巨大な生命体だと。


 それを迎撃する為の準備は整えてきた。

 道半ばであろうとも、多少なりとも対抗手段を用意したのだ。


 しかし、こうして間近に迫られると、どうしても不安は拭えない。


 生物としてのスケールが違い過ぎる。


 ちっぽけな人間が総力を上げて対抗しようとも、どうにもならないのではないかと、そんな思考が皆の心に毒を垂らす。


 尤も、そんな事は今更だと、すぐに気持ちを切り替える図太さを持ち合わせているのが、現在の地球人類というものだ。


「……諸君、敵は強大だ。我々でどうにかなる存在ではないだろう」


 最後の時間を利用して、指揮官が通信に言葉を乗せる。

 ツクヨミクルーたちは、自らの作業を止めぬまま、それを聞く。

 泣き言にも等しい弱音であり、そしてそれは純然たる現実でもある。


「だが、それはいつもの事だ」


 身も蓋もない断言に、皆が苦笑した。


 そう、いつもの事なのだ。

 少なくとも、二百年前に魔術がもたらされ、〝魔王〟という天災が誕生して以来、全ての凡俗が抱えてきた絶望である。


 ならば、やる事は変わらない。

 いつも通りに、凡俗の意地を掲げて立ち塞がるだけの事だ。


「総員、決死の覚悟をせよ。ここが我々の死地である。これより、ツクヨミは災害へと立ち向かう……!」

『『『了解!!』』』


 直後、厄災を打ち払う星の盾と、星を喰らい尽くす怪物が激突した。


~~~~~~~~~~


 星獣は、特に何もしなかった。

 ただ目標に向けて突き進んでいただけだ。


 目の前に、何かちっぽけな網があったような気もしたが、思考の端にも引っ掛からなかった。


 大したものではない。

 そのまま踏み潰し、引きちぎってしまえば良い。


 その程度の認識だった。


 それ故に、衝突は驚愕と混乱を以て彼を揺さぶった。


 弾き返されたのだ。


 巨星にも匹敵する質量と、流星をも追い越す速度をして、しかし突き抜ける事が出来なかった。

 しかも、それを為したのが、惑星にも及ばない小さな小さな石ころだと言うのだから、驚かない訳がない。


『ボッ……! ボッ……! ボッ……!』


 混乱は一瞬のこと。

 すぐに、星獣はそれへの認識を上方修正して対応する。


 ただ漫然と踏み潰せる障害ではないというのならば、意識して排除するまでの事だ。


 あらゆる獣の相を持つ身体から、一部を切り離して向かわせる。


 激突の衝撃は、決して受け止めきれた訳ではないのだろう。

 星獣を打ち返すと同時に、展開されていた光の網は力を失って沈黙しており、本体と思しき白き花弁もあちらこちらから爆発が連鎖していた。


 今ならば、大した労力もなく攻め落とせる。


 そうと判断した星獣は、小さな力を、しかしそれでも生物のスケールで見れば、国家さえ攻め滅ぼせる大軍勢を差し向けた。


 黒く塗り潰された、かつては命を持っていた生物の搾りカスたちが殺到する。

 美しき花を食い散らす害虫として、その猛威を振るわんと向かう。


 そして、彼らは黄金の輝きに引き裂かれて全滅した。


 白き花弁、ツクヨミの周囲には、突如として数え切れない程の黄金の煌めきが出現していた。


~~~~~~~~~~


「クッ、クックックッ、素晴らしきかな、我が花舞台……!」


 開いたツクヨミの装甲の先端に立つ人影が一つ。

 彼は、壮麗な装飾の施された長剣を掲げて、好戦的な笑みを浮かべて笑っていた。


 魔王の一人、【歴史家】アーサーである。


 全身全霊を懸けるに相応しい戦場。

 自らの才を余すことなく発揮して良く、そしてそのまま死んでいく事が約束された大舞台は、人生の幕引きとして実に素晴らしい。


 これを待っていたのだと、不謹慎だと理解していながらも笑わずにはいられない老骨は、剣を振るう。


「整列ッ!」


 途端、宙に無数の黄金が生まれた。

 それらは、全てが武装の形をしている。


 剣がある。刀がある。槍がある。弓がある。銃がある。砲がある。戦艦が、戦闘機が、戦車が、ある。


 幻・命属性混合術式【血塗られし歴史(ヒストリア)】。


 アーサーの才覚が生み出した、彼オリジナルの魔術の発動である。


「フッフッ、かつては我が祖国の英霊のみであったが……流石は星の守護舞台。まさか、これ程に膨れ上がるとは……!」


 彼が守ると定めた対象と、志を同じくするかつての何者かを召喚・指揮する魔術である。


 かつては、祖国イギリスの英雄たちを呼び出す事しか出来なかったというのに、今は人種も国家も時代も問わず、ありとあらゆる旧き戦士たちがアーサーの力となって、この場へと参上していた。


 もはや、老骨の魔力では支えきれない程に。


 まだまだ増える。

 地球を、祖国を、子孫を、守りたいと願う勇者英雄たちは、我らの力も使えとアーサーの下へと集っていた。


 その全てを召喚し、力を分け与えるだけの魔力は、アーサーの中に残されてはいない。


 先の先遣部隊を殲滅する初撃だけで、彼はほぼ全ての魔力を使い果たしてしまっていた。


 だが、それは問題ではない。

 そう、これは国家の壁を越えた人類の生存戦争なのだ。


 だから、協力できる、利用できるのだ。


 他国に存在する最強の補給線を。

 魔王たちに有り余る程の魔力を供給してみせる異端の魔王の力を。


「月の聖女殿。頼みますぞ」


 耳に引っ掻けた通信機に囁けば、一瞬のノイズの後に応答がある。


『うち、その呼び方、あんま好きくねぇぞ、です』


 同時に、空間を飛び越えて莫大な魔力がアーサーを貫いた。

 何色にも染まっていない、純粋なエネルギーの塊。


「く、おっ……!?」


 アーサーの総魔力量を数倍する魔力の供給に、彼は苦悶すると同時に、笑みを浮かべる。


(……()()()()、これかッ! いやはや、若い世代も凄まじきものだな!)


 豊穣の小月(ルーナ)の管理者――誰が呼び始めたのか、【月の聖女】などというけったいな二つ名を得つつある雫は、現在、ルーナを稼働させる為にその莫大に過ぎる魔力のほとんどを施設に投入している。


 こちらに投げ渡されたのは、彼女からすればほとんど意識しない程に少量なのだ。


 だと言うのに、これである。


 次代の頼もしさに、自分がここで終わっても、きっと人類は大丈夫だと確信を得つつ、彼は長剣を掲げる。


 投げ渡された魔力を全て己の器へと受け止める。


 アーサーの全身から血飛沫が舞った。


 雫がかつてそうだったように、許容量を超えた魔力によって彼の肉体が崩壊を始めたのだ。


 だが、構わない。

 老い先短い命で、人類を護れる一助となるのならば、何一つとして惜しむ理由はない。


「総員、抜剣……!」


 ツクヨミを覆い尽くす程の黄金の煌めきが発生する。

 古今東西、あらゆる時代のあらゆる地域にて駆け抜けた戦士たちが、彼の下で魔王の輝きを受けて顕現した。


「目標、目の前にある! 突撃ッ!」


 視界を覆う全てが敵である。獲物を選ぶ必要はない。命尽きるその時まで、ただ前進あるのみだ。


「グフッ……」


 号令を下したアーサーは、同時に血反吐を吐いて倒れる。

 老体には、過剰魔力はやはり負担が大き過ぎたのだ。


 だが、満足である。


 全ての魔力を、命さえも削って英雄たちへと渡し終えている。

 命令だって、既に下している。


 もはや、自分が死のうとも彼らが止まる事はない。

 打ち砕かれて消え失せるその時まで、護るべき物の為に戦い抜くだろう。


 だから、もう充分だ。


「……あとは、頼みましたぞ……」


 掠れ行く視界。

 彼が最期に見た光景は、星の獣を天頂から貫く一条の光であった。

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