暗闇を抜けた先
遅くなってすみません。
何から書こうか迷ってしまいまして……。
無限の暗闇。
そこには、星の光もなく、故に重力もなく、果ては時の流れすらも薄く遠い。
虚無。
そうと評す以外に無い世界の中に、しかし矛盾するように漂う物体がある。
蠢く肉塊、もはや人どころか生物としての形を留めていないが、その正体は刹那である。
「……全く、困ったものだね」
彼は、追い縋る星獣の足止めをする為に、一人、惑星ノエリア宙域に残って相手をしていた。
勝つ必要はない。
ただ、ある程度の注意を引いて、方舟が逃げおおせるだけの時間を稼げれば、それで良かった。
実に簡単な仕事である。
なにせ、刹那には向こうに狙われるだけの理由がある。
彼が単独で目前に立てば、嫌でも星獣の注意は刹那へと向かい、背後で逃げていく木っ端な方舟など、瞬時に眼中から消えてしまうだろう。
その目論み通りに、事態は推移した。
星を取り込んだばかり、加えて中身がスカスカの期待外れの星獣の動きは、鈍重そのものであり、地球とのリンクが切断されている刹那であっても、余裕でおちょくってやれる程度である。
程好く相手をしている内に、方舟は悠々と超光速航行へと移行し、惑星ノエリア近郊宙域からの脱出を果たす事に成功した。
そこまでは良かった。
問題が起きたのは、その後の事である。
時間稼ぎの完遂を確認した刹那は、これ以上、付き合う理由はないと早々に状況に見切りを付けて、その場を離脱しようとした。
無論、それを易々と許す星獣ではない。
普通に逃げようとする彼を追い掛けて、何とか食らい付こうとする。
刹那としても、エネルギーの枯渇が深刻なレベルに達していた為に、強引な手段を取れず、暫し命を懸けた追いかけっこが発生していた。
やがて痺れを切らした刹那は、異空間の中に退避するという手段を選択する。
この宇宙とは異なる次元に存在する空間。
それは無数に存在しており、出入り口を閉じてしまえば、ピンポイントで追い掛ける事は限りなく不可能に近い。
問題点としては、異空間側からも特定の宇宙を観測して移動する事が非常に難しいという点が挙げられる。
しかし、刹那には、戻るべき場所がある。
彼の帰りを待つ姉妹がいる。
姉の方は微妙だが。
彼女たちの存在を違える訳がない。
次元を隔てた異空間からでも、刹那は姉妹の輝きを見つけ出せる。
そうと信じて、転移したのだが、そこで誤算が発生した。
彼の転移を察知した星獣が、逃がしてなるものかとそれに干渉してきたのだ。
結局、なけなしの力を振り絞って押しきって転移せしめたのだが、その結果、辿り着いたのは宇宙未満の〝無〟の空間である。
時の流れすら感じられない、まだ生まれていない世界。
学術的には興味深い空間であるが、今は悠長に観察して考察している状況ではない。
待っている女がいるのだ。
早急に帰らねばならない。
というか、それを差し置いても、このまま放置していると大変に不味い事になる。
安定していた〝無〟の空間。
しかし、無の中に刹那があるという矛盾を抱えた事で、空間全域が急速に不安定化しつつあった。
端的に言えば、ビックバンが発生しようとしている。
新たな宇宙の誕生のきっかけになるとは、刹那をして初めての経験だが、そうも呑気な事を言っていられない。
なにせ、発生するのは宇宙開闢のエネルギーの奔流なのである。
所詮、刹那の器は星一つのエネルギーでしかない。
宇宙全域を支えるエネルギーには、絶望的に及ばない。
巻き込まれれば、新たに生まれる宇宙の僅かな糧として分解されてしまうだろう。
「余計な事をしてくれたものだ」
という訳で、自身の修復も後回しにして脱出手段の構築に勤しんでいた。
時間との勝負、という程でもない。
なんとなく急いでいるが、言っても宇宙規模の変動である。ビックバンが実際に起こるよりも、生き急いでいる刹那の行動の方が遥かに早い。
刹那は、次元の壁を超えて、愛しい姉妹の気配を察知する。
どうにも不安定であり、何故か一つしか感じられないのだが、問題はない。
間違いなく、これは愛しい姉妹の、具体的には美影の気配のものだ。
刹那が、その気配を違える訳がない。
美影の存在エネルギーの方が鮮烈で強烈なので、次元を超えて感知できたのが彼女のものだけなのだろう。
あとは、それに向かって突き進むだけの事だ。
「アデューアディオス、未だ命なき世界よ。いずれ落ち着いた頃に思い出したならば、私の名を残しに戻ってこよう」
前命未踏の宇宙に痕跡を残す。
それもまた一興だと、刹那は未来の展望に想いを馳せながら、故郷の宇宙へと飛び立つ。
強固な世界の壁を幾重も突破し、更に原型を無くしていきながら、ようやく彼は懐かしき地球圏へと到達する。
そこで、刹那が見たものは……。




