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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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黄金よりも尊き平穏

 慌ただしくも、平穏な日々。


 それが、地球の現状を端的に現す言葉であろう。


 遥か宇宙の向こうに、自分たちを虎視眈々と狙い定める外敵がいると分かっており、それがいつやって来るのかが判然としない以上、過ぎ去る一分一秒はまさに黄金よりも尊き猶予期間である。


 間に合うかは分からない。

 そもそも、どれ程の準備を整えれば充分なのかも分からない。


 それでも、世界を楽観視して漫然と過ごす事は、誰にも出来なかった。


 刻一刻と迫る危機の気配に、人類は国家間での争いのほとんどを脇に置いて停止し、団結して力を蓄えている。


「…………」


 そんな中、三重連月輪の中心である【守護の大月(ツクヨミ)】にて、不機嫌に黙している姿があった。


 美影である。


 地球圏において、最外縁に位置するツクヨミは、防衛ラインの最前線基地と言える。

 外から敵がやってくると分かっている以上、ある程度の戦力を常在させておく事は、当然の措置である。


 簡潔に言えば、複数人の魔王を交代で常駐させていたのだ。


 つまりは、今は彼女の担当時間という訳である。


 過去から現在へと帰還した美影は、ここの所、常に不機嫌を隠そうともしていない。


 原因は明らかである。


 愛する刹那の不在。

 それ以外に、彼女の機嫌を決定的に損ねる理由はない。

 逆に言えば、彼さえいれば、美影の機嫌は最低限保証されるとも言う。


 現在へと辿り着いていないという意味で言えば、ノエリアを筆頭とした避難船も到着していないのだが、それはまぁどうでもいい。

 凄くどうでもいい。


 剣呑な目付きをしながら、貧乏ゆすりと爪噛みを行う美影の姿は、不吉の象徴としてツクヨミにて作業している面々からは認識されており、触らぬ神に祟りなしとばかりに皆が視線を合わせない様に避けている。


 端的に言って、邪魔以外の何物でも無い。


 とはいえ、それをハッキリと告げられる者がそうそういる訳も無し。

 仮にも相手は〝魔王〟である。

 最低でもSランク魔術師、出来れば同じ〝魔王〟でなければ、とてもではないが物申す事など不可能であろう。


「美影ちゃん」

「あん?」


 尤も、何処にでも例外はいるものだが。


「邪魔」

「……お姉もハッキリ言うね。僕、魔王ぞ。偉いんだぞ」

「そうね。それなら、立場に見合った外聞を心掛けて頂戴ね。邪魔よ」


 最悪の場合、ツクヨミをただ一人であっても運用する事の出来る美雲は、その全容やスペックを把握する為にもここに詰めている。

 普段は静かにスペックシートを読み込んで、たまに運用案を提出する程度の平穏な時間を過ごしていたのだが、あまりにも妹に関する陳情が酷くなってきたので、渋々重い腰を上げたのだ。


「暇ならお外でも散歩していなさいな」


 ともすれば威圧とも思えるような不機嫌オーラを物ともせず、邪魔物を排除せんとする。


「外って……。宇宙なんだけど」

「だから?」

「あのね、お姉、人間って真空では生きられないんだよ?」

「でも、貴女は平気でしょう?」

「平気だけども」

「じゃあ、良いじゃない」


 超人を、常人と同じ物差しで測るだけ無駄である。

 どうせ死なないし、なんならば何らかの不都合が発生する訳でもないならば、可愛い妹であろうと死絶の宇宙空間に放り出しても、美雲の心はまるで痛まない。


 暫し、睨み合いが発生する。

 無言で文句を訴える妹の半目と、無言で文句を封じる姉の微笑みが火花を散らしていた。


 先に白旗を上げたのは、美影だった。


 彼女は、降参とばかりに両手を上げて言う。


「はいはい。分かったよ。分かりました。少し出掛けてくるから、他の連中には伝えておいてね」

「ええ、行ってらっしゃい」


 他に詰めている魔王たちへの連絡を任せた美影は、近場にある外部ハッチから生身で宇宙へと飛び出していった。

 ハッチ付近で作業していた者たちの内、魔王について詳しくない者はそれに唖然としていたという。


~~~~~~~~~~


 真空の闇。

 空気はなく、重力もほとんどない。

 温度は何処までも低く、あるのは遮る物の無い無慈悲な太陽光と致死の宇宙線ばかりだ。


 そんな世界を、美影は気軽に遊泳している。


 身を守る物は何もない。

 彼女の肉体と魂から発せられるエネルギーだけで、その身命を保持していた。


 超人が故に、というだけではない。

 度重なる極限クラスの戦闘において魔力と超力を酷使し続けてきた事で、彼女の肉体は大きく侵食されているのだ。

 普通の肉体ならば、とうに崩壊してしまっている程に。


 見詰める先は、彼方の宇宙。

 満天の星空の更に先だ。


 超人の目をもってしても見通せない遠く、惑星ノエリアと呼ばれた星があったであろう場所を見詰める。


 ()()()()()()()


 何の根拠もない直感に過ぎないが、美影の全ての感覚は愛おしい彼の生存を確信していた。


 だが、だとするならば。


「……何で帰ってこないの。お兄」


 刹那は帰ってこない。

 かれこれ、半年ほども経っているというのに。


 気が狂いそうだ。

 あらゆる心を彼に捧げている美影にとって、彼と引き離されて言葉の一つも交わせないという状況は、とてつもないストレスとなってのし掛かっている。


 人間の感覚では、それなりに長い時間だが、しかし宇宙という規模では瞬きにも満たない時間でしかない。


 たった半年。

 地球と惑星ノエリアとの距離、そして二百年という時間の隔たり、それらを考えれば、少しくらいズレてしまうのは当然の道理だ。


 だが、彼女の渇望はそんな理屈で割り切れるものではない。


「……迎えに、行っちゃおうかな……」


 社会的義務という物がある。


 美影は、仮にも〝魔王〟なのだ。

 様々な優遇と引き換えに、有事の際に命を懸ける義務を負っている。


 今、ツクヨミにいる理由もそれだ。


 しかし、それは美影を繋ぎ止める理由としては弱い。


 究極的には、彼女はただ一人で荒野に放り出されても生きていけるのだ。文明や社会という物を必要としていない。

 あれば便利だが、ないならばないで全く構わない、という程度のものだ。


 唯一、欲するものは、愛する人だけだ。

 それだけが、それさえあるならば、美影は他の何もいらない。


 何もかもを投げ捨ててしまう事に、躊躇はない。


 今はまだ、耐えられる。

 しかし、耐えられなくなったら。


「早く……、早く帰ってきて。じゃないと……」


 限界は近い。

あれが帰ってこない理由?

自爆(あとほんの少しの向こうの仕掛け)です。

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