執着の追跡
映画「インターステラー」は、こっそり好きなSF。
時間のズレを描いた作品として、好きです。
為すべき事は成し遂げた。
「さて、あとは戻るだけだな」
半分だけとなった終式は、重連太陽系を離れ行く軌道を取って航行している。
内部に漂う空気は悪い。
物質的な意味ではなく、精神的な雰囲気の悪さだ。
それもそうだろう。
つい先程、自分たちの故郷が遺された人々諸共に滅んでいく有り様を見せられたのだ。
精神的に憔悴しない筈がない。
特に、舟に乗っている者は、そのほとんどが未来ある幼い者たちなのだ。
自分たちの親と引き離され、訳も分からぬまま見知らぬ新天地へと行くとなれば、泣き喚きもするだろう。
刹那ら地球人組は、そう気にしていない。
美雲は、いつも通りに興味がない。
頼られれば、宥める事に手を貸しもするが、そうでなければ基本的に無関心無干渉を貫く。
美影もまた、無関心である。
泣こうが喚こうが、現実は変わらないのだ。
受け入れて貰うしかない以上、それを宥めるのは同情している大人たちの役目である。
自分たちの役目と責任は、無事に地球圏まで送り届ける事であって、精神的介助までは含まれていない。
そして、刹那はといえば、放っておいてもなんとかなると楽観していた。
なにせ、実体験済みである。
自分も、見知らぬ土地で、親も兄弟も、それ以前に同族一人いないままに育ったのだ。
最初は、色々と思う事もあるだろうが、その内、諦めて前を向けるようになるだろう。
こちらを明確に殺さんとしてくる猛獣の類いがいないだけ、随分と気楽な状況であるのだから。
「マジノライン終式、順調に航行中……とは言えないかしら?」
内部の雰囲気はともかくとして、船体の状態をモニタリングしている美雲が、困ったように報告する。
「まっ、流石に突貫工事に無理をさせ過ぎたという所だろうね」
「あっちこっち、ガタガタだねー。これ、地球まで持つの?」
終式は、必要に迫られて急遽建造されたものである。その為、あちらこちらに妥協している部分が多々存在している。
加えて、ここまでの行程において、時間遡行から超高速航行と、ほとんど机上の空論に近かった技術を基にした航海を、刹那たちのヒューマンパワーによって強引に押し通してきた。
それによる負荷は、とても許容できる範囲になく、終式の大半の部分でガタが散見される事態になっている。
「まぁ、何とかするしかあるまい。騙し騙し航行すれば、辿り着く事は出来るであろう」
対処療法的に応急修理を繰り返し、なるべく無理をさせない範囲での超光速航行によって帰還すれば良い。
幸いにも、今度は時間跳躍の必要がない。
過去への遡行ではなく、単に未来に辿り着くだけならば、適当に銀河を遠回りしていれば、なんとでもなるのだ。
十年くらい掛けて、ゆっくりと進んでいけば良い。
どうせ、今の地球に持っていく訳にはいかないのだ。
下手に近付いて、この時代のノエリアに気付かれてしまっては大いに歴史が変わりかねない。
それが不味い以上、なるべく二百年後の瞬間を狙って辿り着く事が望ましいだろう。
「まっ、冷却期間にはなるかしらね」
十年も経てば、ある程度は気持ちも割り切れるだろう。
変に時間を置かずに別惑星にやって来ても、征服だ何だとなりかねないし、程好く共生する為には落ち着く時間も必要だ。
ノエリアという指導者もいるのだ。
内部を纏めあげる事も難しくない筈だ。
「さて、そうと決まれば航路設定をせねば……、?」
往路の様に最短ルートで行く訳にはいかない以上、二百年分の時間稼ぎをしつつ、また船体に負担の少ないルートを設定しなくてはならない。
宙域情報を検索した刹那だが、瞬間、異変に気付く。
「…………」
不審げに背後を振り返る。
「? どうしたの? おに、い……?」
その様子に美影が理由を訊ねようとしたが、すぐにその必要が無くなった。
遅れて、彼女も気付いたのだ。
「……追ってきてるね」
惑星ノエリアを飲み込んだ星獣が、食欲の矛先をこちらへと向けているのだ。
ノエリアがエネルギーを持ち逃げした事で、期待値程の充分な満足感が得られなかった為、その不足分を補うつもりなのだろう。
「引っ張られてるわね。無理すれば振り切れない事もないけど……」
引力の様な力で、終式が引き寄せられている。
全力でエンジンを吹かせれば逃げられるだろう。
まだ、星を取り込んで間もない星獣は、充分な力を発揮できずにいる。
今ならば、それも可能だ。
だが、問題は終式の状態にある。
度重なる無理のせいでガタガタになっている状態で、更に全力運転などという無茶をすれば、宇宙のデブリへと早変わりしてしまうに違いない。
「私としては、まぁ、それでも構わないのだが……」
刹那と姉妹だけならば、どうとでもなる。
何ならば、終式を丸ごと生け贄に捧げて逃げてしまえば簡単だ。
しかし、それは契約に違反する。
ノエリアとの約束は、出来る限りの民を無事に連れ出す事だ。
その代わりに、彼女には過去への干渉を差し止めていたのである。
ノエリアは、契約を全うした。
最後の最後まで、手を出さなかった。
自分たちの目を盗んで、悲劇を止める方法など幾らでもあっただろうに、最期まで見届けた。
今度は、こちらが守る番である。
守れない約束ならば平気で破るが、守れる約束ならばちゃんと守るのが刹那の主義だ。
そうしないと、良い子をやっている美雲に嫌われてしまうから。
「ふぅ……。仕方なし」
吐息した刹那は、席より立ち上がる。
「どうすんのー?」
「あれの行動原理は単純だ。要は腹が減っているから襲い掛かってくるのだ」
手近に丁度良い餌を見付けたから狙ってくるのである。
ならば、対処は簡単だ。
「私が足止めしてこよう」
どちらが魅力的なのか、という話である。
星の守護者であり、また一時とはいえ惑星ノエリアの地脈からエネルギーを汲み上げた刹那は、逃げ出したノエリアと近似の存在と言える。
果たして、今の今まで肉体を持たなかったエネルギー生命体は、生物の個人を判別できるのだろうか。
答えは、否である。
刹那をノエリアと誤認するに違いない。
エネルギーを持ち出した張本人を見付けたならば、はしたエネルギーしか持たない一般生物など、もはや眼中に無くなる。
終式が安全域まで逃げる時間は、充分に稼げるだろう。
「……大丈夫?」
美影が、やや心配を孕んだ声音で訊ねる。
今の刹那は、絶好調とは程遠い。
むしろ、絶不調と言っても良い。
そして、相手は肉体を得た星獣である。
戦力で言えば、比較にもならない程の差が出来ている。
「なぁに、問題ないとも。私は勝算のない行動などしないとも」
「それもそうだね」
彼の優先順位は、姉妹の無事であり、その次に自身の保全だ。
約定の保守は、順位としては非常に低い。
その上で、約束を守る為に行動するというのならば、充分な勝算があるという事だ。
「賢姉様、それに愚妹よ。暫しの別れだ。あとの事は頼んだぞ」
「うぃ! まっかせてー!」
「程々にしなさいよ」
そうして、刹那は一人残る事となった。
彼の行方は、二百年後に至るまで不明となるのであった。
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「……彼奴は?」
重連太陽系を抜けて、超光速航行へと移行したブリッジにて、ノエリアが顔を出して訊ねる。
「残ったよ。君との契約を果たす為に」
「……意外、と言って良いかの」
「まっ、気持ちは分かるわ」
正直、適当な所で投げ出すのでは無いかと、半分くらい思っていた。
それが、一人囮になって居残るなど、想定外な誠実さである。
コンソールを操作していた姉妹は、自動操縦に関する設定を全て終えて立ち上がる。
「じゃ、僕たちは先に帰るよ」
「ぬ?」
「トッシー君たち回収しないといけないしね」
そもそもの目的が、過去へと落ちた俊哉と雫の救出なのだ。
なんとなく後回しにされているが、彼らは放っておくとこのまま過去の地球で天寿を全うしてしまう。
とはいえ、先にも語ったように終式を地球圏まで持っていく訳にはいかない。
その為、姉妹が非常用の小型船で先行して、未来へと帰還するのだ。
「困った事があったら、ベータに訊けば分かるようにしておいたから」
いつの間にか控えていた機械人形を示す。
『当機は完璧な仕事を提供します』
なんとも機械的な音声で綺麗なお辞儀をするそれに、ノエリアは嫌そうな顔をした。
「……最近、同じ形をした物が爆発した瞬間を目撃したのじゃが」
「自爆装置は取り外してあるから、安心してね」
「ってな訳で、君たちは十年くらいゆっくりしておいで。途中で爆発四散しなければ、ちゃんと二百年後の地球まで着くから」
「途端に不安になったのじゃが……」
「気にしなーい、気にしなーい」
お土産の荷物を纏めた姉妹は、ブリッジから退去していく。
「そんじゃ、二百年先まで、さよーならー」
これにて惑星ノエリア編は終幕となります。
次からは、遂に最終章へと入っていきます。
ようやく、終わりが見えてきました。
ここから、一気に畳んでいきましょう。
もうちょっとだけ、お付き合いくださいませ。