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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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迷走する考察

「それで、何か用があって来たのだろう? まさか夜這いだけが目的ではあるまい?」

「え? そうだけど?」


 真顔で答えられて、刹那は頭を抱えたくなってきた。

 三年後とか言っていないで、避妊だけはしっかりした上で相手にした方が良いのだろうか、そんな事を考えるくらいには。


「……ほら、第八研究所に関してとか、何もないのかね?

 寄ってきたのだろう?」

「あっ、あー。はいはい。そういえば、そんなのもあったね」

「忘れてくれるな、それを。まぁ良い。

 それで、どの様な状況だったかね?」


 第八研究所での暴走事件は、こちらに籠っていた刹那の耳にも届いている。


 一個二個ほどケージが開いてしまう事ならば、稀にある。

 人間なのだ。どれだけ注意してもエラーが出る事はある。


 だが、全てのケージが同時に解放されてしまうなど、ミスではあり得ない。

 それをした何者かがいた、と、考えるのは自然だ。

 内部犯か外部犯かは分からないが。


「なーにも。何も手掛かりは無し。

《サウザンドアイズ》の履歴にも何も残ってないし、警備員にも不審人物の目撃情報は無し」

「ふむ。それは困ったね」

「だからこそ、答えを示しているとも言えるけどね」


 それが出来るのは、国内では刹那と美影、あとはナナシ女史だけだ。

 国外にまで広げれば、もう少し候補は増えるが、そう数は多くない。


「もう少し、何かヒントはないかね?」

「そういえば、ショゴスのカプセルが一つ無くなってるらしいよ?」

「それが目的、という事か……」


 少し考える。


「そもそも、何故騒ぎを起こす必要があったのかね?」

「うん?」

「確かにショゴスの警備は厳重ではあるが、第八研究所に何の痕跡も残さずに侵入出来る輩を止められるほどの警備システムではない。

 わざわざ騒動を起こさず、こっそりと持ち出せば良いのではないか。

 第八研究所を徹底的に破壊したかった訳でもなさそうだしな」


 バイオ部門を担っている第八研究所には、当然、細菌やウイルスの類を研究している部門もある。

 廃棄領域の超獣も危険度は高いが、無秩序に解き放たれてより危険度が高いのは、と言えば、そちらに軍配が上がる。


 だが、そちらには被害はない。

 手を付けられた形跡がない。

 セキュリティレベルそのものは然程変わらない以上、忍び込めなかった、とは考えられず、つまるところ第八研究所を完全に壊滅させたかった訳ではない、と見受けられる。


「それもそうだね」


 同意する。


「犯人は、自信過剰な演出家だな。愉快犯でもある。

 俺と愚妹は元より、これによってナナシも違うと判断できる」


 ナナシは、真面目な仕事人気質だ。

 無駄を嫌い、何事も合理的に行う性格をしている。

 この様に無駄な騒動を起こしたりはしない。


「カモフラージュだったのかもしれないよ?」

「成程。派手な騒ぎが起きれば、そちらに視線が向くものだからな。

 もしかしたら、ショゴスのカプセルが無くなっている事に気付かれないかもしれない。

 ……そんな訳がないだろうに。そんな杜撰な管理をしている場所が研究所など名乗れるか」


 騒動があれば、一から十まで全てチェックするに決まっている。

 特に、ショゴスは危険度が非常に高いのだ。

 それの確認を怠る筈がない。


 もしも、それが目的だったとすれば、犯人は危険物を取り扱う研究施設という物を甘く見過ぎていると言える。


「やっぱり、遊び半分かな?」

「だろうな。そうとしか思えん。

 では、他国でそんな遊び半分で侵入してくる阿呆がいるだろうか?」

「いそうな気もするけど……」

「否定はしないが、第八研究所をピンポイントで狙った事が気に食わん。

 他にも幾らでも魅力のある施設はあるだろう」

「ショゴスはあそこにしかないと思うけど?」

「……これは勘なのだが、偶然ではないかな?」

「偶然?」


 美影が首を傾げる。


「そう、偶然。

 単純に、忍び込んだらショゴスという面白い玩具を見つけたから、盗った。

 ついでの様に、騒動を起こした。

 そういう、衝動的な意思が見える」

「えーと、つまり?」

「今、第八研究所をピンポイントで調べそうな馬鹿に、心当たりはないか?」


 美影の視線が宙を滑る。


「ない……事も、ないかなぁ」

「ああ、俺もある」


 息を合わせ、同時に言う。


「「始祖魔術師」」


「俺は何処までも無名だ。

 今回の件でも、人の見える位置では何もしていない」


 始祖と盛大に激突したが、それは始祖が創った人造異界での事であり、人々の目が一切届かない領域での事だ。

 異界門事件そのものに対しては、本当に何も手を出しておらず、必然、彼の名が知れ渡る理由は何一つとしてない。


「愚妹も《六天魔軍》であると大きく報じられたとはいえ、別に隠してきた訳でもない。

 改めて調べる事もあるまい」


 美影は今回の一件で、《六天魔軍》の一人である事が大きく知れ渡った。

 しかし、宣伝していなかっただけで、知っている者は知っている情報である。

 特に、国防を担う各国の情報機関は、最低限は知っていただろうし、大なり小なりこれまでに調べてきた筈だ。

 今更になって調べ直す、という事は考えにくい。


「故に、他国が今回の一件で俺たちの周囲を嗅ぎまわる、という可能性は低いと考えられる」

「でも、始祖は違う。お兄に直接ぶん殴られている。

 その危険性はその身で理解している。

 なら、お兄の周辺に、《サンダーフェロウ》の各研究所に入り込む理由がある」


 能力もあって、動機もあるなら、ほぼ確定と見て良いだろう。

 美影は、その結論に笑みを見せる。


「良かった。やっぱりそう思うよね」


 言って、彼女は一枚の紙を取り出す。

 差し出されたそれを受け取った刹那は、それを見て、顔を顰める。


「あー、なんとなく分からんでもないのだが、これは何だ?」

「え? 見て分からない? 似顔絵」


 書かれているのは、一人の女性。


 色鉛筆まで用いた、色彩鮮やかな物だ。

 オーロラの様な髪と、左右で色の違う瞳が、とても印象的である。


「……犯人の?」

「YES」

「手掛かりはないのではなかったのかね?」

「一般的に通じる物は、ね。それ描いたの、シュサだから」

「あの猿。こんな特技も持っていたのか」


 驚きの新事実である。

 そして、確かに世間一般では通用しないだろう。


 誰が信じるというのか。

 刹那と美影は、ウッキー軍団の面々と本当の意味で言葉を交わせるという事実を。


 誰も検証ができない以上、それに法的な力を持たせる事は出来ない。


 当然、始祖もそう考えていたのだろう。

 だからこそ、シュサの記憶を消去していなかったと思われる。


 思わぬ拾い物だ。

 ファインプレー過ぎて、逆にムカつく位である。

 とはいえ、功績は功績だ。

 何かしらの褒美はやるべきだろう。

 美味い物でも食わせれば喜ぶだろう。


「何はともあれ、一歩前進だ。

 これは天帝に渡して全国に指名手配してもらおう」

「意味があるとは思えないけどねー」


 常に精神防壁を張り巡らせている刹那をすら、始祖は欺いたのだ。

 そこらの民衆の認識を阻害する程度は容易い事だろう。

 適当な幻術を被って別人に変装する事も容易い事であろうし。

 刹那にだって出来るのだから、彼と渡り合った存在が出来ないとは思えない。


「まっ、出来る事からコツコツと、な」

「お兄、悪い顔してるよ?」

「おっと、それはいかんな」


 あくどい笑みを浮かべていては、美雲にハリセンで殴られてしまう。

 刹那個人としては、敬愛する姉に構って貰えるのだからそれはそれで楽しめるのだが、彼女の心に負荷をかける事は望む所ではない。

 なので、自覚できる部分では自重しようと、刹那は自らを律している。

 無自覚な部分はどうしようもないが。


「さて、それはともかく、ショゴスが奪われた、か。どうしたものかな……」

「対策はない訳?」


 無制限に解放されれば、地球を丸ごと飲み込みかねない、と刹那が明言した超生物だ。

 正面から挑んでくれるならば、相性も良いので美影一人で幾らでも対処できるが、闇に潜んで好き勝手に増殖されると手に負えない。


「決定的な部分は……防げる、筈だ。おそらくな」

「なんとも不安になるね」

「少なくとも、地球が飲み込まれるという事態は俺の力で防げる。

 しかし、大の被害は防げるが、小の被害はどうにもならん」

「小の規模にもよるよね。最悪、どれくらいの事が起こる?」


 美影の問いかけに、刹那は僅かに考えてから答える。


「国が一個か二個ほどかな。

 地図を書き換えねばならん形で消滅するだろうな」

「……マジ困ったね」


 地図を書き換えなければならない形で、というのは、文字通りに消えるという事だ。

 地球規模では然程の物ではなく、掠り傷程度の被害だが、人類社会で見れば非常に大きな傷跡である。


「消える場所によっては、それだけで人類文明は衰退するよ?」

「第四次世界大戦開催のお知らせかもな」


 刹那としては割とどうでもいい事だ。

 彼は何処であっても生きていける。

 真空の闇に身一つで放り出されても、何一つとして不都合を感じない。


 しかし、だからと言って無視する訳にはいかない。

 何故なら、自らの命よりも大切な雷裂の姉妹は、天地の庇護下に無ければ生きていけないからだ。

 彼女たちの為に、人類生存圏は確保しなければならない。

 その為に、最も手っ取り早い事はやはり人類社会の維持であり、今回の事態はとても看過できない。

 発祥が己である事も問題だが。


「しかし、即座にどうこう出来る物でもないな。

 ショゴスの無力化試験は少しは進んでいるのだから、それを基に即効性のある手段を構築するしかあるまい」

「ままならないねー」


 美影は呑気なものだ。

 彼女の場合、そろそろ人外の領域に足を踏み入れつつあり、極端な事を言えば天地さえあれば生きていける。

 人類社会という物に頼らずとも生きていけるだけの強度を有しつつある為、致命打を受けないならば大した問題と考えないのだ。

 尤も、悠長に構えていられる最大の理由は、兄を信頼しているからだ。丸投げとも言うが。


 刹那は天を仰いで呻き声を上げる。


「あー、全く。分からん。

 そもそも、この女の目的が分からんから、何をするのか、さっぱり読めん」

「地球征服とかじゃないの? この間の、その先遣隊みたいなもんじゃない?」

「そうとも思ったのだがな……」


 刹那は、近くの端末を操作して、先日、送られてきた情報を引っ張り出す。

 それは、天帝経由でスティーヴン大統領から送られてきた情報。

 先日の、異界門を創り出した魔術式の詳細解析結果である。


「……あの門、一週間前後で勝手に閉じる様に設定されていたらしいのだよ。

 征服が目的ならば、わざわざ閉じる必要はないだろう」

「戦力が整ってないとか? 威力偵察的な?」

「威力? この女一人で十分だろ?

 俺がいなければ、あの女に対抗できる戦力は地球には存在せん」

「そですよねー。それに、征服するなら、二百年前にすれば良いんだし」


 戦争を終わらせ、地球を再生し、魔術を広めた始祖として名を高めた魔術師。

 それは、今なお神の如き名声を誇る偉大な功績者であり、身を隠さずにいれば、それこそ神として好意的に世界征服できただろう。


「地球人類を滅ぼしたいのだとしても、やはりこの女一人で十分過ぎるし、二百年前にしない理由もない。

 本当に訳分からん。何がしたいのだ、この女は」

「逆に、脅威の警告かもよ? 異界からの侵略が来ますよー、って」

「ならば、何故、何も言わん? 現状では、この女は脅威の先兵だぞ。宣伝はしたのだから、今度は解説を挟むべきだろう」

「信じて貰えない、と思ってんじゃない?」


 人は、信じたい物しか信じない生き物である。それが故に、適当な解釈をして、勝手な否定をされると考えている、という事は十分に有り得る。


「全く。侮られたものだな。俺であれば信じるというのに」

「え? うっそ?」

「嘘とはなんだ。俺は理論的な男だぞ?

 そして、肯定も否定も確たる証拠の下に行うべきと断じている。

 きちんと論理立てて説明するのならば、どれだけ非常識であろうと俺は肯定するぞ」


 生ける非常識だからこそ、とも言える判断基準である。

 とはいえ、そんな事を知らない始祖がどう考えて行動しているのかは、結局のところ、何も分からないとしか言えない。


「実は何も考えてなかったりしてねー。

 その場その場のノリと勢いで生きてたりして」


 有り得るかもしれないから、その予想は困る。

 それが何の影響力もない無力な存在ならともかく、世界をどうにでも出来るほどの力がある事が問題だ。


「……それが一番面倒なのだよな。

 神の如き力を適当に振るう。災害以外の何物でもない」

「お兄も似たようなもんじゃん」

「…………」


 自覚はある。

 無言を返した刹那を、美影はケラケラと笑った。


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