ハイスピード・スカイライン
なんだか、ソニックのステージ名でありそう。
大空を、白き閃光と黒き雷光が駆け抜けていく。
両者は、付かず離れず絡み合い、時に激突しつつ、大気を爆ぜさせながら飛んでいく。
「ァァァァァァァァァァ……!?!!? だ、だァれかァ!!? タァすけてであるデスネェェェェェェ!!」
その中で、悲痛な叫びが木霊している。
出所は、白き閃光――アインスの背中である。
そこに張り付いたピエロが、鱗に渾身の力でしがみつきながら、ガチ泣きしていた。
音速を遥か超過している為に、彼女の肉声は置き去りにされて誰にも届かないのだが、意思は幻魔力を伝って仲間たちへと届く。
「貴女が戦場の要に御座います。いい気味に御座いますね」
「貴様の献身を強く評価しているぞ。ざまぁみろ」
「がんばれがんばれーこんじょうだー。うっけるー」
「そのまま堪えてろクソピエロ……!」
「み、味方がっ! 味方がいないであるデスネェェェェェェ!!」
実際、彼女が崩れるとアインスが光速化してどうにもならなくなるので、本当に重要な立ち位置である。
美影が吶喊する。
腹下からなぞるように上がっていく。
アインスが身を回す。
迫る突起に、美影もまた動きを合わせて回転した。
両腕で受けつつ、衝撃を受け流す。
痺れがくる。
黒かった拳帯は、既にほとんどが白く染まっている。
臨界に達している。
そろそろ放出しないと受けきれない。
【――――フハハハ、頑丈な命だな! よくぞ耐えよる!】
「余裕ぶっこいてんな!」
特に意味はないが、出来れば顔面をぶん殴ってやりたかったが、そう上手くもいかない。
なので、迫ってきた掌爪を真正面から受け止め、
「吹っ飛べ!」
溜め込んだ衝撃力を解放する。
【――――ぬお!?】
あまりの威力に、アインスの腕が爆ぜた。
瞬きする間にも修復が済んでいるが、それでも頑強な彼の肉体を損傷させるとは、大した威力である。
【――――ハッハハハ、なんだそれは! 面白いものだな!】
「ちっとも応えてないなぁもぉ!」
エネルギー生命体である。
肉体の損傷は、大した意味がない。
エネルギー総量こそがイコールで生命力であり、腕の一本程度の浪費は痛くも痒くもないのだろう。
『堕ちろぉぉぉぉぉぉ!!』
速度が落ちた機会を逃さず、頭上から逆落としにゼルヴァーンが迫る。
その腕には山を抱えている。
文字通りのものだ。
何処ぞから切り取ってきたのだろう巨峰を逆さまに構えている。
【――――竜が落ちるものか】
アインスの腕の一振により、巨山が粉砕される。
その隙間を縫って、無数の刃翼が飛来した。
真っ直ぐに向かってくるそれらに、アインスは翼を一叩きする。
暴風。
特に何らかの術は用いていない、純粋な身体能力によって引き起こされた風圧は、一つ残らず刃翼を巻き上げて叩き落とした。
「いまが、ちゃーんす……!」
アインスの尾先から、ツムギが駆け上がる。
当初から彼の鱗に糸を引っ掻けて付いてきていたのだが、あまりの超速度戦闘に這い上がる事すら出来ずにしがみついているだけで精一杯だったのだ。
「いよーぅ、げんきー!?」
途中、必死にへばり付いているスピリとすれ違う。
「た、たしけてー!!」
無視した。
なんだか悲痛な泣き声が聞こえた気がしたが、天下の妖魔王ともあろうものがそんな言葉を発する訳がない。
きっと風のざわめきがそんな幻聴に聞こえただけだろう。
間違いない。
連結陣撃術【鬼神四滅・連】。
両腕で威力特化の連撃をぶちこむ。
美雲によって陣の改善を施された為、魔力効率は以前に比べて大きく向上している。
おかげで、こんな後先考えないような連撃を可能としていた。
背中を中心に、アインスの全身をくまなく滅多打ちにしてやる。
【――――ええい、鬱陶しい】
全うな生物ならば、文字通りに跡形も残らない強打の連撃。
しかし、アインスにとっては、煩わしい程度の物でしかなかった。
纏わり付く羽虫でも払うように、軽く叩き落とす。
「きょぷっ!?」
だが、生命体としての差は悲しいほどに大きい。
彼にとっては軽く払っただけであったとしても、ツムギには致命打になり得る威力を秘めている。
内臓が飛び出しそうになりながら、眼下――戦闘の余波によって荒れ狂う海へと落ちる。
高波に呑まれる寸前、横合いから高速で割って入った黒翼が、彼女を掬いあげた。
「御無事に御座いますか?」
ラヴィリアである。
「ごほっ……。あんまりだいじょうぶじゃないー」
血の塊を吐き出しつつ申告するが、ツムギの目には未だ強い闘争心が燃えていた。
それを見て取ったラヴィリアは、呆れて肩を竦めてみせる。
「……戦闘種族とは呆れ果てるばかりに御座いますね。理解できません」
「しゅのかべはあついもんだよー。それよりも、きみー、やるきがかんじられないよー?」
ツムギは、逆に責めるような視線と言葉を返す。
ここまでの交戦において、ラヴィリアはほとんど貢献をしていないのだ。
参加者としてそれはどうなのだ、という問いに、彼女は悪びれもせずに言う。
「私の打撃力では、アインス様に通用しませんので」
「あれ、つかえばいいじゃんー? 【自然回帰】ー」
「ああ、あれに御座いますか。あれを行使していると高速機動が出来ませんので。あれらには、追随出来ません」
空では、再び雷と光の追い掛けっこが始まっていた。
機動力に全能力を傾けた上で、彼らが互いにぶつかり合う事で速度を落としているおかげで、なんとか完全に置いていかれないようには出来ているが、それが限界だった。
とても有効打を放てる状況ではない。
なので、こうしてフォローに徹しているのだ。
尤も、やる気が無いのも事実ではあるのだが。
巻き込まれただけで、この戦闘において特に利害を有していない――むしろ損ばかり――ラヴィリアは、根性入れて打開策を見出す程の気力を持っていなかった。
彼女は、小さく吐息しながら、上空の衝突を見やる。
白光の線へと追随し、激突を繰り返す黒雷のうねり。
はっきりと言えば、異常の一言だ。
スピリの権能、そしてアインス自身が本気でやっていない事も理由だが、それでも彼の最強へと対抗できている時点で、どう考えてもおかしい。
しかも、それが純粋な人間だというのだから、とんでもない事である。
「……魔力が、上がって?」
じっと見ていると、ふと気付いてしまった。
美影の発する魔力が、徐々に強力に変化している事に。
まるで高みにいるアインスに引きずられるように。
戦い、消費しているのだから、弱化していく事が道理である筈だ。
にもかかわらず、彼女の魔力はむしろ強大になっていく。
「まだまだ、せいちょーちゅうってさー、やばいよねー」
同じ事に注目していたのか、ツムギが呟く。
その声には、呆れと闘志、そして何よりも嫉妬が含まれていた。
自分とは何が違うのか。
自分よりも遥か高みへと至る才能の発露に、彼女は己の生の中で感じた事のない感情を得ていた。
ツムギは、口元の血を拭うと、ラヴィリアへと要求する。
「……まっ、いいやー。これからおいつけばー。ってわけで、あそこまでおくってよー」
「それくらいならば、お安い御用に御座います」
請け負った後、彼女は確認の問いを投げかける。
「が、通用する手段はお持ちで?」
自殺に付き合う程、酔狂な性格はしていない。
ただ突撃するだけならば、一人でやっていて欲しい。
そういう問いに、ツムギは答える。
「あんはなくもなしー?」
「良好。では、参りましょう」
黒色限定権能【潜影】。
影から影へと渡って移動する能力だ。あれ程に強烈な光源の側では、そうそうに出入りできるほどの影は生まれないが、幸いにも今はくっついている不純物が存在する。
それを目標にすれば、移動も可能だ。
海面すれすれを飛翔していた彼女たちに、巨大な高波が襲い掛かる。
波が崩れ、海へと還っていく時には、二人の姿は消えていた。
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(……強いなぁ!)
美影は、幾度もの衝突の中で、己がアインスに勝てない事を悟っていた。
なにせ、純粋に自分よりも強大なのである。
自分よりも力が強く、自分よりも頑強で、何よりも自分よりも素早い。
加えて言えば、天竜の祖というだけの事もあって、エネルギー量も果てしなく多い。
勝てる要素がまるで見つからない。
強いて言うのならば、戦闘技術に関してのみ、美影が上回っているだろう。
アインスの動きには、技巧というものが存在しない。
ただ暴れ回るだけの暴虐だ。
それ故に、美影はなんとか食らい付く事が出来ていた。
尤も、それは凌げる理由であり、安堵できる理由でも勝てる理由でもないのだが。
技巧の研鑽がないというのは、それだけで最強たり得たという事実に他ならないのだから。
実際に、目の前にそれがある。
成程、下を寄せ付けないからこその〝最強〟か。
【――――素晴らしいぞ、人間。これ程に楽しいのはいつ振りか】
「野郎、いい空気吸いやがって! ぶっ殺してやる……!」
噛み付きを紙一重で上空に逃れ、推進力を回転力に変換、勢いそのままに頭頂部に踵落としを決める。
衝撃に、アインスの頭が下がるが、鱗の一枚も割れない辺り無力感が生まれる。
「効いていない、訳じゃないんだよなぁ!」
硬い外殻用に、衝撃を中へと貫通させる鎧通しで打っている。
表面に傷が無くとも、内部の肉には伝わっている筈だ。
手応え的に、全くダメージが無いという事は無い。
ただただ回復力がそれを上回っているだけの話だ。
(……エネルギーを削り切らないといけない。けど、なぁ……)
攻略手段は単純。
エネルギー生命体なのだから、内包するエネルギーを枯渇させれば良い。
ノエリアはそれで倒せたし、刹那も多分その類だ。
きっと、アインスも同じだろう。
問題は、その前にこちらが力尽きる事にある。
おかしい事は何もない。
単純な足し算引き算の問題である。
つまり、頭数が足りていない。
彼が保有するエネルギー量に対して、こちらが使えるエネルギー量が圧倒的に足りていないのだ。
なんとか無駄遣いさせようと試みているが、状況は芳しくない。
【――――さて、ではこれはどうかな?】
「あ、やば……」
アインスの喉奥に光が灯る。
急激に高まるエネルギーに、美影は最速で回避行動へと移った。
直後。
竜の咆哮が放たれた。
拡散する事なく、一直線に突き進む光の波動。
「ただのビーム兵器だよね!」
収束光撃は、眼下の海を貫き、更にはその下にある地殻すらも貫いて、惑星の向こう側へと抜ける。
躱した美影を追って、アインスが首を横に振って光撃を振り回す。
スパッと、星の表面が切り取られるという冗談のような光景が誕生した。
「もっと自然を大事にしなよね……!」
【――――なに、後で直しておくとも】
悠久を生きる者だからこその価値観である。
これ程の破壊を行おうとも、万年億年単位で見れば、そう大した変化ではない。
気が向いた時にでも修復しておけば良いのである。
軽い。
つまり、まるで本気ではない。
つまりつまり、エネルギー消費量はそう多くない。
まだまだ遊びの段階にしかいないアインスが相手では、いつまで経ってもエネルギーを削り切れる筈がないのだ。
(……状況に変化が欲しい所だけ、どっ!?)
思っていたらやって来た。
【――――ぬぐおっ!?】
海が弾け飛び、その下から飛び出した巨大な鉄拳(地殻製)がアインスを殴り飛ばしたのである。
何も感じなかった。
故に、何も反応できなかったアインスは、その拳をまともに受けてしまった。
「チャァーンス! さっすが、お兄! 死ねいっ!」
刹那の仕業である。
どうやら、惑星ノエリアの地脈の一部を掌握したようだ。
おかげで、こちらへと少しだけ援助できるようになったのだろう。
尤も、系統の違うエネルギーを取り込んだ刹那が、現状でどうなっているのかを考えると頭が痛くなりそうだが。
連弾壊砲・魔力超力混合術式【億雷招来】。
アインスの口へと腕を突っ込み、体内から数多の雷を炸裂させる。
同時に、彼の背より影が飛び出す。
ツムギを抱えたラヴィリアである。
ツムギの腕には、彼女の身の丈を超える巨大な鉄腕が形成されており、莫大量の魔力が駆け巡っている様子が見て取れた。
「これがつーよーしなかったら、おてあげかなー!?」
多重連結陣撃術【神薙神無】。
渾身の一撃。
神を薙ぎ、神を無くす、鬼拳の顕現。
その一撃は、アインスの竜鱗を打ち砕き、肉を引き裂き、身体を貫通して、遠き大地へと着弾する。
鳴動。
その衝撃により、大地が、星が揺れ動いた。
『おおおおっ!!!!』
そして、ゼルヴァーンも迫る。
彼は両の腕を大上段に振りかぶる。
全ての刃翼を束ね、一本の大剣へと作り替えた斬撃が打ち下ろされる。
竜技【絶剣】。
彼が持つ最大威力を内包した刃は、アインスをみごとに両断して見せた。
一瞬の隙を見逃さず、誰もが最善を尽くし、遂には最強の竜神を追い詰めてみせた……ように見えた。
現実は非情である。
【――――良い。今日は、実に良き日である】
アインスの声が静かに響いた。
そこには、怒りも何もない。
ただ、自身へと追い付こうという虫けら達への偽らざる称賛のみがあった。
【――――我に追い付かんとする意思、実に見事である。ならばこそ、見せよう。我が〝天上世界〟を……! 高みを知り、そして猶、その意気が貫けるか!】
天地之理【天上世界】。
光が爆発した。
彼の放つ、太陽が如き光の全てが、そして各人が放つ魔力光が、明確な威力を持って荒れ狂ったのだ。
無音の崩壊が席巻する。
光の速さで広がる破壊力に、さしもの美影も黒雷による対抗破壊が追い付かない。
特に彼女の場合は、自身が多量の雷光を纏っているだけに、襲い掛かる威力は絶大であった。
ただ、無力に飲み込まれる事しか、誰も出来なかった。
今のせっちゃんは、美影の支援の為に無理して自分とは別のエネルギー、惑星ノエリアの力を取り込んでおります。
分かりやすく言えば、重油の代わりに軽油をぶちこんだ、みたいな?
両方とも石油だしイケルイケル、の精神。
まぁ、当然、仕様が違うので負荷かかりまくりですけども。
現在、崩壊と再生を繰り返すゾンビ状態になっています。
……うん。
いつも通りですね。
ここ最近の謎人気の結果、一気にイイネptが入って2,000を越えました。
という事で、前回と同じく記念枠として、最終章に入れる予定の一話を活動報告にて公開しております。
例に漏れず、盛大なネタバレを含みますが、構わないという方は足を運んで下さると幸いです。