始まりの天竜
災害を纏って加熱し続ける人間国。
それが破裂する瞬間は、突然のものだった。
「――――んあっ!?」
美影が何かに勘づいて空を見上げるのと、暗雲に覆われた空が弾けるのは、同時だ。
陽の光を遮り、地上を夜へと変えていた分厚い雲が払われ、現れるのは美しき蒼穹と輝く太陽。
(……違うッ!)
そう、否である。
あれは、太陽なんかではない。
そもそも今の時刻は夜中であり、更に言えば惑星ノエリアには三つの太陽がある。
あんな、単一の光源などあり得ない。
ならば、ならば夜を昼へと変える程の光を放つそれの正体は――――。
【どれ、〝力〟を見せよ】
太陽と見紛う光が地上へと降った。
破砕。
文字通りに、着弾の衝撃で大地が割れて爆ぜた。
同時に、光が散る。
中から姿を現したのは、一頭の竜だ。
白に近い金色の鱗を持つ飛竜。太い筋肉に支えられた四足の身体。
皮膜型の大翼にも鉤爪が備えられており、その動きから翼も腕の一種なのだと分かる。
頭部には五本の角が聳えており、尋常ならざる魔力の鼓動を放っている。
全長は、100メートルにも満たない。
竜化した地竜種よりも小さいもの。
だが、地竜種ではない。
間違っても。
これだけの魔力密度を有した存在が、たかが地竜などである筈がない。
かの竜神の名は、
『アインス様っ!?』
フォトン=アインス。
始まりの天竜にして、天竜という種族の象徴である。
黄金の竜眼が美影を捉える。
「うわ、やばっ……」
瞬間、彼女は自らの危地を悟る。
直感に従って身構えるのと同時に、光が如き速度で急接近したアインスが巨腕を振り抜いた。
「…………っ!!?」
ガードの上から全身を貫く衝撃。
何気ない一撃でありながら、それは美影に血を吐かせる程のダメージを与える。
耐えきれない。
だから、少しでも軽減させるべく美影は流れに逆らう事を止める。
吹き飛ぶ。
音速超過で弾き飛ばされた彼女は、大気を貫き、山脈を打ち砕き、地平線の彼方に一瞬にして消えてしまう。
【……この程度か】
アインスは、期待が外れたとでも言うように呟く。
もっと歯応えがあると思っていた。
だが、実際には腕の一振で砕けてしまうような儚い存在だった。
つまらない。
期待外れである。
せっかく来たというのに、とんだ骨折り損だ。
そんな吐息をするが、
【……ぬ?】
彼の前へと現れる存在があった。
一人の竜人だ。
それと、彼に首根っこを捕まれ、両脇に抱えられた天使と悪魔もいる。
「私を巻き込まないで下さいまし!」
「何故ワレまで……」
「せっかくの機会だ。付き合え」
抗議する天使と悪魔に言い放ちながら、竜人――ゼルヴァーンは、自らの祖であるアインスへと一礼する。
「お初にお目にかかる、我らが祖神よ」
【ほぅ、地竜か……。何用か、と問う必要もないか。その漲る戦意を見れば、目的は明白】
言葉通りに、ゼルヴァーンは全身に魔力を漲らせ、戦意を明確に顕にしていた。
「失礼は重々承知しております。が、我輩にも譲れぬものがあります故」
【良い。そも、そなたらに義務を課した覚えは無し。好きにするが良い】
地竜種にとって、アインスはまさに創造主である。
正しく自分達を創り上げた張本人だ。
それに逆らう事はタブーと言って良い。
しかし、地竜としての思想はともかくとして、ゼルヴァーンは父としてここに立っている。
せめて、少しでも娘に安寧の時が続くように。
地獄の人間国から離れるまでの間は、この身を賭して安全を守ろう。
「貴方様に思うがままに暴れられますと、大変に困るのです。故に……抑えさせて頂きます」
【委細構わぬ。が、しかし、我はもう帰る。期待外れだったからな】
地竜の信仰は、強制していない。
アインスは、彼らの営みに興味がない。
だから、どうしようと、牙を剥こうとも好きにしてくれて構わない。
とはいえ、勘違いされて喧嘩を売られても困る。
それが、つまらない相手ならば当然だ。
地竜に、天使に、悪魔。
どれも、それぞれの種族の中でも精鋭と言える高みにいる者たちだ。
だが、その三人が力を合わせて立ち向かっても、アインスの敵ではない。
ただでさえ、期待をすかされたばかりである。
これ以上の面白味もない事に付き合いたくもない。
そう思って身を翻す彼に対して、ゼルヴァーンの言葉が届く。
「あの者らを、舐めてかからない事です」
頭上、無限の蒼穹が、雷鳴轟く暗雲によって塞ぎ込まれた。
~~~~~~~~~~
「~~~~、効いたぁ……」
海を越えて吹き飛ばされた美影は、地面に埋まっていた。
砕けた破片が雪崩となって降り注ぎ、深く生き埋めとなってしまったのだ。
どろり、と、額から温かな液体が流れ落ちる感覚がある。
口許まで届いたそれを舐めとれば、鉄の味が口腔に広がった。
「思いっきりぶん殴られるなんて、久し振りだよ」
直近でツムギにも殴られたりしたが、それでも反応もろくに出来ずに直撃したのは、随分と覚えがない。
記憶を遡れば、刹那との初邂逅時以来だと思い出す。
つまりは、それだけの相手という事だ。
「アインス、アインス……一番ね」
殴られる直前、上位精霊が悲鳴のようにそう呼んでいた事を思い返す。
それが、正しければ、あれこそが原初の天竜という事なのだろう。
「いいね。大物だ」
やられっぱなしは性に合わない。
きちんとお礼参りしてやらねば雷裂の名が廃るというもの。
黒雷が迸る。
彼女を埋め尽くす大地の破片が、解放された威に曝されて更に粉砕され、弾き飛ばされる。
「ぶっ飛ばしてやる……!」
クレーターの中心から、美影は雷の速度で弾け飛んだ。
その足跡に、分厚い雷雲を残しながら。
~~~~~~~~~~
魔力超力混合・雷裂流体術【天降龍神】。
空から一条の、しかし極大の漆黒の雷が降った。
それは一直線にアインスの頭蓋を撃ち抜き、かの者の巨軀を大地に平伏せさせた。
「くぉら、クソ駄竜ッ! よくもやってくれたな……!」
反動で飛び上がった下手人……美影は、離れた場所に着地しながら毒を吐く。
【ほぅ! 生きていたか! うむ、良し。大変に良し】
起き上がったアインスは、喜色を浮かべて頷く。
「ちぇっ。全然効いてないね」
かなり本気で殴った。不意も打てていたと思う。
だというのに、アインスにはろくにダメージが入った気配がない。
割りとショックな事だ。
【いや、そうでもない。良い攻撃だったぞ。劣等生物にしてはな】
「上から目線で語りやがって。むかつく。ぶっ殺してやる」
美影が手を掲げる。
その手に、雷が落ちた。
天を覆い尽くす雷雲が剣となって収められる。
彼女は、その切っ先を向け、アインスの足下でこそこそしてる奴を認めつつ、宣言する。
「人間舐めてると、痛い目見るぞっ!」
【ふん。では、見せて貰おうか……あッ!?】
彼の意識が美影へと向かったその瞬間を狙いすまして、巨体を足下からかち上げる衝撃が撃ち抜いた。
完成形連結陣撃術【神薙】。
神を薙ぐ鬼の拳がアインスを穿ち仰け反らせ、
「隙あり! くたばれえええぇぇぇぇぇ!!」
神を裂く人の刃が襲い掛かった。
フォトン=アインスの造形イメージは、シャガルマガラです。
好きよ、あの金ぴか。
次回は、四月一日じゃないかな、多分。
丁度良いから、前々からやりたかった事をしようかな、と。
但し、ジョークだから許されるだろう内容なので期待はしないで下さい。
本編では出来ないような事です、間違っても。