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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
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竜の逆鱗

 加熱していく戦場。


 なにせ、敵は惑星だ。

 美影や美雲がいくら散らせようとも、精霊の数は減らず、後からやって来る増援の数が上回る。


「戦力の逐次投入はっ! 悪手の筈なんだけどなーっ!」

『文句言わないの。まだまだ序の口なんでしょう。ほら、また追加が来たわよ』

「鬱陶しいねぇ……!」


 美影の足が圧倒的に速いからこそ、なんとか詰められずにいる。

 そうでなければ、戦力比はとうの昔にどうにもならない差を付けられていた。


 今も隙を見て攻撃しているが、どちらかと言えば、逃げ回り、撹乱する事ばかりが優先になっている。


(……もうちょい! なんか変化が欲しいかなぁー!?)


 サブプラン発動の為に一時離脱している刹那は、まだ戻らない。

 星核の方で何かがあったらしく、今暫く時が必要なようだ。


 それは分かる。

 この状況でノエリアに参戦されれば、本当にどうしようもなくなってしまう。

 だから、その遅延に労力を割くのは理解できるし、星核の性質上、刹那にしかそれが出来ないというのも分かるのだが、一人で矢面に立っている現状は何とかして欲しい。


「信頼の証っ! って事で満足!」


 そんな感じで自分を誤魔化す。


 刹那から出来るだろうと信じられているから、場を任されたのだ。

 それに応えられなくては、美影の魂が腐る。


 故に、気合いを入れて、なんとか拮抗しているように見せ掛けていた。


 そんな事を考えていると、突然に望みは叶った。


『朗報よ。盤面が変わるわ』

「え!? なに!?」


 姉からの急報に、美影は最初は何の事か理解できなかった。


 しかし、遠方よりもたらされる感覚に、何がやって来たのかを正確に理解する。

 そして、それは精霊側も同じ事だった。


 遠くから大地を揺らす音が聞こえてくる。同じく、空を掻き乱す力強き翼の音も。


 それが何なのか。両者が知っている。


 地竜種(ドラゴノイド)

 惑星ノエリアにおいて、精霊、天竜に次ぐ上位種の軍勢が、ここ人間国へと大侵攻を開始したのだ。


 その意味を、理解して両者は自らの勝利を確信する。


 二つの確信のどちらが正しいのか。


 その答えは、彼らが何故やって来たのか、それに対する正しい認識を持つ方に軍配が上がる。


『投降せよ。もはや、汝に希望はない』


 端的な最後通牒。

 これでダメならば、本当に殺す以外に道はない。


 勝ち誇った顔の上位精霊からの言葉に、しかし美影は笑みを返す。


「馬鹿を言っちゃいけないよ。勝ち目が増えたっていうのにさ」

『……愚かな。状況が理解できないのか』

「理解ならしてるさ。君たちよりも正確に、ね……!」

『何を……』


 言って。


 その言葉は最後まで紡がれる事はなかった。



 ――GYYYYYYOOOOOOOOOO!!



 遠く離れていて猶、耳を(つんざ)く大咆哮が聞こえた。

 それを合図に、地竜種たちは戦闘を開始する。


 否。それはもはや戦闘ではない。

 蹂躙である。


 彼らは、明確に人間種を標的に攻撃を開始していた。

 その勢いはあまりにも強力で、人間種を絶滅させんばかりの怒涛の進撃であった。


『何故ですかっ!?』


 上位精霊は、その行動に困惑せずにはいられなかった。


 彼女は、目の前の敵と人間種が、別物であると聞いて知っている。

 だからこそ、なるべく、ではあるが、人間種を守る気でいた。


 だが、もしや地竜種たちはその事実を知らないのでは、と考えた。


 見た目の上では、敵は人間種と変わらない。

 それが故に、敵は人間種なのだと思っているのではないか、と。


 しかし、現実はそれを裏切る。


「カンザキ、と言ったか」


 軍勢から離れ、単独でこちらへとやって来た一人の老竜人が、美影へと話し掛けた。


「我は火竜翁と申す。絶剣公より話は聞いておる。情報の提供、感謝いたす」

「良いって事よ。(つがい)は大切だもんね」


 己の愛の為ならば、何者を敵に回しても後悔しない狂愛の体現者は、女一人の為に敵対種族を滅ぼさんとする地竜の行動を、大変に好ましく思っていた。


『地竜よ! 何故ですか! その者こそが敵です! 見誤ってはなりませぬ!』


 まさか、思いもよらない。

 異なる星からの侵略者が、既に魔の手を差し込んでいるなどとは。

 仮にも上位種として、星の平和に寄与してきた地竜種が、その意思に呼応するなどとは。


 想定すらしていなかった。


「精霊殿。申し訳ありませぬ」


 丁寧に、しかし全くの交渉の余地を感じさせない断固たる態度で、火竜翁は謝意を示して断る。


「我らは、敵を見誤っておりませぬ。故に、殲滅を止める事は出来ませぬ」

『っ!』


 翁の瞳は、怒りに燃えている。激烈なまでに。


 その圧は、たとえ神に等しき精霊の制止であろうと止まらないと、言葉にせずとも物語っていた。


『何が、あったのですか……』

「これはこれは。精霊殿らしくもなし。目が曇っておられるのか? それとも、目を逸らしているだけか」


 皮肉げに言ってから、答える。


「我らの逆鱗など、ただ一つしかありませぬ。姫に手を出した。それだけです。それだけで、種を絶やす理由に足りまする」

『なんと、いう事を……』


 生物の本質が、次代へと命を渡す事にあるのならば、配偶者の取り合いはまさに死活問題だ。

 命を賭けて、命の取り合いをする理由として充分である。

 食料の取り合い、土地の奪い合いに、勝るとも劣らない立派な名分だ。


 精霊は、一般的な繁殖をしない。

 条件が揃った時に、唐突に生まれる。


 だから、本能的には理解できない理由だ。


 だとしても、長い時を生き、多くの命を見てきた。

 故に、止める言葉を持たない。


 それが、時として国さえも傾け、滅ぼす原因にもなり得るのだと、経験が理解を示していた。


「それでは、これにて失礼いたす。ハゲ猿どもを絶やさねばならぬので」


 絶句する精霊に一礼して、火竜翁はこの場から去る。


 比喩でもなければ脅しでもなく、文字通りに人間種を絶滅させに行ったのだ。


 我に返った精霊は、美影へと射殺さんばかりの視線を向ける。


『これもっ、貴様らの策謀か……!』

「あっ、そう取っちゃう? これに関しては、僕たちのせいじゃないんだけどね」


 このタイミングで露呈した事には、確かに僅かに関わっているが、そもそもの原因自体は人間種の自業自得である。


 とはいえ、その事を懇切丁寧に説明してあげる理由も無し。


「さぁて、天秤は傾いてきたよ」

『クッ……!』


 瞬発した美影が、拳を叩きつける。

 勢いに押し込まれながら、精霊は悔しげに歯噛みした。


 劣勢、ではないが、勝敗の天秤は拮抗状態にまで戻されてしまった。


 参戦した地竜種は、敵ではない。

 決して、精霊を標的に攻撃を仕掛けない。

 あくまでも、彼らの狙いは人間種のみである。


 しかし、精霊たちの一部は、巻き込まれてしまっている人間種の保護の為に動いていた。


 せめてもの罪滅ぼしのようなものだ。


 だが、その行為が、怒りに燃える地竜種には我慢がならない。


 人間種を滅ぼす。

 それを邪魔するのならば、精霊種といえど排除するのみ。


 結果、地竜種の矛を受け止める為に、多大な戦力を割かなければならなくなっているのだ。


 だが、それでも。


 精霊の戦力は無尽蔵に近い。

 まだまだ増援は来る。


 今は拮抗していても、すぐにまた傾き始める。


 時間は、こちらの味方なのだ。


『勝てると、思っているのか……!』

「勝つ必要がない。それだけの事さ!」


 時間が味方なのは、美影も、異星人側も同じこと。


「僕たちは所詮! 端役だと理解しなよ!」


 本命ではない。

 吠えながら、美影は戦場を縦断して掻き乱していった。

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