燃え広がる戦火
やってる事が完全に魔王サイドな件。
人間国の一角。
ほぼ全域で災害警報が発令されているが、その中でも特に酷い場所がある。
氷雪が吹きすさび、颶風が逆巻き、大地が割れ砕け、天空が引き裂かれ、そして黒き轟雷が縦横無尽に駆け巡る。
そんな天変地異の大博覧会の如き有り様となっている場所だ。
まともな生物では、巻き込まれた時点で生命を諦めるべきだろう状態である。
悲劇を更に付け加えるのならば、その場所が常に高速で動いている、という事もある。
災害の元凶の片割れが有り余る機動力を遺憾なく発揮しており、それを追ってもう片割れも動いていく為に、予測不可能な大災害と化しているのだ。
『ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!』
そんな中、大きく揺れ動く大地を疾走していく怪物がいる。
邪神形態の刹那である。
山の如きサイズへと膨らんだ彼は、無数の腕で地面を踏み砕き、精霊の群れを蹴散らして進んでいく。
身体が大きいという事は、脅威であると同時に、良い的でもある。
その為、彼の全身には絶え間無く攻撃が降り注いでいるのだが、動きが鈍る様子もなく、脳の奥に響くような耳障りな哄笑が止まる事もない。
『悪い子はあ! いねがぁー!!』
なんとなく悪役ムーブが楽しくなって悪ノリしている邪神の頭に、一条の黒い稲妻が落ちる。
黒が纏った雷を解けば、中からは一人の少女――美影が姿を表す。
彼女は、足元の義兄の頭をペチペチと叩いて告げた。
「お兄! お兄! お姉から連絡だよ!」
『ああ、先程、私も聞いたとも。あの小物が死にそうという事らしいね』
地竜の姫に手を出して、地竜種を激怒させているらしい。
近く人間国に攻め込んで来るだろうから注意せよ、との事だ。
あと、ついでに道化役を演じている人間ギリムも死ぬかもしれないらしい。
『全く、実に嘆かわしい。あの者には生命に汚い人間の誇りというものがないのかね』
「いやー、僕たち並みの生き汚さは、期待しちゃ駄目なんじゃないかな。こっちの人間、超絶ヘタレだよ?」
『役割一つ果たせないレベルとは……。大概に低い評価だったが、更に下に見なくてはいけなかったか』
ボロクソに言いながら、意識を切り替える。
何事も捉え方次第である。
一つの用途で使えなかったとしても、別の用途を模索すれば良いのだ。
ひとまず、現在進行中の作戦での価値が低下しただけに過ぎない。
それに、〝まだ〟死んではいないようだし。
なんだかんだと生き残って役目を果たしてくれるかもしれない。
可能性は低いが、まぁほんのりと期待はしておいてやろう。
『まぁ、良い。駒の一つや二つ、惜しくもない』
「じゃあ、プランB発動?」
『うむ。些か味気無いが、そうする他にあるまい』
想定外が起こる事は、全て想定の内だ。
だから、当然、代替プランくらい用意している。
あくまでも本命ではないので、凝った手段ではなく、笑えるような面白味は少ないのだが、最低限の目的は果たせる。
「よっしゃ! じゃあ、間は持たせておくよ!」
『すまないね。任せたぞ、愚妹!』
「お兄の役に立てるなら本望だよ!」
快活な笑みを浮かべた美影は、再度、黒雷を纏って天へと上がる。
強烈な初撃によってもたらされた混乱状態から抜け出し、陣を組み始めている精霊たちへと一人吶喊した。
『人間ッ、風情が……!』
「そういう差別はいけないと思うねぇー……!」
指揮者である上位精霊にライダーキックを決めて、陣の形成を阻害する。
敵陣に単騎で突入した美影へと、集中砲火が殺到していく。
色とりどりの攻撃の嵐。
明確な殺意の籠ったそれらは、決して頑丈とは言えない美影の身を砕くくらい容易いだけの威力を内包している。
一発でも受ければ死ぬ。
確かな現実を前に、しかし彼女は哄笑を上げる。
そんな惰弱にして貧弱にして脆弱な精神性を、彼女は、人間は、地球人類の戦士は、持ち合わせていない。
美影や刹那だけの事ではない。
他の、切り抜けるだけの力を持たない一兵士たちであろうと、この状況下で怯む事などない。
そんな者はいない。
そうと、言い切れる。
何故ならば、人間だから。地球の歴史を乗り越えてきた末裔だから。
有史以来、戦を途絶えさせなかった血塗られし星の支配者は、平和を実現させてきた楽園の住人には理解できない魂の輝きを見せた。
ギョロリ、と、一瞬、美影の眼球が全周を見渡す。
殺到する攻撃の配置をそれだけで把握してのけた彼女は、次の瞬間には動きだしていた。
「ハッハー! これなら化け猫の方がヤバかったねぇー!」
回避していく。
躱し、撃ち落とし、踏み越え、前進を止めない。
『な、ぜ……』
「こういうのは恐れた方の負けなんだよッ!」
吠えて蹴り飛ばす。
『チィッ……!』
「さぁさ、もっと激しくいこうか……!」
歯を剥いた獰猛な笑みを向けた瞬間、分厚い暗雲を貫いて天上より飛来したレーザービームが、弾幕となって地上を薙ぎ払った。
滅びを賭けた戦は、激化していく。
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美影が注意を引いている隙に、刹那は邪神形態を解除して戦場から離脱する。
「フッ、もはや安全域などないと知りたまえよ」
千手観音のように無数の腕を生やした刹那の、その大量の手の中に、妖しく揺らめく光玉が収められていた。
星喰らい、その分霊たちだ。
準備期間中に世界中を巡ってコツコツとかき集めていたものである。
本命であるギリムには、限界ぎりぎりまで投与したが、それでも余った分を分割して、この場へと持ってきた。
「さぁ、暴れたまえ。魔物とは、そういう物なのだろう?」
世界各地に点在する魔物領域。その中心となるヌシに投与する為に。
凶悪な精神性を、この大地を餌としか見ていない価値観を植え付けられた魔物たちは、急速に活性化し始めた。
周辺の全てを喰らい、時として膨れ上がった力の一部を分け与え、強大な星の敵へと成り上がっていく。
資源として残されていた魔物領域。
それは、有用である事もさる事ながら、なによりも住人である魔物が大人しい性質であるが故に、存続させられていた。
危険性があるならば、利益が見込めそうであっても潰す事が国際的な条約として定められているのだ。
そう、そうであるが故に、警備に張り付いている者はそう多くなく、また、見ている方向も外からの侵略者であった。
だから、内側からの圧力に、それも前兆も何もなく、突然に膨れ上がった脅威に、彼らが機敏に反応する事など、できる筈もなかった。
同時多発性魔物暴走現象。
幾つかの要因が重ならなければ起こらない、と言われる大災害が、世界中で巻き起こる。
戦火が、世界中に飛び火し始めた瞬間であった。
もはや、他人はいない。
誰も彼もが、当事者となった。
無様に死にたくなければ、無惨に滅びたくなければ、武器を取って立ち上がるしかなくなったのだ。
「さぁ、決死の抵抗を……! 魂の輝きを見せたまえ、惑星ノエリア……!」
守護者は、まだ来ない。
因果応報、しっぺ返し、運命の揺り戻し。
その内、そんなのを食らうって分かってるから、こんな状況でも猫とか静観してます。
故郷の民は愛おしい。
地球の民も愛おしい。
だがしかし。
神は、民を、社会を、世界を愛しはしても、〝個人〟は愛さない。
そんな猫の今現在の理想は……。