Dieジェスト そのご
四は死の数字。
第四々話:竜の姫・表
『サァサァ、寄り道しつつ、なんとなく人間国にやって参りましたデスヨ。悠長過ぎやしないであるデスカネ?』
「精霊どもめ! よくも故郷を!」
『とか言うくらいなら、サッサと来るべきだったのでは?』
『という感想は無粋であるデスヨネ、キット。』
『絶賛、大戦争中の人間国では、異星人(人間種)と精霊が衝突しているデス。』
『端から見ると、精霊が人間国を襲っているヨウに見えるデスネ。実際は真逆であるデスガ。』
『襲い掛かるニンゲンを、精霊が殺そうとしている訳デスネ。』
『マァ、誤解させとけばイイと思うであるデスヨ。』
『ソウイエバ、あれの建前的な活動理由って、一応、邪神復活がお題目だったハズなのデスガ……。』
『その邪神が暴れているゲンジョウは、バレない方針が良いであるデスヨネ?』
『デハ、程よく誘導するであるデスカネ。』
『という訳で、ツムギ、お願いするであるデスヨ。』
『えー、あたしー?』
『マァマァ、後でアナタは殺しといてあげるデスカラ。』
『しかたないなー。』
『そんな感じで、連中をイイ感じに戦地から遠ざけるであるデスヨ。』
『イヤー、もう全域が戦場であるデスシ、あの小娘の足がやたら速いセイで、安全域を探すのも一苦労であるデスヨ。』
『精霊どもも本気であるデスカラネ。もはや被害の大きさなんて考えてないデスカラ、人間国と周辺一帯が崩壊状態であるデス。』
『アイツら程度じゃあ、巻き込まれた時点で瞬殺であるデスヨ。』
『比較的被害の少ない地域へとやって来たのであるデスガ、森の奥地に踏み入っているであるデスネ。』
『どうやら、森の奥で新種の魔物が活動している事を知って、適当な理由を付けて討伐に行っているらしいであるデス。』
『正体は爆発物なのデスガ、ンー、先遣隊の一部隊デスカラ、なんとかなるデスカネ? 連鎖爆発で死ぬような事はない、と思うデスヨ。タブン。』
『なんだかんだありつつ探索していると、なにやら怪しげな屋敷を見つけたであるデスネ。』
『幻術まで使った隠し屋敷であるデスヨ。ハテサテ、何が出てくるデスカネ。』
『ホゥホゥ、奴隷屋敷のようであるデス。』
『獣魔に、鉱精に、海精に、妖精に、……オヤオヤ、妖魔もいるであるデスネ。奴隷階級とはいえ、よくもまぁ捕まえたものであるデスネ。』
『ドウヤラ、ハゲ猿の鬱憤をぶつける非合法の娼館のようであるデスナ。』
『単純な性欲だけでなく、殺しも含めた欲望の館であるデスネ。』
『…………。』
『……エ? アラ? 地竜? 地竜の女? マジであるデスカ? ナンデ? ナンデいるデスカ? タブーであるデスヨ? それは。』
『ンーアー……。』
『コレ、人間種、滅んだであるデスカネー。』
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第死々話:竜の姫・裏
地上へと降りていたゼルヴァーンが、方舟へと再度訪問していた。
種族会議は、あまりにも突然の事態ともたらされた情報の大きさに相応に紛糾した。
本来であれば、何年もかけて慎重に見極めるべき話だ。
しかし、彼らが結論を出すよりも先に、世界が大きく動き始めてしまった。
観測できた限りだが、あれ程に精霊種が荒れ狂っている様など、もう何億年と無かった事である。
加えて、世界各地にいる天竜までも活性化し始めていた。
もはや、何事もなく事が収まるなどという事はないだろう。
世界がそれを感じ取っている。
その為、急遽、結論を出さねばならなくなり、なんとか納得できる条件を纏めてきたのだ。
「連中はいるか」
「ア、アー、おかえりである、デスヨ?」
ゼルヴァーンを出迎えた仲間たちだが、その視線は何処か生温い。
気まずい、とでも言うのか。
まるで、何か言いにくい事でもあるかのようだ。
「……どうかしたのか」
「い、いえ、何でも御座いません。ああ、彼らに御座いますね。丁度、姉君が帰還しておりますよ」
その視線に気付かないゼルヴァーンではないし、問い質さない理由もない。
なので、率直に訊ねたのだが、ラヴィリアは答えたくないとでも言うように、早々に話題を打ち切って方舟の奥を示した。
不審はある。
今すぐにでも張り倒して聞き出したい気持ちは、確かにある。
とはいえ、腑に落ちないというだけで、明確な害は見つけられない。
喫緊に迫っている種族存続の問題に比べれば、些細な問題と言えた。
その為、不審の表情は崩さないまま、彼は促されるままに奥へと向かう。
幾重にも閉ざされた隔壁を抜けて向かった先では、無数の半透明の光の板――ホログラム・パネルに囲まれて送られてくる情報処理に明け暮れている美雲がいた。
「いらっしゃいませ。少々立て込んでおりまして、充分な歓迎が出来ず申し訳ありません」
「……構わぬ。貴公らの現状は理解できている」
たった三人で精霊と天竜を敵に回しているのだ。むしろ、ちゃんと戦争の形になっている事が不思議なくらいである。
「地竜種として、貴公らには条件を付けさせて貰う」
故に、単刀直入に本題を述べる。
「聞きましょう。可能な限りの対応は致します」
美雲も、端的に返した。
ひとまず、聞いてみない事には呑める条件か否かを判断できない。
「呑んで貰う条件は、三つ。
一つ、方舟の中に我らの席を確保すること。
数は、メスが104名、戦士50名、幼子1,000名、そして未孵化の卵2,500個」
「問題ありません。確約しましょう」
「二つ、移住先に我らの土地を用意すること。環境は多少劣悪でも構わぬ。広さの方を優先させて戴く」
「具体的にはどれ程でしょうか?」
「現在の我が国と同規模、およそ800万平方kmは戴こう」
「ふむ……」
おおよそオーストラリア大陸と同等規模の面積である。
流石に、それだけの土地をポンと用意することは雷裂と言えど簡単な事ではない。
空いている土地という意味では、地球上に充分に存在しているのだが、その大半が廃棄領域なのだ。
如何に劣悪でも構わないとはいえ、流石にあの土地を渡すのは心証が悪過ぎるであろう。
(……まぁ、小惑星集めて土地をでっち上げれば、なんとかなる、かな?)
重力が微妙だったり、空気が薄かったり、水が無かったり、と、完全に生物の生きていける環境ではないが、土地の広さならなんとかなる。
そして、それでも廃棄領域よりは比較的にマシなのだから、人間の業は罪深い。
刹那に頼めば、土地問題と環境問題も問題ないと判断した美雲は、一つ頷いて承諾する。
「承知しました。用意いたします」
「では、三つ目。最後の条件だ」
言って、ゼルヴァーンは一枚の写真を取り出した。
写っているのは、愛らしい少女である。
外見年齢は、十代半ばから後半程だろう。
ただ、人間ではない。
目尻に鱗があり、瞳は縦に割れた竜眼をしている。
頭には紫水晶の角が生えており、おそらくは地竜種の娘であろう。
美雲には、大変に見覚えのある少女だ。
刹那も美影もまだ知らないだろうが、美雲は寄越されたつまらないドラマを目の端で見ていたので知っている。
つい先日、映っていたばかりだ。
「どなたでしょうか?」
「名は、プラムという。国を出奔し、行方不明となっている娘だ。この者の消息を追って欲しい」
「…………」
ちらり、と、眼球だけを動かしてゼルヴァーンの背後へと視線をやる。
そこでは、ドラマを撮影していたスピリが顔を覗かせていた。
彼女は、フルフル、と首を横に振っており、言うなと主張している。
なにせ、地竜種の生態は、天翼種の真逆なのだ。
男の数が圧倒的に多く、女の数が圧倒的に少ない。
先に挙げられた104名という数は、現存する全ての女性の数なのである。
そして、そうであるが故に、女性は種の宝として、蝶よ花よと姫のように厳重かつ大切に囲われる。
もしも、手を出そうものならば、それこそ種族を絶滅せんばかりに怒り狂うだろう。
前科があるので、間違いない。
あのドラマの事を話せば、まず間違いなく矛先が主人公へと向かってしまう。
今の彼に、ゼルヴァーンを、ひいては地竜種の怒りをはね除けられるのか。
答えは否だ。絶対に無理である。
どんなに都合よく考え、どれ程の奇跡を想定しても、不可能という解答しか出てこない。
それでは、折角の楽しい企画が台無しである。
なので、スピリはなんとか誤魔化せと願っていた。
「はぁ……」
美雲は、短く吐息する。
彼女は、スピリの願いを正しく汲み取っていた。
「探すまでもありません。既に判明しております」
汲み取った上で悩むことなく無視した。
「ナッ! ナゼであるデスカ!?」
「彼は駒です。当然、代わりは用意してあります。駒一つで地竜種の信頼を買えるのであれば、安いものです」
耐えられず、思わず飛び出して抗議したスピリに対して、美雲は冷ややかな事務的な口調で答えた。
折角、骨を折って面白い方向……もとい、望ましい方向へと誘導しているというのに、主催者から裏切られてしまうとは思わなかった。
愕然とするスピリだが、その頭をとんでもない握力の籠った手が掴んだ。
頭蓋骨がミシミシと軋む。
「……貴様、関わりがあるのか」
「ひょえ。ワ、ワレは無関係であるデスヨ?」
憤怒と憎悪を煮詰めて殺意をブレンドした視線をゼルヴァーンより向けられたスピリは、形成不利と見てアイアンクローを振りほどくと颯爽と逃げていった。
「ふん、まぁいい」
殺すのは後でも良い。
それよりも、行方不明の姫の所在及び安否こそが重要だ。
美雲へと向き直ったゼルヴァーンは、短く訊ねる。
「何処にいる」
「では、こちらをご覧下さい」
ホロ・ウィンドウの一枚を彼の下へとパスする。
そこには、先日のドラマの中の、決定的場面を切り取った映像が表示されていた。
ミシッ、と、空気が軋む。
ゼルヴァーンの覇気に、世界が悲鳴を上げているのだ。
美雲は、涼やかにスルーしながら、反応を静かに待つ。
「情報、感謝する」
「礼には及びません」
「殺しても?」
「御随意に」
ひとまず、人間種の殺戮は決定した。
ギリムがその範囲に入るかは、保護された姫の言葉次第だろう。
短いやり取りで許可を得たゼルヴァーンは、挨拶も無いままに、地上へとトンボ返りするのだった。
「…………彼、死んだかしら。弟君たちに、一応、サブプランの用意させておきましょうか」
美雲は、ギリムの生存をまるで信じていなかった。
ネタバレ。
これでデッドエンドはしないので安心して下さい。