大いなる雷雲
スーパーセルって現象、画像で見るとカッコいいですよね。
現実に目の前に出現したら絶望感満載ですけど。
蠢く。
山脈に囲まれた狭い盆地の中で、そいつらは今か今かと解放の時を待っていた。
大地が波打ち、揺れ動いているかのような錯覚を覚える程に、それは群れて、犇めいている様は、まさに地獄からやってきた絶望の軍勢そのものである。
「……想定以上だ。素晴らしい」
「いやー、絶景かな絶景かな……って、言って良いのかなぁ?」
山脈の尾根から見下ろす刹那と美影は、それぞれに感想を溢す。
逃げ場のない盆地の中、何世代にも渡る繁殖を繰り返し、短期間で所狭しと大地を埋め尽くした小ゴブリン(爆発物)の群れである。
数にして、既に億は下らないだろう。
あれらが連鎖爆発した場合の破壊力は、想像するだけで身震いしてしまう。何処かで盛大にやらなくてはならないと決意を固めた。
付け加えて言えば、母体として魔力を有した人間を使っている為に、通常よりも知能レベルが高くなっていて原始文明を築いており、更には魔力まで操っている。
更に更に、出身地が廃棄領域という事でデフォルト機能として、強力な毒性も帯びており、完全にヤバい生物と化していた。
「さて、まぁ想定以上なのは良い事なので、いい加減そろそろ動こうか」
「そだねー。出方を待つつもりだったけど、長命種の気長さを見誤ってたよ」
刹那の言葉に、美影は頷きを返す。
あれだけ挑発し、宣戦布告までしたというのに、精霊にも天竜にも、今の段に至っても未だに明確な動きがないのだ。
こちらは随分と用意が終わって、若干、暇さえも出来ているというのに、である。
人間の感覚でも生き急いでいるような刹那たちからすれば、あまりにも悠長に過ぎる。
とっくに相手も動き出している想定で計画を立てていた為に、狂いが生じ始めている程なのだ。
このままでは、大した理由もなく、地球文明完全崩壊がやって来てしまうので、こちらからアクションを起こしてやらねばならなくなってしまった。
「賢姉様、準備は良いかね?」
この場にはいない、もう一人の仲間に通信を飛ばす。
当然、超常の力を全く使っていない、純科学製の通信機だ。
これはこれで、やはりこの星にあってはチートに類する物であろう。
これが魔力を使用した通信システムであれば、精霊たちならばいくらでも盗聴出来てしまうのだが、それを使用していない為にそもそも察知されないという事が起きてしまう。
尤も、たった三人の軍勢では、然程の恩恵は得られないのだが。
『ええ、良いわよ。〝天道〟、子機衛星展開率30%くらいだけど』
「なぁに、ひとまずこの近辺をカバーしていれば構わないよ」
地球よりも巨大な惑星ノエリアの全域を効果範囲に収めるには、まだまだ時間が掛かる。
とはいえ、それまで待っているのも退屈……もとい、時間制限が気になるので、同時進行で状況を整えていこう。
どうせ、一発ネタなので嫌がらせ以上の効果は発揮しないであろうし。
「それでは、始めようか」
刹那が宣言と共に両手を掲げる。
邪神形態の為、端から見ると邪悪な生物による破滅の儀式にしか見えない。
何一つとして間違っていないが。
盆地を覆っていた念力バリアを解除する。
「せりゃー!」
同時に、美影が開幕の轟雷を山脈の一角へと落とす。
連弾をも用いた一撃は、山を打ち崩し、出入口のない盆地に、明確な出口を作り出した。
〝――――――――――ッッッ!!〟
途端、幾重にも重なる怒号の様な鬨の声が上がる。
奪い、犯し、食らい、殺せ。
あらゆる欲望を孕んだ異形の軍勢が、地獄より溢れだしたのだ。
「うわー……。すっごい流れ」
「壮観だね。今時、このような愚直な総突撃は見られるものではない」
怒涛のように出口へと殺到していく軍団を見送り、刹那は腰を上げる。
「さて、では少し後片付けをしてこよう」
「優しーねー、お兄は」
「ふっふっふっ、功労者を労うくらいの事はするとも。頂点に立つ者の義務という奴だね」
~~~~~~~~~~
暗い洞窟の中。
饐えた匂いの立ち込めるその奥に、彼女はいた。
手足を落とされ、ただ孕んでは子を産み落とすだけの肉袋と化した、人間の少女だったものだ。
もはや、彼女にまともな意識はない。
正気はとうの昔に失われ、狂気さえも擦りきれてしまい、今となっては本当に子を産む機械となってしまった。
「あー……あー……あー……」
嗄れた声を間断なく漏らしているが、そこに意味らしい意味はない。
言葉なんてもう忘れたのだから。
警備のつもりか、僅かな小鬼たちが少女を犯すでもなく配置されていた。
それを爆発させないように、即行で亜空間に放り込んで黙らせて、刹那は侵入する。
彼は、骨の塊で出来た手を、固定されている彼女の頭に乗せて、慈しむように優しく撫でた。
「ご苦労だったね。君はもう、生き永らえる必要はない」
義姉妹にかける以外では使われない、柔らかな声で労いの言葉を掛ける。
それが伝わる事はないが、しかし久し振りの性行と出産以外の刺激に、少女の表情が少しだけ穏やかな物になった。
「来世では幸福になりたまえ。君が再び現世にやってくる頃には、少しはマシな世界となっている事だろう」
幻惑系超能力【極楽葬送】。
一切の苦痛を与えず、ただ安らかに死を与える力が発動する。
少女は、母に優しく抱かれるような夢心地の中で、穏やかにその生涯を終えるのだった。
「……おっと」
その時、大地が大きく揺れ動く。
自然現象の地震ではない。
もっと単純に、何らかの大爆発による地震れである。
「ふっふっ、派手にやっているようだね。元気なようで大変よろしい」
洞窟が崩れて生き埋めとなりながら、刹那は動き出した状況に笑みを浮かべた。
~~~~~~~~~~
「…………」
刹那が去った後、一人残っている美影は、不貞腐れた表情をしていた。
功労者を正しく労う、という行動は理解できる。
美影とて、それくらいの度量はある。
だが、それを刹那がするのが気に入らない。
もっと具体的に言えば、大好きで大好きで仕方ない愛するオスが、自分以外のメスに優しい声を掛けるのが気に入らない。
「……お兄は僕のなのに」
唇を尖らせて呟き、八つ当たりに雷を落とす。
落ちた先は、山脈から溢れだした小鬼の先鋒集団だ。
落雷によって死んだ小鬼の命の導火線に火が点く。
それは最期の足掻きとばかりに盛大な爆炎を咲かせた。
それに巻き込まれ、更に多くの生命の火花が開花していく。
連鎖する。
爆炎は爆炎を呼び、より大きく、より熱く、何処までも重なっていく。
大地が揺れる。
衝撃波となった威力が、地面を揺らし、周辺を凪払っていく。
体内に蓄積されていた毒素も同時に拡散され、影響範囲は死の大地と化してしまう。
粉塵はキノコ雲となって空に立ち上ぼり、暗雲を作り出した。
「ちょっとだけ気が晴れた。ちょっとだけ」
『バカを言っていないで、用意しなさい。お客さんよ』
美雲からの警告と同時に、暗雲によって暗くなった世界に光が満ちていく。
魔力の光だ。
アバウトに八色に分類される光がそこかしこに出現していく。
精霊である。
念力バリアを解除した時点で、土着の精霊が何処かへと飛んでいったので、きっとその報せからやって来た増援だろう。
『その愚行、もはや赦しがたし』
先頭に浮かぶ六枚翼の精霊の言葉に、美影は微笑んでみせた。
「許しなんて欲しくないさ。それよりも……」
美影は、魔力と超力の二つを全開にして解き放つ。
黒き雷が天を衝く。
粉塵の雲が雷雲へと作り替えられていく。
『天道、起動。雷雲の生成、サポートしていくわ』
急速な雷雲の形成は、空の更に上からの援護もある。
それにより、日の光を全く通さない分厚い雲が渦を巻きながら出来上がった。
スーパーセル。
あらゆる凶事を孕んだ気象現象が発生した。
『なっ、に……!? これ程の変化を、人の身で……!?』
先頭にいた上位精霊は、驚愕の表情で天を仰いだ。
環境の変化調整は、精霊の領分だ。
だからこそ、これ程の変貌に必要となるエネルギー量も分かる。
それだけの力を、ただの人の身が宿しているなど、有り得ない。
始祖より警告はされていた。
単なる人として見るな、と。
しかし、こうして見せ付けられるまでは、現実感のない警告だった。
しかししかし、こうなってしまっては、もはや疑う余地も勘違いする余地もない。
目の前の人間は、全力で滅ぼすべき外敵なのだと。
「僕の憂さ晴らしに付き合ってよ。今、すっごくイライラしてるんだ」
魔力超力混合環境変化【豪雷雨】。
まさに雨のように降り注ぐ極大の雷群が、精霊軍団の急先鋒へと襲い掛かった。
次回から、またDieジェストに戻るんじゃないかな。
メイビー。