Dieジェスト そのに
第二話:一つ目の簒奪・表
「ハッ……! ハッ……!」
「いい♥️ いーよー♥️」
『洞窟の中に、水気の混じった肌を打ち付け合う音が響き渡ります。その音に合わせて、男女の艶のある声もまた、同時に広がっていきます。』
『出所には、二人の男女。鬼の娘と獣の男が、絡み合って愛を確かめあっていました。』
『服をはだけて、睦合う姿は、ここが危険な魔物領域の中で無ければ、少々過激な若者の姿と言えた事でしょう。』
「ハッ、大分ッ、あれの匂いもッ、取れてきたなぁ……!」
「そ、そぉー、だねぇー。じゃ、じゃあ、こんどはぁ……、きみの、においを、つけてぇー」
『棒読み、演技指導が足りていませんでしたか……。いえ、失礼しました。』
『周りの事など見えていないかのように情事に耽る彼らでしたが、しかし邪魔が入ります。』
「よぉ! 楽しそうじゃねぇか! 僕も……俺も混ぜてくれよッ……!」
「ッ、誰だぁ!?」
『良いところを邪魔されたガルドルフは、牙を剥いた剣呑な表情を浮かべながら、顔を上げます。』
『声は奥の暗がりから聞こえてきました。』
『二人は身体を離しながら、そちらへと視線を向けます。』
『闇の中から現れたのは、死んだ筈の仲間……人間のギリムでした。彼は、メイド服を纏った女性を伴い、憎悪や欲望、呆れに悔しさなど、様々な感情の入り交じった凶相を顔に張り付けています。』
「なっ、テメェ……! 生きてやがったのかぁ!」
「まだ覚えてたんだな。とっくに忘れられてると思ったぜ」
『自嘲するように言って、ギリムは身体に力を漲らせます。』
『怖くない。』
『もしかしたら、今までの事が心の傷となって、ガルドルフたちと対峙しても萎縮してしまうのでは、と、そうも不安に思っていました。』
『しかし、そんな事はありませんでした。怖れは何処にもなく、心の中にあるのは、こいつらの全てを奪い尽くしたいという、ただそれだけです。』
「……きみ、かてるとおもってんのー? そんなにテキイむけてさー」
『ツムギが、冷ややかな視線を向けながら言います。』
『当たり前です。彼女からすればどうという事のない魔物に追い立てられて、奈落に落ちていったのが、彼の最後の姿なのです。』
『それを思えば、ほんの数日で立場が逆転する筈もありません。』
『しかし、ギリムは嗤います。』
「ハッハッ! 当たり前だろうが! 勝てるから! 勝つ為に! 俺は地獄から戻ってきたんだよ……!」
「じゃあ、地獄に帰りやがれよぅ」
『次の瞬間には、ガルドルフが瞬発して殴りかかってきました。』
『その光景を目の当たりにして、ギリムは目を丸くします。』
『あまりにも、遅いからです。』
『止まっているかのよう、というのは誇張にしても、それに近いほどにノロマな動きでした。』
『躱す事は容易く、反撃すらも可能。』
『だから、彼は軽く半身になって拳を避けながら、カウンターをガルドルフの鼻柱に叩き込みます。』
「なぁ……!?」
『反動で後退しながら、ガルドルフは鼻血を出しつつ、困惑の声を漏らします。』
『ギリムを確実に張り倒せる、そんな攻撃が躱された挙げ句に、こちらが反応もできないカウンターが来たのですから、それも無理はないでしょう。』
「全力で来いよ、畜生が。俺は! それを叩き潰してやる……!」
「テ、メェ……!」
『ずっとこうしたかった。そんな光景を自らの力で作れた事に気分が良くなったギリムは、ガルドルフを挑発します。』
『それに答えるように、ガルドルフの全身が濃い体毛に覆われていきます。』
『本気で潰す気になったのでしょう。』
「にたいいち、ひきょうなんていわないよねー?」
『そして、ツムギもまた、戦闘態勢を取りました。』
『一瞬の静寂。』
『そらを破り、鬼と獣が人に襲い掛かりました。』
(中略)
「ぐっ、はっ……」
『血塗れとなったガルドルフが、地面に倒れました。』
『変身は解けて、人に近い姿となっています。』
『それを見下ろすのは獣魔のように、全身に濃い体毛を生やしたギリムです。』
「お、お前、俺様の、力を……!?」
「そうさ! 奪ったんだよ! それが、俺の〝力〟なのさ!」
『適当に張り付けられただけの力にリスクが無いとでも思っているのでしょうか? というか、あなたの能力ではないでしょうに。』
『おっと、これはネタバラシですね。失礼失礼。』
『まさに圧倒です。あれ程に怖れていた他種族の、それも精鋭相手にギリムは圧倒してみせました。』
『彼は、鬼の膂力と獣の肉体を奪ったのです。』
「……なんだよ、その目は」
『ギリムは、反抗的な、自分を責めるような目に苛立ちを覚えて、立てないガルドルフを何度も何度も踏みつけ、蹴り飛ばします。』
「お前が、お前らが! 先に奪ったんだろうが! 俺から! 何もかも!」
『そして、彼は矛先を倒れて気を失っているツムギへと向けます。』
「見てろ。もう一つ、お前から奪ってやる」
『ギリムは、ツムギの細首を掴むと、宙に吊りあげて持ち上げました。』
『その揺れで意識が戻ったのでしょう。ツムギは、うっすらと目を開くと、涙を浮かべて命乞いを始めました。』
「ごめん、ごめんなさい~。ゆるして、ゆるしてよぉー」
『あの大根娘、そんな棒読みで……。気付いていないようですからいいものの』
『明らかな演技だろうに、テンションの上がっているらしいギリムは気付きません。脳に障害を抱えているのでしょうか。』
「ああ、許してやるさ。俺の女になるならよ」
「なる、なります。ならせてくださいー」
「テメェ! ツムギ……!」
『あっさりと捨てられたガルドルフが咎めるような叫びを上げます。』
『それに、ツムギは殺意を滲ませる視線を返しました。』
「きみがー、よわいからいけないんだよー! こんなによわいなんておもわなかったー!」
「ふざけてんじゃねぇぞぉ、この尻軽がぁ!」
「ハッ、ハハハハハッ!」
『突如として始まった仲間割れに、ギリムは嗤います。』
『これほどに醜悪な連中だったとは。そして、こんな奴らに恐怖していた自分の馬鹿らしさも合わせて、笑い飛ばします。』
「ホンット、目出度い奴らだぜ! まぁいい。ツムギ、俺の女になるんだな?」
「はい。はい、なりまーす。だから、ねー? たすけてよー」
「ああ、命は助けてやるさ」
『にこやかに言って、しかし次には凶悪な表情を浮かべて続けました。』
「だが、お前はいらねぇな……!」
「え? きゃ、きゃああああああああ……!!」
『毒々しいオーラが、ギリムの腕を伝ってツムギを包み込みました。』
『戦いの最中で何度も見た、簒奪の力の発動です。』
『それが、ツムギの中を、魂を、心を侵食して塗り替えていきます。』
「ツムギ!? おい、ツムギ!」
「さっきまで仲間割れしてたのに、心配かあ!? 安心しろよ! お前の〝ツムギ〟は消えるからよぉ……!」
『やがて、オーラが消えてツムギの悲鳴も途絶えます。』
『ダラリと力の抜けた彼女を放り捨てると、重力に従って地面に倒れました。』
『しかし、すぐに起き上がります。』
『但し、表情は虚ろで、感情らしいものは浮かんでいません。』
「ツ、ツムギ? おい、どうしたんだよぅ、ツムギィ!」
『ガルドルフが呼び掛けますが、反応は返ってきません。』
『ギリムは無視して、ツムギへと呼び掛けます。』
「おい、お前は俺のなんだ?」
「はい、あたしは、あなたさまのどれいです。なんなりと、ごめいれいを」
「よし、じゃあ、そこの畜生を殺せ」
「はい、わかりました」
「なっ!?」
『命令を受けたツムギは、一切の躊躇もなく、手刀を倒れて動けないガルドルフへと突き立てました。』
「愛する女に殺されるんだ。本望だろう? え? そうだって言えよ」
「テ、メェ……」
「なぁに、安心しな。お前の女は、これから俺に尽くしてくれるからな。ボロ雑巾になるまで、末長く大切に使い潰してやるから、心置きなく死ね」
「ちく、しょうがぁ……」
『掠れる声で悔しげに漏らすのを最後に、ガルドルフの意識が薄れていきます。』
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ! ざまぁみやがれ! 無様に死んで! ヒャッヒャッ! 力も、女も、取られてくたばって! あー、最っ高!」
『ギリムの嘲笑を聞きながら、最後に見えた光景は、ツムギがギリムの足元に這いつくばってその足を舐めている姿だった。』
『彼は、涙を流しながら、その生涯を終えるのでした。』
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第二話:一つ目の簒奪・裏
「ねーねー? どうだったー? あたしのめいえんぎー!」
「棒。40点というところでしょうか」
「ぶー。さいてん、からいよー?」
戻ってきたツムギがテンション高く文句を言う。
続いて戻るのは、疲れた表情のガルドルフだ。
「もう、二度とやんねぇぞぉ。まぁ、俺様は死んだからなぁ。もう出番もねぇだろうがなぁ」
「…………」
「おい。うおい。ミクモさんよぅ。否定してくれよぅ」
「実は、美影ちゃんの脚本案にネクロマンサーに甦らせられる、というものもあったりしておりまして……」
「止めろよぅ! 死人に鞭打つなよぅ!」
死人がなんか吠えている。
負け犬の遠吠えというものだろう。
気にする程のものではない。
「……お二人は、あれに思うところは無いので御座いますか?」
ラヴィリアが、やや冷ややかに訊ねる。
ギリムを嵌める事を責めている……訳ではない。
正直、彼女にとってギリムは至極どうでもいい。
それよりも、ガルドルフとツムギが、自身の矜持やら何やらを貶められる事を良しとするのか、という点の方が重要だ。
「いや、まぁ、演技だからよぅ。物語だぜぇ? 俳優がどうこうってもんでもねぇだろうよぅ」
「そーそー! あたしがあんなぶざまないのちごいなんてするわけないしねー! それくらいなら、はらきってしぬもんー!」
「そうに御座いますか。まぁ、そういう事でしたら……」
「トイウカ、であるデスヨ。お二方としては、オノレらの情事を公開する事に、躊躇いはないのであるデスカ? 一般生物は恥があると理解しているのであるデスガ」
スピリにとって、その辺りは重要である。
なにせ、他者への理解の浅さは、楽しく踊らせる事に失敗する事と直結する。
せっかく恥辱と屈辱の御膳立てをしてあげても、喜んで載って来られては面白くもなんともない。
露出は、特殊な場合を除いて恥辱に該当すると認識していただけに、ちょっとばかし気になる所である。
「ああ、それも演技の認識なんでしょう」
答えたのは、本人たちではなく美雲であった。
彼女は、後片付けをしつつ、語る。
「その二人、勝った方が負けた方を犯す、っていう変な交わり方していますから。私の弟妹に負けないヘンテコ振りです」
「あれと同レベルかよぅ!」
「いまのところ、あたしのぜんしょうだけどねー! いつ、あたしをおかせるのかなー?」
「いつか絶対泣かしてやるわ、ボケがよぅ!」
痴話喧嘩を始める二人を見て、スピリは一つ頷いて納得する。
「ナルホド。特殊性癖であるデスネ」
「そこに落ち着かないでくれないですかねぇ!」
ガルドルフの抗議は無視された。
「ところで、カゲちゃんとせっちゃんはどこいったのー?」
何処にも姿が見えない事に、ツムギは周囲を見回しながら訊ねる。
「あの子達なら、これからの仕込みの為に地上に降りているわよ。そろそろ殻を割るんですって」
「から? からってー……」
「あれか……」
思い当たる節のあった二人は、揃って微妙な顔をする。
大厄災が始まろうとしている事を理解したのだ。
「あと、ゼルヴァーン様も、お国の意向を決める為に戻ってるわね」
「ああ、あの人は、国の重鎮でもあるもんなぁ。そら、戻るかぁ」
他の者たちが基本的に一国民でしかないのに対し、ゼルヴァーンだけは調査員であると同時に、権力階級も併せ持っている。
その為、国の重大事には、意志決定の為に戻る必要があるのだ。
「さって、私もそろそろ準備しましょうか。いい加減、精霊たちも本格的に動き始めるでしょうし」
「あっ、それじゃあ、撮影はワレが引き継ぐであるデスネ。書き換えても、イイであるデスヨネ?」
「ラスト以外は好きにしても良いと思いますよ。資料はあちらにありますので、参考にして下さいませ」
「至れり尽くせりであるデスネ~」
バトンタッチ。
異文化交流中に入れようと思っていた一幕。
なんとなく入れる隙間が無くて、そのまま忘れられておりまして。
実はこんな感じな事があったんだよ、的に思って貰えれば。
刹「そういえば、貴様たちの星にはウランがないのだね」
猫「まぁ、そうじゃの。それに限らず、放射性物質自体が少ないの。我らが排除してきたからなのじゃが」
刹「確か、ドワーフというのは、摂取した鉱物を腕部に発現するのだったね?」
猫「……まぁ、そういう生態をしておるが」
刹「やぁやぁ、そこ行くドワーフ君、ちょっと珍しい鉱物を食べてみないかい? ウランとプルトニウムと言うのだがね」
猫「止めんか、ド阿呆が! 何を気軽に生物兵器を作ろうとしておるのじゃ!」
刹「気軽とは心外な! 大真面目に熟慮してやっているに決まっているだろう!」
猫「ほぼ脊髄反射で、何処が熟慮じゃ!」
みたいな?
パンチ一発、核の如し。