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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
330/417

惨劇は終わらない

僕たちの間に言葉なんていらないよね。

だって、もう警告はしたし。


若干、ホラー要素とグロ要素があります。

お気をつけ下さいませ。


本日、二話目に御座いますれば。

読んでない方は、前話からどうぞ。

 草木も眠る丑三つ時。


「……ンッフッフッフ~、ダメと言われたら、近付きたくなるのが人情であるデスネ~」


 深夜営業時間となり、方舟内部は常夜灯を残して暗くなっていた。


 そんな暗闇の中を、一つの人影が踊るように軽やかに移動する。

 装飾の多い奇抜な服装の輪郭を取るそれは、スピリの影であった。


 彼女は、くるりクルリとステップを踏みながら、四角の通路の床も壁も天井もなく、全てを足場にして移動していく。


 スピリが何かをしている訳ではない。

 あらゆる壁面に重力が働くのは、方舟の仕様だ。


 なにせ、宇宙船である。

 構造として、完全に密閉されていなければならない以上、活用できる空間はどうしても限られてしまう。


 その為、人工重力を全方向に発生させる事であらゆる壁面を隙間なく活用しているのだ。


 その状態を、スピリは興味深いと楽しんでいた。


 魔法を使えば、同じことは出来る。

 例を挙げれば、鉱精種の住居である。

 彼らは地下鉱山を(ねぐら)としているので、同様の理由で効率的に空間を使おうと似たような構造をしていた。


 しかし、この方舟の仕様には、魔力が感じられない。

 無論、魔力の通っている部分もあるのだが、少なくとも重力発生に魔力は使用されていなかった。


 スピリ、ひいては惑星ノエリアの住人にとっては、大変に不可思議な現象と言える。

 あるいは、不気味と評せるかもしれない。


「悪戯に使えそうであるデスネ~」


 同郷の者たちには、さぞかし効くだろう。

 なにせ、カガク文明とやらは故郷には存在しないのだから。

 魔力を介さない超常現象など、想定すらしていない事だろう。

 大いに慌てて神に祈り出すかもしれない。

 そんな折に程好く煽動を囁いてやれば、戦の一つや二つも起きる事だろう。


 その様を想像するだけで、スピリの口許はにやけて来るというものだ。

 実に愉快。


 ともあれ、まぁ、そんな悪戯はいずれやれば良い。

 機会が巡ってくるかも分からない未来よりも、まずは目の前の悪戯からである。


「ホムホム、ここであるデスネ」


 広大な船内を、音もなく移動してきた彼女は、ようやく一つの部屋の前へと到達する。


 刹那の自室である。


 目的はただ一つ。

 彼に夜這いをかけて子種を頂戴し、美影というアンチクショウに仕返しして悔しがらせてやるというだけの事だ。


「さぁ~て、ごた~いめ~……ん?」


 扉に手を掛けて、今まさに開こうとした瞬間の事。


 ドン、と。


 背中から小さな衝撃が伝わった。

 何かに押されたような、そんな程度の小さなもの。


 何があったのか、何に押されたのか。


 そんな疑問が脳裏に過るが、しかし答えはすぐ下に突き出ていた。


 腕。

 幼い少女の、細い腕。

 しかして、その姿は黒い雷と、真っ赤な血に濡れている不気味なもの。

 真っ直ぐに立てられた指先には、まるで槍に突き刺されたかのように、拳大の肉塊が貫かれてぶら下がっていた。


「Oh……」


 心臓である。


 未だ、ビクビクと鼓動を打つ新鮮な有り様のそれが、自分の物であると理解したスピリは、一つ頷いて、喉奥から上ってきた血反吐と共に呟く。


「ホントに、容赦ないであるデスネ……」


 その言葉を最後に、彼女の視界が暗くなっていく。

 最期に見た光景は、突き刺された自身の心臓が、黒き稲妻と共に内側から爆散する光景だった。


~~~~~~~~~~


「やぁやぁ、おはようおはよう! 爽やかな朝だね! 今日は友好の証に、僕の手料理でおもてなししちゃうぞっ!」


 パジャマパーティから翌日。

 皆が起き出し、大食堂に集められていた。


 華美な装飾はない。

 仮にも避難船という用途である為に、内装は必要以上の飾り付けをされていないのだ。

 とはいえ、あまりにも質実剛健を極め過ぎると気分が消沈しかねないので、最低限程度の見映えは整えられている。


 領域調査員として、野宿上等な生活を送れる彼らにとっては、充分に満足のいく環境であった。


 それぞれの席に座るのだが、幾つかの席に空きがある。


 具体的には、三つ。


 二つは、刹那の両隣、雷裂の姉妹の席だ。


 妹の方は、メイド服を纏って給仕しているのでともかく、姉の方は何処にも姿が見えない。


「あっれ? お兄お兄、お姉は?」

「ああ、賢姉様は朝限定で体調が優れないらしくてね。朝食はいらないそうだ。後で看病に行かねば」

「ふぅん……」


 どうやら嫌な気配を察して逃げたらしい。

 勘の良い事である。

 まぁ、嫌と言うなら無理に食べさせる必要もない。

 美影自身、好んで食べたいとも思わないし。


 それよりも、最後の言葉に彼女は、兄にじっとりとした視線を送る。


「……お兄、看病と称してエッチな事しちゃダメだよ?」

「ギクリ」

「やっぱり! ダメだからね!? お兄の童貞を貰うのは僕なんだから! 交換に僕の処女をあげる約束でしょ!? もぅ! もぅ! もぅっ!」


 美雲が成人した為、何かと隙を見て手を出そうとしている刹那である。


 初めての女になろうという野望を持つ美影としては、油断ならない事だ。

 これが美雲だから、なんとか目を光らせて注意するに止めてあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 憤慨して釘を刺しながらも、クルクルと動き回って給仕をしていく。


「んー、エルフちゃんとドワーフ君は、異文化過ぎてちょっと自信がビミョーなんだよね……。ごめんね?」

「構いませんわ。他種族の方々には、理解しがたいとこちらも理解しておりますので」

「全くじゃ。配慮しようという気持ちだけで構わん」


 他の者たちが、おおよそ似たり寄ったりな料理を出されているのに対して、エルフとドワーフの両名だけは、明らかに異質な料理を出されている。

 エルフの前には土と水が、ドワーフの前には金属片の詰め合わせと溶けて赤熱した液状金属が、それぞれに並べられているのである。


 仕方ないのだ。


 エルフは、外見の人型は擬態であり、本性はほぼ植物である。

 口から何かを食べるという行為事態が意味が分からないという種族であり、根で吸収する行為が主な食事となるのだ。

 あとは、光合成とか。


 ドワーフはドワーフで、こちらは鉱物生命体である。

 一般的な有機物も取り込んで吸収できない事はないが、やはり好むのは金属や岩石となる。


 超一流の腕を自負している美影をして、異次元のメニューである。


(……お兄も食べられるし、研究してみようかな)


 廃棄領域時代は、ナチュラルに土だの石だのを食べていた刹那である。

 今も懐かしいのか、たまに食べている姿を見掛ける。

 良い機会なので、これを機に、新しい領域の研鑽を積むのも良いかもしれない。


 そう思いつつ、給仕を続けていく。


 その姿を視界に移しながら、ゼルヴァーンは目の端で隣の席を見る。


 空席。

 その席は、おそらくはスピリが座っているべき筈の場所なのだが、影も形もない。


 美影も、スピリがやって来ない事を知っているのか、皿の一つも置く気配もない。


 なんとなく、妙な予感がする。

 嫌な予感とは違う。

 決して己の害になるような事ではないのだが、どうにも異変が起きているような、そんな感覚だ。


「……何か、知っているか?」


 更に向こうに座るラヴィリアに言葉を投げ掛ける。

 彼女は、何かを知っているのか、どうにも顔色を悪くしながら、現実を直視しないように目を閉じていた。


「…………おそらく、すぐに分かるかと」


 具体的な事は何も語らず、ただそれだけを口にした。


 そうしている内に、用意が出来たようだ。

 メインディッシュとなるであろう空の大皿が並べられた所で、美影が巨大な寸胴鍋を転がしてきた。


 人一人は入るであろう大きさだ。


「……まさかよぅ」


 鼻をひくつかせたガルドルフが、漂う香りから鍋の中身を理解して頭を抱えた。


「ではでは! 本日のメイン! 泥棒猫の一夜煮込みです!」


 カパッ、と、銀色の鍋蓋が開けられる。

 立ち上る湯気と芳しい香り、そしてその向こうにあるスピリの目と視線があった。


「っ!!?」


 そう、スピリである。

 スピリがバラバラに解体されて鍋の中で煮込まれていた。


「……ああ、やはり」


 遠い目をしながら、ラヴィリアはぽつりと呟いた。

 朝からスピリと美影の姿が見えないので、もしや、とは思っていたのだが、まさか一晩でここまでの惨状となっているとは。


「おい! おい、どういう事だ?」


 昨夜の一幕を知らない男性陣は驚愕に腰を浮かしながら、なにやら理解している様子の女性陣に訊ねる。


「どーもこーも、せっちゃんさんにてをだそーとしてー、しとめられただけだよねー」

「あー、そういう繋がりかぁ……。哀れだぁなぁ」


 死んだ目――死体なので当然だが――で、スープの中に浮かぶスピリのお頭を見ながら、ガルドルフは納得する。

 それにしても料理して出すかよ、とドン引きしながら。


「ままっ、食わず嫌いしないで。ちゃんと美味しく料理したんだから」


 言いながら、美影はそれぞれの空皿によそいでいく。

 必ず、スピリの一部位が入るように憎たらしい心配りがされていた。


「ドラゴン君はたくさん食べそうだし、大きめに取り分けてあげるね!」

「いや、遠慮したく……」

「いいからいいから」


 拒絶を無視して、美影はゼルヴァーンの皿に、スピリのお頭を転がした。


 生気のない死んだ目と視線が合う。

 殺してやりたいと幾度となく思ってきた相手だが、こうなると憐憫の感情ばかりが湧き上がってくるのだから不思議なものだ、と現実逃避気味に思った。


「はい、お兄。こいつ、お兄に食べて欲しかったみたいだからね。お兄には子宮と卵巣だよ。僕ってなんて優しいんだろうね!」

「ふむ、妖魔種というものは地球にはいないからね。初体験だ。ワクワクする」


 この世に食べられぬ物は無し、を地で行く刹那に、忌避感は微塵も無い。

 とても楽しみにしている様子があった。


「ささっ、冷めない内に召し上がれ! お代わりもあるから、いっぱい食べてね! いただきます!」


 全ての用意が済んだ美影が席に付き、固まったまま動かない面々に食事を促す。


「……まそあじがこいねー。くせ、つよいー」

「まぁ、好きな奴は好きそうだぁなぁ」


 妖魔種は経験がないが、一応、人間種という知的生物を食料とする文化を持つツムギとガルドルフは、早くに再起動して食事を始めた。


「魔素味って分かんないだよね、僕。魔力を舌に集中したりすれば分かるのかな?」

「んー、そればかりは、あたしもわかんないなー」


 ノエリア人ならば、感覚で分かる事である。

 だから、説明しようと思って説明できるものではない。


 なんとも気の抜ける雰囲気で会話する美影に、ラヴィリアは恐る恐る訊ねる。


「その、スピリは死んだので御座いましょうか?」

「え? 生きてるよ? 妖魔って、死ぬと身体は塵になっちゃうんでしょ? 殺すと料理できないじゃん」


 言って、彼女は何処からともなく、スピリの仮面を取り出した。


 嫌になる程に見飽きた仮面。

 但し、その中心には雷刃が突き刺さっているが。


「黙らせてあるけどね。暫くはこのまま反省させるかな」

「…………そうですか。では、いただきましょう」


 もうツッコミを入れる気力もない。

 気にしない事にして、ラヴィリアは食器を手に取った。

 それを、人は思考停止と言う。


 それに釣られて、他の面々も遅れて再起動して、震えながら食事を始める。

 嫌なことは出来るだけ後回しにしようと、なるべくメインディッシュを視界に映さないようにして、他の皿に手を付けていく。


 ガルドルフは、スープの中から(大腿)骨付き腿肉を取り上げて齧り付きながら、異星人と付き合う先達として言う。


「なっ? こいつら、凄ぇだろぉ?」

「……想定以上に御座います」


 人間風情が、上位種の妖魔を仕留めるどころか、あまつさえ調理して食べてしまうなど、誰に言っても信じてくれないだろう。

 嬉々として食事している兄妹を眺めながら、皆は戦慄を覚えずにはいられなかった。

作中一番のサイコパスやってないか、このヒロイン。


この二話だけで、なんと一万字越えやぞ。

おかしい、世界が間違っている。

こんなに長く書く筈じゃなかったのに。

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2023/02/13 20:04 退会済み
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