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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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怪物泥棒・改訂版

一応、言っておこう。

ぽっと出ではない。

美影と刹那のファーストコンタクトを書いていないから、その様に感じるだけである。

 廃棄領域。人から見捨てられし、禁忌の土地。


 その由来は、第三次世界大戦の時代にまで遡る。

 当時の人類に倫理観などなかった。将来を考えて手段を選ぶ、という思考を持っていなかった。

 その為、効果的とあらば、核兵器を始めとして化学兵器や細菌兵器などの後にまで尾を引く大量殺戮兵器さえも躊躇なく使用した。

 既存の物から新開発された物まで、ありとあらゆる兵器が使用された。


 結果、複雑に混ざり合った毒素は、大地を深刻に汚染し、生命を拒絶する地獄を作り出した。


 戦争終結後、始祖魔術師の手によって大半の土地は浄化されたものの、人の住まない、重要度の低い土地は、それ以上の毒素の拡散を防ぐ処置が為されただけで、放置される事となった。


 それが、廃棄領域の正体だ。


 土地を、水を、空気を、全てを汚染された土地は、真っ当な生物の棲める空間ではない。

 数日もあれば、ありとあらゆる生命が死に絶える事となる。


 しかし、中には例外もいる。


 生命の底力は、時として奇跡を引き寄せる。

 深刻な毒素に浸食された土地に適応し、自らを急速に進化させる動植物が発生し始めたのだ。

 異常進化を遂げた彼らは、既存の生物学ではとても説明できない不可解な形態を取っており、劣悪かつ過酷な環境を乗り越える為、強力な能力を有した現代の怪物と呼ぶべき存在となっている。


 生身で現代兵器を踏み潰し、魔術師をも凌ぐ身体能力を持つ彼らは、次代の生物兵器として注目を集めており、廃棄領域を持つ国家は制御研究を盛んに行っている。


 それは、日本帝国も同じである。


 国内に複数点在する廃棄領域には、それに隣接する形で研究施設が置かれている。


 その中の一つに、雷裂家所有の研究所がある。


《サンダーフェロウ》第八研究所。

 廃棄領域の怪物の研究を代表とした、バイオ部門の研究を一手に担う施設だ。


 外観は、もはや単なる研究施設という物ではない。

 一言で表現すれば、要塞だ。巨大で重厚さを感じさせるそれは、まさにその通りの役目を期待しての設備である。


 と言っても、想定している外敵は、研究を狙うライバル社やテロリストの類ではない。

 廃棄領域に住まう大怪物たちの暴走から身を護る為の物だ。


 そして、そんな施設に、先日、外部から一つの研究試料が運び込まれていた。


 ショゴスである。


 実の所、このショゴスは、第八研究所で扱われている怪物たちと、本質的には同じものだ。

 進化発展が自然の中で行われたか、それとも人為的に用意された環境下で強制的に行われたか、というだけの違いしかない。


 その為、次代の医療技術として期待されているショゴスの研究が、第一研究所から引き継がれたのである。


「経過は順調、しかし未だ問題は多く有り、と」


 ショゴスの無力化試験の責任者は、研究報告書を書き上げ、大きく身体を伸ばして固まった筋を解す。


 無力化試験は、順調に進んでいる。

 試験では、幾つかの個体は生物的本能を失い、完全な受動的物質へと変化した。

 しかし、何が要因で変質したのか、はっきりと判明はしておらず、これから様々な試験を繰り返してそれを絞り込んでいく所だ。

 また、無力化したショゴスが再び活性化しないとも限らない為、経過観察は必須事項である。


 責任者としては早急に研究を形にしたいとも思う。


 先日、高天原で起きた異界門事件が原因だ。

 彼はニュースで流れた程度の話しか知らないが、代わりにあの地を防衛していた人物、雷裂 美影の事は知っている。

 彼女とこの第八研究所は、それなりに縁があるのだ。

 だから、彼女の力量の程も知っているし、そんな彼女がいても猶、被害が大きく出たという事実は背筋を寒くさせるには十分な事実である。


 ショゴスの研究が完成すれば、医療技術は大きく進歩し、脅威からの犠牲者は大きく減るだろう。


 それが故に、彼は急ぎたいと思うのだ。


 とはいえ、だからと言って試験の段階を省略する訳にもいかない。

 ショゴスは神話の怪物の名を冠するだけの能力があり、無制限に解き放てば冗談でも比喩でもなく地球が滅びかねない。

 その為、試験は念には念を入れて、一切の不安要素を残す事無く行わなければならない。


 悩ましい、と思いながら、彼は次なる実験計画の立案に移った。


~~~~~~~~~~


「いやいや、あれを無力化するなど、面白くはなかろ」


 ショゴスの研究資料を盗み見ていた不可知の女性は、クツクツと面白そうに笑う。

 何か面白い物がないかと潜入してみたのだが、思っていた以上の成果である。

 是非とも手に入れたい所だ。


「さて、どうしようかのぅ。盗み出す事は簡単なのじゃが……」


 流石に最先端研究をしている施設とあって、セキュリティは非常に強固である。

 施設内に留まらず周辺地域にまで広がる監視網があり、内部には空属性による転移を阻害する防壁が築かれている。

 巡回する警備員は、皆、練度が高く、装備も非常に上等なものとなっている。


 気付かれずにこっそりと盗み出す事は可能だし、正面から奪い取る事も可能だ。

 如何に強固と言えど、女性の侵攻を阻止できる程のものではない。


 不安要素があるとすれば、雷裂 刹那の存在だ。


 あれとやり合うのは得策ではない。

 負ける気はないが、代わりに星への被害が甚大となってしまう。

 それは少々避けたい事態だ。


 密かに盗み出すのなら、それを考慮する必要はないだろう。

 幸いにも、向こうは己を認識する手段に乏しい。

 だから、隠密に徹していれば問題はない。


 しかし、それは面白くない、と思うのだ。


 女性の本質は、快楽主義者だ。

 合理性のみを追求して、浪漫の欠片もないシチュエーションは楽しくないと感じてしまう。


「やはり、こういう研究所で起こる事と言えば、バイオハザードが相場かのぅ」


 なれば、騒動を起こしつつ、目的物を奪取する事も可能となるだろう。

 単なるバイオハザードならば、余程でもなければわざわざ切り札が出てくる可能性は低いだろうが故に。


 女性は、昏い笑みを浮かべながら、その場から消えた。


~~~~~~~~~~


 廃棄領域内に棲息する怪物の内、利用価値があると判断され捕獲された者たちが保管されている倉庫区画。

 危険度の高い怪物たちがケージに囚われ、その中で眠っている。


「…………異常なし」


 二人組の警備員は、いつでも戦闘を行えるように構えながら、倉庫区画の見回りを行う。


 一匹でも逃げ出しては大惨事になりかねない。

 その為、こうした倉庫区画の見回りは最重要任務と言える。


 そうしていると、何処からか小さな金属音が聞こえた。


 寝返りを打った怪物がケージに身体をぶつけた音、と、判断するのは早計だ。

 確認もせずに決めつけるのは愚行だ。

 その小さな油断が、致命的な事故に繋がるのだから。


 相棒と頷き合った警備員は、魔力で肉体強化を施しながら音の発生源へと向かう。


「っ……!?」


 そこで見たのは、扉が開放されて捕えていた怪物の消えた無人のケージだった。


「本部! 本部ッ! こちら、第三倉庫!

 開放されたケージを発見! 番号、丁―2―4! 至急、警戒されたし!」


 悲鳴のような報告を上げる。


 直後、無数の金属音が倉庫内に鳴り響いた。

 顔を振って確かめれば、あちらこちらで鍵が開けられ、眠っていた筈の怪物たちがケージから出てくる姿があった。


「ッッッ!! 第三倉庫を封鎖してくれ!

 全てのケージが開放されている!」


 第八研究所に、けたたましい警報が響き渡る。

 本能的な恐怖を呼び覚ます警報に、第八研究所は蜂の巣を突いた様な騒ぎとなる。


 同時に、倉庫の入り口に隔壁が降り始める。


 内部にいる警備員に逃げ場が無くなるという事だが、最悪の場合、その様に命を投げ捨てなければならない事を覚悟して、この仕事をしていたのだ。

 今更、恐怖はない。


「少しでも削るぞッ!」


 相棒に言うが、その相棒は何処か遠くを見ている。


「どうした?」


 非常に勘の良い相棒の事だ。

 この事態の元凶――一度に全てのケージが開放されるなど事故とは考えられない以上、何らかの悪意ある者の仕業と考える事が自然である――を見つけたのかと思った。

 相棒――三面六手の猿は、警備員にその剛腕を伸ばし、捕まえる。


「ウキッ!」


 瞬間、視界がぶれる。

 魔王クラスの魔術師が全力で肉体強化しなければ到達できない速度で瞬発したのだ。


 辿り着いたのは入り口ではなく、天井近くの壁だ。

 ただ壁があるだけで隠し通路などのギミックはない筈のそこだが、


「キキッ!」


 阿修羅猿が手を伸ばせば、まるで何もないかのように腕が通り抜けた。


「幻術ッ!? この先に犯人がいるのか!?」

「キッ!」


 阿修羅猿が、そうだと頷く。


 警備員は、自らの力で通路に足をかけながら、相棒に言う。


「行けッ! 殺しても良いぞ!」

「ウキッキー!」


 全力でやれ、という指示に阿修羅猿は嬉しそうに駆け出して行った。


~~~~~~~~~~


 ショゴスの入ったカプセルを手の中で弄びながら、女性――始祖魔術師は上機嫌で歩いていた。

 予想していた通りに第八研究所は騒ぎとなっている。

 全倉庫の中にあったケージを開放してきたのだから、そうなるのは当然と言えば当然だろう。

 ついでに、中の怪物たちには幻魔術で狂騒状態にしてある為、力の限り暴れ回ってくれる。


 それだけの騒ぎとなれば、ショゴスのカプセル一つにまで気を回している余裕などないだろう。


「ふっふーん。まっ、少し歯応えが無さ過ぎてつまらないがの」


 歯応えがあり過ぎるのも問題だが、まるで無いのもそれはそれでつまらない。

 贅沢な悩みだと自身で思っていると、目の前の壁が派手に砕け散る。


「おんやぁ?」


 壁を貫いて現れたのは、一匹の猿。

 三つの顔と六本の剛腕を持つ、二メートルを超える巨躯の猿だ。


「こんな奴、いたかのぅ?」


 ケージの中にはいなかった様な気もする。

 しかし、全てをきちんと確認していた訳でもない。

 見逃しただけでもしかしたらいたのやも、と考える。


 阿修羅猿は歯を剥き出しにして、警戒心を強く顕わにした威嚇を振りまいている。


 強固な壁を貫く膂力を考えれば、きっと素晴らしく暴れてくれるだろう。


「うむうむ。良きかな良きかな。

 その調子で暴れるのじゃ……ぶっ!?」


 自分のしでかした事に満足しながら頷いていると、その慢心しきった顔面に強烈な鉄拳を叩き込まれた。


 水平に吹き飛び、壁にめり込む始祖。


「お、おぉご……。な、何じゃ? 偶然か?」


 幻属性で不可知化しているが、そこにいない訳ではない。

 故に流れ弾に当たる可能性はあり得る。

 そんな偶然の一撃が入ったのか、と思ったのだが、


「「グルアァァァァァ!!」」


 壁から抜け出した始祖を左右から挟み込むように、豪火を纏った猿と電流を纏った猿が体当たりをかました。


「うおぅ! 何なんじゃ、本当に!」


 羽衣を伸ばし、左右からの攻撃を防ぎ止める彼女。


 そのがら空きの正面から阿修羅猿が突撃。

 拳の乱打を叩き込み、再度、壁にめり込ませる。


「……見えておるのか、こやつら」


 一回二回くらいなら偶然だと思う事も出来たが、三回も続けばもはやそうは思えない。

 確信を持って攻撃してきている。

 始祖はその様に判断する。


「正体はよく分からぬが、見えておるのならば遊んでやろうぞ」


 前蹴りで追撃しようとしていた阿修羅猿を迎撃し、羽衣を蠢かせて豪火猿と雷電猿を投げ飛ばす。


 空中で身を翻した阿修羅猿は両壁に手を引っ掛けて勢いを殺し、弾丸の様に跳び出す。

 その速度は優に音速を超えており、脅威でこそないが、並外れた身体能力に始祖は感心する。


「生命の進化とは凄まじい物じゃの。魔術も無しにここまでなるとは」


 あるいは、魔力を宿した特殊個体なのか、とも考えた。

 阿修羅猿の身体能力は、明らかに身に付いている筋肉量に即していない為だ。


 しかし、すぐにその考えを否定する。


 簡単な話だ。

 魔力が感じられない。

 己に感じられない以上、そこに魔力は無いのだと断じられる。


 ならば、奴の身体能力は、筋肉の質が異常に良いのだろうと見て取る。


 タイミングを合わせて、左右から炎撃と電撃が飛来する。

 少しでも隙を作ろうという連携だろう。


 羽衣を盾にして軽く弾く。


 そうしている間にも阿修羅猿が到達する。


 武術の研鑽はない。

 ただ力任せの動き。


 だが、六本もの腕が繰り出す連打は、力任せに振るわれるだけで強力である。


 手加減した身体強化では、対処が追い付かない。

 数合で両腕を取られ、吊り上げられる始祖。

 無防備となった胴体に、豪拳が連続して撃ち込まれる。


 しかし、


「良い気分になれたかの?

 では、そろそろ終わりとしようぞ」


 白き布の刃が飛来し、彼女を拘束していた阿修羅猿の腕を切り落とす。


「ウキッ!?」


 解放された始祖は、体を捻り、拳を構える。


 一撃。


 防御した阿修羅猿の腕を砕き、更には胴体に大きな風穴を開ける一撃。


 血と肉を撒き散らしながら吹き飛ばされる阿修羅猿から視線を外した彼女は、両腕を左右に伸ばす。


 その先にあるのは、劫火と雷光。


 閃熱と雷撃が放たれ、左右の豪火猿と雷電猿を打ち据えた。

 半身が炭化して沈黙する二匹の猿。


 始祖は落としていたショゴスのカプセルを拾い上げながら、嘆息する。


「全く。あの男の周りには面白い物が多いのぅ」


 十分に満足した彼女は、転移阻害を貫いて、その場から消え去った。


~~~~~~~~~~


 騒動の収まった第八研究所に、漆黒の短髪を持つ少女――雷裂 美影は訪れていた。

 現場視察、というよりもお見舞いだ。


「……随分と派手にやられたね」


 火と血の匂いがいまだ立ち込める施設内を歩きながら、美影は呟く。


「はい。油断しました。

 ウッキー軍団の方々が応援に駆けつけてくれなければ、再起不能となる所でした」

「有難い事だけど、連中が守ってた縄張りは取られているだろうね。

 森の治安の為にも、取り戻すのに協力してあげないとね」

「それは勿論」


 ウッキー軍団。

 それは、幼き日の刹那が廃棄領域内で築き上げた、超能力を宿した猿の軍団である。

 兵器転用すら考えられている怪物の力に強力な超能力を宿した彼らは、廃棄領域内においても人類世界においても頭一つ抜けた戦力である。


 彼らは刹那をボスとして認識しており、彼の言う事ならば素直に従う為、廃棄領域内の治安維持を基本任務とし、また第八研究所の防衛にも手を貸しているのだ。

 ちなみに、美影の事はボスのメスとして認識しており、彼女の言う事は結構聞いてくれるし、美影自身も見る目があると可愛がっている。


「誰の仕業か、目星は付いてるの?」

「それが全く。《サウザンドアイズ》の履歴にも何も残っていません。

 ただ、三匹のウッキーが何者かと交戦しております。

 二匹は残念ながら息を引き取りましたが……シュサは生きております」

「へぇ。シュサが……。

 あいつも強いんだけどなぁ」


 少なくとも制限付きだと相手にならないくらいには強い。

 それを瀕死にまで追い込むとなると、最低でも魔王クラスという事だ。

 その上で、《サウザンドアイズ》にも引っかからない隠密能力があるとなれば、候補はかなり絞られる。


「それで? 他に何かある?」

「まだ確認中ですが、どうやらショゴスのカプセルが一つ、足りないようです」

「……あれが? それが目的?」

「可能性はあるかと」

「困ったなぁ」


 直接的に戦うなら然程の脅威ではないが、知らない所で増殖されると大変に危険だ。

 早急に対抗策を作り上げるべき事態である。


「まっ、取り敢えずは本人から話を聞いてみてからだねー」


 言って、美影はとある一室へと入る。


 病室の様なそこには、ベッドに横たえられ、包帯でぐるぐる巻きにされた阿修羅猿……ウッキー軍団副長であるシュサの姿があった。


「やっほー。お見舞いに来たよー、シュサ」


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