惨劇のパジャマパーティ
美影の性質は、天真爛漫な正ヒロインではありません。
どっちかっつーと、嫉妬全開な悪役令嬢です。
武力が伴うとこうなる。
「……おほん」
なんとなく重たくなった空気を変えるように、ラヴィリアがわざとらしい咳払いを入れる。
こちらが訊かれてばかりもつまらないので、そろそろ手番を代えても良い頃合いだろうと、彼女は雷裂姉妹へと水を向けた。
「シスター・カンザキ。そろそろ、貴女様方のお話を聞かせて戴けませんか?」
「僕たち?」
「異文化交流、なので御座いましょう? こちらに御教授してくれでも、よろしいのではありませんか?」
「まぁ、そうですね……」
美雲は、言葉に同意しながら、妹へと視線を向ける。
コイバナ、という趣旨である。一応は。
未だ、恋を知らない美雲は語る言葉を持たないので、どうしても話し手は美影に託すしかないのだが、不安しか感じられない。
(……この娘を標準だと思われるのは)
サンプルケースが美影一人しかいないので、どうしてもそれが地球人の基準に据えられてしまう。
恐ろしい事に。
自分も含めてだが、美雲は自分たちが地球人類の平均値から肉体的にも精神的にも大きく逸脱している自覚がある。
その価値観を語る事は、地球を誤解させる元である事は自明だ。
なによりも、自分も変わっているが、美影は更にヘンテコな娘である。
彼女を基準にされると、美雲が困る。
これが一番の理由だ。
自分が困らないのであれば、地球が誤解される分には全く構わないという本音は黙しておくに限る。
「だーいじょーぶだよ、お姉」
「……そう?」
「そうそう。だって、肉体的にはあれだけど、精神性ではどっこいどっこいな連中はいっぱいいるじゃん。方向性が違うだけで」
「……否定できないのがね」
類は友を呼ぶのか、朱に交わった結果赤くなっているのか、知り合いの中に変人は事欠かない。
友人知人を集めて石を投げれば、大体変人にヒットするだろう。
改めて考えると、なんとも悲しい現実であった。
「じゃあ、僕のお話をしよう!」
話も決まったので、美影が勢いよく口を開く。
のだが、すぐにその勢いは萎んだ。
「って、言っても、何から話そうか。生物的には、基本的に君たちの知ってる人間種と変わらないよ?」
「「「嘘吐けッ!」」」
否定の言葉がハモった。
当然だろう。
何処の世界に、上位種を相手に一歩も引かずに喧嘩を売っていく人間種がいるというのか。
加えて、先の戦いで見せた身体能力もある。
魔力が高い事は、まぁ無い事も無いが、スピリによって身体強化が解除されているというのに、全く戦闘速度に置いて行かれない高値をナチュラルで叩き出していた。
絶対にあり得ない。
「じゃ、そっからか。そうだね。簡潔に言うと、僕はそこの鬼ちゃんと同じなんだよ」
「……と、言いますと?」
「血の厳選さ。僕たち、雷裂の一族はね、有史以前、それこそ人間が人間らしい形になった頃から、延々と次なる進化を目指して血を重ねてきたんだよ」
ただ惨めに死にたくなくて。
だから、強くなろうとした。
それだけが発祥だが、それを何千年何万年と続けてきたのだ。
「そして、遂に実を結んだ。僕こそが新人類。雷裂の悲願にして、人類の至宝。超人っていう奴さ」
「ほへー、にたものどうし、とはおもってたけどー、ほんとににたものだったんだねー」
由来をちゃんと聞いたのは初めての事だった。
霊鬼の才媛を担うツムギとしては、増々親近感を覚えずにはいられない。
「その成果が、あの身体能力という訳であるデスカ?」
「まっ、それだけじゃないけどね」
トン、と床を軽く叩けば、床板が外れて隠されていた小瓶が現れる。
「じゃん。何だと思う?」
「毒であるデスネ」
「おっ、正解」
「……冗談のつもりだったのであるデスガ」
「まぁまぁ、そう言わず」
蓋を開ければ、僅かに蒸散するそれだけで、数々の修羅場を潜ってきた彼女たちの危険センサーが警鐘を鳴らす。
「……な、何で御座いますか、それは」
「廃棄領域の毒素の一種なんだけどね」
「はいき……?」
無視した美影は、今度は壁を叩いて開くと、奥からモルモットを引っ張り出した。
「……この施設は一体どうなっているので御座いましょう?」
あちこちにあれやこれやと仕込まれている様子に、ラヴィリアはとても不可解な表情を作った。
それは置いておいて、美影は取り出したモルモットに毒液を一滴垂らす。
「ヂュッ!?」
途端、短い悲鳴を上げた後、ドロドロに骨まで溶けて崩れ去った。
「ひょえっ!?」
あまりの威力に、皆が距離を取る。
それを笑いながら、美影は毒瓶を一息に煽る。
喉に流れ落ちる毒液を豪快に飲み干す。
「ぷはー、良いね。この胃が爛れる様な感覚。刺激的」
「だ、大丈夫なのですか?」
「まぁ、問題ないね。僕、毒とかって基本効かないんだよ。そういう風に出来てんだ」
「さすがにー、あたしはむりかなー」
強くありたい、を通り越して、雷裂の一族は生物的に進化を始めているのだ。
免疫機構の進化も例外ではなく、病気もしなければ、毒による暗殺対策も、身体機能として当たり前の様に搭載されていた。
ツムギは、流石にそこまでではない。
単純なステータスばかりで、そういう方向性は目指していなかった。
「どんなもんよ」
「……凄まじい物に御座いますね」
ひとまず、美影が特殊という事は理解できた。
地球の人間種の全てが、そういうものではないと分かっただけでも収穫である。
もしも、そうであったならば、あまりの恐怖に星の破滅と運命を共にしたかもしれない。
「ところで、キミの〝力〟はどうなっているであるデスカ?」
「あん?」
「感じられた魔力に比べて、出力が大きかったような気がするであるデスヨ?」
「ああ、それ」
美影の放つ黒雷は、彼女から放たれる魔力の圧に比して、おおよそ倍近い出力があった。
ノエリア人からすれば有り得ない現象である。
尤も、タネを知っていると、不思議な事など何一つとしてない当たり前過ぎる現象なのだが。
「ちょっと話したと思うけど、地球には魔力ってないんだよね、元々」
「……確か、ノエリア様が持ってきたものだと」
「そそっ。後から植え付けたものでね。でさ、もしもそうなら、地球には地球独自の力があったとは思わない?」
「まさか……」
にっ、と笑みを浮かべると、美影は両手を広げる。
右手には魔力の雷を、左手には超力の雷を、生み出す。
見た目には、全く同じものだ。
雷電でしかない。
しかし、肌で感じられる違いは、あまりにも大き過ぎた。
「……、……どうであるデスカ?」
「…………」
スピリの問いに、ラヴィリアは首を横に振る。
左手の雷からは、全く何も感じられないのだ。
それが、どれ程の脅威となるのか、よくよく理解できるが故に、表情を強張らせずにはいられない。
彼女らほどの戦士が舞う戦場では、魔力感知による事前行動が基本技能として使われる。
どうしても五感だけで世界を見ていると、死角も出来るし、なによりも反応が追い付かないのだ。
だが、もしもそこに感知不能でありながら、魔力にも匹敵する出力の攻撃が含まれていたならば。
為す術無く落とされる可能性が大きく高まる事を意味する。
「超能力って言ってね。まぁ、感じられないだろうけど。そんでもって……」
美影は、続いて両手の雷を重ね合わせる。
すると、紫電の色が、漆黒へと変貌した。
「これが、黒雷の正体。二つを等量で重ねると、こうなるんだよね。何でか知らないけど」
「見栄え、だけではないであるデスネ?」
「まぁね。効果は、等価。一の力には一の力を。それが何であれ、どんな物であれ、そこにあるのならば僕の雷を常に通用するんだよ。天竜だとか精霊だとかが持つ法則変換の能力にだって、ね」
「の、割には、ワレの権能には反応していなかった気もするのであるデスガ……」
「分かんないんだよ、何処を撃てば良いのかさぁ」
フリーレンアハトの法則変換は、目に見えて氷結領域が広がっていた為、その境界を狙って撃てば破壊出来た。
しかし、スピリの権能は、彼女と自分以外に影響をもたらさないが故に、何処にそれが存在しているのかがよく分からなかった為、対処が遅れに遅れてしまったのだ。
「まっ、今度は破壊してやるけどね! 二度も通用すると思うなよ!?」
「イヤー、通用して貰わないと困るのであるデスガ……」
対処されると、本当に困る。
妖魔種の強みが無くなってしまうではないか。
出来れば、永遠に感覚が掴めずにいて欲しい。
「で、それを踏まえて、そろそろ恋愛の話をしよう!」
「ああ、それが一応本題でしたね」
「……まぁ、見ていれば分かるのであるデスガ」
「勿論、お兄だよね!」
ほんの短い付き合いだが、それでも美影の心が刹那とかいう不思議生物に向いている事は明らかだった。
「僕にとって、お兄は高みなんだよ。目指すべき高み。聳え立つ巨峰」
美影は、ツムギへと視線を向ける。
「鬼ちゃんなら、分かるんじゃない? 全身全霊を賭してでも、猶届かない。そんなのに惹かれる気持ちは。それが、同族として存在していたら、どう?」
「……わからなくも、ないかなー?」
上位種たちや、更に上の天竜や精霊など、届かない高み自体には事欠かない。
しかし、同族で、となると途端に候補がいなくなる。
想像してみる。
もしも、そんな男がいたら、どうだろうか。
興味は、大きく持つだろう。
惹かれるかどうかまでは分からないが。
「僕は、新人類って言ったよね。でも、純粋な人類とは言えないんだ」
「? 何か、混じっているので御座いますか?」
「うん。君たちがね」
ノエリア人たちを指差す。
その指先に、魔力の雷を奔らせながら、彼女は語る。
「魔力は、地球人の力じゃない。だから、そういう意味では、僕たちは地球人とノエリア人のハイブリッド、とも言える」
「そういう見方をするならば、確かにそうであるデスネ」
「でも、お兄は違う。お兄は、純粋な地球人だ」
「……見てくれ、あれであるデスガ?」
「些細な問題だよ」
外見はともかく、超能力しか持たない刹那は、最後に残された純粋な地球人と言えるだろう。
「悔しいじゃん? 混ざったから負けてるのも。だから、隣に並ぶ巨峰になりたいと思ったんだ。追いつき、追い越せ、お互いに切磋琢磨できるように。それが強いて言えば、僕の恋の始まりかな」
「ホホゥ……」
「まっ、今は普通に愛してるんだけどね! お兄の全てがカッコいい! 素敵! 抱いて! むしろ一つになろう! 擬音語で言うなら、ドロッとかグチャッて感じに!」
「おや?」
なんとなく言葉がおかしな方向にぶっ飛んだ気がする。
「あー、それは、あれです。一心同体、という意味で御座いましょうか?」
「そうだよ? 一つの心と同じ体、素敵な言葉だよね? まさに僕の理想だ」
全くおかしな所などない、と言わんばかりに、美影は真顔で断言する。
その横で美雲は深く吐息しながら頭を抱えていた。
「端的な熟語で表現するなら、融合とか同化とか、大体そんな感じになりたいよね。愛する人とは。……ねぇ、そう思わない!?」
「……賛同は出来かねます。なにせ、恋も愛も分からない身の上に御座いますので」
「そっか。そうだったね」
ラヴィリアは、今ほど、自分に恋心というものが芽生えていなくて良かった、と心から思った事は無い。
まさか、ここまで異常な愛情表現に同意を求められる事になるなど、夢にも思わなかったのだ。
そんな倒錯的で破滅的な愛情表現など、色々とおかしな妖魔種でさえ聞いた事が無いものである。
「こ、これが異星人の求愛っ……!」
「違いますから。断じて一般的じゃないですから」
「チェッ、お姉、訂正しなくて良いのに。勘違いさせてた方が面白かったのにさ」
「あっ、やはり一般的ではないのですね。安心に御座います」
ラヴィリアはほっと胸を撫で下ろす。
「フゥーン、ホホゥ……? 純粋な唯一のチキュウ人、であるデスカ……」
それを横目に、スピリが楽し気に呟く。
妖魔種は、基本的に生殖による繁殖を行わない。
彼女たちの発生増殖方法は、精霊や天竜に近いのだ。
発生に必要なだけの歪みが発生し、集積した瞬間に、周囲にある物質を取り込んで一つの妖魔へと変化する。
スピリも、丁度あった仮面に歪みが宿り、近くにあった死体を取り込んで、今の形になった。
親や家族というものがそもそも存在しないのだ。
とはいえ、生殖機能がない訳でもない。
自身に宿る歪みを分け与える行為であり、つまりは弱体化に繋がるのでまず行われないが、絶対的にない訳ではないのである。
伴侶を選ぶ基準も、かなり一般的な生物とは違う。
なにせ、興味本位のみである。
そいつの末路を特等席から眺めたい。
そんな気持ちだけで伴侶を選ぶ。
その点で言えば、刹那はスピリのお眼鏡に叶う相手だった。
最後の純粋な異星人という、とても貴重な個体。
更には、人格的にも能力的にも規格外を極めており、どんな人生を送り、どんな末路を辿るのか、とてもとても興味をそそる相手である。
「良いであるデスネ。ワレに子種を恵んで貰うであるデスカネ」
「あっ、それは……」
呟いた瞬間の事。
美雲が何かを言いかけるが、それよりも早く、事は起こる。
バチッ。
と、放電の音が聞こえた。
「「「……えっ?」」」
皆の困惑の声が重なる。
なにせ、その音を認識した瞬間には、スピリの首が消えてなくなっていたのだから。
力を失って、彼女の首無しの身体が崩れ落ちる。
そこに、雷を編んだ剣が突き刺された。
胸に一本、四肢に一本ずつ。
虫の標本の様に釘付けである。
頭上に影が差す。
クルクルと回るそれは、頭上に飛ばされたスピリの生首だ。
パジャマパーティ、という席に配慮したのだろうか。
血飛沫がばら撒かれないように、傷口はしっかりと焼き潰されているらしい。
落ちてきた生首を、下手人――美影が無造作に掴み取る。
紫色の髪を乱暴に掴んでぶら下げながら、至近距離から真正面に視線を合わせて覗き込んだ。
「ひえ……」
スピリの口から、思わず悲鳴が漏れた。
暗黒。
何処までも続く奈落のような漆黒の瞳が、そこにはあった。
感情らしい感情が浮かんでいない。
魂ある生物の目とは思えない、深淵の暗さばかりが広がっている。
「いいか、よく聞けよクソピエロ」
面白ピエロ、愉悦ピエロからクソピエロに格下げされた瞬間である。
「これは警告だ。一回目、かつ冗談だったから、これで許してやる。次はない。いいな?」
「え、あ、アノ……」
「ああ、そうだ。一応、訊いておこうか。僕は優しいからね。お前のリクエストくらいは叶えてあげるよ」
「ふぇあ?」
「山と、海と、太陽と……どれが好きかな? 好みの場所に死体は捨ててあげるよ?」
「え、えっと……」
「ん?」
「ごめんなさいごめんなさいであるデスヨ! 許して欲しいであるデスネ! た、たぁすけてぇ……!」
「……仕方ないね」
言って、美影はスピリの生首を解放する。
胴体に突き刺さっていた雷剣も溶けて消え、自由になった身体がさめざめと泣いている生首を回収した。
一瞬の一幕であった。
呆気にとられていたラヴィリアは、我に返ると美影……ではなく、美雲へと声を投げかける。
だって、怖いし。
「ミス・ミクモ、説明を……!」
「ああ、あの子、独占欲の塊ですから。私の事だって気に食わないと思っていますもの。赤の他人が手を出そうものなら、ねぇ?」
「い、いえ、そちらではなく……、ああ、いえ、それも大変に有難い情報なのですが、どちらかと言えば、何をしたのか、という方が……その……」
「ああ、そっち? 別に、大した事ではありませんよ。雷を纏った手刀で首を落としただけです」
「……私にも気づかれずに、で、御座いますか?」
「気付かれないようにやっていますからね」
ラヴィリアの目をして、まるで斬首の瞬間が見えなかった。
仮にも、美影の雷速を知っていて、それを知覚できるように意識していたというのに、である。
それに対して、美雲は事も無げに言う。
「あの子、本人の気質があれだから勘違いされていますけど、習得してる技能的には、完全に暗殺者なのですよ。決して、正面切って戦う戦士なんかではありません」
暗殺の本質は、気付かれないよう、気付いた時には遅くなるよう、事を行う事にある。
美影は、そういう技能を多く習得している。
雷裂家の進化が始まる以前の、まだまだ自然界において虚弱な〝人間〟だった頃に、そうした技術の多くが編み出され、今も猶、受け継がれているのだ。
雷裂の蔵に籠って、現存する全ての技を習得した美影は、必然、そうした技能の方が多くなってしまっていた。
「お気をつけ下さいな。あの子が本気で殺しにかかると、本当に気付いた時には死んでおりますから」
「……肝に銘じておきましょう」
ラヴィリアは、美雲からの警告を素直に受け取る。
自身の首を抱いて、シクシクと泣いている怨敵の哀れな姿を見つめながら。
惨劇はまだ終わらない……。
なにせ、反応の色の足りていない奴がいるから……。
という訳で、18時に続きをば。




