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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
324/417

標準的地球人類

 場所を変え、『崩壁の誓い』の面々は簡素な会議室へと通されていた。


 飾り気はまるでなく、何処までも実用性のみを追求した様な部屋である。

 円卓や椅子があり、中央には立体投射型の映写機があるだけだ。

 尤も、傍目から見ると、やはりこれも何の飾り気もない黒い板にしか見えないのだが。


 座って待つ者たちの表情は、硬く、緊張感が浮かんでいる。


 理由は二つ。


 一つは、これから相対する事になる者たちへの警戒心だ。

 デモンストレーションの効果は目覚ましく、異星人、あるいは人間種への評価は彼らに危機感を抱かせるほどの物となった。

 ひとまずは、いきなり刃を交えて殺し合おう、というつもりではないらしく、話がしたいという事だ。

 しかし、その目的が分かっていない以上、話し合いの末に殺戮へと推移しても、何の不思議ではない。

 なにせ、相手は異星人だ。

 名目上は人間種と謳っているが、中身は自分たちの知るそれとはまるで違う。

 実力もそうだし、精神性も、である。

 警戒に値する。


 そして、もう一つの理由として、ここが既にアウェーであるという事が挙げられる。

 この場が、その相手が用意した場である、というだけの話ではない。

 いや、それで確かに合っているのだが、この場合はその言葉で想定される状況よりも、更に悪いと言えよう。

 なにせ、宇宙の彼方である。

 恒星系内である事だけが救いであり、母星は遥か遠くに小さく見える程度の距離だ。

 これが敵地でなくば、なんというのか。あの骨空間のような化け物の腹の中ではないというだけが救いである。

 放り出されると、ほとんどの連中が打つ手がないという意味では、あまり変わらないのだが。


 マジノライン終式【ノアの方舟】。


 と、言うらしい。

 異星人どもがここまでやって来る為に使用された、恒星間航行を可能とする宇宙船である。


 これだけでも、大概にオーバーテクノロジーである。

 少なくとも、現在の惑星ノエリアでは、その総力を結集しても、いまだそれだけの物を作り出す事は不可能なのだから。

 先に見せられた実力と含めて、彼らの心中は穏やかではいられない。


「アハー、すっごい不機嫌な顔であるデスネー。心がポカポカするであるデスヨ!」


 そんな中で、空気を読む気の無い軽快な声がある。


 スピリである。


 彼女は、小馬鹿にした仮面で、小馬鹿にした仕草で、憮然としているラヴィリアとゼルヴァーンを煽っていた。


「負けてー、負けてー、とっても悔ちいであるデスネー? ンー? キヒヒャヒャ!」

「「…………」」


 それはもう、心底楽しいと言わんばかりに嘲笑う。


 天使と竜人は、無反応だ。

 ひたすらに無視する。

 怒っていない訳ではない。

 ただただ、反応した時点で苛立ちは加速するだけだと、これまでの経験則から知っているので努めて無表情を貫いているのである。


 ――――あー、殺したい。


 彼らの内心は、この一言で満たされていた。


「……負けたのはあんたもじゃあ、ねぇのかよぅ?」


 その代わりに、話に割り込んで来たのはガルドルフであった。

 彼は頬杖を突きながら、呆れた様な視線で問い掛ける。


「アハー、ワレは勝ちに拘ってないであるデスカラネー」


〝笑えるような一生を!〟


 これが、妖魔種の生き方であり、スピリもその例に漏れない。

 勝負をしたならば、やはり勝ちたい気持ちは勿論持っている。

 だが、それ以上に重要なのは、その結果として面白くなるかどうか、という点にある。


 もしも勝てたのだとしても、愉快な結果にならないのならば、スピリは気分を害するだろう。

 逆に、もしも負けたのだとしても、それが愉快な結末に繋がるのならば、それは彼女にとって望むべき結果と言えた。


 例え、負けて屍を晒す事になろうとも、である。

 妖魔種は、まともな生物的肉体をしていないので、死んでも屍は即座に朽ちて残らないのだが。


 それを踏まえた上で、此度の戦闘結果である。


 負けた。

 それはもう、ケチの付けようが無い完敗である。


 だが、生きている。

 そして、己を負かした人間種(?)たちは、ごく短時間接しただけだが、自分に、自分達に負けず劣らずに愉快な性質をしていると感じた。

 これから先、どんな阿呆を仕出かすのかとワクワクさせるような連中である。


 ならば、これはスピリにとって、悪くない結果だ。

 負けたのは悔しくもあるが、これからの期待を思えば安い代償とも言える。


「デモ、こいつらは違うであるデスカラ!」


 そんな事をツラツラと述べた後、彼女はラヴィリアとゼルヴァーンを指差して嗤う。


「己達こそが! 神々に創られし至高と謳っておきながら! それでたかが最下位である人間種に土ペロさせられたのであるデスヨ! もぉー腹が捩れて涙が止まらないであるデスヨ! クッソ嗤えるデスネ!」

「……んあー、分かったからよぅ。もうちっと、音量下げねぇかあ? 隣の席の連中が震えてんだけどよぅ」


 ガルドルフの指摘の通り、無表情を貫きつつも臨界に達しつつある憤怒が魔力となって漏れだしており、隣の席に座る者たちはその圧を受けて震えていた。


「アッハッハッ! ダーイジョーブであるデスネ! そんな八つ当たりは、こいつらの矜持とやらが許さないであるデスカラ! アハー、強者を謳うのはタイヘンであるデスネー? キヒヒヒヒッ!」


 これだけ挑発されても、それでも無言を貫く辺り、ラヴィリアとゼルヴァーンの精神力は確かな強度を有していると言えるだろう。

 尤も、内心は腸が煮えくり返る、なんてものではないのだが。


 このムカつくピエロを、どうやって人知れずに抹殺してやろうかと、脳裏でずっと考え続ける事でなんとか鬱憤を消化して心の均衡を保っていた。


(……そのうちー、ばくはつするんじゃなぁいー?)


 ツムギは、飽きる事無くひたすらバカにし続けるスピリと二人の様子を見ながら、小さくガルドルフへと囁く。


(……俺様もそう思うけどよぅ。止めらんねぇしなぁ)


 ツムギとガルドルフの二人だけでは、上位種三人組の喧嘩など仲裁できる訳がない。

 それは、先程までの戦闘で証明されている。巻き込まれないように逃げる事しか出来ないだろう。


 さっさと来てくれないか、と心待ちにしていると、ようやく入り口の扉が開いた。


「やぁやぁやぁやぁ、待たせてしまったね愚民ども! 少々モルモットの調子が面白い事になっていて、ついつい時間を忘れてしまったよ!」

「ごめんねー! 良い子に待ってたかなー!?」

「申し訳ありません」

「テメェら、遅ぇんだ……、っ!?」

「オォウ……。モンスター、であるデスネ」


 テンション高く入ってきた雷裂三兄妹たちに、ガルドルフは文句を付けようとした。

 だが、その姿を見て、言葉を飲み込んでしまう。

 スピリもまた、煽り芸を止めて、その姿に絶句させられてしまった。


 大きさは、標準的な人間大である。

 しかし、まともなのはそれだけだ。

 その他の部分において、生物的に大いに問題があった。


 胸には大きく風穴が開いており、その中心には太い血管で繋がれた心臓が吊るされて外気に晒されている。

 頭部は、上部半分が消えている。

 代わりに、肩幅程もある巨大なピンク色の脳味噌が、まるで帽子の様に載せられていた。


 何処からどう見ても、ただの怪物(モンスター)でしかなかった。


 最近慣れてきたガルドルフでも、正直、絶句せずにはいられない。

 ついでに、慣れていない他の面子は、武器に手を伸ばさずにはいられなかった。

 反射的に攻撃を仕掛けなかったのは奇跡と言えるだろう。


~~~~~~~~~~


「……それさー、なにー?」


 一足先に我に返ったツムギが問いかける。

 刹那は、質問の内容が向かう先を察して、剥き出しの心臓と脳ミソを軽く撫でつつ答える。


「ふむ。心臓や脳があるべき場所にない事が、どうやらお気に召さない様なのでね。簡易的に取り付けておいたのだよ」

「…………付けりゃ良いってもんじゃあねぇだろうよぅ」

「常識人ぶっていても人生辛いだけだぞ、灰狼君。どうだろう。既成概念を振り払う為に、私の爪の垢……は、少々汚らわしいか。代わりに、心臓でもどうかね? 新鮮だぞ?」

「……いらねぇー」


 剥き出しの心臓を取り外して、鼓動し続けるそれを差し出すが、ガルドルフは嫌そうに顔を顰めて拒絶する。


「アッ、ワレは欲しいであるデスネー」

「では、進呈しよう」


 代わりに手を上げたスピリが、新鮮で元気な心臓を受け取る。


 本当に人間種なのか、というか生物なのかすら怪しい生命体の心臓である。

 悪用しようと思えば、色々と楽しい使い道が次々に思い浮かぶ。


 どう活用しようかと思いつつ心臓を握るスピリだったが、


「がぶっ」


 次の瞬間、気付けばその手が手首まで食らい付かれていた。


「あいった!?」


 手首諸共、一息に噛み千切られる。

 噛み千切った下手人――美影は、噛み切ったそれを一呑みにしつつ、スピリを睨みつけた。


「お兄は僕の物だよ! 肉片一つあげないからね!?」

「え、えー……。言う事がそれであるデスカー」


 独占欲も大概だし、その結果として食べてしまうのもどうかと思う。

 そんな引き気味の視線を物ともせず、美影は胃の辺りに手をやりながら、恍惚とした表情で頬を赤く染めた。


「あっ、お兄のおっきい心臓()が、僕の(なか)でビクビクしてる……」

「ふむ。言葉だけ聞くと、とても卑猥な感じに聞こえるね」

「いや、猟奇的じゃあねぇかよぅ。どぉ考えてもよぅ」


 ドン引きである。

 真面目な性分であるラヴィリアは、蒼褪めた表情で呟いた。


「これが、人間種の愛情表現……!」

「これを標準にしないで下さいな。ガチで」


 美雲が、本気で否定する。

 それもそうだろう。

 最近、性欲と食欲が混戦してしまっている弟と妹である。

 こんなのを人間の標準だと思われては、いい迷惑なんてものではない。


「しかし、賢姉様。方向性は違うが、同レベルの輩どもは数多くいると思うのだが……」

「……それを否定できないのがね」


 地球人類の悲しい真実であった。


前置きが長くなった……。

いつもの事だけど。


次回、モルモット(現地人間種)を指差して笑う会、開催。

まで行けたらいいなぁ……。

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