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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
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シャコ式マッハパンチ

『さて、そろそろ私の出番のようだね』


 神経を逆撫でするような、非常に耳障りな声が世界全体から響き渡った。


 上位種勢は、なに、と思いつつ天地を見回す。


 下位種勢は、もう、と思って戦闘状態を緩めた。

 ガルドルフだけは、心底安堵していたが。

 スピリに捕捉されないように全速力で走り続けていたので、息がかなり限界だったのだ。


 世界が胎動する。

 まるで鼓動するように、天が、地が、包み込む世界の全てが不気味に揺れ動いていた。


 骨に埋め尽くされた世界。


 ここは、一体何処なのか。


 今まで上位種の面々は、あまり気にしていなかった。

 星の何処かであろう、くらいの認識だった。

 あるいは、せいぜいで空属性による人造異界の類いだろうと、それくらいだ。


 それは、間違っていない。

 この場は、とある場所を空間拡張して形作られている。


 だからこそ、彼らの命運は既に決していると言えた。


 何故ならばここは、()()()()()()()()()()()


 骨の世界が崩れ落ちる。

 バラバラと、脆く儚く、瞬く間に崩壊した。


 内部にいた者たちは、天地の失われた虚空へと放り出される事となる。


 宇宙とは違う。

 重力もある。空気もある。

 ただ、それ以外の何もかもが無いだけだ。


 崩れた骨が虚空の一点へと集中していく。


 骨星。


 世界を構成していた全ての断片が一つに組み合わさり、小惑星ほどもある禍々しい球体を作り上げる。


 その中から、鼓動が打ち鳴らされていた。


 まるで卵のようだと、天使も竜も悪魔も思った。

 何かが生まれようとしていると直感する。

 それを生まれさせてはならない、とも。


 しかし、動けない。

 奇妙な圧力が彼らの身体を硬直させていた。


『――――見事。御見事と、言わせて貰おう。実に素晴らしい』


 先の声が、朗々と響き渡る。


『まさに野生の摂理。強者が弱者を抑えつけ、弱者は強者を食い破らんと抗う。意地と矜持の張り合い、ぶつかり合い。称賛に値する』


 鼓動が徐々に早くなっていく。

 それは不吉を予感させる、破滅へのカウントダウンのようだった。


『行き着く所まで行き着いて欲しい。最後に立っている者は、あるべき位置を堅固した強者か、はたまた下克上を果たした弱者か。その果てを見てみたいと思う』


 骨の隙間から、妖しい光が漏れ出る。


 もはや遅い。

 中身は出来上がっている。あとは、生まれ落ちるだけだ。


『いや、しかし、それは困るのだよ。これはただの〝見世物〟でしかないのでね。殺し合いになって貰っては困るのだ』


 星が割れる。

 卵を割るように、左右に分かれたその中から、妖しい光を帯びた粘液と共に、全ての元凶たる生物が生まれ落ちた。


『――――故に、水を差させて貰おう』


 それは、虫だった。


 銀色の外殻。

 足はバッタのそれのようで、四本の腕はカマキリの腕とシャコの腕を一対ずつ備えている。

 背中にはトンボのような薄羽があり、頭には前後左右に二本ずつ、カブトムシとクワガタの角が並んでいる。

 口元はアリの口の形をしており、その奥には蚊のような管口があった。

 ギョロリ、と、それだけは哺乳類のそれのような眼球が、しかし数だけは虫の複眼のように寄り集まった醜悪な目が、この場にいる者たちを睥睨する。


『さぁ、私が相手だ』

怪蟲種(バグ)かッ……!」


 顕現したキメラインセクトとも言うべき姿に、上位種衆は最大級の敵意を見せた。


 怪蟲種(バグ)

 それは、惑星ノエリアにおいては禁忌の存在だ。


 生命誕生以来、様々な種族が発生しては滅亡してきた。

 知性ある種もあれば、知性なき種も、等しく栄枯盛衰の運命を辿って今がある。


 だが、そうして消えていった種の中で、唯一、精霊種と天竜種によって直々に滅ぼされた種族がある。


 それが、怪蟲種である。


 彼らは、自らを至高の種族と称し、あらゆる他種族を滅ぼして星の支配を目指した種族であった。


 それだけならば、天上の彼らを激怒させる事はなかった。


 しかし、問題はその手段にあった。


 彼らは、他種族を滅ぼす為に、星さえも殺してしまいかねない最悪の環境汚染をやらかそうとしていたのだ。


 それが、逆鱗に触れる事となった。


 星の守護者である精霊と天竜は、星を破壊する因子を許しはしない。

 後世にその因子を残してはおけぬと、文字通りに草の根を分けて根絶やしにしてしまう結果へと発展した。


 天翼種も、地竜種も、妖魔種も、旧き種族である。


 だから、知っている。


 怪蟲種の脅威を。

 至高種たちの激怒を。

 そして、両者の激突による、凄惨な戦争を。


 故に、敵意を向けずにはいられない。

 再び惨劇を起こさない為に。


「そうであるデスカ。背後には、オマエらがいたのであるデスカ」


 歪曲権能【世界ハ改竄ヲ許サナイ】。


 スピリは、美影へと向けていた権能を解除し、改めて怪蟲種へと差し向ける。


「愚劣なる者よ。世界はお前たちを許さない。許しはしない」


 竜力【殲形】。


 ゼルヴァーンは、全刃翼を展開し、みずからのように竜鱗の全てを鋭く変形させた最大攻撃形態でもって、怪蟲種へと向かう。


「至高なる方々に訊ねるまでもありません。今ここで、滅びなさい」


 天槍【洸翼征罰】。


 ラヴィリアは、自身が壊れかねない程のエネルギーを汲み上げて編み上げた、天翼種最強の槍を構える。


 上位種の中でも最上位に位置する者たちによる、全力の敵意。


 天竜とて、正面から受け止めればただでは済まない威力を前にして、しかし当の本人は悠長なものだった。


「お兄、お兄。フォルム戻したの?」

『邪神形態はどうにもウケが悪いようなのでね。中々の造形美だと気に入っていたのだが……時代を先取りし過ぎたようだ』

「んー、時代の問題じゃないんじゃないかなー」

『しかし、これもウケが悪いようだね。芸術はいつの世も理解されがたいらしい』

「カッコいいと思うんだけどねー、僕は」


 連弾を解除し、平素通りに戻った美影が、怪蟲種の首に絡み付きながら、呑気な会話をしている。

 二人の様子の中に緊張感はまるでなく、つまりは上位種三人を脅威と認識していないのだろう。


 それが、更に火に油を注ぐ。


「「「……っ!!」」」


 言葉はいらない。

 ただ万感の殺意を込めて、攻撃を放つだけだ。


 死を具現化したような攻撃が、幻死が、剣幕が、天槍が、迫る。


『ふっ、笑止』


 怪蟲種――もとい、人間種の刹那は、それらを見渡して不敵な笑みを浮かべる。


 知らないし、分からないとはいえ、この程度で殺せるなどと思われるとは、笑わずにはいられない。


 ガルドルフのように分を弁えてさっさと逃げていれば、可愛げがあるものを。


(……いや、あれはあれで分を弁え過ぎていて苛立つものだが)


 刹那の声が聞こえた瞬間、ツムギを回収して最速で逃げていった狼に対して、微妙な感情を抱く。


 自分のメスを見捨てない辺りは好感を持てるのだが、殴る訳でもないのに逃げていくのはどうかとも思う。

 仮にも共犯者なのだから、最後まで見届けていくのが筋なのではないかと。


 まぁ、余波で巻き込む可能性はあるのだが。


 ともあれ、不義理なガルドルフを理不尽に責めるのは後の楽しみにして、目の前の現実に目を向ける。


 流石に上位種と自他共に認めるだけあり、真正面から受け止めれば如何に刹那といえども、無事では済まない――死ぬとは言っていない――威力を孕んでいる。


 回避する事は簡単だ。

 空間封鎖もされていない以上、普通に転移してしまえば良い。

 ここは、刹那の腹の中なのだから、とても簡単な事である。


 しかし、それは望ましくない。

 デモンストレーションはまだ終わっていないのだ。

 美影の破壊力は見せつけたが、それだけではまだ足りない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 であれば、ここで刹那の威力をもって、自分たちの計画の実現性を証明してやらねばならない。


 つまり、やるべきは真正面からの迎撃である。


『身体強化を剥がすなど、無駄な事だよ』


 スピリの権能によって、刹那の強化は剥がされている。

 出力差を考えると微々たる影響であり、更なる強化を行う事は出来る。

 だが、敢えてそのままの状態で臨む。


 超常エネルギーによる肉体の強化が行えないのならば、そもそもの肉体自体を強化改造してしまえば良いのだ。


『時代はパワードスーツではなく、サイボーグなのだよ……!』


 という訳で、肉質をより上等に、骨密度をより頑強に、遺伝子レベルで変身させていく。

 見た目こそ変わらないが、刹那の内部構造は生物的な部位の方が少なくなっていく。


「お兄って、ホントに拘らないよねー」

『ふっ、愛する者たちが受け入れてくれるからね』


 真っ当な人間である事に、一切の執着がない兄の様子に、美影は面白がるようにコメントした。


 それに、刹那は正直な心情を吐露する。


 美影が、美雲が、人外である事を忌避するような性格をしていたならば、彼は意地でも人間の姿と生態を維持していただろう。

 しかし、そうではない。

 姿形がどうであれ、刹那が刹那であるのならば、彼女たちは素直に受け入れて愛してくれる。

 ならば、躊躇う必要はない。

 状況に応じて、あるいは気分次第で、好き勝手に自分を作り変えるのだ。


 刹那は、中心にに位置しているシャコのような一対の腕を構える。


『骨格ジャッキ、セット! バネ式筋肉、スタンバイ!』


 ギリギリ、と、腕の中に物理法則に則った剛力が練り上げられる。

 文字通りに、内部構造が生物の形をしていない為に可能となる、まさに人外の力である。

 どちらかと言うと、工業機械のようだが。


 そこに、彼の原初にして最も威力の高い〝力〟を載せた。


『吹き飛びたまえよ』


 必殺【シャコ式念力マッハパンチ】。


 通常の念力パンチに比べて、遥かに速度に秀でた一撃が放たれた。

 ちなみに、速度はマッハなどというレベルではない。

 語呂が良かっただけの命名だ。


 星を揺るがす力は、真っ先にラヴィリアの天槍と衝突し、一瞬の拮抗すら許さずに砕いて霧散させた。


「なっ!?」


 渾身の力を込めて捻り出した全力の一撃が、儚く貫かれた事に彼女は目を丸くして絶句する。

 あるいは、そこで止まらずにせめて防御を固めていれば、続く攻撃に耐えられたかもしれない。


 しかし、全ては仮定の話。


 そうはならなかった。

 それだけが結果である。


 天槍を貫いたマッハパンチは、続いて剣山のような有り様となったゼルヴァーンへと激突する。


 破砕する。


「っっっ!!?」


 絶大な威力を前にして、頑強を誇る地竜の竜鱗の悉くが粉砕された。

 そして、威力は彼の体内にまで響き、内部で破裂する。


 声にならない断末魔の如き悲鳴を上げて、ゼルヴァーンは口と言わず、全身から血を吹き出した。


 そして、彼を中心として破裂した威力が、衝撃波となって周囲を席巻する。


 大気が爆ぜた。


 絶句から立ち直りきっていなかったラヴィリアは、堪らず吹き飛ばされる。


「ちょっ!? ワヒャッ!!?」


 スピリは、天槍が貫かれた時点で逃げの姿勢に入っていた。


 しかし、権能は彼女にとってもマイナスに働く。


 刹那の身体強化を剥がす為に、自身の強化も全て失っていた彼女が逃げきれる訳もなし。

 背後から襲ってきた衝撃波に容易く飲み込まれ、強化していないスピリの肉体は、粉々に砕け散るのだった。


『我が勝利。当然の結果だが』

「大惨事って感じだよね。残量、大丈夫?」

『実はかなり心配だ。今と同じレベルの攻撃は、あと一、二度ほどだろう』


 母星との接続が切られている刹那は、彼自身の自己回復能力以外でのエネルギー補給が出来ていない。

 おかげで、〝星の守護者〟らしい力に大きく制限が掛けられているのだ。


 実は、もう底を尽く寸前である。


『さて、これで終わり。……と、言いたい所だが、仕留め損ねたな』

「仕留めるって言ってあげないでよ。まぁ、仕留め損なってるけど」


 決して命が欲しい訳ではない。

 重傷だが、ゼルヴァーンは生きているし、ラヴィリアも気絶しているだけで致命傷は無い。


 但し、一人だけ、見事に逃げおおせている者がいた。


 刹那は、美影を背に乗せたまま移動する。


 やってきたのは、無数の肉片が散らばる位置。

 そこに一つの品があった。


 仮面。


 ニヤケタ顔の、人を小馬鹿にしたような造形の仮面だ。


 そのすぐ脇に、刹那はカマキリの腕を突き立てた。

 そのギリギリの位置に落とされた刃に、ビクリと仮面が震えた。


「…………」


 それでも、誤魔化せるとでも思っているのか、仮面は反応しない。

 それが当然の筈だが、刹那はそれに生命と知性があると確信している様で、さも残念とでも言うように吐息した。


『成程。遺言は必要ない、と』


 挟み込んだ鎌を、ゆっくりと閉じていく。

 刃が仮面に食い込み始めた所で、突如、仮面は身を捩るように動きながら、大声を上げた。


「あ、アァ~~~~!!? 食い込んでる! 食い込んでいるであるデスネー!」

『あとちょっとで両断だ。我慢したまえ』

「い、嫌であるデスヨォ! 死にたくないであるデスネー!」

『では、言うべき事があるのではないのかね?』

「こ……」


 じっと不気味な無数の瞳で見詰められた仮面――スピリの本体は、絞り出すように言った。


「降参、である……デス、ハイ」

『良かろう』


 降伏宣言に満足した刹那は、スピリの仮面を解放する。


 すると、すぐに靄に包まれたと思ったら、元通りの肉体を再構築する。

 周囲に散らばっていた肉片は、霞のように消えていた。


 それを見ながら、美影は呆れた視線を送っていた。


「……幻術使いって、これだから嫌いなんだよ」


 嘘と真の境界が曖昧となり、何処までも死ににくいから。

こいつが出た瞬間から、あらゆるシリアス成分が消えるという。

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