天上に地獄あり
本日三話目ー。
全周囲から襲い来る光矢の弾幕。
避ける余地のない覆い尽くす様な攻撃に、しかし美影は一寸の恐れを持たない。
雷弾を投げる。
エネルギー量として、光矢には遠く及ばない小さなもの。
撃ち落とすにはまるで足りない。
しかし、それは正面から撃ち合えばの話。
撃ち込む角度によっては、ほんの僅かに軌道を逸らさせる事くらいは出来た。
ほんの僅かな、人一人がギリギリで通れる程度の隙間。
加えて、それが維持される時間は一瞬に等しい。
だが、そんな場所に、美影は躊躇なく飛び込んだ。
常人ならば躊躇いを持つだろう些細な活路だが、彼女にとってはなんという事も無い当たり前の活路でしかなかった。
それが出来るからこそ、天才と言われるのだから。
「そうでなくては……」
ラヴィリアは、活路を切り開いた美影を見て、嬉しそうに呟く。
本気を出すに足ると、認めたばかりである。
こんなつまらない事であっさりと終わってしまっては、自分の見る目がないと逆に言われかねない。
だから、突破してくれた事は喜ばしく思う。
ラヴィリアは、槍に魔力を通して構える。
光矢の配置は、決してランダムではない。
彼女が決めた。
故に、彼女には分かっている。
何処に抜け道があるのか。
最も手っ取り早く、安全に抜け出る事が出来るのか。
そして、だからこそ、その出口もまた、彼女には分かり切っている。
「穿ちなさい」
槍の固定具を外し、連接剣となった刃を出口に向かって射出する。
到達と同時に、美影もまた弾幕の中から飛び出してきた。
莫大な魔力を秘めた一撃だ。
今回は、素手で挟み止めるなどという曲芸は出来ない。
今度こそ貫いた、と思った。
だが、現実はそれを裏切る。
「ほいっ!」
美影が、両手を合わせて刃の前に掲げる。
盾のつもりか、と思った。
防げるものか、とも。
身体強化が作用している状態ならば、あるいは、とも思えたが、それが剝がされている今、彼女の耐久力は生物の範疇を出ない。
であれば、両手程度の壁など無いに等しい。
諸共に貫ける、と思ったが、しかしそうはならない。
停止する。
音も無く、慣性も無く、まるで最初から動きが無かったかのように、連接剣の伸長が止まった。
「はっ……、何、が……」
意味の分からない現実に、数瞬、思考が空転する。
その隙に、伸びきった連接剣を足場にして、美影が駆け抜ける。
彼女が拳を振り被る。
白の燐光を纏った黒の拳帯の巻かれた拳を。
ラヴィリアは、咄嗟に開いている左手で彼女の拳を受け止めた。
所詮は、人間種の拳。
強化された自分なら問題なく受け止められる、筈だった。
「リリース!」
瞬間、美影の声と共に、拳帯の燐光が膨れ上がった。
燐光は閃光となり、衝撃を伴って広がる。
打撃。
「くあっ!?」
「はっはー! 油断したねー!」
溜め込まれた威力を打撃として返されたラヴィリアが吹き飛ぶ。
その無様な姿を、美影は指差して笑った。
「……くたばりなさい」
正直な気持ちが口から零れ、ラヴィリアは魔力をかき集める。
空間打撃。
彼女の拳に合わせて、美影を中心とした広範囲の空間が丸ごと揺れる。
範囲内の全てを粉々に打ち砕く見えざる神の一撃だ。
ただの生物に耐えきれる物ではない。
「今だっ!」
だというのに、美影は何かに集中するように目を伏せて、駆け抜ける衝撃に身を委ねた。
そして、実際に耐え切る。
全身の皮膚が裂けて血が噴き出すが、しかし致命傷には至っていない様子である。
「くぅ~! ちょっちズレた! 難しいなぁ、これ!」
「……本当に生き物に御座いますか?」
「失礼な疑問だなぁ、もぉー!」
「では、もう少し試させていただきます」
槍の一閃。
その軌道に合わせて、極大の魔力刃が放たれた。
その太さは、もはや刃ではなく壁の様相であり、美影を容易く飲み込んだ。
ナチュラルな身体能力だけでは、逃げられない巨大さだったのだ。
だが、
「大分慣れてきたよ……」
閃刃の通り過ぎた時、そこには無事な様子の美影が変わらず留まっていた。
「何故……」
「当ててみなよ。正解したら褒めてあげる」
言って、美影が腕を掲げる。
雷鳴。
つんざく雷鳴と共に、巨大な雷槍が形成された。
それを両手に。
「むっ、それは……まさかっ!?」
「ありゃ、もう気付いちゃった?」
投擲された二本の雷槍を、ラヴィリアは収束させた特大の光矢でもって迎撃する。
相殺。
正面衝突した二つの力は、内包したエネルギーを拡散させて消える。
それにより、ラヴィリアは確信を得た。
「貴女、まさか、同調したので御座いますか!!?」
「大正解っ! 足りない力は他から持ってくれば良いんだよ! 簡単な事だよね!」
「やっぱり生物では御座いませんね、貴女は!」
「ド失礼な! 先祖代々純粋培養の人間様に向かって!」
美影のした事、それは自分の魔力と周囲を取り巻く魔力の波長を同調させる事によって、その操作権を上書きしてしまう絶技である。
魔力操作能力の最終奥義とも言える様な難易度をしており、有用であると地球においては世界的に認知されているものの、これを実戦レベルで活用できている者は、歴史上ただ一人しかいない。
そう、現在の六天魔軍が一人、〝流転〟の菊池武だけだ。
美影も、何度も挑戦しているのだが、いまだ完成には程遠い練度しか持たない技術である。
だが、今回に限っては、そんな未熟な技でも機能する。
何故ならば、ラヴィリア自身が自らの魔力を外部の物と同調させているから。
自然エネルギーは、変化しない。
急激に大きな変動をしない故に、常に一定のエネルギーレベルをしており、非常に合わせやすい代物なのだ。
ただ、普段は生物が活用できる形態をしていない為、どうしたって取り込んで利用できない。
しかし、今はラヴィリアがその間に入って、生物に利用できる形に加工し直してくれている。
そのおかげで、彼女を通して放たれた自然エネルギーだけは、美影もまた再利用する事が出来たのだ。
「さぁ! 気を抜くなよ、天使擬き! 気を抜いた瞬間、君は自分の力に圧し潰されるんだっ!」
「それは、こちらの台詞に御座います! 人間擬き、精々気合いを入れて臨む事です!」
天上世界を、無数の雷弾と光矢が行き交う。
まるで精霊や天竜が争っているような、破滅的な闘争が展開されていた。
そんな中で、美影とラヴィリアもまた、飛んでいく。
隙あらば、相手を直接倒さんと拳と刃を交叉させるのだった。
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『さて、そろそろ私の出番のようだね』
包み込む世界の全てから、神経を逆撫でする声が響き渡った。
これにて、筆者の気力は尽きる……。
次回、決着。
まぁ、名状しがたい奴がやって来るだけなんですが。