閑話:合衆国の憂鬱
ちょい短め。
まぁ、閑話だし良いか。
「アッハハハハハハハッ!!
純粋魔力! そうかぁ! こうすれば良かったのかぁ!」
アメリカ合衆国ネバダ州にあるとある研究所の中で、一人の女性が狂喜乱舞の哄笑を上げる。
年齢は、三十前後ほど。
ぼさぼさの薄水色の長髪を、適当な紐で一本に括っている。
ラフな格好の上によれた白衣を纏い、目元にはビン底眼鏡を装着している。
女性の名は、サラ・レディング。
《ゾディアック》の知られざる十三席、《蛇遣い座》を戴いている人物だ。
《ゾディアック》に任じられてはいるものの、サラ自身は特に優れた魔術師という訳ではない。
魔術師ランクはDランクであり、取り立てて希少かつ有用な特異魔術を使える訳でもない。
ならば、何故、彼女が合衆国魔術師の頂点に、秘密裏にとはいえ名を連ねているのか、と言えば、その頭脳が有用だからだ。
天才的技術開発者であり、これまでに合衆国魔術部隊に革命的兵器を幾つも導入させている。
その関係で、優秀な魔術師ではない為、表立って《ゾディアック》に任命する事は出来ないが、彼らと同等かそれ以上の価値があると判断され、臨時席次である《蛇遣い座》をわざわざ作って与えられているのだ。
とはいえ、問題も多い人物でもある。
一番の問題は、自分の作りたい物しか作らない、というスタンスだ。
自分の興味のある事を自分勝手に研究開発するだけで、政府やスポンサーからの要請などは全て無視してしまうのだ。
これまでに有用だと採用された技術も、たまたまヒットしただけで基本的には使い物にならないガラクタばかりを開発している。
それでも彼女が使われているのは、彼女の恩師でもあるスティーヴン大統領が気に入っているからだ。
そもそも、元は研究者だった彼が政界入りしたのは、サラを含めた幾人かの碌に金にならない研究者への予算が絞られそうになったからだ。
それを何とかする為に政治家となった訳で、その頂点たる大統領にまでなったのだから、彼女らを重用するのは当然の事だ。
そして、そんな恩師から回されてきた技術情報、純粋魔力精製を見てサラは歓喜していた。
「エネルギー問題が一挙解決っ! 素晴らしいぃぃぃ!
そうだなぁ!
まずはデッドマン・システムから完成させてみようかなぁ!
ああ、夢が広がるなぁ!」
机上の理論を作ってはみたものの、実際に動かした場合に必要となるエネルギー量に問題があり、お蔵入りしていた作品が幾つもある。
純粋魔力技術があれば、個々人の資質――魔力紋だけではなく、魔力属性や魔力効果を含めて――に関係のない均質なエネルギーを大量に得られる事になる。
エネルギーの問題が一気に解消されるのだ。
諦めていた作品を完成させられると思えば、生みの親としては嬉しくもなる。
サラは、コンピュータの肥やしとなっていた過去の設計図を引っ張り出しながら、興奮に頬を赤らめる。
「あぁ、良いなぁ。こいつ、頭良いなぁ。
会いたいなぁ、話したいなぁ。
きっと長時間間接魔力計測における末端カオス値の解決とか、高魔力負荷の分散解決法とか、何の役にも立たないけど喜んでくれそうだなぁ」
不気味な笑い声が、いつまでも響くのだった。
~~~~~~~~~~
「さてと、全員が揃ったな、おい」
ホワイトハウス内、最も防諜設備の整った会議室に、スティーヴン大統領の声が広がる。
集まっている面々は、サラを除く《ゾディアック》の構成員だ。
「じゃあ、始めっぞ。異界門、及び始祖魔術師への対抗手段会議。
はい、意見のある奴ー」
《水瓶座》を戴く女性が手を挙げる。
「あの、一つ質問なのですが、本当にあの《アンノウン》が捉え切れなかったのですか?」
「らしいなぁ、おい。嘘じゃなけりゃな」
コードネーム《アンノウン》――雷裂 刹那が始祖魔術師を取り逃がした、という事実に《水瓶座》は絶句する。
「お前はあいつとやり合った事があるから、信じられん気持ちも分からんでもないがな、おい」
合衆国側で初めて刹那と接触した人物は、この《水瓶座》の女性だ。
太平洋海中の探査をしていた所、海底で怪しげな作業をしていた刹那を見つけたのが彼とのファーストコンタクトである。
当然、戦闘になる。
当たり前だ。
明らかに人の生きる場所ではない場所で怪しい行動をしている人物を見つければ、取り敢えず捕縛か撃滅に動くに決まっている。
そして、向こうも無抵抗でそれを許すほど、呑気な輩でもないのだから。
結果は、言うまでもないだろう。
人智を超えた力で返り討ちに遭った《水瓶座》は、這う這うの体で逃げ帰る事になった。
もしも追撃されていれば命はなかっただろう。
「……始祖が暴れた場合、止められる手段は現状ではない、というのが我々の総意です」
「そうなんだよなぁ、おい。どうしたもんかな、おい」
友好国だからと言って、それがいつ気が狂って宣戦布告してくるかは分からない。
なので、当たり前の事だが、対刹那戦の想定も合衆国は行っている。
だが、真正面からの作戦で勝利するという可能性は皆無である、という結論にしかならなかった。
強いて有効策を上げれば、彼が大切にしている雷裂の姉妹を捕獲して、人質にするという一種の自殺行為しかない、となったのだ。
それすらも、片方は魔王であり、片方は準魔王である為、実行する上で不可能とは言わないまでも多大な犠牲を伴う物なのだから、頭を抱える話である。
「幸いにも、我々は《アンノウン》と友好関係にあります。
始祖が出現した際には、即座に彼に援軍を要請する事が唯一の策でしょう」
《射手座》ジャックの纏めに、揃って頷く。
情けない話だが、それ以外に取れる手段がないのだ。
「そんじゃ、始祖の話はこれくらいにして、異界門について話そうか。
はっきりと言ってくれて良いんだが、どうだ? おい。
対応できるか?」
「敵の単体戦力は大した事はありません。
我々ならば誰であろうと処理できるでしょう。問題は……」
「連中の数だな。いつまでも湧き出すあれは厄介だ」
二つ名持ちの魔王クラスなら、今回、出現した敵戦力を相手に後れを取る事はないだろう。
しかし、いつまでもキリのない数は問題だ。
幾ら広域殲滅が得意とはいえ、それにも限度はあるし、なにより魔王クラスも人の身であり、魔力にも体力にも限度がある以上、敵の殲滅よりも早くに力尽きる可能性は十分にあり得る。
実際に、今回の事態では雷裂 美影は陥落しそうになっていた。
なるべく被害を減らそうとハイペースで臨んだ結果だが。
「加えて、あれが異界の最大戦力であるという保証もありません。
あるいは、こちらと対等に、最悪を言えばこちらを圧倒できるほどの戦力がないとも限りません」
今回は初接触であり、つまりは向こうは小手調べの斥候部隊でしかない、という可能性もあるのだ。
それを考えれば、安穏としてはいられないだろう。
「対応策はあんのか?」
「雑兵には雑兵を、ですね。
大統領の交渉のおかげで、帝国から純粋魔力精製技術を取得できております。
早急に魔力供給網を整備すれば、Aランク以下の魔術師だけでも今回と同等規模の敵ならば殲滅可能でしょう」
「サラなら放っておいてもやるだろうな、おい」
「でしょうな」
《射手座》は、《蛇遣い座》にデータチップを届けた際の狂喜乱舞を思い返し、肯定する。
「異界門の閉門手段の構築は?」
「現在、技術局にて最優先で解析中です。
ただ、まだ確定ではありませんが、異界門の構成術式は非常に強固な物であり、それを抜いて閉門する術式は膨大な物になるであろう、と」
「専門の部隊を編成する必要があるなぁ、おい。
空属性のSランクがいれば良かったんだが」
「無い物強請りをしても仕方ないでしょう」
《ゾディアック》のメンバーに、空属性の者はいない。
いれば、術式によっては一人でも閉門する事もできただろうが、いないのだから仕方がない。
あるいは、いるのかもしれない。
潜在的に空属性魔力を有しているかもしれないが、残念な事に人工多重属性化技術に関しては、条件が折り合わず合意には至らなかったのだ。
一応、《蛇遣い座》にそんな技術が海の向こうで実現している、とは伝えてあるので、もしかしたら勝手に造るのではないか、と密かに期待したりしている。
「問題は山積みだなぁ、おい」
憂鬱な気分になる。
気分を変える様に、別の話題を切り出す。
「そういや、他の国はどうなんだよ、おい。
始祖は、まぁ、無理だろうが、異界門の対処はできるかね?」
「欧州は可能でしょう。
《ミスト》と《マザー》のコンビの突破は至難ですから。
インドは難しいでしょう。
ただ、あそこには空属性の魔王がいます。
閉門術式さえあれば、早期に収拾を付けられる余地があります。
中華は、少々読めませんね。
異界の住人にどれだけ《ハザード》の力が通用するかによって被害も変わるでしょう」
「ロシアは?」
「語る必要がありますか?」
「あそこは問題ねぇか……」
ロシア神聖国には、最古にして最強の魔王がいる。
刹那を除けば、間違いなく地球最強の生物だ。
それがいる以上、異界門の戦力など問題にすらならない。
「問題は……空白地帯か」
「ですね。魔王のいない地域に異界門が開かれれば、応援が駆けつける間もなく滅ぶでしょう」
「面倒な事だな、おい。
先進国の連中を集めて割り当てを考えるしかないか」
「話が纏まると良いのですが……」
「纏めなきゃならんだろ。
人類の存亡がかかってんだぞ、おい」
前途多難な未来に、嘆息しか出ない一同である。
「…………最悪の話だが」
暫しの沈黙を破り、スティーヴン大統領が言う。
「地球を諦めなきゃ、ならんかもしれんな。
出来ればやりたくはないんだがよ。なぁ、おい」
彼の発言に、一人が反論する。
「滅亡を受け入れると?」
「そうは言ってねぇだろうが、おい」
「では、どういう意味ですか? 地球を捨てて、何処に居場所があると?」
その問いに答えたのは、ジャックだった。
「……火星、ですね? 大統領」
「火……星……? 一体、何の話ですか、大統領?」
「火星テラフォーミング計画があんだよ。今、NASAで準備中だ」
「そ、そんな物が……。しかし、それは間に合うのですか?」
既に事は動き始めている。
今から手つかずの星を改造し始めても、いざという時までに間に合わないのでは。
それは、当然の疑問だ。
「どうかな。おい、どうだ、ジャック」
「最低限……本当に人間が生きられる最低限の環境と設備を整えるのに、おおよそ三年といった所でしょう。
この状況となっては、最優先プロジェクトでもありますので、全力を注げばもう少しは早くなるかと」
「そ、そんなに早く……?」
物資と人員のほとんどを刹那の転移で送って貰えば、大幅な時間の短縮は可能なのだ。
純粋魔力によるエネルギー供給が始まれば、更なる短縮は可能だろう。
「それでも間に合うかは分かりませんが……」
「間に合わせんだよ、おい」
苦悩の日々は、始まったばかりである。




