下克上マッチアップ
降り注ぐ光の豪雨は、大地を粉々に打ち砕く災害そのものだった。
絶え間なく、隙間なく、いつまでも降り続けるそれは、まさに世界の破滅を予感させるものであり、それを為し得る天翼種が、〝天の御使い〟と称されるのも不思議ではない光景である。
しかし、相対するは、こちらもまた災害や天災と称される〝魔王〟の一角。
連弾壊砲・魔力超能力混合術式【雷壁法陣・堕天黒】。
黒き雷の網が張り巡らされる。
豪雨に比べれば遥かに狭い範囲だったが、その強度は確かなもの。
次々に降り注ぐ光の雨を受け止め、地上を護りきっていた。
「うん、力を投げる方ならいけるね」
いつもと変わらない手応えに、美影は頷きながら跳び上がっていく。
スピリによって封じられたのは、あくまでも身体強化のみ。
エネルギーを投射するだけならば、何も変わらない感覚で行えていた。
手札が一つ増えた事に満足しながら、彼女は雨の隙間を縫ってラヴィリアへと跳躍する。
「おや、貴女が相手になるので御座いますか」
意外と言えば、とても意外だった。
ラヴィリアの見た限り、美影の強みは異常な速度と運動量に起因している。
勿論、それを支える技量なども突出しているが、それでもそここそが自分たち上位種を明確に上回り、突き放している点だった。
それが、スピリによって剥がされている以上、そこまでの脅威とはなり得ない。
故に、ガルドルフとツムギで、ラヴィリアとゼルヴァーンを抑えて戦場を支えて、その間に美影がスピリを討つ事が、最適解だと思っていたのだ。
その予想に、美影は挑発的な笑みで答える。
「はっ、あんま舐めてんじゃないよ。地球の業の深さって奴を教えてあげるから覚悟しな」
寝ても覚めても、誕生してから延々と戦う事しかしてこなかった星の落し子、地球の生物たち。
その中で生まれ、受け継がれ、磨かれてきた技術たちは、精霊と天竜たちにぬくぬくと保護されてきた惑星ノエリアの住人たちの想像の、遥か上を行く。
当然、今の状態で、万全本気の天翼種へと対応する術もまた、その中にある。
よく知っているとも。
なにせ、技術だけで魔王を殺せる同僚がいるのだから。
「ほぅ。それは楽しみに御座いますね」
そんな事など知らない。
想像した事もないラヴィリアは、余裕の笑みでもって迎える。
人間は、生物というものは、神に等しき者たちに望まれて生み出された自分たちへと、果たして迫り得るものなのか。
その答えの体現者は、彼女の好奇心を強く叩いていたから。
「では、存分に見せて戴きましょう」
ラヴィリアが、槍を軽く振る。
まるで指揮者のように。
指揮者のタクトに導かれて、無秩序に落ちていくだけだった光雨が、その動きを変える。
天に唾する不遜なる生物を落とす為に。
彼女を囲い混むように全天周囲から襲い掛かった。
~~~~~~~~~~
雨が止んだ一瞬に、巻き上げられた戦塵を引き裂いて、二つの影が飛び出していく。
ガルドルフとツムギである。
「じゃー、ぐっどらっく」
「おう、任せとけぇ……!」
二手に別れた彼らは、それぞれの相手へと向かって駆ける。
ツムギは、手前に陣取る鈍色の巨竜へと。
ガルドルフは、その後方で意味なく踊っているピエロへと。
「行かせると思うか」
脇をすり抜けようとしたガルドルフの上から、圧のある声が降ってくる。
恐ろしい。
決してこちらをあなどっていない上位種というものは、ただの声掛けでさえも威圧となる事をよくよく体感する。
だが、今の彼は、前の彼ではない。
彼らの足下に手を届かせるだけの実力を得た。
そこに手を届かせる気概も得た。
そして、道を作ってくれる頼れる仲間も、得たのだ。
「とーしてもらうからー」
陣術【地撃震】。
大地が急速に隆起し、足下から打撃となってゼルヴァーンを襲う。
「ぬっ」
せり上がる大地を前足で叩き潰す。
その瞬間に、舞い散る瓦礫の隙間を潜り抜けてガルドルフが後方へと抜けた。
「行かせぬ!」
少しばかりの焦りを得る。
現状のスピリは、そこまで強くない。
何故ならば、美影を抑える為にその能力の大半を割いているからだ。
もしかしたら、下位種の精兵如きを相手に不覚を取るやもしれない、と、そう考えてしまう程である。
あれが死んでくれる分には全く構わないし、むしろ望ましい事なのだが、それで上位種が〝チョロい〟と思われる事は我慢できない。
だから、カバーに入ろうと踵を返すが、そんな特大の隙を見逃してくれる程、彼を標的に定めている悪鬼は甘くない。
「きみのあいてはー……!」
跳躍したツムギは、脚部に陣を纏う。
狙いは、無防備に晒される背。
地竜種の頑強さ故に、防御面が疎かにされがちなそれを、鬼の膂力が穿ち貫く。
陣撃術【角撃】。
連結陣ですらない、ただの陣撃術。
しかし、
(……こんなに! ちがうなんてねー!)
ツムギの体格や魔力、技量など、様々な要素に完璧に最適化されたそれは、これまでにない威力へと至る。
しかも、それを拳ではなく足で行う。
倍加される威力自体が違う。
「ぐあっ!?」
金属質であった頑丈な鱗が割れる。
威力が身体の芯にまで響き、ゼルヴァーンは久しく感じていない〝痛み〟というものを感じた。
吹き飛ぶ。
大きく飛ばされた彼は、大地を削りながら転がり、そして立ち上がる。
その時には、ゼルヴァーンの思考にスピリの事はもはや残っていない。
そんな些事よりも、重要な事は幾らでもある。
たとえば、目の前の外敵とか。
燃えるような視線は、自身にダメージを与えたツムギへと、一心に向けられていた。
「小娘。ここまで至るか……!」
「あたぼーよー! げこくじょう、させてもらうからねー!」
言葉は交わした。
もはや、問答は必要ない。
一瞬の停滞。
「ギィララララララララ……!!」
「てやああああぁぁぁぁぁっ!!」
竜の似姿と、竜に劣る鬼が、全力で激突した。
~~~~~~~~~
駆け抜けたガルドルフは、勢いそのままにスピリを引き裂いて殺した。
「って! んな訳ねぇよなあ!」
立ち止まる事なく、跳躍する。
直後。
彼が今までいた位置を閃刃が薙ぐ。
真っ二つになって転がっていたスピリの姿が霞のように消えていく。
同時に、ガルドルフのいた位置に、ナイフを手にしたスピリが、何処からともなく取り出した不満顔の仮面を装着しながら出現する。
「ふぅむ。こうも避けられると、自信を失うであるデスネ~」
完璧な幻覚を見せていたと思ったのだが、美影に続いてガルドルフにまで察知されては、自分の能力に疑問を抱かずにはいられない。
「安心しろよぅ。見えてねぇからよぅ」
実際、妙な感覚をしている美影と違い、ガルドルフには全くスピリを感知できなかった。
しかし、だ。
彼は、この星に生きる者として、よく知っている。
上位種と呼ばれる者たちが如何なる者たちなのかを。
その中で、最上位に位置するという事がどういう事なのかを。
〝不滅〟のスピリ。
妖魔種の王位にして、獣魔種の歴史よりも古より生きる、旧き大悪魔である。
歴史上、様々な戦乱や事件の黒幕として名が挙がり、天翼種や地竜種からも危険人物として認識されながらも、実力でもって生き残り続けている、紛う事なき怪物だ。
そんなのが、まさか自身の爪で簡単に引き裂けるなどとは、間違っても思っていない。
能力が弱体化している?
それでも何とか出来るから、数々の討伐隊を返り討ちにしているのだ。
甘く見られる筈もない。
「ふむフム。では、こんなのは如何であるデスカ?」
おどけた様に首を傾けると、ガルドルフを中心に無数のスピリが出現する。
「「「「クイズ、タァ~イム。本物は分かるであるデスカネ~? 参加資格は、お命であるデスヨ~?」」」」
ヘラヘラと笑う仮面を付けた大量のスピリが、今なら許してやると誘う。
ガルドルフは、ぐるりと周囲を見回した。
そして、内心で一つ頷く。
(……全く分かんねぇなぁ)
真贋の区別が、まるで付かない。
視覚だけではなく、狼氏族自慢の嗅覚まで誤魔化されていた。
なんならば、本体は透明になっていて全部偽物かもしれない。
気付いたら、背中からグサリなんて事もあるだろう。
だが、彼は提案を鼻で笑って蹴っ飛ばした。
「許す気のねぇ嘘ばかり吐いてんじゃねぇよぅ。ぶっ殺してやるぜぇ」
「「「「……、……ほゥ」」」」
実際、スピリに許す気は無かった。
五体投地で心からの謝罪をすれば、苦しまずに殺すくらいの慈悲はあったが、殺さないという選択肢は用意していない。
何故ならば、ガルドルフは自分の素顔を見ているから。
それだけだが、それだけで充分な理由である。
「「「「では、死ぬであるデスネ~」」」」
「上等だあ! 引き裂かれて泣くんじゃあねぇぞお……!」
無数のピエロが、虚実の境界を曖昧に掻き乱し。
狼の獣人が、その中を跳んだ。
「似たような技は体術にあるし、だから原理もよく理解できるんだけど、それを魔力でやるの? バカなの? 無理じゃね?」 by 美影
大体同じことを、一般人はあーたに対していつも思っとるんやで……。